ファフニール VS 神   作:サラザール

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いよいよユグドラシルとの決戦。そしてあの少女に能力の兆しが……。


VS 緑のユグドラシル 1

 ユグドラシルと交戦し、イリスとフィリル、レン、そしてリーザの両親を無事に救出することができた。

 

 あれから亮はまだ来ていない。恐らくアイツも手こずっているのだろう。

 

「ありがとうございます。あなたのおかげで、両親もフィリルさんたちも無事救出できましたわ」

 

 リーザが架空武装の穂先をユグドラシルに向けつつ、俺に礼を言った。

 

 リーザたちはユグドラシルが上位元素(ダークマター)の干渉されないようにおよそ百メートル近い距離を取って、援護をしてくれた。そのおかげでイリスたちに怪我は無く、リーザの両親は安全な場所に避難させた。

 

「いや、リーザの正確な援護射撃のおかげだよ。じゃあ後は———ユグドラシルを一気に消し飛ばすだけだな」

 

 俺はイリスの手を(つか)んだまま、ユグドラシルの方へと向き直る。

 

 だが木の根を(うごめ)かせる巨樹の姿を見た途端、ぞくりと背筋が震えた。

 

 何か……先ほどまでとは雰囲気が違う。

 

 

 

 ———脅威認識、自己保存を最優先。

 

 

 

 脳内で、ユグドラシルの声が響く。

 

 それは相変わらず機械的で、抑揚(よくよう)のない声音(こわね)だったが……何か、強い感情のようなものが伝わってきた。

 

「兄さん、早くイリスさんから上位元素(ダークマター)を借りて対竜兵装の構築を!」

 

 けれど深月の指示が耳に届き、俺は余計な思考を振り払う。

 

 ユグドラシルの変化は気になるが、今は(やつ)を倒すのが第一だ。

 

「分かった。けど、ここで撃つとミッドガルにも大きな被害が出るぞ?」

 

「大丈夫です。対ヘカトンケイル戦と同じ手を使います。私たちが風でユグドラシルを空高く吹き飛ばしますので、兄さんは空中でユグドラシルを撃滅してください」

 

 およそ三ヶ月前———ヘカトンケイルが突如としてミッドガルに出現した時、俺たちはその方法で奴を消し飛ばした。

 

 今のユグドラシルは、ヘカトンケイルに比べればかなり小さい。宙へ持ち上げるのは難しいことではないだろう。

 

「了解だ。イリス、やるぞ」

 

 ユグドラシルを(にら)みつけているイリスに、俺は呼びかける。

 

「……うん。できればモノノベの記憶について色々知りたかったけど———もう倒すしかないみたいだね」

 

 イリスは表情を曇らせながらも小さな声で(つぶや)き、渋々と首肯(しゆこう)した。

 

「対竜兵装———マルドューク」

 

 俺はイリスの上位元素(ダークマター)を借りて、巨大な砲塔を構築していく。

 

「特殊火砲、境界を焼く蒼炎(メギド)!」

 

 具現するのは現代の技術では再現不可能な、旧文明の兵器———その一部。

 

 回路やパイプが()き出しになった基部から、十数メートルにも及ぶ砲身が伸びる。

 

「皆さん、これより最大規模の空気生成でユグドラシルを空へ吹き飛ばします! カウント5!」

 

 俺が対竜兵装の構築を終えたのを見て、深月が(りゅう)伐隊(ばつたい)へと指示を出した。

 

 俺とイリス以外の全員が架空武装を構え、グラウンドの端にいるユグドラシルを見据える。

 

「4、3、2、1———放てっ!」

 

 深月の号令と共に、皆が上位元素(ダークマター)から空気へと物資変換を行う。

 

 ごうっ、と突風が巻き起こり、グラウンドの砂を舞い上げながらユグドラシルの巨体を()み込んだ。

 

 砂煙の向こうに揺らめくユグドラシルの影が、空へと昇っていく。

 

 高く、高く、吹き上げられたユグドラシルは砂煙を突き抜け、太陽の下にその身を(さら)した。

 

「今です、兄さん!」

 

「おうっ!」

 

 俺は精神と連動する対竜兵装を操作し、宙に舞うユグドラシルへ狙いを付ける。

 

 だが———。

 

「っ!?」

 

 砲塔が(きし)み、ガタガタと振動した。上手(うま)く意思が伝わらず、狙いがぶれてしまう。

 

 (これはまさか、ユグドラシルの電子干渉!?)

 

 まだ十分な距離があるはずなのにと、俺は驚愕(きょうがく)する。

 

 けれど驚きに見開かれた俺の瞳が、その答えを(とら)えた。

 

 上空のユグドラシルからこちらへ伸ばされた———細い枝。

 

 (枝を伸ばすことで、干渉範囲を広げたのか!)

 

 恐らく砂煙を目隠しにして、枝を伸ばしていたのだろう。

 

 これでは狙いを付けることができない。すると脳内からユグドラシルの声が響いてきた。

 

 ———緊急、危険、脅威を認識。

 

 ユグドラシルが恐れているのが分かる。機械的な言葉を発しているが、俺には恐怖を感じていると伝わってくる。

 

 奴が脅威に感じるもの、その意味に俺は理解できた。

 

「ビックバン・アタック!!」

 

 後ろから大きな声が聞こえた。皆は気付き声がした方へと向く。

 

 そこには頭から血を流し、制服がボロボロになった亮が"気"の砲弾をユグドラシルへ向けて発射した。

 

 "気"の砲弾はユグドラシルの長く伸ばした枝に直撃し、大きな爆発を起こした。

 

 細い枝が消滅したことで、砲塔の(きし)が収まった。

 

「亮!」

 

 俺は大声で亮の名前を呼ぶ。どうやら仕事を片付けたようだ。

 

「悠、今だ! ユグドラシルを倒せ!」

 

「ああ……発射(ファイア)っ!」

 

 ユグドラシルの方へ向き直し、制御を取り戻した境界を焼く蒼炎(メギド)を放つ。

 

 (あお)く輝く砲弾が空へと撃ち上がり、砲身は発射時の発熱に耐え切れず、融解した。

 

 (当たれっ!)

 

 俺は胸の内で祈る。

 

 しかし、亮の放った気弾の爆発により、ユグドラシルが空中で(わず)かに浮き上がり、砲弾はユグドラシルの枝葉を(かす)め———天高くで雲だけを吹き飛ばす。

 

 その爆風に()されるようにして、ユグドラシルがこちらへと落ちていく。

 

「っ———迎撃!」

 

 深月が焦った声で指示を出すが、構えた弓型の架空武装"五閃の神弓(ブリューナグ)"の輪郭は(ゆが)み、上位元素(ダークマター)の塊へと戻ってしまう。

 

 その現象は皆にも連鎖した。

 

「わたくしの"射抜く神槍(グングニル)"が!?」

 

 リーザの架空武装も形を崩し、ユグドラシルの方へと昇っていく。フィリルやレン、(りゅう)伐隊(ばつたい)の上位元素も、彼女たちの手を離れた。

 

 俺の対竜兵装が電子干渉を受けたのと同様に、深月たちの上位元素もユグドラシルにハッキングを受けてしまったのだろう。

 

「僕に任せろ!」

 

 すると亮は俺たちの近くに着地し、両手を広げてユグドラシルに(さだ)める。

 

「くらえ……っ!?」

 

 すると電子干渉を受けた上位元素の半分が亮の周りへと集まる。

 

 そして亮に触れた瞬間、爆発を起こした。

 

「亮っ!?」

 

 ユグドラシルによる電子干渉により、上位元素(ダークマター)を爆発させたのだろう。

 

 攻撃を受けた亮はその場で膝を突き、そのまま両手から血を流す。

 

「くっ……こんな攻撃、いつもなら平気なんだが……」

 

 深傷を負った亮を見た深月が指示を出す。

 

「全員退避! とにかくユグドラシルから距離を取ってください!」

 

 深月の指示を聞いた皆は、その場から逃げ出す。

 

「大島くん、大丈夫?」

 

「亮お兄ちゃん……しっかりして」

 

「ああ、すまない……」

 

 フィリルとレンは亮の体を支え、避難しようとその場を後にする。

 

「イリス、逃げるぞ!」

 

 俺もイリスの手を強く握って、駆け出した。

 

「う、うん」

 

 イリスは頷いて足を動かすが、視線は上空へ向いている。今でも俺の記憶のことを気にしているのだろう。

 

 深月たちから奪われた上位元素(ダークマター)は、ユグドラシルの枝へと集まっていく。

 

 俺は走りながらも空を(あお)いで、ユグドラシルの行動を警戒した。

 

 

 

 ———脅威、排除。

 

 

 

 頭の中で響く声に、首筋が(あわ)()つ。

 

 ユグドラシルから伝わってくる感情の正体に、俺は気付いた。

 

 これは、殺意(・・)だ。

 

「モノノベ! 何か来る!」

 

 ずっと視線をユグドラシルへ向けていたイリスが、切羽詰まった声を上げる。

 

 そして———ユグドラシルの殺意は、上位元素を介して具現化した。

 

 ハッキングされた上位元素が形を(ゆが)め、無数の細い枝となって地上へと降り注ぐ。

 

「皆っ! 避けろっ!!」

 

 俺は間に合わないことを悟りつつも、声を上げた。

 

 避けきれないし、守りきれない。

 

 きっと、誰かが傷つき、誰かが死ぬ。これはそういう攻撃だ。

 

 亮が無事ならなんとかなるが、現れた時から傷を負っていたため、防ぎようがない。

 

 そして凄まじい勢いで伸びた枝は、皆を貫く寸前に軌道を変える。

 

「っ!?」

 

 イリスが息を()む。

 

 全ての枝が向かう先は、俺のすぐ(そば)

 

 俺と手を(つな)いで走る彼女。

 

 「(まさかこの殺意は、イリス一人に向けられたものだったのか!?)っ!?」

 

 俺は右足を軸にして身を(ひね)り、回転するようにしてイリスと立ち位置を入れ替える。

 

 とっさにできたのは、それだけだった。

 

「がはっ……っ!?」

 

 腹部に焼き付くような熱さと異物感。少し遅れて激痛が脳を揺さぶり、俺はイリスの手を離す。

 

 イリスを狙っていた枝の一つが、俺の体を貫いていた。

 

 他の枝は、俺に触れる直前ね止まっている。

 

「モノノベ!」

 

 イリスが顔面を蒼白(そうはく)にして、俺の体を支えた。

 

「兄さん!?」

 

「ユウ!?」

 

 遠くから深月たちの声が耳に届く。

 

 

 

 ———ノイン負傷。非常事態。対応検討———

 

 

 

 頭の中にユグドラシルの声が響き、ずるりと腹部に刺さった木の枝が引き抜かれた。ごぽりと傷口から血が(あふ)れる。恐らくユグドラシルは、俺を傷つけるつもりはなかったのだろう。

 

 伸びた枝は落下中のユグドラシルの元へと引き戻され、戸惑うように(うごめ)く。

 

「ぐっ……」

 

 俺は右手で傷口を押さえるが、激痛と失血で眩暈(めまい)に襲われ、地面に膝をついた。

 

「モノノベ……血が、血がたくさん……」

 

 顔を(ゆが)め、目に涙を浮かべてイリスは狼狽(うろた)える。

 

 俺は痛みを(こら)えながら、そんな彼女に言う。

 

「イリス———逃げろ! ユグドラシルは、お前を殺す気だ!」

 

 地上へと落下してくるユグドラシルの姿は、(かす)む視界の中でみるみる大きくなっていく。

 

 今は俺を傷つけたことに困惑している様子だが、先ほどの攻撃は明らかにイリスの殺害を目的としていた。

 

 次に狙われたら、もう守りきれない。

 

「…………さない。許さない———」

 

 しかしイリスは俺の声が聞こえていないのか、激情に駆けられた瞳で上空のユグドラシルを睨んだ。

 

 背筋がぞくりと震える。

 

 ユグドラシルの殺意を感じた時とは比較にもならない。

 

 あまりにも強く、純粋な怒りに、俺は圧倒された。

 

「あたしは、あなたを許さないっ!!」

 

 イリスが掲げた手の平に、(つえ)が出現する。

 

 彼女の架空武装———"双翼の杖(ケリュケイオン)"。

 

「ダメ、だ……上位元素(ダークマター)はユグドラシルにハッキングされて———」

 

 俺は(かす)れた声で彼女を止めようとしたが、途中で異変に気付いた。

 

 赤い———。

 

 彼女の架空武装は白銀色だったはずだ。

 

 それが今は、鮮やかな赤色に染まっている。

 

 それはまるで没する太陽のごとき(まばゆ)赤光(しゃっこう)

 

 表面の物質化で(かす)かに色づいているわけではない。杖そのものが赤い輝きを放っている。

 

 俺はその色を———光を知っていた。

 

 

 

 ———第五権能(コード・フュンフ)、発動。脅威レベル、最新。対象をフュンフ・バジリスクの後継と認識。

 

 

 

 脳内でユグドラシルの無機質な声が響いた直後、引き戻されていた無数の枝が再びイリスを狙って落ちてくる。

 

 明確な殺意を込めた、致死の攻撃。

 

 どう足掻(あが)こうが(かわ)せる量ではなく、回避が可能な速度でもない。

 

 しかし———。

 

「来ないでっ!?」

 

 イリスの叫びと共に、杖から赤い閃光(・・・・)が放たれた。

 

 あまりに(まぶ)しくて、俺は反射的に目を閉じる。そして次に(まぶた)を開いた時———イリスに迫っていた枝のほとんどは(ちり)となっていた。

 

 消し飛んだ枝の断面は固く硬化し、ひび割れている。

 

 間違いない。これはバジリスクが用いた時間(・・)()吹き(・・)飛ばす(・・・)能力……"終末時間(カタストロフ)"。

 

 リヴァイアサンやフレスベルグの能力が俺に受け継がれたように、"終末時間"も誰かへ継承されていることは想定していた。それがイリスだったことは驚きだが、決して意外ではない。

 

 けれど……おかしい。

 

 今ここは、ユグドラシルの干渉圏内だ。

 

 イリスが上位元素(ダークマター)を変換してバジリスクの力を再現しているのだとしたら、途中でユグドラシルの干渉を受けてしまうはず。

 

 それなのに、イリスの赤い杖は煌々(こうこう)と輝き続けている。

 

 (まさかイリスは、上位元素(・・・・)()介さず(・・・)にあの赤い光を生み出しているのか?)

 

 信じられない思いで、俺はイリスを見上げた。

 

 彼女はただ、怒りの眼差(まなざ)しでユグドラシルを睨んでいる。

 

 俺のために———怒っている。

 

 たぶん、自分がバジリスクの力を使っている自覚もないのだろう。

 

「絶対に———許さないっ!!」

 

 激情のまま叫び、イリスは赤い杖を振りかざす。

 

 目が(くら)むような輝きが、世界を黄昏(たそがれ)(いろ)に染め変えた。

 

 落下するユグドラシルの巨体を()み込む、赤き光の柱。

 

 時を剥奪(はくだつ)する閃光が、ユグドラシルを風化させていく。

 

 

 

 ———存在維持、不可能。端末を放棄———

 

 

 

 ユグドラシルの声が(かす)かに聞こえ、遠くなる。

 

 常識の枠外にいるドラゴンであろうと、生物である以上は時間の流れに逆らえない。

 

 時の果てに行き着くのは、平等なる死。

 

 光が消え、砕け、細かな破片になった巨樹の残骸(ざんがい)が、パラパラと地面に降り注ぐ。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 イリスは肩で息をしながら、ユグドラシルの消えた空を仰いでいた。

 

 その手から赤い杖が消え、力尽きた様子で座り込むイリス。

 

 だが彼女はすぐに俺の方を向くと、震える手をこちらへ伸ばす。

 

「モノノベ……大丈夫だよ。すぐにみんなが助けに来るから」

 

 傷口を押さえている俺に優しく語りかけ、イリスは俺の頬に触れる。

 

「イリス———」

 

 出血と激痛で(かす)む意識の中、俺は彼女の名を口にした。

 

 本当は問いかけたい言葉が山ほどあるのだが、もはやそれを声にする力がない。

 

「兄さん!」

 

「悠!」

 

「ユウ!」

 

「物部くんっ!」

 

 皆が俺を呼ぶ声と、近づいてくる足音を聞きながら、俺は目を閉じる。

 

「モノノベ・ユウ! しっかりしてください!」

 

 最後に耳へ届いたのは、やけに必死なリーザの声だった。

 




次で「ミドガルズ・カーニバル」最終話です。お楽しみください。

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