ファフニール VS 神   作:サラザール

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明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。学園長の正体がついに分かりました。今回もお楽しみください。


蠢く蔓

 イリスたちが"それ"に出会ったしまったのは、ただ不運と言うしかない。

 

 ブリュンヒルデ教室の窓から飛び出し、地面へと落下したのは(うごめ)く"(つる)の塊"。

 

 人目を避け、物陰へと移動していた"それ"は、偶然———学園祭の渡り廊下で少女たちに出くわした。

 

「な、何あれ!?」

 

 イリスは驚きの声を漏らす。

 

 奇妙な物体を見て立ち(すく)んだのは、一緒に学園祭を回っていたイリス、フィリル、アリエラ、レンの四人。

 

 普通なら悲鳴を上げて逃げ出す状況。しかし彼女たちは、これまで何度も厳しい戦いを(くぐ)り抜けた竜伐隊(りゅうばつたい)のメンバーだった。

 

「皆、気をつけて! よく分からないけど、普通じゃない」

 

 まだ"それ"に関する情報が伝わっていない段階ではあったものの、フィリルは即座に皆へ警戒を促す。

 

 退避することなく、身構える少女たち。

 

双翼の杖(ケリュケイオン)!」

 

 イリスは架空武装の杖を生成し、"それ"に相対した。

 

 フィリルも本の形をした架空武装を作り出し、アリエラとレンも後に続く。

 

 だが彼女たちが架空武装を手にし、戦闘態勢に入ったところで変化は起こった。

 

「えっ!?」

 

 イリスの持つ杖状の架空武装が歪む。

 

 ぐにゃりと、まるで溶けるように。

 

 その現象は皆に連鎖し、彼女たちの持っていた架空武装は黒い上位元素(ダークマター)の球体へと戻り———"それ"の元へと引き寄せられた。

 

 そして彼女たちの手を離れた上位元素は、"それ"に癒着(ゆちゃく)して再び形を歪ませる。

 

 上位元素の表面が濁った緑色に染まり、不気味に(うごめ)く。

 

 瞬く間に膨張した上位元素は、弾けるように緑色の(つる)へ変貌し、"それ"の一部となってしまう。

 

「な……」

 

 信じられない現象を前にして、フィリルは驚きの声を漏らした。

 

 上位元素から変換された蔓は絡み合い、太さと長さを増し、彼女らへと襲い掛かる。

 

「皆、逃げてっ!」

 

 最も早く驚きから我に返ったアリエラが、皆へ撤退を促した。

 

 "それ"に背を向け、逃げ出す彼女たち。

 

 だがその判断は、少し遅過ぎた。

 

「きゃあああああっ!?」

 

 少女たちの体に巻き付く蔓状の触手。

 

 

 

 ———第五権能(コード・フュンフ)、確保。

 

 

 

 彼女らを捕まえた"それ"は満足げに、体を蠢かせる。

 

 しかし彼女らの悲鳴を聞きつけ、そこに一組の男女が現れた。

 

「な、何だこれはっ……」

 

 夫婦と思われる身なりのいい男性と女性は、少女たちを捕縛した"それ"を見て驚愕(きょうがく)する。

 

 

 ———人類の支配者層と認識。自己防衛において、排除より捕縛が適切と判断。

 

 

 そして"それ"は地面を()うように(つる)を伸ばし、素早く彼らの足を絡め取った———。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "神界"。神々たちが住む世界。その中央に位置する高い建物は、神々が仕事場としている天上塔。

 

 今、"世界神"たちは仕事に追われていた。

 

 "世界神"の仕事は、自分が管理している世界の文明レベルの調査と分析、世界の脅威となる存在の排除、そして世界に起きる空間の歪みという自然現象を消すこと。

 

 十階に位置するフロアは"世界神"の仕事場。デスクでの仕事が主で、自身が管理する世界での仕事は一日に平均八時間。

 

「いつになったら終わるんだよ」

 

 第一世界の"世界神"河本義晴は、書類仕事をしながら愚痴を漏らす。

 

 彼は何百時間も家に帰っておらず、書類仕事と自分が担当する世界に発生する歪みを修正をしていた。

 

「仕方ないよ。急な仕事がいつ入ってくるか分からないもの。どんな時でも臆せず対応するのが神として必要なことよ」

 

 隣のデスクで書類仕事をしているのは第二世界の"世界神"飯島弥生。神々の中でも一番の力持ちで、皆のお姉さん的存在である。

 

 実は"神界"に流れる時間と下界で流れる時間は違っており、下界での一分は神界では六時間。

 

 ドラゴンボールに出てくる"精神と時の部屋"と同じである。

 

 そのため、神々は何千何万という年の中で生きている存在であり、彼らは殺されない限り病気で死ぬことはない。

 

「でもこんなに仕事がいっぱいなのは何十年ぶりかしら? 他の皆は下界での仕事で出かけてるわね」

 

「ああ、こんなに仕事をしたのは"世界神"になって初めてだ。休みたいけど頑張るしかないな」

 

 そう言って義晴は両腕を伸ばして気合を入れる。

 

 彼は知的なことが大好きで、ノートパソコンや書類の入ったブリーフケースを肌に離さず持ち歩いている。

 

 外に出てもパソコンをいじったり書類仕事をしたりと仕事神というあだ名がつけられている。

 

 その他にも第一世界で死んだ人間が行く天国にある学会にも出席しており、神になる以前は百年に一度の天才と言われた少年だった。

 

「そういえば亮と八重は今頃デートか……。羨ましいな、俺も早く彼女が欲しいな」

 

 義晴は生まれてから一度も恋をしたことがないため、愛や恋という感情を感じたことがない。

 

 そのため彼は恋や愛など、生物が必ず持つ感情を研究している。

 

「あら、恋がしたいの? だったらお姉さんが教えてあげるわ」

 

「仕事はもうすぐ終わりそうだな。帰ったら学会に出す資料を仕上げないとな」

 

 弥生の冗談を華麗にスルーした義晴は作業速度を上げる。

 

「無視することないじゃない。ワタシは恋愛経験豊富なのよ? 何だったら恋に必要なものだってあげるわ」

 

「やめてください、聞きたくありません」

 

 弥生はこれまで数々の人間たちを手玉に取った神であり、第二世界の人間たちは"世界最悪の魔女"と恐れられている。

 

「大丈夫よ、アンジェリカから貰ったBL本や薄くて興奮する本だって貸してあげるから」

 

「しつこいですよ! ホントにやめてください! 全く……裏の性格を知らない亮たちは幸せだな」

 

 義晴は溜息を吐いて、デスクに置いてあったコーヒーを飲む。

 

 弥生の性格を偶然知ってしまった義晴は、彼女のことが苦手になったのだ。義晴以外の"世界神"はそのことを知らず、頼れるお姉さんと憧れる神もいる。

 

 弥生の裏の性格を知るのは義晴と第二世界の人間のみで、全王や神官王、その下の地位にいる神々たちでも知らない。

 

「あの時は焦ったわ。まさか義晴くんが入ってくるとは思わなかったもの。全王様や神官王様に知られたらワタシ……神様辞めるわ」

 

「じゃあバラしますよ。こんな秘密を抱えてる俺の身にもなってくださいよ」

 

 その言葉を聞いた弥生は、舌を舐め回すような表情で義晴を睨む。

 

「義晴くん? 喋ったら……どうなるかしら?」

 

「っ!?」

 

 義晴は弥生に恐怖を感じ取り、身構えてしまう。

 

 彼女から放つ威圧感で体が動かない。彼女に恐怖を感じた義晴は涙目で首を縦に振る。

 

「分かりました。どうか許してください」

 

 すると弥生は満遍の笑みを浮かべ、それまで感じた恐怖が収まる。

 

「ならいいわ」

 

「ふう……死ぬかと思ったよ。……ん? これはっ!?」

 

 義晴は何かを感じ取ったようで、杖を取り出して先端にある丸い球体を見る。

 

「どうしたの?」

 

 弥生は義晴の様子を見て問いかける。

 

「何だこれは……」

 

 そこに映し出されたのは、フードを被った男が空間の歪みに向けて"神の気"を注ぎ込む場面だった。

 

「どういう事? この人間は何者かしら?」

 

「分からない。だが、只者(ただもの)じゃなさそうだ。あそこは第十二世界、亮が担当している世界だ。俺は神官王様に伝えてくる。弥生さんは他の"世界神"たちに連絡してくれ」

 

「分かったわ」

 

 そう言って義晴は急いで神官王のいる部屋へと駆け出した。

 

 ちなみに学園祭でデートしている亮と八重もフードの男を杖で見ており、すぐに現場へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グレー・ドラゴン……"灰"のヴァンパイア?」

 

 俺はシャルロット学園長の口にした名を、呆然(ぼうぜん)と繰り返す。

 

「学園長はドラゴン、なんですの? それともヴァンパイアということは———吸血鬼?」

 

 一緒に話を聞いていたリーザも、呆気(あっけ)に取られた表情で学園長へ聞き返した。

 

「さて、な。実を言えば、私にもよく分からん。あの怪物たちのように巨大でもなく、破壊的な力も持っていない。ただ、私の先代が吸血鬼のオリジナル(・・・・・)であることは確かだ」

 

 学園長はそう答えた後「まあ、吸血鬼の伝承は噂に大量の尾びれが付いた代物であるから、一緒にされるのは不本意だがな」と付け加えた。

 

「きゅ、吸血鬼のオリジナル……? じゃあ、グレー・ドラゴンっていうのは……?」

 

 俺は頭の中が上手(うま)く整理できず、学園長に疑問の眼差しを向けた。

 

「まあつまり、ヴァンパイアと呼ばれた私の先代は、自分と他のドラゴンが本質的には同じものではないかと考えた———ということだよ」

 

 遠い目をして答える学園長。

 

「そう言われても……さっぱり理解できません。ちゃんと俺たちに分かるように説明してください」

 

 大事な部分だけははぐらかされているような気分になり、俺は学園長にそう訴える。彼女は口元に笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「———数百年前に現れた一人の男。その者は生まれながらに人間を支配する力と、世界(・・)()守ら(・・)なければ(・・・・)ならない(・・・・)という強い目的意識を持っていた。それが私の先代だ」

 

 まるで昔語りをするかのように、学園長は言葉を紡ぐ。

 

「彼はその力を用いて、人間が世界を壊してしまわぬように管理(・・)を始めた。近代になり、強力な兵器を手にした人類が自滅の道を辿(たど)らなかったのは———ひとえに彼のおかげだ」

 

 学園長は「彼は核戦争を止めて、世界を救ったのだぞ」と冗談めかして付け足し、俺に視線を向ける。

 

「彼はドラゴンに関する仮説を立て、ドラゴン共が現れた時にこう考えたのさ。あの怪物も自分と同様、何らか(・・・)()役割(・・)()果たす(・・・)ために(・・・)に強力な権能を与えられた存在ではないか———と」

 

 そう言った後、学園長は肩を(すく)める。

 

「だからこそ、自分自身にもグレー・ドラゴンという名を付けた。その称号を継がされた私は、いい迷惑だったがな」

 

 グレー・ドラゴン———"灰"のヴァンパイア。

 

 学園長が言った「継いだ」と聞いて俺は先代のことを口にする。

 

「継いだということは、その先代は今……」

 

「ああ、もうこの世にはおらんよ。私に面倒事を押し付けて逝ってしまった。私は正直、彼ほど世界を大切には思っていない。けれど、彼の()したことを無駄にするわけにもいかんから、こうしてミッドガルの学園長を務めているのだ」

 

 やれやれと学園長は溜息を吐いた。

 

「学園長として働くことが、世界を守ることになるんですか?」

 

「現在、人間社会で最も大きな火種は"D"だ。世界安定のためにミッドガルという場は欠かせない。ゆえに私は、ここを守っておる。ドラゴンではなく、人間からな」

 

 皮肉を少し交えた口調で答える学園長を見て、俺は安堵(あんど)の息を吐く。

 

「ドラゴンと言われた時は驚きましたが……学園長は、俺たちの味方と考えていいんですね?」

 

「味方でなければ、そなたらを助けたりはせんだろう。とりあえず、これで納得できたか? 納得できたのなら———これから私の指示に従って、そなたが持ち込んだ厄介事の後始末に当たってもらうぞ?」

 

 腕を組み、俺を睨む学園長。

 

「……はい。尻拭(しりぬぐ)いは自分でします。けど、最後に一つだけ聞かせてもらっても構いませんか」

 

「何だ?」

 

「その先代と、学園長はどういった関係だったんでしょう?」

 

 俺の問いに学園長は苦笑を浮かべ、小さな声で答えた。

 

「———私の父だ」

 

「「え?」」

 

 俺とリーザは学園長の言葉を聞いて言葉を失った。

 

「……すまない。この話は終わりにさせてくれ」

 

「い、いえ、すみません。親父さんのこととは知らず……」

 

「気にするな。悲しい思い出だが、昔の話だ」

 

 学園長は悲しい表情を浮かべて視線を逸らす。余計なことを聞いてしまったと俺は反省する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「現在、ミッドガル内にはユグドラシルと思わしき存在が侵入している。既に監視カメラの映像から行方を追跡し、動ける人員を使って捜索中だ。それと今のところ、竜紋(りゅうもん)が変色した生徒は確認されていない」

 

 あれから時計塔の司令室へと場所を変え、学園長は集まった者たちに対して現状を簡潔に告げる。

 

 司令室内にいるのは学園長と俺、リーザ、深月、ティア———あと、監視システムを操作している職員の女性オペレーターたち。

 

 大型のモニターにはミッドガル各所の映像が映し出されていた。

 

「あの———それは、本当にユグドラシルなんですか?」

 

 先ほど状況を知らされたばかりの深月が、手を挙げて学園長に質問する。

 

 あの後、昼食を作り終えて教室に現れた深月とティアは、事情も分からぬまま司令室まで連れて来られたのだ。

 

 イリス、フィリル、アリエラ、レン、そして亮の五人は学園祭の見物で教室を離れているため、司令室にはいない。端末へ連絡が入っているはずなので、じきに合流できるだろうが……心配ではある。あの"動く(つる)"が潜む今のミッドガルに、安全な場所はないのだから。

 

 学園長は皆の不安な眼差しを受け止めながら、深月に答える。

 

「断言はできんが、植物状の外見からして可能性は高いだろう。よって目標の呼称は暫定的にユグドラシルとする」

 

「ユグドラシルだとしたら、いったいどこから……来客に混じって侵入したのでしょうか?」

 

 疑問を口にし、眉を寄せる深月。学園長は俺の方をちらりと見た後、こう答えた。

 

「今のところ、侵入経路は不明。追って調査させるが、今はユグドラシルの排除が最優先だ。非常に小さな(つる)の塊であったことから"本体"ではなくその一部———端末であると考えられるが、野放しにはしておけん」

 

 どうやら、俺のことを(おおやけ)にするつもりはないらしい。

 

 隣に座るリーザが安堵(あんど)した様子で(ささや)きかけてくる。

 

「よかったですわね。まあ———あなたがユグドラシルと(ひそ)かに通じ、結果的に生徒や各国の賓客(ひんきゃく)を危機に(さら)したことが知られれば、ミッドガルと"D"の信用は地に()ちます。こうする以外に、選択肢はないのでしょうけど」

 

「……それに全部事情を話したら、学園長の立場や能力も明かす必要が出てくるしな。けど———たとえ皆に糾弾(きゅうだん)されなくても、俺は責任を取る。絶対に」

 

 リーザの言葉に頷きながらも、俺は右手をぐっと握りしめる。

 

 学園長に噛み付かれた左腕は、まだ感覚がなくて動かせなかった。支配というのがいったいとういう能力で、俺の体にどんな作用を及ぼしているのかは分からない。

 

 けれどたぶん、左腕の自由は完全に奪っておく必要があるのだろう。

 

「あまり一人で背負い込まないでください。知っていて上に報告しなかったのは、わたくしも同じですわ」

 

 リーザは(いた)わるように、俺の右手に手を重ねる。

 

「けど、これでもし何かあったら———」

 

 学園長のおかげで、リーザを手に掛けてしまうことは避けられた。しかし今後どんな被害が出るかは分からない。

 

「シャルロット様、ご報告です!」

 

 マイカさんが慌ただしく司令室に入ってきて、学園長に呼びかける。

 

「———戻ったか。来客の退避状況はどうだ?」

 

「ほぼ、完了しました。けれど三名、行方の分からない方がいます。そして生徒の中にも五名、応答のない者が……」

 

「誰だ?」

 

「来賓のハイウォーカー夫妻と井上八重という少女、ブリュンヒルデ教室のフィリル・クレスト、レン・ミヤザワ、アリエラ・ルー、イリス・フレイア、そして大島亮です」

 

 その報告を聞いた俺たちは息を呑む。

 

 イリスたちが……まさか———。

 

「父様と母様が行方不明? フィリルさんたちだけでなく、オオシマ・リョウまで……?」

 

 リーザは青ざめた顔で(つぶや)いた。

 

「フィリルたちに、何かあったの?」

 

 ティアは心配そうに声を上げ、深月は表情を険しくする。

 

「ユグドラシルと接触した可能性がありますね……」

 

 憂慮(ゆうりょ)していた事態が現実のものとなる。

 

 (まさか亮までもか?)

 

 亮はこの世界の神であり、本気を出せばドラゴンだろうと倒してしまうほどの力を持つ。

 

 ユグドラシルに捕まることは無いだろうと思っていたが、一向に現れないところを見るとその可能性が高い。

 

「俺、探しに行きます!」

 

 じっとしてはいられず、席を立つ。

 

「待て。もう少し情報が集まるのを———」

 

 学園長が制止の声を上げた時、司令室のオペレーターが鋭い声で報告を皆に伝えた。

 

「ユグドラシルの捜索に当たっていた篠宮司令から、アリエラ・ルーを保護したとの報告です。至急伝えたいことがあるそうなので、お(つな)ぎします」

 

 すると司令室の大きなモニター画面が切り替わり、篠宮先生とアリエラが映し出される。

 

「アリエラさん! 大丈夫なんですか!?」

 

 制服があちこち破けているアリエラの姿を見て、深月が焦った声で問いかけた。

 

『ボクは平気さ……けど、ごめん。レンたちは捕まって……助け出せなかったよ』

 

 アリエラはハアハアと荒く呼吸をしながら答える。

 

『あれはボクたちの上位元素(ダークマター)を奪って、巨大化したんだ……だから、架空武装で戦うのは、ダメだよ』

 

「アリエラさん、レンさんたちが捕まったのは分かりましたが、亮さんとは一緒でしたか?」

 

『ううん……大島クンとは一緒じゃないよ……少し前に宿舎に戻るって言ってたけど———』

 

 そこで限界が来たのか、アリエラはがくんと気を失ってしまう。

 

 どうやら亮は無事のようだが、アリエラの言葉に疑問を抱く。

 

 学園と深月の宿舎までには距離があるが、亮ならすぐに気付くはず。もしかすると、神の仕事でミッドガルには居ないのかもしれない。

 

 モニターでは篠宮先生がアリエラの体を支え、説明を続ける。

 

『今彼女が話した通り、対象は上位元素に干渉することができるようです。発見しても不用意に架空武装を生成しないよう通達しましたが……全員からの応答はまだありません。もし既に交戦状態にある者がいた場合、対象のさらなる強大化が懸念されます』

 

 篠宮先生がそう言った直後、ズゥゥゥゥゥンと低い振動が足元から伝わってくる。

 

「どうした、何があった!?」

 

 オペレーターに向けて学園長が鋭く問いかけた。

 

「ミッドガル北西の密林地帯で爆発! 映像、出します!」

 

 複数あるモニターのいくつかが同時に切り替わり、濛々(もうもう)と煙を上げる密林地帯を映し出す。

 

 煙の中で、(いびつ)な影が揺れた。

 

 風が吹き、煙が流れると———()じれ(うごめ)く大樹の姿が現れる。枝葉が絡み合ったような腕と、太い根の足を動かし、それは"歩行"を開始した。

 

「対象、学園へ向かって進行してきます!」

 

「どうやら、逃げるつもりはないらしいな」

 

 学園長はオペレーターの報告を聞き、俺のいる方へ顔を向ける。

 

「あなたを……取り戻すつもりかもしれませんわ」

 

 リーザが小さな声で呟いた。

 

 事情を知る学園長とリーザは、ユグドラシルの目的が俺だと判断したようだ。

 

 恐らく、そのよそは正しい。だとすれば俺は身を隠した方がいいのだろう。

 

 けれど———。

 

「学園長、提案があります」

 

 俺は学園長と視線を合わせ、強い口調で告げる。

 

「何だ? 捕らわれている者がいる以上、下手に手は出さんぞ」

 

 目を細め、学園長は俺に訊ねた。

 

「ですから、俺が人質を助けに行きます。ユグドラシルが上位元素に干渉する力を持っているのなら、竜伐隊(りゅうばつたい)は奴に近づけません。けれど俺は、架空武装を用いない戦い方に慣れています」

 

「……一人ではあまりに無謀だ。大島亮がこの場にいるなら勝機があるが、我が友がいないのだ。それに接近戦を挑める大きさではあるまい」

 

 学園長は画面に映るユグドラシルの姿を見ながら言う。周辺の木々と比較する限り、大きさは十メートルから十五メートルといったところだ。これまで戦ってきたドラゴンに比べれば小さい方だが、人間が生身で挑むにはスケールが違い過ぎる。

 

「兄さん、学園長の言う通りです。架空武装で戦えないなら、防衛用の兵器で足止めして、その上で皆さんの救出を———」

 

「それはたぶん、無理ですわ」

 

 だが深月の言葉をリーザが(さえぎ)った。

 

「なっ……どうして———」

 

「ユグドラシルは電気的な干渉力を持つと聞いています。恐らく防衛用の兵器は役に立たないでしょう。ここのシステムですら、いつまで持つか分かりませんわ」

 

 リーザがそう言った直後、モニターのいくつかにノイズが走り、暗転する。

 

「———監視カメラが何台か機能停止したようですわね。映像の途絶えたカメラとユグドラシルとの距離を教えてください! それが恐らくユグドラシルの干渉可能範囲ですわ」

 

 リーザに命じられたオペレーターが「は、はい!」と答え、慌ててパネルを操作した。

 

「およそ五十メートルです!」

 

「以前調べたユグドラシルに比べると、かなり狭いですわね……まだ十分な力を発揮できていないのかもしれません。それにもしかしたら……電子的な干渉可能範囲と上位元素に干渉できる範囲は、同じである可能性もありますわ」

 

 オペレーターの報告を聞き、リーザは腕を組んで呟く。

 

「どういうことですか?」

 

 深月が眉を寄せてリーザに訊ねた。

 

「人間の思考は、言わば脳内の電気的な活動です。そして上位元素はそんな人間の意思に感応して変化を起こしますわ。ならば思考や意思というものを電気的に再現すれば、上位元素にハッキング(・・・・・)を仕掛けることが可能かもしれません」

 

「つまり……機械に干渉している力と上位元素に干渉している力は、同じものかもしれないということですか」

 

 リーザの考えを聞いた深月は、口元に手を当てる。

 

「もし五十メートルまで接近が可能なら、モノノベ・ユウの援護は可能です。なのでわたくしが彼と共に行きますわ」

 

「え———リーザは、俺を止めないのか?」

 

 俺は彼女の言葉に驚く。事情を知る彼女は、俺がユグドラシルに近づくのを反対すると思っていたからだ。

 

 そんな俺の反応を見て、苦笑を浮かべるリーザ。

 

「……止めませんわ。止めたところで、あなたは行くのでしょう?」

 

 その声音(こわね)と表情には、諦観だけでなくとても温かいものが混じっているように感じられ、俺は奇妙な安心を覚えた。

 

「ああ———もちろんだ。よく分かったな」

 

「当然です。本日限定とはいえ、わたくしはあなたの恋人ですから」

 

 俺の言葉にリーザさ得意げに微笑み、大きな胸を張る。

 

「ティアも行くの! ティアはユウの未来のお嫁さんだもん!」

 

 元気よく手を挙げ、ティアがこちらに駆け寄ってくる。

 

「もう———兄さんたちだけで行っても、他の竜伐隊と連携が取れないじゃないですか! 私も行って現場で指揮を執ります!」

 

 深月もそう言って席を立つと、学園長が俺たちに鋭い眼差しを向ける。

 

「物部悠……やり遂げられるか?」

 

 学園長は、短く、それだけを訊ねてくる。

 

「やり遂げます。必ず」

 

「———そうか、分かった。ならばそなたを信じよう。信じなければ、友にはなれぬだろうからな」

 

 にやりと笑い、学園長は俺たちを送り出す。

 

 それまでは自由の利かない左腕に頼りなさを感じていたが、今は学園長が近づくを貸してくれているのが分かるようで———動かない左腕が、逆に心強かった。




いよいよ第五章も終盤を迎えました。いったいどうなるのでしょう……まあ、原作を知っている人なら分かりますよね。

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