ファフニール VS 神   作:サラザール

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日本到着

 事態に動きがあったのは、僕と悠が授業に復帰してから四日後のことだった。

 

 二時限目、近代史の授業が行われている最中にシャルロット学園長と秘書のマイカさんが現れた。

 

 アスガルに所属するある研究所から、ユグドラシルを倒せる"可能性"が提示されたようで、それが成功するかを試すために僕たちブリュンヒルデ教室が出向を要請してきたことを知らされる。

 

 その際に悠が"黄"のフレスベルグの能力"霊顕粒子(エーテルウインド)"を使えることも深月さんたちに知られてしまった。

 

 原作通りに進んでいるようで、アスガルの研究者はユグドラシルを討伐するには悠の"霊顕粒子"を必要としていた。

 

 学園長はアスガルの要請に応じるようで、この機会にユグドラシルを討伐させるつもりだ。最初は僕たちが現地に向かい、後から追加の人員も送るそうだった。

 

 ユグドラシルを倒すために早く実行したいようで、出発は今日からだ。しかも場所は日本で、アリエラとレンちゃんは表情を曇らせていた。

 

 日本にある極東支部第一研究所は彼女たちにとって嫌な思い出のある場所ということは知っていた。

 

 悠もアリエラさんとレンちゃんの異変に気付き心配していたが、本人たちは苦笑を浮かべながらも誤魔化していた。

 

「———大丈夫だよ、レン。ボクが付いてるから」

 

「ん……」

 

 二人の会話を耳にしていたが、僕は気づかないふりをしていた。彼女たちの関係に突っ込めば、レンちゃんを傷つけることになる。

 

 レンちゃんはアリエラさんと話し終えると僕の方に視線を向けていた。彼女は僕を"お兄ちゃん"として接してくれている。

 

 僕もレンちゃんのことを"妹"として見ている。そう思うと実の妹である冬美を思い出す。レンちゃんと同じくらい可愛いかった。

 

 どうしているのか気になるが、今はユグドラシルを倒すことが先だ。授業を中断し、僕たちは日本に行く準備をするため教室を後にする。

 

 何度も言うが僕は一度死んで神になっている。そのため死ぬ前にこの世界の原作を読んでいるため、最終巻以外の展開は知っている。

 

 レンちゃんにもう一人"お兄ちゃん"が出来ることやキーリの目的が達成されること。

 

 この先どうなるかも知っている。そのためミッドガルに戻ってきた時、僕を除いたブリュンヒルデ教室のクラスメイトたちの竜紋(りゅうもん)が変色し、悠によって見初められる(・・・・・・)ことも(・・・)……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミッドガルは日本の南方に位置する孤島。以前赴いたフィリルさんの故郷———ヨーロッパにあるエルリア公国ほど離れていない。

 

 そのため僕たちは航続距離の長い輸送用のヘリで、直接ミッドガルから日本へ運ばれることになった。

 

「うう……もう限界ですわ」

 

 ヘリの狭い機内で、リーザさんがうんざりとした声を漏らす。プロペラの音が(うるさ)く、隣にいる悠にしか聞き取れないが、僕は微かに声と音を聞き分けられるため、彼女の声を耳にしていた。

 

 僕たちは壁際のシートに座り、じっと目的地へ着くのを待っている。

 

 向かいのシートに座る深月さんたちも表情に疲労が(にじ)んでいた。

 

 機内には外の景色を眺められるような窓はなく、閉塞感が強い。細かい振動が手元を揺らすため、読書などで暇を潰すこともできない。

 

 僕の力でこの空間の揺れを一切無くすことは出来るが、皆に正体を明かすことになるため、こうして大人しく座っている。

 

 こんな状態でもフィリルさんは本を読もうとしていたが、確実に酔うからと言って悠が一時没収していた。原作通り船に乗った時もすぐ酔っていたので、良い判断だろう。

 

 このヘリはニブルで使われる軍用で、民間用と違って乗り心地は考慮されていない。少し前までニブルに在籍した悠は、この居心地の悪い輸送ヘリにも慣れているが、リーザさんたちにはかなりキツイだろう。

 

 シャルロット学園長はそれを分かった上で"速さ"を選んだのだと考えられる。やはり時間の余裕はなさそうだ。

 

 僕は右隣に座るレンちゃんを見る。彼女は硬い表情で中空を見つめており、左手で僕の袖を掴んでいた。

 

 レンちゃんの右隣にはアリエラさんも座っており、表情を曇らせていた。

 

 彼女たちにとってこれから向かうアスガルの研究所は二度と行きたくない嫌な思い出のある場所だ。

 

 "世界神"になる前に原作を読んでいるため、事情を知っている。僕はレンちゃんが不安にならないように左手を彼女の頭の上に置く。

 

「ん?」

 

 彼女は僕の方へと硬い表情のまま顔を向ける。僕は微笑みながら言い聞かせるように言う。

 

「ユグドラシルを倒せばすぐにミッドガルに帰れるから、それまで僕が一緒にいるからね」

 

 そう言うとレンちゃんは少し安心したようで、表情を緩ませてこくりと頷く。

 

「ん……ありがとう」

 

 やはり原作で描かれてる絵より実物の方が可愛い。無口で恥ずかしがり屋だが、仲良くなるとそうでもない。

 

 幼稚園の頃の冬美にそっくりだ。あの頃は人見知りでいつも僕の傍を離れようとせず、話しかけても口を開こうともしなかった。

 

 容姿は似てないが、まるで過去を見ているようで懐かしくなる。

 

 アリエラさんはそんな僕たちのやり取りを見ており、暗い表情が少しだけ明るくなっていた。

 

「ん」

 

 するとレンちゃんは笑みを浮かべてながら今まで掴んでいた裾を離し、その左手で僕の右手を握ってきた。

 

 エルリア公国で仲良くなって以来、会話に応じてくれている。僕のことをお兄ちゃんとして接してくれていると嬉しくなる。

 

 もしかしたら、数年前に会ったことを思い出しているのかもしれない。いや、その可能性は低い。もし思い出しているのなら聞いてくるからだ。

 

 あの時は名前は名乗らず、"世界神(・・・)"と答えたため、思い出したとしたら必ずそのことについて質問してくる筈だ。

 

 聞いてこないところを見ると、やはりエルリア公国の騒がしい葬式の最中にお兄ちゃんとして仲良くなったと思われる。

 

 今更あの時遊んだのが自分だったと明かすことにはしない。正体がバレるわけがないという慢心があったから"世界神"と名乗ったのだ。

 

 そんなことを思いながら周りを見渡すと、深月さん、フィリルさん、ティアちゃんが対面に座る悠の方へと睨んでいた。

 

 悠の隣に座るリーザさんとイリスさんは彼に寄りかかり眠っていた。

 

 (ああ……こんなこともなったな)

 

 原作での内容を思い出し、思わず笑みがこぼれる。悠は必死に言い訳をしており、プロペラの音で微かにしか声が聞こえなかった。

 

 目的地到着を報せる内線連絡が聞こえたのは、それから約三十分後のことだった———。

 

 

 

 

 

 ヘリが着陸したのは、高いビルの屋上にあるヘリポート。

 

 ミッドガルから長い移動を終え、僕以外の皆は疲れた足取りでヘリを降りる。時刻は夜の十時。ミッドガルと経度の差はあまりないので、時差はほとんど生じていない。

 

 ここが東京湾岸地区にあるアスガルの研究所。レンちゃんと出会った場所に間違いない。ビルの周囲には病院を連想させる飾り気のない白亜の建物が立ち並び、記憶に残っていることを確信する。

 

 ヘリは僕たちを降ろした後、すぐに飛び立ってしまう。原作と同じように、燃料補給をするために近くにあるニブルの基地へ向かったようだ。

 

「きゃっ」

 

 強い風が吹き付け、イリスさんが髪を押さえる。ミッドガルに比べればかなり気温は低いものの、寒いというほどではない。

 

 常夏の島にいる悠たちは季節感が麻痺(まひ)しているだろう。今は九月で、日本では秋に差し掛かる頃合いだ。

 

 どんな環境でも仕事ができる神にとっては、なんてこともない。寒ければ"気"を上げて体を温かくし、暑ければ"気"で風を生成して涼しくするなど、便利な能力である。

 

 日は完全に沈んでいるが、空は(まぶ)しい街の明かりに照らされて赤紫色に濁っていた。星はほとんど見えず、天に輝くのは月と空を行き交う飛行機の航空灯だけ。海側の景色は深い闇に沈んでいる。

 

 けれど陸側に視線を向ければ、そこには見事な夜景が広がっていた。高層ビルの頂上で明滅する赤色灯、窓から漏れる無数の明かり、繁華街を彩る照明。連なる光の列は、高速道路を走る車のものに違いない。

 

 (僕の生きていた世界と対となる世界の東京……)

 

 僕の故郷は北海道で、東京に来たことは一度もない。しかし対となる世界と同じ国に来るのは半年振りで、今は杖で場所を確認できるがいろんな国を周りながら空間の歪みを修正してきた頃が懐かしい。

 

「東京へは子供の頃に何度か来た程度ですが、それでも何だか"帰ってきた"という感じがしますね」

 

「まあ、三年ぶりの日本だからな。自分たちの街じゃなくても、そんな気持ちになるさ」

 

 深月さんと悠の話し声が聞こえた。二人は数年ぶりに日本に帰ってきたから懐かしいのは当然と言える。

 

「それにしても……誰も出迎えに来ませんわね」

 

 長い金髪を強い夜風に(さら)しながら、リーザさんが辺りを見回す。

 

 ヘリポートのある屋上には、ブリュンヒルデ教室の生徒と、篠宮先生の姿しかいない。

 

「あそこから、勝手に入れってこと?」

 

 フィリルさんがビル内部への昇降口を指差して言う。

 

 けれど篠宮先生は首を横に振った。

 

「いや、ヘリから連絡を入れた際には、案内の者が来るという話だった。もう少し待とう」

 

「……誰が、来るんだろうね」

 

 アリエラさんがぽつりと呟く。

 

 レンちゃんはそんなアリエラさんと僕の服をぎゅっと掴み、再び緊張した表情を浮かべる。

 

 そこでようやく昇降口の扉が開き、白衣を着た男性が小走りで駆けてくる。

 

「やあやあ、申し訳ない。少々手の離せない仕事があって遅れてしまった」

 

 申し訳なさそうにボサボサの髭を()き、()(しょう)(ひげ)を生やした顔に愛想笑いを浮かべる男性。

 

 彼が現れた途端、レンちゃんの顔が強張(こわば)る。

 

「やっぱり、か……」

 

 アリエラさんも歯を噛み締め、鋭い眼差しで睨みつけている。殺気に近く、ビリビリとした攻撃的な感情が伝わってくる。

 

 (なるほど、この男か……)

 

 僕は二人の反応に確信を持つ。この男が原作に出てくるロクでもない科学者だと知る。

 

「いえ、お忙しいところお出迎えいただき感謝いたします。私は篠宮(しのみや)(はるか)。ミッドガルの司令官であり、彼らの担任教師です。今回は物部悠をはじめとする生徒たちの引率として同行いたしました」

 

 篠宮先生が挨拶をし、男性に手を差し出した。

 

「私はこの研究所の所長を任されています宮沢(みやざわ)健也(けんや)です。よろしくお願いします」

 

 男性は名乗り、篠宮先生と握手を交わす。

 

 宮沢健也、彼こそレンちゃんの父親で、"黄"のフレスベルグの能力である"霊顕粒子(エーテルウインド)"の論文を書いた本人だ。

 

「貴方が"霊顕粒子"の論文を書かれた方ですか……」

 

 深月さんが驚いた様子で問いかけ、ちらりとレンちゃんの方を見る。彼女もフレスベルグの能力を解明した科学者が目の前にいることに驚き、悠もエルリア公国でその名前を聞いたことを思い出したようだ。

 

「ん、そうだが———君は?」

 

「申し遅れました、私は物部深月といいます。(りゅう)(ばつ)(たい)の隊長です」

 

 ぺこりと頭を下げ、深月さんは挨拶をする。

 

「物部深月……そうか、君が反物質の……確かフレスベルグ戦の時に連絡があったと、後から聞いたよ。ちょうどその時は色々とタイミングが悪くてね、応じられなくてすまなかった」

 

「いえ、そんなことは……あの論文だけでもすごく参考になりました」

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ。で、君がいるということは……"終末時間(カタストロフ)"を使った子もいるのかな?」

 

 宮沢健也はそう言って僕たちを見回す。

 

「———あ、それ、あたしです」

 

 イリスさんが控えめに手を挙げた。

 

「おお、これは思いがけぬ幸運だ。もし可能であれば、少しだけでもデータを取らせてもらえないか?」

 

「えっ……まあ、時間があったら」

 

 目を輝かせる宮沢健也に気圧(けお)されながら、イリスさんは曖昧に答えた。

 

「ぜひ頼むよ。それで———君たちが物部悠とティア・ライトニングだね」

 

 今度は悠とティアちゃんに視線を向け、宮沢健也は確認してくる。

 

「俺たちのことは、知っているんですか?」

 

 悠は戸惑いながら(たず)ねる。

 

「顔は知らなかったが、見れば分かるさ。男性の"D"の一人で、"万有斥力(アンチグラビティ)"と"霊顕粒子(エーテルウインド)"の再現に成功した君と、生体変換によって"角"を与えられた彼女には会いたかった」

 

 興奮した様子で彼は悠たちに詰め寄ってくる。

 

「この人……何だか怖いの」

 

 ティアちゃんは彼の勢いに怯え、悠の背後に隠れた。

 

「ああ、すまない。少し熱くなってしまったようだ」

 

 宮沢健也は悠たちから少し離れると今度は僕と目が合った。すると再び目を輝かせながら僕に近づく。

 

「君が噂の大島亮だね。"D"には持ち合わせていない"気"という不思議な力を使ってドラゴンを何度も倒したと聞いているよ」

 

「ど、どうも……」

 

 僕は苦笑を浮かべて頭を下げる。

 

 (原作通りかよ……しかも僕の隣に実の娘がいるのに気付かないのか?)

 

 そう思いながらも口には出さなかった。レンちゃんは緊張した表情で自分の父親を見るが、彼は自分の娘にすら気付いてない様子だ。

 

「今度……いや、できることなら今すぐにでも君の力を調べたい。何しろフレスベルグに攻撃を与えることが可能な力だからね」

 

「は、はあ、恐れ入ります。ところで、ユグドラシル討伐と"霊顕粒子"についてですが———」

 

「ああ、そうだった……まずは長旅の疲れを取ってくれ。とりあえず客室と食堂へ案内する」

 

 そう言って昇降口へと歩き出す宮沢健也。悠たちは後に続こうとするが、そこで鋭い声が夜風を裂く。

 

「待ってよ」

 

 声の主はアリエラさんだ。怒りの籠った眼差しで彼を睨みつけていた。

 

「何だ?」

 

「……それだけかい?」

 

 低い声でアリエラさんは彼に問いかける。「何だ?」という言葉に僕はここまでクズであるのかと思い知る。

 

「ん……? もしかして、君はアリエラか? それにレンまで———君たちも来ていたんだな」

 

 宮沢健也の言葉にびくりと肩を震えるレンちゃん。

 

「今、気付いたってわけ? よっぽどボクたちに興味がないんだね」

 

 強い皮肉と敵意の混じった口調でアリエラさんは言葉を返す。

 

 事情が分からない悠たちは戸惑いながら顔を見合わせ、深月さんと篠宮先生は、憂慮の表情を浮かべていた。

 

 二人は僕と同じで彼とアリエラさん、レンちゃんの関係を知っているようだ。

 

「いや、そんなことはない。久しぶりに会えて嬉しいよ。けど、どうしてここへ来たのかな。今回、特に君たちのことは必要としていないのだが」

 

 僕たちの視線が集まる中、彼は心底不思議そうな顔で疑問を口にする。

 

 レンちゃんは(うつむ)いたまま、ぎゅっと小さな拳を握りしめた。

 

「———っ」

 

 その瞬間、アリエラさんが地を蹴り、たった一歩で彼との距離を詰める。鋭く腕を振り上げて殴るつもりだ。

 

 深月さんたちは、あまりに素早い彼女の動きに反応できない。僕なら止められるが、三人の事情を知っているため、彼女を止めようとしなかった。

 

 しかし悠はアリエラさんの動きに反応し、彼の顔面を狙って放たれた拳を受け止めた。

 

「落ち着け、アリエラ。事情は分からないが、暴力は良くない」

 

「っ……」

 

 奥歯をぐっと噛み締め、アリエラさんは拳を引くが、その瞳はまだ彼を睨みつけていた。

 

 彼はきょとんとした表情でそんなアリエラさんを見つめ、何ら驚いた様子もなく問いかけてくる。

 

「———もういいかい? それじゃあ中へ案内するよ」

 

 くるりと背を向け、彼は昇降口へ歩いていった。

 

 原作と同じ展開だと知っていたが、正直殴られれば良かった思っている。

 

 しかし悠の言ったことに間違いはなく、事情を知らなければ僕でもそうしただろう。

 

「相変わらずだね……ホントに、どうでもいいんだ。ボクに殴られることも———レンのことも」

 

 悔しそうに呟くアリエラさんにレンちゃんは僕の腕を引っ張りながら近づき、彼女の手をぎゅっと掴む。

 

 悠は二人に問いかけ、宮沢健也との関係を知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮沢健也に先導されて昇降口から研究所に入り、エレベーターで客室のある十八階のフロアへと降りる。

 

 エレベーターの表示によると、このビルは二十階建てのようだ。

 

 それぞれに宛てがわれた客室へ荷物を置いた後、俺たちは研究所内にある職員用の食堂へ案内された。

 

 セルフサービスのようで、皆好きなメニューを注文して受け取り着席するが、空気は重い。悠たちはアリエラさんの話を聞いてから、ずっとこんな雰囲気だ。

 

 ただ、宮沢健也だけは気にした様子もなく、マイペースに施設内の説明を続けている。

 

「これがゲスト用のIDカードだ。客室の鍵も兼ねているから、自室の部屋番号が書かれているものを取ってくれ。このIDカードで立ち入れるのは十八階の客室フロアと食堂のあるここ十階、そして一階のエントランスになる。外出は自由。基本的に私は、君たちの行動に口を出さない。立ち入られて困る場所には最初から入れないようになっているからね」

 

 彼はそう言って、番号だけが記された飾り気のないIDカードを机に置き、僕たちはそれぞれのIDカードを手に取ると、彼は席を立った。

 

「———じゃあ私は一旦席を外させてもらうよ。これでも多忙でね。食事が終わった頃に、また迎えに来る。対ユグドラシルの作戦に関する話はその後、会議室で行おう」

 

 こちらの返事を待たず、彼は早足で食堂を出ていく。

 

 彼がいなくなったことで、ようやく場の緊張が和らいだ。

 

 ずっと彼を睨んでいたアリエラさんは、自分を落ち着かせようと深呼吸をし、レンちゃんは(うつむ)き、下を向いていた。

 

「では、いただきましょう」

 

 深月さんが呼びかけ、食事が始まる。

 

 悠と深月は箸を進めながら小声で話している。アリエラさんとレンちゃん、宮沢健也のことについてだ。

 

 深月さんは宮沢健也に関しては知っているが、彼女たちの関係は知らないようだ。

 

 隣ではイリスさんが篠宮先生と街の観光について話していた。今後の予定は決まってないようで、自由行動ができる日があれば出来るようだ。

 

 その際、建物の中から二人の放つ"気"を感じ取る。どうやら僕たちの知っている奴らのようだ。

 

 ドンッ!

 

 その時———突然爆音が響いて来て、建物全体が鳴動する。食堂の窓ガラスがガタガタと揺れた。

 

「え……何?」

 

「爆発……?」

 

 フィリルさんが戸惑った様子で周囲を見回し、リーザさんは何事かと眉を寄せる。

 

「ユウ、見て! 窓の外!」

 

 ティアちゃんが食堂の窓を指差す。

 

 暗くて見え辛いが、煙が上がっている。

 

 ジリリリリリリリ———。

 

 そこで警報が鳴り始め、辺りが急に騒がしくなった。食堂外の廊下を、武装した警備兵が駆けていく。

 

 悠は席を立ち、窓際へと近づいて呟く。

 

「単なる火事……じゃなさそうだな」

 

 あの二人の脱出は荒い。もっとスマートに気付かれない方法があるのに。

 

「皆、状況が分かるまでこの場で待機だ。けれど何か起こっても対応できるよう、架空武装を生成しておけ」

 

 篠宮先生が浮足立つ僕たちに指示を出す。

 

「分かりました———五閃の神弓(ブリューナグ)!」

 

 即座に深月さんは応じ、弓型の架空武装を作り出した。皆も深月さんに続いて架空武装を生成し、僕もビルが破壊しない程度に気を高める。

 

 皆、固唾を呑んで窓の外を眺める。

 

 すると突然、煙の中から何かが飛び出した。

 

 赤い火の尾を引いて、空へと昇っていく黒い影———。

 

「今の何だったのかな?」

 

 アリエラさんが呆然(ぼうぜん)と呟くが、皆は答えられない。

 

 一瞬のことで、僕以外はその姿をはっきり捉えることはできない。

 

 遠ざかる赤い炎は空高くで反動してこちらへと戻ってくる。

 

「こっちに来るようだ」

 

 僕は近づいてくる火の尾を見ながら呟く。

 

「皆さん、窓から離れて!」

 

 深月さんの号令で全員が窓から距離を取る。ちょうどそのタイミングで、落ちてきた火の尾が窓の外で停止した。

 

 そこで皆は黒い影の正体を知る。

 

 紅に燃える炎を(まと)い、それを推進力にして滞空しているのは長い黒髪を(なび)かせる少女、そしてもう一人は彼女の腰にしがみ付いているプラチナブロンドの男装女子。

 

 原作を知っているため、彼女たちが日本に来ていることは分かっていた。

 

「キーリ……それに、ジャン?」

 

 悠は驚きながら彼女たちの名前を口にする。

 

 黒髪の少女はキーリ・スルト・ムスペルヘイム。ドラゴン信奉者団体"ムスペルの子ら"のリーダーであり、災害指定されている"D"だ。

 

 男装女子の名前はジャンヌ・オルテンシア。軍事組織ニブルに所属する軍人で、悠が隊長を務めていた特殊部隊スレイプニルの凄腕スナイパー。

 

 悠の前では自分が女であることは隠しているようで、名前もジャンという偽名で名乗っている。

 

 一緒にいるところを見ると、原作通りキーリと共に行動していたようだ。

 

 キーリは上位元素(ダークマター)を用いて"熱"を生成する。窓ガラスが赤熱し、ぐにゃりと(あめ)のように融解させた。

 

 溶けて開いた窓ガラスの穴から、熱と焦げ臭さを(はら)んだ風が吹き付けてくる。

 

「———本当に悠がいたわ。あなたの"目"は、やっぱりすごいわね」

 

 窓枠に降り立ち、ジャンヌへ話しかけるキーリ。

 

「だから言っただろう。隊長の姿を私が見逃すものか」

 

 ジャンヌは得意げに応じるが、キーリの腰に(つか)まったままなのであまり格好は付かない。まだ体は半分宙にあるので、手を離すわけにはいかないのだろう。

 

「どうしてこんなところに……?」

 

 悠が呆然としながら疑問を口にすると、キーリは視線を悠に向けて微笑んだ。

 

「ちょっと探し物があってね。日本にあるアスガルの研究所やニブルの基地を、しらみつぶしに回っているところだったのよ」

 

「なっ……じゃあ、さっきの爆発もキーリたちがやったのか?」

 

「ええ、見つかっちゃったから緊急脱出したの。そのまま逃げようと思ったんだけど、ジャンヌちゃんがあなたを見かけたっていうから———」

 

「おいっ、キーリ!」

 

 ジャンヌが慌てた様子で叫ぶ。よっぽど本人に自分が女であることを知られたくないようだ。

 

「……ジャンヌちゃん?」

 

 悠はキーリが口にした言葉に眉を寄せる。

 

「ああ、ごめんなさい。言い間違えちゃったわ。そういえば、あなたの名前はジャンだったわね」

 

 キーリはからかうように言うと、ジャンヌは怒りを堪えてながらで歯を噛み締める。

 

「後で憶えていろ……」

 

「ふふ、怖い怖い。もう間違えないから許してね———ジャン」

 

 愉快そうにキーリは答える。

 

「僕たちの前から急に姿を消したから何処かで野垂れ死んだのかと思ってたよ」

 

 皮肉を込めて言うと、キーリとジャンヌは僕の方へと視線を向ける。キーリは微笑んだままだが、ジャンヌは僕を見た途端に睨む。どうやら警戒しているようだ。

 

「あら、酷いことを言うのね」

 

「冗談だ、しかしこうして見ると仲がいいな。友情でも芽生えたのか?」

 

「な、何を言う! そんな感情など抱いておらん。オレはキーリと同じで貴様を信用してなどいない!」

 

 初対面ながら警戒心むき出しにされたらどこか傷つく。

 

 だがそこで廊下から何人かの気を感じ取り、警備兵が食堂へ突入してくる。

 

「動くな! 投降し———うわっ!」

 

 警備兵が銃を構えた瞬間、先ほどの窓ガラスのように融解した。

 

 警備兵たちが慌てて手放した銃は床に落ち、中の火薬に引火して爆発する。

 

 これはキーリの"禍炎界(ムスペルヘイム)"。目に見えない微小な上位元素で空間を満たし、予備動作なく任意の場所に高熱を生み出す戦闘方法だ。

 

「邪魔が入っちゃったわね。話はまた今度、改めて。あなたが日本にいるなら、機会はあるはずだし」

 

 キーリはそう言うと窓枠を蹴って、虚空に身を躍らせる。

 

「じゃあね」

 

 にこやかに手を振り、キーリはジャンヌを連れて天高く飛んで行く。

 

 彼女たちが日本に来ていることは分かっていたが、この先に僕が予想もしていない大きな波乱が起きる予感を抱いていた。

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