ファフニール VS 神   作:サラザール

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そのうち活動報告を書こうかと思っております。


取引の代償

「お疲れ様———悠、亮」

 

 大瀑布(だいばくふ)の展望広場からほど近い建物の屋上で、キーリ・スルト・ムスペルヘイムは呟いた。

 

 王宮から(ひそ)かに抜け出し、全てを見届けていたキーリは、気を失って大島亮に介抱されている物部悠を遠くから眺め、口の端を緩める。

 

 ニブルに狙われている彼女は王宮で待機するように言い渡されていたのだが、そんな命令に従う理由はなく、好意を抱いている物部悠と、ドラゴンを圧倒した経歴を持つ大島亮の戦いを見られるのであれば、多少の危険などどうでもよいのだ。

 

「おい、貴様! これを解け!」

 

 すると彼女の足元から憤りに満ちた声が響く。キーリは水を差されたという表情で、視線を下に向ける。そこには全身を縄で縛られたニブルの特殊部隊、スレイプニルの狙撃兵———ジャン・オルテンシアの姿があった。

 

(うるさ)いわね、ちょっと黙ってなさい」

 

 キーリが睨むとジャンの口元に上位元素(ダークマター)を生成し、猿ぐつわへと物質変換された。

 

「うー、うーっ!」

 

 声が出せなくなったジャンは(うめ)きながら、無意味に身を(ねじ)る。

 

 そんな彼を見て、キーリは呆れた表情で話しかける。

 

「あのね、言っておくけど……私はあなたを助けてあげたのよ? もし彼女を狙撃していたら、あなた———彼らに殺されていたわ」

 

 キーリは屋上の端に転がったスナイパーライフルをちらりと見て、深々と嘆息した。

 

 彼女は物部悠が警告したにも(かかわ)らず、ここからフィリルを狙おうとしていたのだ。恐らくは、フレスベルグの撃破失敗に備えてのことだったのだろう。

 

 しかしフレイズマルを一蹴した今の彼ならば、狙撃態勢に入った時点でジャンの存在に気付き、容赦なく排除しようとしたはずだ。

 

 さらに大島亮はスレイプニルの配置している場所を特定したようで、余計な手出しをしないようにエネルギー弾を空中に留まらせていたのだ。

 

 ドラゴンボールのピッコロが17号と第十宇宙のルバルトに使った技だ。

 

「んーっ!」

 

「あら、怖い顔。まあ確かに、あなたと彼女を助けたのは、ただのついでだけどね? 私はあなたに聞きたいことがあるのよ」

 

「んぅー!」

 

 ジャンはそれより早く縄を解けとキーリを睨み続ける。

 

「———フレイズマルって、いったい何?」

 

 キーリがそう問いかけると、ジャンはぴたりと呻くのを()めた。その表情に恐れの色が浮かび、体が微かに震え始める。

 

「その様子だと、あなたも見ていたみたいね。彼の中身(・・)を」

 

「…………」

 

 ジャンは肯定に等しい沈黙を返した。

 

「あれを使っていたのはあなたの上官なのよね? そいつは何? 私の悠に、何をするつもり?」

 

 顔を(しか)め、首を一回だけ横に震るジャン。

 

「んんー!」

 

 そして何か文句を言うような感じで呻く。キーリはジャンの表情を見て、いやらしい笑みを浮かべる。

 

「———ふふ、悠は私のものじゃないって言いたそうな顔ね。嫉妬かしら?」

 

「んぐぅーっ」

 

 顔を真っ赤にし、ジャンは縛られた体をじたばたさせる。

 

「ふふ、可愛い反応。ちょっとだけあなたのことが気に入ったから、一つ忠告してあげる。あなたがフレイズマルのことを何も知らないなら、知るべきではない立場だということよ。けれどあなた……優秀過ぎるその目で見てしまった」

 

 表情を固くするジャンに、キーリは(あわ)れむような眼差しを向けた。

 

「こういう場合、大抵は不幸な結末が待っているものよ。悪いことは言わないから、上官の元へ戻るのは()めておきなさい」

 

「…………」

 

 ジャンは視線を逸らし、沈黙した。

 

「あらあら、途方に暮れた顔をしちゃって。察するに、ニブルの他には居場所がないって感じかしら。仕方ないわね———じゃあ私があなたを(さら)ってあげる」

 

「っ!?」

 

 目を見開き、ジャンは驚いた表情を浮かべる。

 

「ここ数日(にぎ)やかだったから……また一人に戻るのは少し寂しいのよ。居場所がない者同士、道連れにはちょうどいいでしょ」

 

「んー!」

 

 全力で頭を横に震る。災害指定されているキーリと一緒には居たくないのだ。

 

「そんなに嫌? 悠のためだと言っても?」

 

「———?」

 

 どういうことだとジャンはキーリに視線で(たず)ねる。

 

「今回の件で確信したわ。彼はあなたの上官をはじめ、複数の得体の知れない何かに目を付けられている。このままだと彼は———その何か(・・)に奪われてしまう」

 

 キーリの瞳に狂おしい光が宿った。

 

「私は、そんなの嫌。あなたもそうでしょ?」

 

「…………」

 

 キーリは内心、大島亮なら物部悠を守れると思っていた。最初は彼を警戒していたが、王宮で会話をし続けている間に意気投合したのだ。

 

 大島亮は強い。得体が知れないが、彼と話しすだけで信用できると思えるようになっていた。

 

 しかし、エルリア城であった予想外の展開を思い出していた。

 

 どんなに強くても、内情を知らなければ同じことがまた起きると思い知ったのだろう。

 

「だから、共通の敵を排除するまで協力しようってこと。殺し合いは、またその後」

 

 キーリはにこやかに微笑みながら、ジャンの猿ぐつわを外す。

 

「そういうことで、自己紹介してくれるかしら? ジャンって呼ばれてたみたいだけど、本当の名前があるんでしょう———お嬢さん(・・・・)

 

 そう問われたジャンはひどく動揺した表情を浮かべたが、やがて小さな声で答える。

 

「……ジャンヌ」

 

「あなたらしい名前ね。高潔で勇敢で———幸が薄そう」

 

 キーリはくすくすと笑って身を(かが)め、不機嫌な顔になった少女の頬を指先で()でた———。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プルルルル———。

 

 個人端末から鳴り響く電子音で目が覚めると、そこは俺にあてがわれた王宮の部屋だった。手を伸ばして枕元に置かれていた個人端末を探り当て、画面を見る。

 

 時間は午後七時。フレスベルグとの戦いから十二時間以上が過ぎていた。そして今俺を呼び出している相手の番号は非通知。まあ、誰なのかは大体予想が付く。

 

 ベッドに寝転んだまま、仰向けの姿勢で応答ボタンを押す。すると画面にロキ少佐の顔が写し出された。

 

『———ようやく繋がったか。その様子だと今目覚めたところかな、物部少尉』

 

「はい……できればもう少し眠っていたかったですが」

 

 対竜兵装を三基も物質変換し、さらに砲弾が生命エネルギーを用いるものだったため、疲労はまだ完全に抜けていなかった。

 

『それは悪かったな。だが、まずは君の勝利を祝わせてくれ。おめでとう。あのフレスベルグを打倒した君の功績と、人類への貢献(こうけん)は、言葉では言い表せないほどに多大なものだ』

 

「フレイズマルをフィリルに差し向けておいて、よく言いますね」

 

 顔を(しか)め、俺は皮肉交じりに言い返す。

 

『そうかね? あれは妥当な判断だったと思うが。より優秀な方に重要な案件を任せるのは、当然のことだろう? 君がフレイズマル以上に優秀な兵士で、本当によかったよ』

 

「…………」

 

 相変わらずだ。この男は、何も変わらない。

 

 どう運命が転ぼうと、自分(・・)()望まない(・・・・)結果(・・)()だけ(・・)()ならない(・・・・)よう、手を打っている。

 

『それはそうと、目覚めたばかりというなら教えておこうか。キーリ・スルト・ムスペルヘイムが姿を(くら)ましたと、ミッドガル側から連絡があった。君たち本来の任務は、残念ながら失敗に終わってしまったようだ』

 

 俺は大して驚きもせず、溜息を吐いた。フレスベルグの目標がキーリではなくフィリルになった時点で、キーリが俺たちと一緒にいるメリットは何もなくなったのだ。

 

『あともう一つ、我がスレイプニルの隊員———ジャン・オルテンシア軍曹も姿を消した。状況から考えて……キーリに拉致(らち)された可能性が高い』

 

「なっ……」

 

 今度ばかりは驚きの声を漏らす。全く予想もしていなかった情報だった。

 

 どうしてキーリがジャンを———。

 

『本当はこの件について君へ(たず)ねるのが目的だったのだが———寝起きの君に問うても仕方がないだろう。もしも何かジャン軍曹の情報を得る機会があれば、教えて欲しい』

 

「……はい」

 

 頷きながらも、俺は内心で考える。ジャンの居場所が知れた時、ロキ少佐にそれを知らせるのは本当に正解なのだろうかと。俺はロキ少佐が何を考えているのか、全く分からない。正体を語ってくれたキーリよりもずっと、彼は得体の知れない存在だった。

 

『用件はそれだけだ』

 

「待ってください。最後に一つだけ聞いてもいいですか?」

 

『……何だね?』

 

 目を細め、ロキ少佐は俺を促す。

 

「ロキ少佐は、この機会に俺を仕上げる(・・・・)と言いましたが……その目的は果たされましたか?」

 

 ロキ少佐がキーリを殺すように協力を持ちかけた時に言った言葉だ。

 

『いや———それについては思ったほどの成果は得られなかったよ。フレイズマルより性能が上であることは証明されたものの、君はまだ不完全な"悪竜(ファフニール)"のままだ。最初から薄々と感じてはいたが、君の中には何か邪魔なモノがあるらしい』

 

 どうやら亮の言っていた"神の気"ではなさそうだ。てっきりそれだと思っていたが、確か亮は"悪竜"の力が違う方向に覚醒したと言っていたことを思い出す。

 

「邪魔な……モノ?」

 

 鋭いロキ少佐の眼差しを浴びて、冷や汗が頬を伝える。

 

『まあ———邪魔なのはお互い様(・・・・)かもしれんがな』

 

 ロキ少佐はそう言って通信をプツンと途切れた。

 

 個人端末をベッド上に放り出し、俺は大きく息を吐く。

 

 彼の言葉はいつも俺を不安にさせる。

 

 ———ガチャ。

 

 扉の開く音が、静かな室内に響いた。

 

「お目覚めのようですわね。モノノベ・ユウ」

 

 部屋の中に入ってきたのは、制服姿のリーザ。彼女は部屋の明かりを()け、俺の方に寄ってきた。後ろには深月とイリスがいた。他は自室にいるのだろう。

 

「兄さん、大丈夫ですか?」

 

 深月は心配そうな表情を浮かべながら近づいてくる。

 

 ミッドガルの生徒会長であり、竜伐隊(りゅうばつたい)の隊長。そして———俺の義妹。

 

 そういう情報と知識は持っている。忘れてはいない。同じ宿舎で暮らし、朝と夜は一緒に食事をし、強大なドラゴンへ共に立ち向かった記憶もある。だが———。

 

「……兄さん?」

 

 深月が表情を曇らせ、ぼうっとしている俺の額に手を当てる。

 

 ひんやりとした小さな手。女の子の細い指。それ以上のことは何も感じない。

 

 他人に体を触れられるのは、少し緊張する。

 

「熱は———ないようですね。お腹は空いていますか? 食欲があるなら、食事を運んでもらえるよう頼んでみます」

 

「いや、大丈夫だ。まだ何かを食べたい気分じゃない」

 

 俺は自分の喉から出た固い音声(こわね)に、愕然(がくぜん)とする。

 

 これまで俺は、こんな声で深月と会話をしていなかった。

 

 あまりにも大きなズレを感じる。今、深月と話すのはあまり良くない。

 

「そうですか。では私たちはこれで失礼します。あと、大浴場が空いてますので、無理が無ければ使ってください」

 

 そう言って深月たちは部屋を出て行くが、イリスはずっと俺に視線を向けていた。

 

 ———パタン。

 

 扉が閉まるとすぐに俺はベッドを飛び降り、扉に鍵を掛ける。そしてそのまま窓へ向かい、中庭に面したテラスへと出た。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 胸が痛い。心が苦しい。この状況で頼れるのは彼女だ。

 

 助走を付け、隣のテラスへと飛び移る。その勢いのまま窓を開けてイリスの部屋に飛び込むと、部屋に戻ったばかりの彼女が目を丸くした。

 

「モノノベ?」

 

「———イリス!」

 

 俺は彼女に駆け寄ると、その華奢(きゃしゃ)な肩を強く掴む。

 

「頼む、教えてくれ! 俺に物部深月のことを……頼む!」

 

「お、落ち着いてモノノベ———い、痛いよ……」

 

「あ……わ、悪い」

 

 謝り、腕から力を抜く。イリスは強張(こわば)った俺手を両手で掴み、揺れる声で問いかけた。

 

「何を、忘れたの? もしかして……あたしのことも、ホントは(おぼ)えてない?」

 

 俺は奥歯を噛み締め、首を横に振った。

 

「いや———イリスのことはちゃんと憶えてる」

 

「よかった、それじゃあ、何を———」

 

「……三年前より昔のこと、全て」

 

 失ったものを、俺は言葉にする。

 

「———え?」

 

「ニブルとミッドガルでの記憶は、はっきり思い出せる。けどそれ以前の記憶が、全て曖昧(あいまい)だ。その間に得たはずの知識は手操り寄せられても、そこから思い出に繋がらない」

 

「そんな……」

 

 愕然(がくぜん)とするイリスに、俺は自嘲気味の笑みを向けた。

 

「分からないんだ。深月がどんな妹だったのか。兄妹になる前の深月を忘れてしまった挙句———今度は、妹だった深月まで忘れた」

 

「モノノベ……」

 

 涙を浮かんだ瞳で俺を見つめるイリスに、俺は訴える。

 

「深月を見ても、妹だって思えないんだよ。手が触れても、安心しないんだ。俺は……俺は、深月の———家族ですらなくなった」

 

「っ……大丈夫、大丈夫だから!」

 

 イリスが俺の体を抱きしめて言う。

 

「モノノベは、まだミツキちゃんのお兄さんだよ! だってこんなに悲しそうで、(つら)そうなんだもん! 家族じゃない人のために、こんなに苦しんだりしないもん!」

 

「イリス……けど、俺は———」

 

「大丈夫、あたしは憶えてるから! モノノベにたくさん話してもらったミツキちゃんの思い出———一つも忘れてない! これから全部、モノノベに伝えるから……ミツキちゃんのこと、家族じゃないだなんて言わないで」

 

 俺の背中を()でながら、イリスは強い口調で告げた。

 

「…………ありがとう」

 

 ぐっと拳を握り、俺は感謝の言葉を口にする。

 

 イリスは俺が落ち着いたのを見ると体を離し、これまで聞いたことのないような決然とした声で言った。

 

「安心して。あたしが何とかしてみせるから」

 

 真っ直ぐ俺の目を見つめるイリス。

 

「それにオオシマだっているんだよ。たとえオオシマが無理だと言っても、あたしは諦めないから」

 

 イリスの透き通った瞳の中に、激しい感情の炎が揺れている。

 

「待ってくれ、イリス。ユグドラシルは———」

 

 俺は反論しようとするが、彼女は強い口調で俺の言葉を遮ってしまう。

 

「———分かってるよ。ユグドラシルは、他のドラゴンを倒すために協力してくれているんだよね。フィリルちゃんを守れたのも、あたしが今こうしていられるのも、そのおかげ。でも……」

 

 彼女は小さな拳を握りしめ、鋭い敵意を込めて、こう宣言した。

 

「あたしは、絶対にモノノベの記憶を取り戻す。ユグドラシルを———倒してでも」




ピッコロの使った技はいろんな名前があるので、原作では連続閃光弾という名前だと思います。
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