ファフニール VS 神   作:サラザール

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新キャラどうしようか考え中。何かコメントがあれば遠慮なくお願いします。


通学

 午前七時過ぎ。"神界"での仕事を終わらせた僕は、深月さんの宿舎に戻っていた。

 

 学園から支給された制服に着替え、三階の食堂で個人端末の画面に映し出された記事を見ていた。

 

 いつもなら朝食を食べている時間だが、悠はまだ寝ているようで深月さんが起こしに行った。

 

 "黄"のフレスベルグとの激闘が行われたエルリア公国から帰還して、今日で三日目。

 

 しばらくは戦いがないので学園生活を送る毎日が待っている。十歳の時、交通事故で死んだ僕は神となってこの世界を管理することになったため、"虚無の世界"で"世界神"たちと戦闘訓練をしているが、最近は休みがちになっている。

 

 学園生活を送るのは六年ぶりで、ミッドガルに来てから約二ヶ月半が過ぎようとしていた。

 

 僕は端末を鞄に仕舞い、天井を見上げた。最近は瞑想(めいそう)ばっかりで特訓はしていない。

 

 "虚無の世界"にも行かず、書類仕事ばっかりしていたので筋力トレーニングは何一つしてない。

 

 すると階段から二つの"気"を感じる。どうやら悠が起きてきたようだ。

 

 入口を見ると制服を着た二人の人間が入ってきた。

 

 一人はこの学園の生徒会長、物部深月さん。もう一人は深月さんの義理の兄、物部悠。僕の親友だ。

 

「おはよ、悠」

 

「ああ、おはよう、亮」

 

 悠が挨拶を返し椅子に座る。少し遅めの朝食を取り、僕たち三人は宿舎を出る。

 

 ドラゴン戦において、悠はユグドラシルと取引してマルドゥークの兵器の設計図を手に入れ、何度も勝利に貢献している。しかしその代償で記憶を失ってしまった。

 

 今では三年前の記憶を思い出せない状態。深月さんとの思い出すら覚えていない。

 

 このことを知っているのは僕とイリスさんの二人だけ。

 

 イリスさんは悠の記憶を取り戻すため、ユグドラシルを倒すことを決意する。

 

 しかし、倒したところで記憶は戻らない。取り戻すにはキーリとティアちゃんの協力が必要だ。

 

 キーリはフレスベルグとの戦いの最中に姿を消し、フレイズマルを調べるために、スレイプニルのジャンヌと共に行動している。

 

 僕は原作を知っているため、この後の展開を知っている。

 

 まあ、そんなことはどうでも良い。エルリア公国から戻って以降———落ち着かない状況だ。

 

「きゃーっ!」

 

 僕たちが通学する女子生徒たちの前に現れた途端、黄色い歓声が響く。

 

 一瞬びくりとした僕と悠だが、深月さんは余裕のある表情で「皆さん、おはようございます」と挨拶をした。

 

「おはようございます!」

 

 すると周囲の女子生徒たちは声を合わせて挨拶を返す。

 

 皆が足を止め、ぼうっとした表情で僕たちを眺めていた。僕と悠はむず(がゆ)(おも)いをしながら、深月さんと並んで歩く。

 

「いったいこの状況は何なんだ……」

 

 悠が小さな声で呟くと、深月さんが僕たちを見て言う。

 

「仕方ないですよ。今やブリュンヒルデ教室は、ミッドガルの英雄的存在なんですから」

 

「英雄? 深月さん、いくらなんでも言い過ぎじゃないか?」

 

 僕がそう言い返すと、深月さんは呆れた様子で息を吐く。

 

「兄さんと亮さんは自覚が足りませんね。ブリュンヒルデ教室はこれまでのドラゴン討伐において常に作戦の中核を担ってきました。その上、前回はチーム単独で撃破不可能と言われたフレスベルグを打倒したんです。注目されるのは当然と言えます」

 

「……そういうものなのか?」

 

 フレスベルグはドラゴンの中で最も難敵とされていた。それが討伐されたとなれば、皆が特に喜び、安心するのも分かる。バジリクスを討伐した時も、皆は喜んでいた。

 

 しかし、僕は神であるため、英雄なんて言われても虫唾(むしず)(はし)る。

 

 悪い気はしないが、あまりそういう目で見られたくはない。

 

 だが今回は、これまでの注目のされ方が違う。特に悠に向けての視線だ。

 

「まあ兄さんの場合は———英雄というよりも、王子様として見られているかもしれませんが」

 

「お、王子様?」

 

 悠にはあまりにも似つかわしくない単語を聞いて、困惑する。

 

 そういえば原作でもそうだったと僕は思い出す。

 

「これは主に、フィリルさんのせいですね。ミッドガルに帰ってきてから、色んな人に兄さんの話をしているそうです。兄さんは自分にとって、白馬の王子様だった———って」

 

 少し不機嫌そうな声で言う深月さん。

 

 フィリルさんはフレスベルグに見初められたクラスメイトであり、エルリア公国の王女だ。悠は彼女を守るためにユグドラシルと取引をし、大きな代償を支払って奴を倒した。

 

 主に倒したのは悠であり、これがきっかけでフィリルさんは彼に好意を寄せている。

 

「白馬の王子様なんて、英雄よりも恥ずかしいな……」

 

「悠さんよ、そう言ってる割に嬉しそうなのは何故でしょうか?」

 

 僕は悠をからかう。コイツをからかうネタが増えたので当分はこの話題を使うことにしよう。

 

「……このままだと、不純異性交遊禁止の通達を破る子が出てくるかもしれません。気を付けないと」

 

 深月さんは悠を睨んだ後、小さな声で呟く。

 

「え? 何か言ったか?」

 

「———気にしないでください。独り言です」

 

 深月さんはそっけなく答えると、歩調を進め、僕たちは彼女の後に続く。

 

「あのっ! お、おはようございます!」

 

 途中、何人かの女子生徒に挨拶される。僕と悠は彼女たちのキラキラした眼差しに困惑しつつも返事をした。

 

「ああ、おはよう」

 

「おはよう、良い朝だな」

 

「……っ!」

 

 すると女子生徒は顔を真っ赤にして走り去る。そんなことを繰り返す度に、どうしてだが深月さんの機嫌はどんどん悪くなってしまう。特に悠に対することだろう。

 

「兄さんに亮さん———人気が出てさぞや嬉しいでしょうが、調子に乗って風紀を乱すような行いはしないでください」

 

 じろりと僕たちを見上げ、釘を刺す深月さん。

 

「わ、分かってるって」

 

「心配するな、そんなことはしないと誓う」

 

 迫力に気圧されながら僕たちは頷く。深月さんが放つピリピリした空気を感じたのか、それ以降は僕たちに声を掛けてくる生徒は少なくなった。

 

 けれど、そのような遠慮をしない者たちもいる。それは僕や悠、深月さんと同じブリュンヒルデ教室に所属する仲間たちだ。

 

「あっ、ユウとミツキ、リョウなの!」

 

 弾んだ声が前方から響いてくる。

 

 僕たちの行く手に、クラスメイトたちの姿があった。早足で進んでいた僕たちは、すぐに彼女たちに追い付く。

 

「おはよう、ユウ! ミツキ! リョウ!」

 

 一番に僕たちを見つけた少女が、元気な声で挨拶してきた。光の加減で桃色にも見える髪の間からは、二本の赤い角が覗いている。

 

 この少女の名はティア・ライトニング。二ヶ月ほど前、彼女は"ムスペルの子ら"というドラゴン信奉者団体から保護され、ミッドガルにやってきた。彼女の角はアクセサリーではなく、"本物"。"ムスペルの子ら"のリーダーであるキーリ・スルト・ムスペルヘイムが、上位元素(ダークマター)から生体変換によって与えられたものだ。

 

 そしてティアちゃんと一緒にいた他の少女たちも、続いて挨拶してくる。

 

「三人とも、おはようございます」

 

 長い金色の髪を(なび)かせて振り返るのは、リーザ・ハイウォーカー。

 

 僕と悠に対する言動は厳しいが、とても面倒見が良く、仲間思いの少女で、ブリュンヒルデ教室は彼女を中心に(まと)まっていると言っても過言てはない。

 

「深月、物部クン、大島クン、おはよう」

 

「ん」

 

 続いてボーイッシュな雰囲気のアリエラ・ルーと、いつも無口だけど僕のことをお兄ちゃんと呼んでくれる赤毛の女の子、レン・ミヤザワが挨拶をする。

 

「おはよう」

 

「おはよう、皆」

 

「おはようございます」

 

 僕と悠、深月さんは手を挙げて皆に応じた。

 

 だがその場にいた最後の一人———文庫本を手にした少女、フィリル・クレストだけは挨拶を口にせず、無言で悠に近づく。

 

 (あ、この展開……やっぱり)

 

 原作通りなら、このあとフィリルさんの取る行動が分かる。

 

「フィリル?」

 

 悠は疑問の眼差しをフィリルさんに向ける。彼女は文庫本を閉じると両手を広げ、悠に正面から抱き付く。

 

「なっ!?」

 

 悠は彼女の行動に動揺し、遠巻きに見ていた女子生徒たちに、大きなどよめきが走る。

 

「……おはよう、物部くん」

 

 背伸びをしたフィリルさんが悠の耳元で(ささや)いき、悠の頬が赤く染まる。

 

 (ちょっとからかってやるか)

 

 僕は二人をからかおうとすると、深月さんは裏返った声が叫んだ。

 

「ちょっと、フィリルさん! いきなり何をしているんですか!」

 

「何って、ハグだよ。愛情の(こも)った、普通の挨拶」

 

 けれどフィリルさんは、平然と落ち着いた声で答える。

 

 周囲からはきゃーきゃーと騒がしい歓声が聞こえるが、気にもしない様子だ。

 

「あ、愛情?」

 

 わずかにたじろぐ深月さん。

 

「まあ、国によって挨拶は違うらしいし、別にいいんじゃない?」

 

 僕がそう言うと、深月さんが睨んできた。

 

「で、ですが、こういった行動は不純異性交遊に繋がります!」

 

「フィリルだけずるいの! ティアもハグする!」

 

 ティアちゃんは悠の後ろに回り込み、悠の背中に抱き付いた。まるでサンドイッチみたいだ。

 

 まだ幼いティアちゃんはこういった恥ずかしいことを平然とするが、フィリルさんはそれ以上に大胆な行動を取るため、原作に無い面白い展開になるだろう。

 

「もうティアさんまで! いくら挨拶でも、公衆の面前で過剰なスキンシップは(つつ)しんでください。風紀に悪影響を及ぼします!」

 

 顔を赤くして、深月さんは二人を悠から無理やり引き離す。

 

「深月のケチ!」

 

 不満そうにティアちゃんは文句を言い、フィリルさんは素直に身を引いた。

 

「そうだぞ二人とも。次からは誰もいないところでするべきだ」

 

 僕がそう言うと二人は納得して手を叩く。

 

「あ、なるほど。それがいいね」

 

「分かったの! ユウと二人きりの場所でするの!」

 

 これで悠をからかうネタがまた増えて楽しくなる。

 

「それはもっとダメです! 亮さん、フィリルさんたちにそういうことを言わないでください」

 

「ういっす」

 

 深月さんは眉を吊り上げて叫び、赤い目で悠を睨む。

 

「兄さんもされるがままにならないでください。兄さんさえ気を付けていれば、問題は起こらないんですから」

 

「き、気を付けるよ」

 

 悠は深月さんの剣幕に押されて、首を縦に振る。

 

「———それよりも、イリスはどうしたんだ? 姿は見えないが……」

 

 話題を逸らすようにして、悠はこの場にいない少女を探す。ブリュンヒルデ教室のメンバーは全員で九人。ここにはあと一人———イリス・フレイアが足りない。

 

「イリスさんなら寝坊ですわ。なかなか部屋から出てこないので、わたくしたちは先に行くことにしたんです」

 

 リーザさんが溜息を吐きつつ、悠の疑問に答える。

 

 原作を知っているので、彼女がいない理由を知っている。

 

「そっか、まあ……いつものことだな」

 

 そそっかしく、抜けた部分のあるイリスさんは、寝坊や忘れ物が多いのだ。

 

「兄さんも私が起こさなかった、完全に寝坊してましたけどね」

 

 ぼそりと深月さんが呟くと、リーザさんが呆れ混じりの眼差しを悠に向ける。

 

「もしかして———あなたは毎日、深月さんに起こしてもらっているんですか?」

 

「い、いや、毎日じゃないぞ? ちょっと寝過ごした時だけだ」

 

「深月さんを当てにしているのなら、同じことですわ。全く……妹に頼っている間は、一人前の男性とは呼べませんわよ? ほら、頭にも寝癖が少し残っていますし」

 

 リーザさんはそう言って、自然な動作で悠の髪を()でつける。

 

 悠とリーザさんの距離が近づき、またもや辺りから女子生徒たちの「きゃー」という声が響く。その声ではっとしたリーザさんは真っ赤にして悠から飛び離れた。

 

「な、何をさせるんですか!?」

 

「何って……リーザが勝手に頭を撫でたんだろう」

 

 悠も少し動揺しつつ、リーザさんに当然の反論をする。

 

 その様子を見ていたフィリルさんが、生暖かい微笑みを浮かべてリーザさんの肩に手を置いた。

 

「気持ちは分かるよ、リーザ。物部くんってカッコいいのに隙があるから、つい構いたくなっちゃうんだよね?」

 

「確かに、そういう面はあるかもしれませんわね……って、わたくしが同意したのは隙があるという部分だけですからね! 別にカッコいいとは思っていませんから!」

 

 リーザさんは悠に指を向け、早口で(まく)し立てる。

 

「じゃあ大島くんはどう思う? 彼って隙を見せないけど構ってもらうと意外な一面を知ることがあるよね」

 

 懲りずにフィリルさんが僕のことを聞く。彼女もリーザさんをからかうのだ。

 

「確かにそうですわね。カフェテリアで食事している時は満遍の笑みで浮かべていて可愛いとは思いますが……って、またしても何を言わせるんですか! オオシマ・リョウも余り調子に乗らないでください!」

 

「え? あ、ああ……」

 

 顔を真っ赤にしたリーザさんは僕を指差す。

 

 そして赤くなった顔を隠すように背を向け、ずんずんと学園に向かって歩き始めた。

 

「皆さん、行きますわよ。ここで話しこんでいては全員遅刻してしまいますわ」

 

「あ、待ってリーザ」

 

 フィリルさんが駆け足でリーザさんを追いかけ、僕たちも後に続く。

 

 遠巻きに僕たちのことを見ていた女子生徒たちも、きゃーきゃーとはしゃぎながら歩みを再開する。

 

 気付いてはいたが、いつの間にかギャラリーがかなり増えている。

 

 普段は同じ教室の仲間としか接する機会がないが、こうして他クラスの女子たちに包囲されるとその男女比に圧倒されてしまう。

 

 ミッドガルのクラスが十人未満の少人数制でよかったと心から思っている。

 




申し訳ありません。しばらく休みます。

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