ファフニール VS 神   作:サラザール

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今回は少し長いです。描くのに多少の時間を費やしてしまった。


友人のシャル

 上位元素(ダークマター)生成能力者"D"たちが集う南海の要塞島———ミッドガル。

 

 第二次性徴が始まるにつれて能力に目覚め、体が成熟すると共に能力を失う彼女たちの多くは、教育を必要とする年代の子供だ。

 

 そのため、ミッドガルには"D"のための"学園"が作られた。

 

 ちなみに僕は"D"ではなく"神"である。とある事情のため、ミッドガルに通っている。

 

 "D"たちには僕が"神"であることは親友の物部悠とその妹物部深月、そしてミッドガルの学園長シャルロット・B・ロード以外秘密にされている。

 

 学園の敷地内には様々な施設があり、最新の設備が整った医療棟も存在する。

 

 一週間前、ユグドラシルとの戦いで深手を負った僕と悠は、その医療棟で療養することになったのだが———。

 

「学園長……眠くなってきたんで、そろそろお(しま)いにしませんか?」

 

 ベッドの上に座って向かい合う金髪碧眼(へきがん)の少女に、親友の悠は躊躇(ためら)いがちに声を掛ける。

 

 小柄で、十代の少女にしか見えない外見ではあるが、彼女はミッドガルの最高司令官たるシャルロット・B・ロード学園長その人だ。

 

 ぶかぶかの白衣を(まと)う姿は"ごっこ遊び"をしているようにしか見えないものの、彼女は医師免許も持っており、現在は僕たちの担当医として治療を行ってくれていた。

 

 悠はともかく、僕は治療を行うことを何度も断ってきた。

 

 僕はこの世界を担当する"世界神"、創造と破壊を(つかさど)る神である。

 

 そのため自分一神(ひとり)で治療をすることができるが、シャルロット学園長がしつこく説得してきたため、仕方なく彼女に任せている。

 

 "世界神"としての仕事もあるため、学園長の目を盗んで神々の住む世界"神界"に戻っている。

 

 しかし検診と称して病室を訪れた彼女は、もう三時間もここに留まっている。

 

「待て、少し静かにしていろ。私は今、熟考中だ」

 

 整った眉を寄せ、桜色の唇をへの字にして考え込む学園長。彼女の視線は、悠との間に置かれた将棋盤に注がれていた。

 

「俺たち、一応は入院患者なんですよ? 夜更かしは体に悪いと思うんですけど」

 

「そなたらの怪我は私が(いや)してやっただろう。体は既に健康体なのだから、もう少し私に付き合うがよい。よし———これでどうだ!」

 

 学園長はパチリと駒を動かし、得意げに悠を見る。

 

 そう、完治に長い時間を要するはずだった僕たちの怪我は、既に()えている。明日からはもう授業にも出席する予定だった。

 

 それを可能としたのは学園長の有する"能力"によるもの。

 

 彼女は、体液を媒介(ばいかい)として他者を支配できるドラゴン(・・・・)———"灰"のヴァンパイア。

 

 人類が自滅の道を辿(たど)らぬよう人間社会を裏から管理してきた存在。我々神々ほどではないにしても、その功績は世界に多大なる影響を及ぼしている。

 

 この世界が滅亡しなかったのも、彼女のおかげである。

 

 ユグドラシルに操られた悠の左腕も、今は学園長のおかげで沈黙している。

 

 ただその代わり、左腕は悠の意思で動かすこともできなくなっていた。

 

「残念ながら詰みです。はい、王手」

 

 悠は溜息(ためいき)を吐き、自由の利く右手で駒を王将の前に置く。

 

「なっ、取った駒を使うなど、卑怯(ひきょう)ではないか! 私はその気になれば支配下にあるそなたらの心を読むこともできるのだぞ? それをせず、こうして正々堂々と戦っているというのに!」

 

 慌てふためき、悠が置いた駒を指差す学園長。

 

 ちなみに僕は心を読まれないように"神界"から持ってきた"神器"を使って彼女の体液を全て取り除くことにした。

 

 神々の世界でも守秘義務があるため、心に鍵を掛けることはできるが念のために治療を行ったその日に体から摘出した。

 

 この様子を見ると学園長の支配下から抜け出したことは気付いていないようだ。

 

「卑怯と言われても、これが将棋のルールですから。一応、最初に説明しましたよ?」

 

「むむ……駒の動かし方さえ覚えていればいいだろうと聞き流していたようだ。まさか、チェスにない要素もあったとは……思ったより複雑なゲームだな」

 

 学園長は腕を組み、悔しげに勝敗の決した盤上を見つめる。

 

「初めてだと覚えることが多くて、少し難しいかもしれませんね。まあ、俺も別に強いわけじゃないんで、ルールを把握すれば学園長の方が上手くなりますよ。さっきやったチェスでは、亮にも完敗でしたし……」

 

「まあ、戦いにおいて戦場を見極める眼を養っているからな。自然とどう動かせばいいのか分かるもんだ。よし、もう寝るか」

 

「……ふわ……それもそうだな」

 

 欠伸(あくび)をしながら悠は僕の言葉に同意して将棋盤を片付けようとするが、学園長は不満げな表情を浮かべた。

 

「待て、もう一勝負だ。せっかくそなたらと遊ぶために日本のボードゲームを取り寄せたのだから、これで終わりにするのは勿体(もったい)ない」

 

「また今度でいいでしょう? 暇な時ならいつでも相手にしますから」

 

 眠い目を擦り、悠は学園長を説得する。しかし彼女はむすっとした顔で駒を並べ始めてしまう。

 

 僕はその隙に自分のベッドに戻ろうとするが、彼女は右手で駒を並べてながら左手で僕の病院着を掴む。

 

「そなたにもまだ一度も勝っておらぬぞ? このまま寝かすわけがないだろ」

 

「負けず嫌いだな……」

 

 僕は仕方ないなとその場に留まり、悠も諦めた様子で初期位置へと戻す。

 

 すると学園長はさらに将棋盤を取り出して僕の前に置き、駒を並べて始めた。

 

「二面打ちだ。これでそなたらを同時に相手できる」

 

「そこまでするか?」

 

 どうやら僕と悠の二人掛かりで倒すつもりだ。

 

 仕方なく同意し、しんと静まり返った深夜の病室で僕たちの対局が始まった。

 

「それにしても、これはあれだな」

 

 悠の歩兵を取った学園長が、その駒を手に乗せて(つぶや)く。

 

「あれ?」

 

「相手を倒すだけでなく、それを己の陣地に取り込み、自らの力とする———何となく、我々とドラゴンの関係に似ていると思わぬか?」

 

 学園長に問われ、僕はこんな会話もあったと原作を思い出し、学園長の角を奪う。

 

「———そうですね。俺たちはドラゴンを倒すことでその能力を獲得し、逆に俺たちが負ければ、ドラゴンは"D"をつがいにしてしまう……似ていると言えば似ているかもしれません」

 

 悠も駒を動かしながら学園長の意見に同意する。

 

「だろう? ゆえに我々の戦いは、一度の勝敗が大きく戦局を左右する。物部深月が"紫"のクラーケンを、そなたが"白"のリヴァイアサンと"黄"のフレスベルグを倒し、その能力を再現可能になったことが以後の勝利にも(つな)がった。しかし———」

 

 そこで学園長は表情を曇らせる。

 

 悠は彼女の懸念を察し、抑えた声で問いかけた。

 

「……イリスのことですか?」

 

 僕たちのクラスメイトであり、いつも明るく真っ直ぐな少女———イリス・フレイア。

 

 イリスさんはユグドラシルとの戦いで、上位元素(ダークマター)を介さずに"終末時間(カタストロフ)"を行使した。"終末時間"そのもの(・・・・)を生成したイリスさんは、物質変換でドラゴンの能力を再現している悠や深月さんと根本が異なる。その異差は"D"という枠組みから外れるほどである。

 

 ちなみに僕は原作を知っているため彼女が"終末時間"そのものを使える理由を知っている。

 

 もちろん悠たちが知るにはまだ早い。

 

「ああ、もし仮にイリス・フレイアがドラゴンになってしまったのだとしたら、彼女はどちら側(・・・・)なのだろうと思ってな」

 

 相対する二つの盤上にある駒たちを眺め、学園長は不安混じりの言葉を漏らした。

 

 悠は将棋の駒を前に進ませつつ、学園長の瞳を見つめる。

 

「イリスは、人間です。バジリスクみたいな化け物じゃありません」

 

 どうやら原作通り、学園長は悠にイリスさんが(・・・・・・)ドラゴン(・・・・)になった(・・・・)可能性(・・・)がある(・・・)と口にしたようだ。

 

 悠は彼女の言葉に納得できないでいるのだろう。

 

「悠、そんな怖い顔をするな。学園長はあくまで仮説の一つを言っただけだ。僕の見解でもそう思っているが、本当のことは何も分からないままなんだ」

 

「大島亮の言う通りだ。それにもう綿密な身体検査を行ったが、肉体的な異常は見つからなかった。イリス・フレイアをドラゴン扱いするつもりはない」

 

 僕の言葉に便乗しながら苦笑し、肩を(すく)める。

 

「それなら、よかったです」

 

 安堵(あんど)の息を吐く悠だったが、学園長はそこで真剣な表情を作った。

 

「大事なのは、在り方よりも生き方だ。ドラゴンかどうかなど、突き詰めればどうでもいい。彼女が在り方に振り回されてしまわぬよう、そなたらが気をつけてやれ」

 

「———分かりました」

 

「ああ」

 

 悠は真面目に頷くが、僕は返事だけをする。

 

すると学園長は満足した様子で表情をむる緩めた。

 

「私もまた、グレー・ドラゴンなどという肩書きを継がされた身だが……そなたらの側に立つことを選び、そう生きている。そなたらという友人も得ることができ、私は今の生き方に満足しているよ」

 

 学園長が浮かべた微笑みには素直な嬉しさが(にじ)み出ていて、僕は胸が痛くなる。

 

 僕は一度交通事故で死に、神として転生したため自分を人間としてではなく神として生きてきた。

 

 僕よりも立派に生きている学園長を見ていると自分がどんなにちっぽけな存在であるかを思い知らされる。

 

 在り方は神ではあるが、生き方としては人間として生きているため彼女たちを見習っていこうと思った。

 

「こ、光栄です……」

 

 悠は学園長の微笑みに照れ臭くなったようで、視線を逸らしていた。

 

 しかし悠のそんな反応をお気に召さなかったのか、学園長は不満げに頬を膨らませた。

 

「だが———その他人行儀な話し方はどうにかならぬのか? 今は友人として遊んでいるのだから、立場を気にする必要はないのだぞ?」

 

「へ? いや、そう言われても……」

 

「まあ、友人といっても……」

 

 僕たちは明確な上下関係のある職場で過ごしてきたため、どうしても目上の人物には硬い言葉遣いになってしまう。それはもう、癖のようなものだった。

 

「むう、またそのように(かしこ)まる。よし、決めたぞ。私が将棋での勝負に勝ったらそなたらは敬語を禁止する。あと、私のことは気安くシャルと呼ぶがいい」

 

 やはり原作通りの展開になってしまった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。学園長はミッドガルの最高責任者なんですから、それじゃあ周りに示しが付きませんって」

 

「何、私たちの時だけで構わん。では———本気で行かせてもらうぞ」

 

 学園長は表情を引き締め、ぱちりと駒を動かす。

 

「……まあ、俺たちが勝てば諦めてくれるんですよね」

 

 悠は溜息(ためいき)を吐きながら駒を前に進める。

 

「何を言ってる。私は勝つまで(・・・・)やるつもりだ」

 

 にやりと不敵に笑う学園長。

 

 悠はその言葉に唖然(あぜん)とし、今夜は学園長が勝つまで眠れないことを悟ったようだ。

 

「仕方ない。どうせ僕たちはそう呼ばなきゃいけないんだ。勝負だ、シャル」

 

「おおっ! そなたはそう呼んでくれるのか。嬉しいぞ、我が友!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (まぶた)の向こうに(まばゆ)い光を感じ、目を開く。

 

 気付くと朝になっていた。窓から白い朝日が差し込み、病室を明るく照らしている。

 

 (確か昨日は学園長と亮で将棋をして……)

 

 記憶を辿(たど)り、思い出す。

 

 学園長は本当に勝つまで諦めず、俺たちは眠気で意識が朦朧(もうろう)としていた隙を突かれ、三局目で負けてしまった。

 

 そこからの記憶は無く、恐らく気を失うようにして、眠りに落ちたのだろう。

 

 顔を左に向けると、隣のベッドで寝ているはずである亮の姿がなかった。恐らく神の仕事やらで出かけているのだろう。

 

 起き上がろうとして体を動かすと、違和感に気付く。右腕がやけに重い。

 

 左に向いた顔を右に向けると、すぐ目の前に学園長の整った顔があった。彼女は俺の右腕を枕代わりにして寝転び、俺を宝石のような碧眼(へきがん)で見つめている。

 

「よい朝だな。誰かの温もりを感じながら寝るというのも、悪くないものだ」

 

 学園長は心地よさそうに俺の腕に頬を()り寄せ、柔らかな口調で挨拶をした。

 

「なっ……ど、どうして学園長がここで寝ているんですか?」

 

 俺は言葉に詰まりながら問いかける。

 

「昨夜は私が勝つと同時にそなたは眠ってしまったからな。大島亮は少し前に神の仕事で出かけて行ったぞ。もちろん私の名前を呼んでな」

 

 学園長はそう言って俺に近づいてきた。

 

「きちんと約束を果たしてもらおうと、大島亮と同時に起きた時から待っておったのだ。ほれ、今は私たちだけだ。遠慮なくシャルと呼べ」

 

 ベッドの中で身を寄せ、学園長は俺の体を揺する。ふわりといい匂いが鼻腔(びこう)()で、柔らかな肢体が触れ合い、俺は自分の顔と耳に血が昇るのを感じた。

 

「ち、近いですって、少し離れてください」

 

「断る。昨夜の勝利報酬を得るまで、私は離れぬぞ。有耶無耶(うやむや)にされては堪らぬからな」

 

 ますます(かたく)なに、俺へしがみ付く学園長。このままでは(らち)が明かない。

 

「……分かりました。じゃあ、約束通りにします」

 

 俺は覚悟を決め、深呼吸をする。

 

「よし、来るがいい」

 

 わくわくした様子で学園長は俺を待ち受けた。

 

 俺は学園長と視線を合わせ、友人らしい(・・・・・)口調で言う。

 

「おはよう、シャル」

 

 途端、満面の笑みを浮かべる学園長。

 

「おお、やればできるではないか! よいぞ、それでこそ我が友だ!」

 

 学園長は嬉しそうに俺の頭を撫でる。

 

 細い指に髪を()かれ、俺は照れ臭さと心地よさが混じり合う、何とも言えない気持ちで溜息(ためいき)を吐いた。

 

「これでいいんだな?」

 

「ああ、満足だ。無理を聞いてもらった分、私もそなたのために力を尽くさなければ」

 

 学園長は緩んだ表情を引き締め、真面目な顔で言葉を続ける。

 

「———日本にユグドラシルと思わしき巨大樹が出現して以降、そなたへの干渉力が強まっている。私でも、いつまで押さえ込んでおけるか分からぬ。ゆえに、可能な限り早くユグドラシル討伐の手段を見つけよう」

 

「けど、ユグドラシルを倒すには、地球上の全植物を消し去る必要がある———って前に言ってなかったか? というか……そうまでしないと倒せないかもしれないなんて、ユグドラシルはいったいどういう存在なんだ?」

 

 以前、聞きそびれたことを俺は(たず)ねる。敬語を意識して抑えているため、微妙に話し辛い。

 

「私はそなたを支配した時、ユグドラシルの本質を感じ取ったが……まだ物証はない。現在、アスガルの研究所に裏付けと対策を依頼しているところだ。じきに何らかの返答があるだろう。詳しいことはその時に話す」

 

「アスガル……上層部の研究施設か」

 

 アスガルとは、ミッドガルやニブルの上部組織にあたるドラゴン対策を行う国際機関。恐らく学園長の正体を含め、多くの機密情報を把握しているのだろう。そうでなければ、学園長が何故ユグドラシルの正体に迫る情報を得たのかと、疑問を抱くはずだ。

 

「世界でも指折りのドラゴン研究者たちが集まる場所だ。そなたは彼らと私を信じ、動くべき時まで体を休めておけ」

 

「———分かった。シャルを信じて待つよ」

 

 俺が頷くと、学園長は満足そうに笑みを浮かべる。

 

 けれどその時、ガラッと音がして病室の扉が開かれる。

 

「モノノベー、オオシマー、朝だよ! もう起きてる?」

 

 病室に入ってきたのは、昨夜話題の中心にもなった少女———イリス・フレイア。

 

「えっ……?」

 

 だが、明るい笑顔を浮かべていたイリスの表情が、こちらを見た瞬間に強張る。

 

 そんな彼女の後ろから、ブリュンヒルデ教室のクラスメイトたちが姿を見せた。

 

「兄さんに亮さん、今日から授業に出るというお話でしたので迎えに———」

 

 血の(つな)がらない俺の妹———物部深月は、病室のベッドに同衾(どうきん)している俺と学園長を見て硬直する。

 

 旧文明の兵器データをユグドラシルからダウンロードする代償として、俺は三年前よりも前の記憶をほとんど失ってしまった。そのため深月と家族だった頃の思い出もなく、彼女が何を考えているのか分からないことも多いのだが……今だけは例外だ。

 

 真っ赤になり、(まなじり)を吊り上げる深月がどんな感情を抱いているのかは誰が見ても明白。

 

「に、兄さん……いったい何をしているんですか!」

 

 俺の方を指差して震える声で深月は叫ぶ。

 

 深月に続いて病室へ入ってきた他の皆も、顔を赤くして問いかけて来た。

 

「モノノベ・ユウ! これはどういうことなんですの!?」

 

 長い金髪の髪を逆立てそうな勢いで、リーザ・ハイウォーカーは俺を睨む。

 

「物部くんと学園長……何してたの?」

 

 いつも本を読んでいて、あまり表情を変えることのないフィリル・クレストが、底冷えのする微笑みを浮かべていた。

 

「学園長だけズルいの! ティアもユウと一緒に寝る!」

 

 赤い二本の角を生やした幼い少女———ティア・ライトニングは、一人違う意味で腹を立てている。

 

「だ、ダメだよ、ティア。あれはイケナイことなんだから」

 

 そんなティアをアリエラ・ルーが(たしな)めた。リボンで(まと)めた後ろ髪がぴょこりと弾む。

 

「ん!」

 

 赤毛の長髪を揺らし、レン・ミヤザワがこくこくと頷く。

 

「ちょっ、ご、誤解だ! 話を聞いてくれ」

 

 俺は慌てて言い訳をしようとするが、それを(さえぎ)るように学園長が口を開いた。

 

「———ふむ、学園の生徒にみっともないことろを見せてしまったか。実を言うと昨夜は遅くまで、こやつと大島亮の三人で激しい攻防を繰り広げていてな。そのまま疲れて一緒に寝てしまったのだ」

 

 学園長はするりとベッドを降り、皆に事情を説明する。

 

 しかしそれを聞いたイリスたちは、ますます顔を赤くする。

 

「お、遅くまで激しい攻防……」

 

 呆然(ぼうぜん)と学園長の言葉を繰り返す深月。また妙な勘違いをしていそうな雰囲気だ。

 

「まだ少し寝足りないが……今日の執務があるゆえ、私は学園長室に戻るとしよう。皆は勉学に励んでくれ」

 

 けれど学園長は深月たちの様子には構わず、病室の扉へ向かった。

 

 そして部屋を出る直前に振り返り、俺に不敵な笑みを向ける。

 

「大島亮に伝えておけ。次までにもっと練習して、今度やるときはそなたらを圧倒する。ひいひい言わせてやるつもりだから、覚悟しておけ———とな」

 

 激しく誤解を招く言葉を残し、病室を去る学園長。

 

 残された俺は、恐る恐る皆を見回した。

 

 ティアだけはきょとんとした顔をしているが、他の皆は顔を火照(ほて)らせ、俺を鋭い眼差しで睨んでいる。

 

「兄さん……生徒同士の不純異性交遊が禁じられているからと言って、まさか亮さんと一緒に学園長を……」

 

 握りしめた拳をわなわなと震わせる深月を見て、俺は首を全力で横に振った。

 

「ち、違う! 昨夜は単に遊んでいただけで———」

 

 けれど俺の言い訳を聞いたフィリルが強い口調で問いかけてくる。

 

「学園長とは、遊びなの? (ただ)れた……大人の関係?」

 

「変な意味に取らないでくれ! やましいことは何もしてない」

 

 俺は必死で説明するが、彼女らの誤解は根深く、神々の世界から帰ってきた亮のおかげで納得してもらうまでに十分ほどの時間を費やした。

 

 もし亮があのまま帰ってこなければ誤解を解くのは不可能だったかもしれない。




次回、皆さんご存知あのお神(かた)がミッドガルにやってきます。

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