ファフニール VS 神   作:サラザール

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まあ、見てください。


噴水の銅像

 しばらくするとエルリア公国の警察が集まってきて、辺りはにわかに騒がしくなる。

 

 状況説明は篠宮先生とアルフレッドさんたちが行ってくれることになり、戦いで消耗していた僕たちは、ヘレンさんの運転する車で王宮に帰された。

 

 車内でもフィリルさんは泣き続け、リーザさんはそんな彼女を胸に抱き、頭を優しく()でていた。

 

 アリエラさんは向かいの席からフィリルさんを沈痛な表情で見つめ、キーリは毒気の抜いた表情でぼうっと窓の外を眺めている。

 

 責任を感じている様子で(うつむ)いているのは深月さんだ。イリスさん、ティアちゃん、レンちゃんは、そんな皆を心配そうに眺めている。

 

 僕は油断……、いや、甘く見ていた。本来フレスベルグ相手なら超サイヤ人でも勝てる相手だ。実際に奴の能力を無効化してダメージを負わせることができた。

 

 しかし僕はあの時に全力で攻撃するべきだった。あの時空間の歪みが現れたのは想定外だ。もし超サイヤ人の第三形態に変身していれば、奴を一撃で倒せた。

 

 原作を読んでいるため、こうなる事は最初から分かっていた。ミッドガルに来てから僕は少し変わった。

 

 悠たちを八重さんと同じ仲間だと信頼したため、僕はフレスベルグをなんとしてでも倒したかった。

 

 だから少しはやる気を出したが、真剣にやるべきだった。そんな後悔が残る。

 

 王宮に着くと、フィリルさんはリーザさんに「……もう大丈夫、ありがと」と告げ、自分の部屋に行ってしまう。

 

「大丈夫なわけ……ないじゃないですか」

 

 リーザさんは悔しげな表情で呟くが、しばらく一人にするべきと考えたのか、無理に付いていこうとはしなかった。

 

「じゃなね……」

 

 僕たちとは別の場所に部屋があるキーリも、力のない声で言って歩き去る。

 

 彼女の事情は原作で知っているが、今はキーリよりフィリルさんに申し訳がない。

 

「…………」

 

 深月さんは言いたいことがある顔でキーリの背中を睨んでいたが、結局無言で自分の部屋に入って行った。

 

「おやすみ、モノノベ、オオシマ」

 

 イリスさんも力のない笑みを浮かべて挨拶し、自室の扉を開ける。

 

「ああ、おやすみ」

 

「おやすみ……」

 

 悠と僕は彼女に挨拶を返してから部屋に戻り、椅子に腰掛ける。

 

 杖を取り出して紅茶が入ったコップを作り、一口で飲み干す。

 

 (後悔しても仕方ない。今のフレスベルグについて調べるか)

 

 僕はコップをテーブルに置き、杖の先端にある丸い球体に顔を近づける。球体は画面となり、フレスベルグを映し出す。

 

 フレスベルグはエルリア公国上空を飛び続けていた。僕はその理由を知っている。そしてもうすぐ、()()()()()()()

 

 今までの超サイヤ人では勝てない。今のフレスベルグを倒すには超サイヤ人2になる必要がある。奴を倒すため今度こそ油断しない。

 

 僕は杖を仕舞い、部屋を出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリエラからフィリルが外に居ると教えてもらい、俺は噴水に向かった。

 

 フィリルが心配でベッドに横になっても寝付けなかった。俺はフィリルを探しに部屋を出るとアリエラがフィリルの居場所を教えてくれた。

 

 それからアリエラと少し話し、彼女の大切な人たちがフレスベルグに魂を具現化されて喰われたことを知った。

 

 彼女も俺が想像もできないほど、大変な人生を歩んできたようだ。

 

 アリエラが行っても傷の舐め合いになるだけだと言い、俺が(そば)にいれば良いと判断したようで、丁度呼びに行こうとしていたようだ。

 

 俺は階段を降り、中庭に出られそうな扉を探してフィリルの元へ向かう。

 

 扉を開けるとぐっと冷え込んだ夜の風が吹き込み、俺は体を震わせた。こんな場所に長くいたら風邪を引いてしまう。

 

 とにかくフィリルを屋内に連れ戻そうと、俺は噴水の方へ向かった。

 

 噴水の中央には、鳥と戯れる少女の像が飾られている。今は深夜のためか、水は流れていない。

 

 フィリルは噴水の脇にしゃがみこんで肩を震わせていた。

 

 足音を立てて近づいても反応がないため、俺はとりあえずパーティー用に着ていたスーツの上着を脱ぎ、フィリルの肩に(かぶ)せる。

 

「ここは寒い、中に入ろう」

 

「……物部くん?」

 

 フィリルが顔を上げ、赤い目で俺を見つめた。

 

「大丈夫———じゃないのは分かっている。でも、このままじゃ風邪を引く」

 

 俺はフィリルの肩に手を置いて言うが、彼女は首を横に振る。

 

「別に、いい」

 

「フィリル……」

 

 どうするべきか迷っていると、フィリルは小さな声で問いかけて来た。

 

「噴水の銅像———これ、何に見える?」

 

「え? 女の子が鳥と遊んでる像に見えるが……」

 

 戸惑いつつも、俺は見たままを答える。

 

「あのね……これ、私なんだって。私がミッドガルに行ってから、お(じい)(さま)が作らせたみたいなの。ふふ、あんまり似てないよね」

 

 (かす)れた声で答え、ぎこちなく笑うフィリル。

 

「いや———言われてみれば、そう見えなくもないな。今よりだいぶ幼いが、何となく分かる気がする」

 

「そう? 私にはやっぱり、別人に思えるけど。ただ、お爺様には私がこんな風に見えていたのかなって……それが、気になる」

 

 じっと———祖父の目から見た自分を、フィリルは眺めていた。

 

「けど———もう、確かめられない。質問することも、お別れを言うことも、お礼を伝えることも———何も、できない。最後の最後まで、守られていただけだった」

 

 強い後悔が(にじ)む声で、フィリルはまた顔を伏せる。

 

「守られるのは、別に悪いことじゃないだろ」

 

 俺は彼女の肩へ置いた手に力を込めて言う。

 

「え……?」

 

「孫を守ろうとすることに、きっと理由も打算もない。ただ、守りたいから守ったんだと思う。それを最後まで———魂になっても貫き通したんだ。俺がお()()さんの立場だったら、きっと悔いはない」

 

 フィリルは俺の顔をじっと見た後、小さく息を吐いた。白く染まった息が風に流され消えていく。

 

 彼女は噴水の銅像を再び目を向けて呟く。

 

「それ、私の意思は関係ないって……言ってる気がする」

 

「まあ、極論を言うとそうだな。でも、守るっていうのはある意味、一方的な行動だ。相手の意思がなくても成立する」

 

 俺が言葉を返すと、フィリルは悲しい表情を浮かべる。

 

「そんなの、寂しすぎる。守られる側の気持ち……考えてない」

 

「かもな。だけど、そういう守り方しかできない人間もいるんだよ」

 

 俺は胸の奥にちくりとした痛みを感じながら言う。

 

 たぶん、俺もそうだ。深月とイリスを守るため、俺は大きな代償を支払った。

 

 それは———相手(・・)()こと(・・)しか(・・)考えない(・・・・)自己満足。その結果、俺は深月を偽り、イリスを傷つけた。

 

 あれほど亮から注意されていたことを無視して俺は力を得た。

 

「物部くんは、ひどいね。お爺様が満足してるっていうのなら……私が泣くのは、私のためでしかなくなっちゃう。泣き止むしか、ないよ」

 

 フィリルは噴水の銅像を見たまま言う。

 

「いや、別に自分のために泣くのも悪いことじゃない。ただ———もっと暖かい場所でな」

 

 俺はできるだけ優しい口調で屋内に戻るように促す。

 

「……分かった。もう少し、暖かい場所で泣くね」

 

 こくんと頷くフィリルだったが、彼女はそのまま俺に抱き付いてきた。

 

「なっ!? フィ、フィリル?」

 

「物部くんの腕の中なら、たぶん……泣いていいぐらいには暖かいよね?」

 

 俺の腰にぎゅっと手を回し、胸に額を押し付けてくるフィリル。

 

 突然のことに驚き、触れる柔らかな膨らみに動揺するが、彼女が肩を震わせているのを見て落ち着きを取り戻す。

 

「———ああ」

 

 俺は肯定の言葉を返し、フィリルの頭に手を置いた。

 

 さらさらとした髪を指で()くと、彼女は静かに涙を流し続ける。

 

 この前、俺はシャルロット学園長に頭を()でられた時、照れ臭さと心地よさを感じ———自分が認められ、受け入れられているような気持ちを抱いた。亮も一緒に撫でられたので、少なからずそう同じことを思っているだろう。

 

 だからフィリルにも安心して欲しくて、優しく頭を撫で続ける。

 

 上着をフィリルに貸しているので肩が寒いが、彼女を抱いているので体の前面は暖かい。

 

 そのまま夜風に吹かれつつ、俺は彼女のか細い嗚咽(おえつ)を聞く。

 

 しばらくして泣き声が途切れると、フィリルはごしごしと目元を(こす)って顔を上げた。

 

「物部くん……鼻の頭、赤い」

 

「まあ———かなり冷え込んでるからな。フィリルの方は目が赤いぞ」

 

 彼女の頭に手を置いたまま表情を緩ませる。

 

「お揃い?」

 

「かもな」

 

「ふふ———」

 

 フィリルは小さく笑い、俺から離れた。

 

「ありがと、少し落ち着いた。物部くんが風邪引くと悪いから、そろそろ戻る」

 

 冷たい指で俺の手を握り、宮殿の方へ歩き出すフィリル。

 

 だが———。

 

「っ……」

 

 彼女は突然顔を(しか)め、左肩の辺りを押さえた。

 

「どうした?」

 

「分からない。何だか、急に熱くなって———」

 

 ドレスの肩口をずらし、フィリルは異変を感じた場所を確認する。胸元が見えそうになり、俺は慌てるが———彼女の「えっ……」という声で()らしかけた視線を戻した。

 

 左肩にあったのはフィリルの竜紋(りゅうもん)。その端が、微かに黄色く変色している。

 

「まさか……」

 

 俺は目にしたものが信じられず、(かす)れた声で(うめ)いた。

 

 そしてそこに、(くら)い声が夜空に乗って流れてくる。

 

「まあ、そんなことだろうと思っていたわ」

 

 中庭の剪定(せんてい)された生垣の陰から、キーリが姿を現した。

 

「いつからそこに……」

 

「ついさっきよ。いちゃついてるあなたたちが窓から見えたから、気になって様子を見に来たの」

 

「別にいちゃついていたわけじゃない」

 

「そこに(こだわ)ってる場合じゃないだろ?」

 

 すると後ろから亮が息を漏らしてやって来る。

 

「今大事なのは、フィリルさんの変色した竜紋だ。色からしてフレスベルグだろうな」

 

 呆れた口調で指摘してくるが、それは分かっている。ただ、少し冷静になる時間が欲しかったのだ。

 

「これは、フィリルが見初められたってことなのか?」

 

 俺は一部が変色しているフィリルの竜紋を見ながら、キーリと亮に問いかける。

 

「ええ、そうなるわね。彼の言う通り、フレスベルグで間違いないわ。たぶんフレスベルグは私のような(まが)い物じゃなく、本来の適合を見つけたのよ。さっき、あの場ね」

 

 フィリルを見ながらキーリは答える。

 

「紛い物っていうのは、どういう意味だ? キーリもフレスベルグに見初められていたんじゃないのか?」

 

「私の竜紋はフレスベルグの波長に合うよう、強引に作り(・・)変え(・・)られて(・・・)いた(・・)だけよ」

 

「作り変えられていたって、まさか———」

 

 そんなことが出来るのはキーリの創造主であるヴリトラだけだ。エルリア城でキーリから自分の正体を明かしてくれた。

 

 どうやら亮も知っていたが、それをフィリルの前で口にすることはできなかったため、俺は途中で言葉を切る。

 

「そう、たぶんあなたの想像している通り。だから私は紛い物。あらゆる意味で、ね」

 

 皮肉げな口調でキーリは言う。

 

「キーリ……」

 

「そんな目で私を見ないで。今、同情するべきは、フレスベルグのつがいに選ばれた彼女の方でしょ?」

 

 俺が僅かに抱いた(あわ)れみを敏感したキーリは、苛立(いらだ)った様子でフィリルを示した。

 

「つがい……か。じゃあ、フレスベルグはまた———」

 

「彼女の竜紋が完全に変色したら、もう一度やってくるでしょうね。ティアの時には、十時間ほどで竜紋の変色が完了して、その直後にバジリスクが移動を開始したわ。恐らく竜紋の変色が終わらないと、その子をつがいにはできないんだと思う」

 

「十時間……」

 

 既に変色は進行しているのだから、タイムリミットはそれよりも短いだろう。

 

 先ほどの邂逅(かいこう)で見初めたのだとしたら、最悪あと六時間ほどしかない。

 

 フィリルに興味を示しながらも飛び去ったのは、まだ彼女の準備が整っていなかったからなのか。

 

 そういえばイリスの時も、彼女が最初に変調を訴えてからリヴァイアサンの進撃まで間があった。

 

「私が、フレスベルグに———」

 

 フィリルは呆然と自分の竜紋を見つめていた。

 

「っ!? しまった!?」

 

 すると亮が大声を出して明後日の方向を見る。

 

「ニブルに見られてた……」

 

「なっ……」

 

 どうやら亮は人の気配を遠くからでも察知できるようで、ニブルの気配を感じ取ったようだ。

 

「フレスベルグが来る前にフィリルさんが殺されてしまう。すぐに篠宮先生と深月さんに報告しよう。後のことはそれからだ」

 

「ああ、わかった」

 

 俺たちは急いで屋内に戻り、篠宮先生と深月に事情を話した。

 




この作品が完結した後はONE PIECEを書こうと思います。まだ先の話ですが、楽しいにしてください。

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