屋内に戻った後、僕たちは深月さんに事情を説明した。まず最初に篠宮先生の元を訪ねたが、まだ戻ってきていないようだったので、深月さんの部屋に行った。
事情を説明した後、深月さんは携帯端末で篠宮先生に連絡を取った。
さらにフレスベルグを倒すため、『魂を具現化する未知の媒介粒子』という論文の執筆者、宮沢健也とコンタクトを取るつもりだ。
宮沢健也という人間は知っている。原作でも出てきた人物である。会うのは一ヶ月以上先になるだろう。
今はそれよりフレスベルグとニブルを倒すことだ。先の話をするより、今をどうするかを考えるべきだ。
自室に戻り、杖を取り出してフレスベルグの様子を見ていた。さっきよりも高度を下げて飛行している。
今のフレスベルグは原作以上に厄介な相手だ。空間の歪みに触れたことで戦闘力が倍増している。これは超サイヤ人2になる必要がある。
今度こそ奴を倒す。悟空のように油断はしない。
しかし、問題が一つある。それは悠のことだ。
悠はまた、ユグドラシルと取引をして、兵器のデータを手に入れるつもりだ。
僕は反対したが、アイツは頭を下げてお願いしてきた。記憶を取り戻す方法があったのを思い出したので、今回だけ許可した。
本当はさせたくなかったが、頭を下げてまでお願いされたことと、ミッドガルに来てから悠たちとの間に友情が芽生えたせいで、最後まで反対することはできなかった。
アイツは原作通りで真っ直ぐな性格と無自覚な女
しかし、この先何があるか分からない。原作通りにいかない場合がある。その時は僕が皆を守らねばならない。
僕は作戦会議があるまで、
◇
「そんな……フィリルちゃんが———」
俺はイリスの部屋に行き、フィリルの
「竜紋が完全に変色した時、きっとまたフレスベルグはやって来る。深月は頑張ってくれるだろうが、それまでに何か対策を立てるのは難しいと思う」
推測を述べると、イリスが焦った表情を浮かべる。
「じゃ、じゃあ、どうするの? まさか、あたしの時みたいにならないよね? モノノベとミツキちゃんが喧嘩するなんて、もうやだよ?」
二ヶ月以上も前、イリスがリヴァイアサンに見初められた時、俺と深月はイリスをどうするか喧嘩したことがある。
最終的に深月は俺の意見を受け入れてくれた。イリスは俺たちがまた喧嘩することを心配している。
「心配するな。俺にはまだ手があることを、ちゃんと伝えてある。それに亮にも何かあるみたいだ。他に方法があるうちは、深月も最悪の選択は選ばないさ」
俺がそう答えると、イリスの表情に不安な色が浮かぶ。
「モノノベ……何を、するつもりなの?」
震える声で問いかけてくるイリス。恐らくある程度、予想は付いているのだろう。
この状況で俺が取り得る選択肢は、他にないからだ。
「もう一度、ユグドラシルの力を借りる」
「だ、ダメだよ! そんなことしたらまた———」
イリスはさっきよりもひどく焦った様子で、俺の腕を
「分かってる。けど、俺にできるのはもうそれだけだ。亮の力でも倒せるか分からない。俺は、フィリルを見捨てられない」
事実、亮の変身でも奴には敵わなかった。アイツが神でも、力には限界があると知った。たとえ奥の手を使っても、ユグドラシルと取引をしてマルドゥークの兵器を手に入れれば勝つ可能性が高くなる。
「そ、それはあたしだって同じ気持ちだけど……でも、そこまでしてもフレスベルグを倒せるとは限らないじゃない」
だが俺は首を横に振る。ユグドラシルと契約した時に聞いた言葉をイリスに言う。
「ユグドラシルは言ったんだ。自分以外のドラゴンを
ユグドラシルから送られてきた力の情報———旧文明の兵器データはあまりに膨大で、俺はその転送を途中で止めてしまっている。さらに体への負担も掛かるため、亮が体力を回復してもらっている。
対竜兵装マルドゥークも、一部の装備を不完全な状態で物質化している有様だ。さらなるダウンロードでマルドゥークのデータを補完すれば、突破口が開けるかもしれない。
「でも、でもっ……」
イリスの目に涙が
「お、おい———」
ぽろぽろと涙を
「ミツキちゃんとの思い出を忘れちゃったこと、すごく苦しんでたのに。それなのに……これ以上、忘れるなんてダメだよ。モノノベは忘れるんじゃなくて……思い出さなきゃいけないのに……」
彼女はただ、俺のことだけを
俺が記憶を
「っ……」
これ以上、イリスの泣き顔を見ていられず、俺は彼女を抱きしめる。甘いイリスの香りに鼓動が速まり、薄いパジャマ越しに感じる彼女の温かさに強い
「モノノベ……?」
「———ごめんな」
彼女の頭を
記憶のことを話して重荷を背負わせてしまったこと。深月に対して引け目を感じさせてしまったこと。彼女の気持ちに真正面から
それら全てに対する謝罪を、その一言に込めた。
「もう、決めちゃってるんだね」
涙声でイリスが言う。
「ああ」
イリスの言葉に俺は答える。
「モノノベは……色んなことを忘れて、今のモノノベじゃなくなっちゃうんだよね?」
「たぶん———そうなる」
今度は何を失うのか、予想も付かない。この前のように、忘れたことすら気付かないかもしれない。
だが———今の俺でなくなるのは、間違いなかった。
「じゃあ…………教えて」
俺の服をぎゅっと掴んで、イリスが
「え?」
俺の服が、涙で
「モノノベが忘れたくない大切な思い出、あたしに教えて。もし忘れちゃっても大丈夫なように、あたしが
顔を上げ、涙を零し、細い腕を震わせながら、イリスは叫ぶ。俺の瞳を強い眼差しで見つめ、訴える。
「イリスが、憶える?」
胸が大きく高鳴った。抑えていた感情が、心の奥底で揺れる。
「うん、あたしは……絶対に今のモノノベを忘れない。モノノベが忘れてたくないことも忘れない。だって———一番大好きな人のことだもん!」
心臓が止まってしまうかと思うほど、胸が苦しくなった。
「っ…………ありがとう、イリス」
それ以外に、彼女へ返せる言葉は思い付かなかった。
それから俺は時間の許す限り、イリスに思い出を語った。
◇
深月さんは王宮に戻ってきた篠宮先生の部屋にキーリも含めた全員を招集し、固い声で現状を伝えた。
フィリルさんの竜紋が八割以上が黄色く染まっており、これまでの進行速度から計算すると完全変色まであと二時間ほどだ。
そして深月は作戦を立案できなかったことに謝る。
どうやら"
深月さんは謝るとき、ちらりとレンちゃんの方を見た。
原作を知っているため、レンちゃんと宮沢健也の関係は知っている。深月さんはそのことについて何も言及せず、話を続ける。
深月さんの表情にはレンちゃんを気遣うような色が垣間見える。
「現在の段階では、フレスベルグに対する有効な作戦は立案できていません。ですが……」
深月は僕と悠の方を
分かっている———と俺は頷き返し、皆の前に歩み出る。
「俺と亮には、奥の手がある。だから諦めないで欲しい。フィリルを救える可能性は、まだゼロじゃない」
「奥の手? それはいったい何ですの?」
リーザさんが当然の質問を向けてくる。
「僕の場合は更にパワーアップできることだ。フレスベルグの時は倒せるって油断があったが、次は必ず倒してみせる」
僕がそう言うと、皆の表情が緩くなる。
「そうですか……ではモノノベ・ユウはどんなものですの?」
続けてリーザさんは悠に視線を向けて問いかける。
しかし悠には、それに答える言葉を持っていない。
原作通りなら、ユグドラシルへのアクセスはまだ行っていない。データのダウンロードは記憶や感情を塗り潰してしまうほどの負担が脳と体に掛かる。ゆえにデータの内容が分からないリスクがあろうと、ダウンロードは戦闘直前で行うしかないのだ。
「すまない。今は———言えないんだ」
「なっ……ふざけているんですか?」
リーザさんが一歩前に出て強い口調で悠に言う。
「ふざけてない。俺は本気だ。頼む、信じてくれ。絶対に亮と共に奴を倒してみせる———イリスを救った時のように」
「っ……」
リーザさんは悠の言葉に、息を呑んだ。
「頼む……」
悠は頭を下げる。部屋にはしばらく沈黙が落ちた。
ユグドラシルとの取引を深月さんたちに知られるわけにはいかない。そうなればミッドガルの司令官である篠宮先生がどんな判断をするかは不明だ。最悪、身柄を拘束されることも考えられる。
「僕からも頼む。深くは聞かないで欲しい」
フレスベルグを倒すためには悠の力も必要だ。僕も頭を下げてお願いする。
「亮……」
悠は少し顔を上げて僕の方を見る。
やがてリーザさんが嘆息する。
「…………はぁ、仕方ありませんわね。それを言われたら、何も言い返せませんわ。あなたたちの力がなければ、リヴァイアサンを倒せなかったのは事実ですから。根拠はなくとも、あなたたちの実績を信頼いたしましょう」
僕たちは頭を上げると、リーザさんがやれやれという表情を浮かていた。
他の皆からも異論は上がらない。
「では———第二次フレスベルグ迎撃戦は、兄さんと亮さんを中心として行います。兄さん、作戦内容に関しての指示を出してください」
深月さんは
「まずは、周囲にできるだけ被害の出ない場所で戦いたい。どこか適した場所はあるか?」
「……それなら、
フィリルさんが小さく手を挙げ、意見を言う。竜紋の変色が分かった時とは違い、表面上は落ち着いて見える。
彼女の言葉を聞いて、深月さんは頷く。
「では迎撃場所は大瀑布周辺にしましょう。篠宮先生、作戦地域の封鎖手続きをお願いしてもいいでしょうか?」
「分かった。任せておけ」
篠宮先生は深月さんの言葉に頷き、即座にどこかへ電話を掛ける。
悠ははその様子を見ながら、僕は一つ留意しなければならないことを告げる。
「気になるのはニブルの動きだな。奴らはキーリの監視を命じられてるそうだが、変色をした竜紋を見せたのは中庭だ。近くに気配を感じたから見られてる可能性がある」
僕の発言を聞いたキーリは「そうね、甘く見ていい相手じゃないのは確かだわ」と
「では、どうしますか?」
表情を固くして問いかける深月さん。
「作戦開始までに、俺がニブルからの脅威を排除する」
悠は簡潔に答え、フィリルさんの方へ顔を向ける。
「そういうわけでフィリル———これから俺とデートしてくれるか?」
「え……?」
悠の突然の誘いに彼女はぽかんとした表情を浮かべる。
そういえば原作でもそうだった。たぶん悠にとって、女の子をデートに誘うのは生まれて初めてだろう。
設定はサイヤ人にしようと思います。タイトルはどうしよう……。