ファフニール VS 神   作:サラザール

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 やっとこの話を投稿することができました。個人的には結構楽しみにして描きました。

 この小説を書き始めたことから頭に入れておきました。楽しんで読んでください。


最高位の神

「全く……将棋をしていただけなら、早くそう言ってください」

 

 医療棟からブリュンヒルデ教室のある校舎に向かう途中、深月はむくれた顔で言う。

 

「いや、何度も言ったが信じてくれなかったんじゃないか……」

 

 俺は濃い疲労の混じった溜息(ためいき)を吐いた。

 

「そ、それはあまりにも言い訳っぽかったから……あ、そんなことよりお二人の怪我の具合はどうなんですか?」

 

 バツが悪そうに話題を変え、深月は俺の左腕と腹部、亮の両腕に視線を向ける。

 

 今の俺たちは病院着から制服に着替え、俺は左腕にギプスを()めている。服に隠れて見えないが、腹部には亮の両腕と同じように包帯を巻いていた。

 

「僕はなんとか動かせるようになったよ。けど悠は大丈夫か?」

 

「心配ない。左腕の完治はもうしばらく掛かりそうだが、腹の包帯はじきに取れると思う」

 

 傍目にはかなりの重症と映るかもしれないが、学園長のおかげでとっくに怪我は治っている。

 

 ギプスは左腕を動かせないことを誤魔化すカモフラージュで、腹部と亮の両腕に巻いている包帯も本当は必要ない。

 

 ユグドラシルと俺の関係、亮の正体、そして学園長の能力を知らない者には、俺たちは一週間入院するほどの重症をおったことや、俺の左腕の骨にヒビが入っていることを説明してあった。

 

「なら、安心しました。けど無理はしないで、兄さんは運動や実習は見学してくださいね」

 

「分かっている。心配してくれてありがとう」

 

「えっ……あ、はい」

 

 俺が礼を言うと、深月は少し驚いた様子で(うなず)き、(かす)かに頬を染める。

 

 もしかしたら、俺らしくない(・・・・・・)言い方をしてしまったのかもしれない。

 

 深月を"家族"として見ていた俺なら、この場面では改まって礼を言わないのだろうかと考えるが、記憶を失くしている俺に正解が分かるはずもなかった。

 

「深月さんは心配性ですわね。お二人のことなら大丈夫ですわ。特にモノノベ・ユウならこの程度の怪我は問題ありませんわよ」

 

 リーザが横からポンと俺のギプスに触れる。

 

 彼女は全ての事情を知っているため、俺の左腕が負傷していないことも理解していた。

 

「リーザ……そんなに物部くんと大島くんのことを、頼もしく思ってるんだ?」

 

 けれどフィリルは、リーザの言葉を別の意味で捉えたらしく、からかうように口を挟んでくる。

 

「なっ、わたくしは別に……いえ、まあ、モノノベ・ユウはユグドラシルから両親を助けてくれましたし、オオシマ・リョウに至っては最初から頼もしく思ってはいましたが、その……」

 

 やけに動揺し、顔を赤くするリーザ。

 

 フィリルは彼女の反応を見て、微笑を浮かべた。

 

「それに"恋人の振り"もしたし、ね。一気に物部くんと仲良くなっちゃって、私……少しだけ悔しいな」

 

 そう言いながら、フィリルは俺に身を寄せてくる。彼女の豊かな胸が肘に当たり、俺は慌てた。

 

「お、おい、フィリル?」

 

「ねえ、物部くん。私にも少しだけでいいから、恋人の振り———ううん、王子様の振りをして欲しいな」

 

 焦る俺を上目遣いで見つめ、そんなことを言い出すフィリル。

 

「ちょっとフィリルさん! わたくしはあくまでその必要があったから、彼に恋人役を頼んだんです。今、彼が王子様役をする必要なんてないじゃないですの」

 

 俺が何か言う前に、リーザが俺からフィリルを引き離す。

 

「えー……リーザだけ、ずるい」

 

「ず、ずるくなんてありませんわ! 深月さんに代わって風紀の乱れを正しただけです」

 

 不満げに睨むフィリルから視線を逸らし、言い訳っぽくリーザは答えた。

 

「ねえねえユウ! ティアはユウに、旦那さま役をして欲しいの!」

 

 だが今度は後ろからティアが飛びついてくる。首に手が回され、息が詰まった。

 

「ティ、ティア、苦しい……」

 

「ダメだよ、ティア。物部クンは怪我人なんだから」

 

 その様子を見ていたアリエラが、ティアを注意してくれる。

 

「あ、ごめんなさいの! どこか痛かった?」

 

 慌てて地面に降り、不安そうに謝るティア。

 

「いや、息苦しかっただけだから大丈夫だ。リーザの言う通り、この程度の怪我は全然問題ないしな」

 

「よかったの。でも……旦那さまのことを考えなかったティアは、お嫁さん失格なの」

 

 安堵(あんど)の息を吐くものの、ティアはしゅんと落ち込んでしまう。

 

「そ、そんなことないって。元気いっぱいのティアを見ているだけで、俺は明るい気持ちになる。ティアのことをお嫁さん失格だなんて言う奴は、誰もいないさ」

 

 必死に俺がフォローすると、ティアは(うかが)うように俺を見上げる。

 

「ホント? じゃあ……ユウも?」

 

「え、そ、それはまあ、これはあくまで客観的な意見というか———」

 

 自分で言った手前、否定することもできずに俺は曖昧(あいまい)に頷く。

 

「キャッカンテキ? よく分からないけど、ユウがティアのことをお嫁さんって認めてくれたの! じゃあユウ、ケッコンしよ!」

 

 しかし俺の曖昧な表現はティアに通じず、彼女は顔を輝かせて万歳をした。

 

「ま、待て、それとこれとは話が———」

 

「お嫁さん失格じゃないのに、ケッコンはタメっておかしいの!」

 

「それは確かにそうかもしれないが……」

 

 理屈で押してくるティアに俺はたじろぐ。

 

 だが逃げ場を失いかけた俺に助け船を出す者がいた。

 

「ティアちゃん、モノノベを困らせちゃダメだよ」

 

 俺とティアの間に割り込んできたのは、イリス。彼女は腰に手を当ててティアに注意する。

 

「むー、イリスはいっつも邪魔するの。やっぱりイリスもユウとケッコンしたいの?」

 

「ええっ!? あ、あたしは……」

 

 耳まで顔を火照(ほて)らせ、俺を横目で(うかが)うイリス。

 

 だが彼女はハッとした様子で深月の方を見ると、慌てて首を横に振った。

 

「そ、そういうことじゃないよ。ティアちゃんの年じゃ結婚できないのに、無理を言ったらモノノベが困っちゃうって意味で……」

 

 どこか苦しそうな表情でイリスは答える。それを見て、胸の奥がずきりと痛んだ。

 

 イリスは"記憶を失う前の俺"が、深月と結婚の約束を交わしたことを知っている。"本当の物部悠"が一番大切なのはたぶん深月なのだと、俺自身が話してしまったためだ。

 

 以来、イリスは深月に対して遠慮している。きっと俺の(・・)記憶(・・)()戻った(・・・)()()こと(・・)()考えているのだろう。

 

 今———俺とイリスは、互いを一番大切に想っている。

 

 だが、そんな"今"はやがて失われるのだと、イリスは覚悟してしまっているようだった。

 

 だから俺も、今の想いが正しいのか自信が持てない。それが揺るがぬものだと、確信できないのだ。

 

 そうして俺とイリスは、バジリスク戦後に想いを伝えあってからずっと———二ヶ月近く同じ場所で足踏みをしている。前に進むこともできず、後にも退けぬまま、時間だけが過ぎていた。

 

「何だかイリス、ホントのこと言ってない気がするの」

 

 ティアはそんなイリスの想いを敏感(びんかん)に察したのか、不満げに呟く。

 

「ほ、ホントだって! あたし嘘なんか吐いてないよ。ね、オオシマ?」

 

「ん? あ、ああ、確かにティアちゃんの年齢じゃまだ結婚はできないが、そんなに急ぐことはないぞ。もっと今を楽しんでいかなきゃ。結婚前にすることだって、たくさんあるからな」

 

 急に話を振られた亮は、少し戸惑いながら答えた。

 

「そうなの!? ケッコン前にはどんなことをするの?」

 

「そ、それは……」

 

 亮は困った表情を浮かべて言葉を濁らせる。すると亮はアリエラの肩にポンと手を置く。

 

「そういうのは経験豊富なアリエラさんに聞きな。僕は男だからあまり知らないけど、彼女は僕より役に立つことを知ってるぞ?」

 

「ちょっ!? お、大島クン!?」

 

 亮はアリエラを巻き込み、彼女は驚きながら亮を見る。

 

「後は任せた」

 

「えっ、そんな……」

 

「そうなの? ねえ、アリエラ。ティアに教えてなの!」

 

 亮の言葉を聞いたティアは、目を輝かせながらアリエラの腕を引っ張り、答えをせがんだ。

 

 アリエラには悪いが、俺が話題の中心から逸れてホッとする。

 

 イリスと亮はまたティアに追及されるのを避けるためか、俺からそそくさと離れて行き、レンと三人で会話を始め出した。

 

 会話の相手がいなくなった俺は、何となく辺りを見回す。

 

 ちょうど建物を(つな)ぐ渡り廊下に出たところで、学園の中庭とグラウンドが見渡せる。

 

 敷地の隅には、学園祭で使用したと(おぼ)しき廃材が積まれていた。

 

 皆で準備をし、和風喫茶を開いた学園祭。

 

 亮と一緒に女装する羽目になったり、リーザの両親の前で恋人の振りをしたり、ユグドラシルの端末と戦ったり———凄まじく濃い二日間だったように思う。

 

 まだあれから一週間しか経っていないのだ。

 

 そうして思い出に浸っていると、レンが亮との会話の最中に学園祭で出た廃材をぼうっと見つめていた。

 

 その横顔がやけに寂しそうで、俺は躊躇(ためら)いがちに声を掛けようとするが、亮が何かを察したように話題を変えてきた。

 

「レンちゃん。この前作った機械なんだけど、ちょっと専門技術が必要なところがあるんだよ。だから教えてくれないかな?」

 

「ん!」

 

 するとレンは目を輝かせながら亮の話に乗ってきた。まるで本当の"兄妹"のように見える。

 

 そういえば、エルリア公国に行った時からいつも以上に仲良くなっていたことを思い出す。

 

 未だに俺は彼女から警戒されているようで、亮に心を開いているレンを見て自分が悲しくなってきた。

 

 まだ彼女と会話をしたことがないため、どうすればいいのかが分からない。

 

 正直レンはミッドガルに入学してから、俺との間に壁を作っていたため、今でも携帯端末を使って会話に応じてくれると壁がなくなるのは不可能じゃないかと思ってくる。

 

 しかし俺はレンより、亮の話題転換を聞いて疑問を抱く。

 

 亮も彼女が学園祭で使った廃材を見つめていたのを分かっているため、普通なら学園祭のことを聞いてくるばず。

 

 だが、亮は彼女の作る機械の話題を振っていた。レンはブリュンヒルデ教室の中で賢いため、一人で精密な機械を作ることができる。

 

 十三歳と俺たちよりも年下ではあるが、飛び級してこのクラスに配属している。そのため俺たちの知らないことまで知っている。

 

 誰が聞いても違和感のない会話ではあるが、俺は亮が話題を切り替えたことに疑問を抱いていた。

 

 いくら亮が神であろうと分かるはずだろうか。

 

 まるで先のことが(・・・・・)分かった(・・・・)上で(・・)行動(・・)しているかの(・・・・・・)ように(・・・)

 

 ———プルルルルルルルル。

 

 突然、深月の制服から電子音が聞こえてきて、ポケットから小型の通信機を取り出し、硬い口調で通信機の向こうに呼びかけた。

 

「———学園長ですか? はい、放課後に………………そうですか。ええ———そうですか。ちなみにその方は…………えっ!? わ、分かりました。皆さんに伝えておきます。はい———」

 

 どうやら通信の相手は学園長らしい。しかし深月は驚いた様子で会話を続け、俺たちはどうしたのかと彼女に視線を向けていた。

 

 やがて用件が終わったらしく、深月は通信機を外して俺たちに向き直る。

 

「兄さん、学園長からのお知らせです。今日の放課後、私たちにお会いしたい方が来るとのことなので、学園長室に来るようにとのことです」

 

 深月が俺たちにそう告げると、近くにいたリーザが質問する。

 

「お会いしたい方とは、いったいどんな人なんですか?」

 

 すると深月はレンの隣にいた亮に視線を向け、皆も注目する。

 

「なんでも亮さんの知り合いだと言っておりました」

 

「え、僕か?」

 

 亮も少し驚いた様子で聞き返す。どうやら本人も知らなかったようだ。

 

 そして俺は初めて知ることになる。亮よりも上に立つ最高位の神がいることを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、俺と深月は指示通り学園長室へと向かっていた。

 

 学園校舎から時計塔への移動中、俺たちはこれから会う亮の知り合いについて話していた。

 

 ちなみに篠宮先生は、今日の昼休みから海外にあるアスガルの研究所に出張していてミッドガルにはいない。

 

 恐らくユグドラシルの件で何かあったのだろう。

 

 俺たちはエレベーターに乗り込み、学園長室のある最上階へと向かう。

 

 亮の知り合いはほとんどが他の世界を担当する神であるため、その誰かだろうと思う。

 

 しばらくして時計塔の最上階に止まり、ドアが開く。

 

 亮は何かを思い出したかのような表情を浮かべ、男子トイレへと向かった。

 

 本人は少し時間が掛かるとのことで俺たちだけで学園長室の前へ進む。

 

 俺は扉をノックする。その直後に「どうぞ」と聞き覚えのある声が返ってきて、皆は俺に続いて学園長室へと入る。

 

 部屋の中はいつもより明るくなっており、学園長室独自の独特な匂いはしなかった。カーテンも開いており、お客が来るとのことで部屋を模様替えしたようだ。

 

 部屋には学園長とその隣に立つメイド服姿を着こなす秘書のマイカ・スチュアートさん、そして部屋の真ん中には学園長と変わらない小柄の女性とその後ろに立つ二人の男性がいた。

 

 小柄の少女は"全"と書かれた見たこともない民族衣装のようなものを着ており、後ろの男性も少女とほとんど似ている服を着ていた。

 

 どこからどう見ても普通の少女と変わらない。この人たちが亮の知り合いなのだと知る。

 

「よく来てくれた。清らかな乙女、そして我が友……おや、大島亮の姿が見えないが……」

 

 学園長は俺たちを見渡し、亮がいないことに気付く。

 

「亮はさっきトイレに行きました。もうすぐ来ると思います」

 

「そうか、では彼奴(きゃつ)が来る前に紹介をしよう」

 

 すると学園長は小柄の少女に視線を向け、彼女は一歩前に出る。

 

「みんな、初めましてなの。亮くんがお世話になってるのね」

 

 少女はティアのように幼い子供のような口調で挨拶をする。

 

「ボクは全王、よろしくなのね」

 

 少女は自己紹介し、俺たちも続いて挨拶をする。

 

「物部悠です、よろしくお願いします」

 

「妹の物部深月です。こちらこそよろしくお願いします」

 

 最後に挨拶を終えた瞬間、扉からノックが聞こえた。

 

「どうぞ」

 

 マイカさんが返事を返すと、扉が開き廊下から亮が入ってきた。

 

「すみません、少し遅れまし…………なっ!?」

 

 すると亮は少女の姿を見ると、急に驚き顔を青ざめる。

 

「お、おい、嘘だろ……あ、あの、あのお方は……」

 

 亮は震えながら呟き、俺たちは驚きながら亮に視線を向ける。

 

「ぜ、全王様!!!」

 

 亮は恐怖したような表情で少女の名前を口にする。

 

「亮くん、久しぶりなのね」

 

 少女は亮に挨拶するが本人は驚いたまま硬直する。

 

「りょ、亮さん、あの方はいったいどなたなんですか?」

 

 深月は亮に近づいて小声で質問する。

 

「全王様……十二の世界全ての(・・・)頂点(・・)()立たれる(・・・・)お方(・・)()

 

 亮の言葉を聞いた瞬間、学園長とマイカさんを含めた俺たちは目を見開いた。

 

 この小柄の少女が、世界の頂点に立つ存在であることを知った。ということは、神様の中で一番偉い方となる。

 

 皆は再度全王と名乗る少女を見る。学園長やティアと同い年に見える彼女、一番偉い神様を想像していたが、思っていたイメージとだいぶ違っていた。

 

 亮はハッと我に返り、俺たちの前に立ってお辞儀をする。

 

「よ、ようこそ、全王様! ほ、本日は、お日柄も宜しくて足元の悪いなか……」

 

「うん」

 

 側から見ればおかしな日本語で話しているが、亮がこんなにも焦るのを見るのはブリュンヒルデ教室の一同とビーチで遊んだ時以来だ。

 

「全王さんって確かビーチで深月が言ってた……」

 

「ええ、私も初めて会いますが、予想していたのとだいぶ違いますね」

 

 俺と深月は小声で話しながら亮と全王さんを交互に見る。

 

「きょ、今日はどのようなご用件で?」

 

「今日はね、亮くんがお世話になってる皆に挨拶をしようと思ってきたのね。あと、この一週間、亮くんの仕事が遅いから心配になって来ちゃったのね」

 

 全王さんは今回の目的を言う。

 

 ユグドラシルとの戦いで負傷したため、神としての仕事が遅れていることも目的のうちに入っているようだ。

 

「ご、ご心配を掛けて申し訳ありません」

 

 亮はお辞儀をしながら謝罪する。まさかこんなに焦る亮を見ていると、どれだけ全王さんが偉いのかが伝わってくる。

 

 学園長とマイカさんも亮の行動に戸惑った様子だ。すると学園長は何かを思い付いたようで、不敵な笑みを浮かべながら口を開く。

 

「そう言えばこんなことを聞いてたな。仕事よりも乙女たちとキャッキャッウフフなことをしたいとな」

 

「なっ!? 学園長僕はそんなこと一言も言ってないぞ!」

 

 学園長の言葉を聞いた亮は声を荒げながら否定する。

 

「そうだったか? それに最近はミッドガルに通っているだけで仕事を忘れることができる。正しく楽園のようだとも言ってたな」

 

「そ、そんなことは……」

 

 すると亮は反論できないのか、お辞儀をしながら悔しがるように呻る。

 

 それを聞いた全王さんは表情を一切変えずに亮を見ていた。

 

「ん〜〜〜〜、じゃあもう亮くんをクビ(・・)にし(・・)ちゃおう(・・・・)かな(・・)

 

 全王さんの言葉を聞いた亮は、驚きを露わにした直後に土下座をする。

 

「えっ!? も、申し訳ございませんでした!! ど、どうかお許しください、ちゃんとノルマは達成させますので、何卒どうかお許しを……」

 

 先ほどまでからかっていた学園長も、亮の反応を見て俺たちと同じように唖然(あぜん)とする。

 

 亮のこんな姿を見るとは思いもよらなかった。ここまで慈悲を求める状況を目にしてると、改めてこの小柄な少女がどれだけ偉いのかが伝わってくる。

 

「あの亮さんが土下座するなんて……」

 

 深月は亮の意外な言動を見て呟きだす。正直俺も土下座をするとは思っていなかった。

 

「なんてね、冗談なのね」

 

 全王さんの発した言葉で亮は立ち上がって、大量に出た汗を拭う。

 

「あ、焦った……」

 

「ごめんね、ボクが冗談を言うと皆今の亮くんみたいに焦るもんね。本当にごめんね」

 

 どうやら冗談のようで笑顔で謝る全王さん。

 

「でもよかったの。亮くんがちゃんと学園生活を送れているか心配だったの。これからも亮くんをよろしくなのね」

 

 すると全王さんは俺たちに視線を向けてお辞儀をする。

 

「い、いえ、こちらこそ」

 

 深月が戸惑いながら返事をし、俺は頭を下げる。

 

「案ずるでない。彼奴(きゃつ)のことは任せてくれ。またいつでも来て構わんぞ」

 

「ホント?」

 

 すると全王さんは目を輝かせながら学園長を向く。

 

 学園長はいつも通りの口調で全王さんに言う。彼女はどんな立場の人が相手でも態度を変えない。

 

「じゃあ約束、また来るね」

 

「ああ、約束だぞ」

 

 学園長はそう言いながら握手をしようと右手を差し出す。

 

「「「なっ!?」」」

 

 すると全王さんの後ろに位置していた二人の男性と亮が驚きの声を上げる。

 

 亮は口を開けたまま驚いており、二人の男性は恐怖の色を浮かべていた。

 

 まるでこのあと(・・・・)恐ろしい(・・・・)ことが(・・・)起きる(・・・)かの(・・)ように(・・・)

 

 マイカさんも察した様子で、学園長に声を掛けようとするがその直後に全王さんが右手を出して握手に応じた。

 

 その途端、亮と付き人の二人はふうと息を吐き返す。最悪の事態が起きなかったみたいだ。

 

 こうして見ると学園長は全王さんよりも背が高く、姉妹と言っても過言ではない。

 

 すると学園長は全王さんの手を友達と接するように持ち上げて、腕相撲をするかのように握り直す。

 

「お、おい!?」

 

 しかしこの行動により再び恐怖を露わにする亮たち。

 

 当の学園長は亮たちが驚いていることに気付かず、全王さんは微笑みながら手を離す。

 

「いいのいいの。面白いのね、君」

 

 満足した様子で後退し、俺たちに挨拶をする。

 

「じゃあね、帰るね」

 

「ああ、またな」

 

 学園長が返事をし、亮も続けて頭を下げる。

 

「お疲れ様でした!」

 

「うん」

 

 そう言って全王さんたちは歩きだし、マイカさんはお見送りをして学園長室を後にする。

 

 全王さんたちが去った後、亮は学園長に近づいて怒りを露わにする。

 

「あんたな、全王様はその気になれば世界そのものを作り出すだけじゃないて、全ての世界を一瞬で消す力を持ってるんだ! 一歩間違ってたら危なかったぞ」

 

 亮は全王さんの能力を口にし、俺たちは彼女に恐れを抱く理由を知る。

 

「そ、そうなのか……それは悪かった」

 

「……いや、僕も最初に言うべきだった」

 

 こうして俺たちは学園長室を後にし、宿舎に戻るまで亮は魂が抜けた抜け殻の状態だった。

 

 後に亮は全世界の運命を掛けた挨拶が幕を閉じたと口にしていた。

 

 ちなみに今日の深月は女子寮に泊まるようで、全王さんの正体とその能力以外をイリスたちに話し、クラスメイトに亮の弱点を知られるようになった。




これで終わりだとなんだか寂しいですね。まあ、次回もお楽しみ下さい。

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