ファフニール VS 神   作:サラザール

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今回は短めです。次回は一週間も経たないうちに投稿しようと思います。


青と緑

「———なかなか、壮観な景色ね。跡形もないわ」

 

 キーリ・スルト・ムスペルヘイムは、爆心地(・・・)を眺めて呟く。

 

 ユグドラシルの来訪によって放棄された、ドイツ・デンマーク国境付近の田園地帯。そこには今、何もなかった(・・・・・・)

 

 荒れ果てた畑も、寸断された道も、巨樹の姿をしたドラゴンすらも、存在しない。

 

 何もかもが消え去った跡には、幅数キロに渡る巨大なクレーターが広がっている。綺麗な半球状にくり抜かれた大地は、そこで凄まじい爆発が起こったことを示していた。

 

「いったい、ここで何が……」

 

 キーリの隣で呆然(ぼうぜん)と呟くのは、ジャンヌ・オルテンシア。ニブルの軍人であり、訳あってキーリと共に行動している。

 

 彼女たちは小高い丘の上から彼方(かなた)のクレーターを見つめている。

 

「さあね。その瞬間(・・・・)を見ていない私たちに分かるのは、これがヘカトンケイルとユグドラシルの接触によってもたらされた結果だということだけよ。まさかこれほどとは、私の想像を遥かに超えているわ」

 

 まるで世界の一部を(えぐ)り取られるかのような風景を見ながら、キーリは答えた。

 

「ニブルなら何が起こったのかを記録しているはずだ。また基地に潜り込めば詳細を探れるが———どうする?」

 

 ジャンヌは巨大なクレーターを見ながらキーリに聞く。

 

「あら、ジャンヌちゃんにしては珍しく積極的ね。けど必要ないわ。大事なのは過程じゃなくて、結果だから」

 

 クレーターの方から吹く風に髪を(なび)かせ、目を細めるキーリ。

 

「結果? どういう意味だ」

 

 聞き返すジャンヌに、キーリは硬い表情で頷く。

 

「それはね、これでユグドラシルが滅びたのかどうか———それだけが重要なのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つい先ほどニブルから報告が入った。ユグドラシルとヘカトンケイルが———消滅したらしい」

 

「なっ!?」

 

 二週間間後、ようやく発注した資料が届き、俺たちブリュンヒルデ教室は衣装の製作に入っていた。

 

 意外にもフィリルは裁縫のスキルがあるようで、深月と共に衣装製作の指揮の下、作業をしていると、篠宮先生が緊急の連絡を告げた。

 

「まず経緯を説明しよう。復活したヘカトンケイルがユグドラシルのいる方へと向かっていることは、早い段階で判明していた。だが過去二十年間、ヘカトンケイルは他のドラゴンと接触したことがない。今回も途中で進路を変えるだろうというのが、大勢(たいせい)の見方だったと聞いている」

 

 作業を一時中断して自分の席に着き、二体のドラゴンが消滅した経緯に耳を傾けた。

 

「だがその予想は外れ、ヘカトンケイルはユグドラシルへ接近。ニブルは異常事態であることを認識し、両者の動向を観察した」

 

 皆は真面目な顔で話を聞いている。

 

「…………」

 

 普段はどこか余裕の表情の亮でさえも、真剣に聞いていた。

 

 ユグドラシルは俺にとって単なるドラゴンの一体ではない。現状では協力関係にある存在だ。そして俺の記憶を取り戻す上、最後に頼ることを考えていた相手でもある。

 

 取り返しのつかない事態が起こってしまった予感に、俺は強い焦りを覚えていた。

 

「モノノベ……」

 

 そんな俺に気付き、左隣に座るイリスが心配そうな眼差しを向ける。

 

 俺は何とか「大丈夫だ」と無理やり笑い、篠宮先生の話に意識を集中した。

 

「そして今から一時間前、距離約二千メートルまで接近したヘカトンケイルに対して、ユグドラシルが攻撃を始めたそうだ」

 

「攻撃!? ドラゴン同士が戦ったんですの!?」

 

 リーザが驚きの声を上げる。

 

 それは当然の反応だ。ドラゴン同士の戦闘など、これまで例外がない。

 

「ああ、テリトリーを侵す者に対する迎撃行動だったのかもしれんが、これに応じてヘカトンケイルも戦闘を開始。ユグドラシルの枝や根に刺し貫かれながらも進撃を続けたヘカトンケイルは、(まばゆ)い光を放って大爆発を起こした」

 

「自爆して、刺し違えたということでしょうか?」

 

 深月が(かす)れた声で篠宮先生に問いかけた。

 

「観察していた分には、そのように見えたかもしれんな。けれど実際のところは分からない。ただ結果として、ユグドラシルがヘカトンケイルもろとも消し飛んだのは事実だ」

 

 それを聞き、深月は表情を硬くする。

 

「これまでの例を考えるなら、ヘカトンケイルは滅んでいないと見るべきでは? いずれ復活するかもしれません」

 

「そうだな。これまでの事例を考えて、君の考えも否定できん。だが今のところ復活したという報告はない。つまり、一時的な状況かもしれんが———現在この地球上には、我々を脅かすドラゴンがいないということになる」

 

 皆が息を()む音が重なり、教室がざわつく。

 

 二体のドラゴンが消滅し、"黒"のヴリトラは消息不明———。

 

 篠宮先生の言う通り、俺たちの脅威となるドラゴンは世界のどこにもいない。

 

「まだ気は抜けないものの、今回の事態は我々にとって好都合なものだと考えていいだろう。事態に動きがあればまだ報告する。君たちは学園祭の準備に戻ってくれ」

 

 そう言うと篠宮先生は慌ただしく教室を後にした。今回の件で色々とまだやることがあるに違いない。

 

「兄さん、私も少し行ってきますね」

 

 深月は篠宮先生を追うように席を立つ。(りゅう)伐隊(ばつたい)の隊長として、より詳しい話を聞きに行くつもりなのだろう。

 

「ああ……分かった」

 

 俺は上の空で返事をしたが、急いでいた深月は俺の様子には気付かず、早足で教室を出て行った。

 

 (これは、本当に好都合な状況と言えるのか?)

 

 俺は教室の天井に視線を向けながら考える。

 

 ユグドラシルが他のドラゴンと同様に人類の敵ならば、確かに好都合。けれど味方であったのなら、大きな損失だ。

 

 もしも姿を消していたヴリトラが現れ、俺たちが窮地(きゅうち)に陥った時———もはらユグドラシルの力は頼らず、新たな兵器データを得ることができない。

 

 フレスベルグの時のように神である亮でさえも敵わないかもしれない。

 

 記憶に関する問題もあるが、それを別にしても手放しで喜べる事態ではなかった。

 

 

 

 

 

 そして放課後———いつものように実行委員として教室へ残った俺とリーザだったが、今日はそこにイリスと亮の姿もあった。

 

「そういえばイリスさんもオオシマ・リョウと同じで彼の事情は知っているんでしたわね」

 

 リーザは真剣な表情のイリスを見て、思い出したように呟く。

 

「うん、だからユグドラシルが消滅したって聞いて……心配になったの。モノノベ、大丈夫?」

 

 俺の顔をじっと見つめ、問いかけてくるイリス。

 

「俺は何も変わらない。ユグドラシルにそんな異変が起きていたことも、全く気付かなかった」

 

 不安げなイリスを安心させるように微笑み、異常がないことを伝えた。

 

「気付かなかったということは、やはり奴とは常に繋がっているわけではないようだな」

 

 篠宮先生の話から一度も口を開かなかった亮が言う。

 

「まあ、悠の驚いた顔を見た時からそう思っていたがな。それよりユグドラシルのことだが、僕の予想ではまだ生きているかもしれん」

 

「っ!? どうしてそう思う?」

 

「奴は電気信号みたいなものでこれまでニブルの兵器を不調させている。それは人や植物も同じことだ。近くにある植物に意識を移し、操りそして復活するかもしれない。これまで事例がないだけで、完全に消滅したとは考えにくい」

 

 亮の言うことは一理ある。バジリスクと同じで俺たちが知らない能力を持っている可能性がある。

 

「貴方はそう考えていますのね」

 

「ああ、悠の記憶を奪うことだってできるからな。僕の推測では電気関係の能力じゃないかもしれない。それはあくまで能力の一部であって他にあると考えている」

 

 亮はそう言って天井に目を向ける。するとリーザが俺に質問をぶつけてきた。

 

「ユグドラシルには呼びかけてみたのですの?」

 

「いや、まだだ。亮の言う通りに不用意に呼びかけてはいない」

 

「賢明な判断ですわね。ただ、今は多少のリスクを冒してでもユグドラシルが健在かどうかを確認すべきだと思います。オオシマ・リョウの言う通り、本当に生きているのなら、返事を応じるかもしれませんわ」

 

「分かった」

 

 俺は頷き、心の中でユグドラシルを呼んでみる。

 

 (ユグドラシル、聞こえるか? 聞こえていたら返事をしてくれ)

 

 だが、いくら待っても声は返ってこない。

 

「……ダメみたいだ」

 

 俺が首を横に振ると、リーザは腕組みをする。

 

「ということは、ユグドラシルは消滅したと考えるべきかもしれんな。俺の推測は外れてしまったな」

 

「いえ、貴方の推測は全て間違っていたわけではありませんわ。ですがそうなると選択肢が減りましたわ。ですが、記憶を取り戻す方法は他にあるかもしれません。彼のことはわたくしに任せて、オオシマ・リョウとイリスさんは学園祭の準備に精を出してください」

 

 リーザがそう断言すると、亮とイリスが頷く。

 

「了解した」

 

「うん……分かった。でも、リーザちゃん———」

 

 一旦言葉を切り、リーザを真正面から見つめるイリス。

 

「記憶を取り戻す方法はあたしじゃ思い付かなくて、リーザちゃんに頼るしかないけど———モノノベのことは、あたしも精一杯支えるから」

 

「え……?」

 

 リーザはイリスの強い眼差しに気圧(けお)されてか、少し体を後ろに引く。

 

「モノノベに思い出を託されたのはあたし。だから全部リーザちゃんとオオシマ任せにはできないよ。あたしも、自分のできることを探してみる」

 

 にっこりと微笑み、イリスは(かばん)を持って教室の入り口へ向かう。

 

「モノノベのことも、学園祭も、一緒に頑張ろ! じゃあ———また明日!」

 

「は、はい」

 

 手を振るイリスにリーザは上擦った声で応じた。俺も「また明日」と挨拶し、手を振り返す。

 

「じゃあ僕も宿舎に戻るか。それじゃ」

 

「ああ」

 

 そう言って亮もイリスの後を追うように教室を出る。

 

「あの子……何だか、変わりましたわね」

 

「そうか?」

 

 俺はいまいちピンと来ずに、首を(ひね)る。

 

「ええ、少し前までは頼りなくてふらふらしている印象でしたのに、今は何か強い芯があると感じます」

 

「強い芯……」

 

 それは俺がイリスに()いてしまったものかもしれないと、俺は罪悪感めいたものを覚えた。

 

 そんな俺の様子をリーザは(うかが)うように見つめ、躊躇(ためら)いがちに口を開く。

 

「あの……もしかして、あなたとイリスさんは———」

 

 けれど言葉を途中で切り、そのまま押し黙ってしまうリーザ。

 

「何だ?」

 

 どうしたのかと俺は彼女を促す。

 

「いえ———やはり、余計な詮索をするのは()めておきます。わたくしはあなたの……本当の恋人ではないんですから」

 

 どこか自分に言い聞かせるような口調でリーザは答え、少し無理を感じる笑みを浮かべた。

 

「さ、お仕事しますわよ。まずは今日の活動報告書からです」

 

 そうして俺たちはいつものように肩が触れる距離で椅子に座り、実行委員の仕事を片付けていく。

 




最近は悠視線ですみません。次は亮目線で書きます。

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