ファフニール VS 神   作:サラザール

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遊園地

 日本は"黒"のヴリトラが現れた場所であり、"D"という存在が最初に確認された国でもある。

 

 そのため、ドラゴンを信奉する人々にとって日本は聖地に等しい。

 

 また逆に、ドラゴンや"D"を敵視し、排斥しようとする人々にとっては全ての元凶———呪われた地とも言えた。

 

 そして日本の首都、東京には、そのような両極端な思想を持つ人々が多く集い、新興宗教的性質を持つ団体がいくつも生まれている。

 

 ドラゴン信奉者団体とドラゴン排斥者団体の小競り合いは、東京においてちょっとした社会問題になりつつあった。

 

「馬鹿みたい」

 

 都心の高級ホテル———その最上階スイートルームの窓から、キーリ・スルト・ムスペルヘイムは冷めた目で地上を眺める。

 

 ホテル近くにある広い公園では、早朝から二つのデモ隊が睨み合っていた。最近では珍しくもないドラゴン信奉者団体とドラゴン排斥者団体の衝突だ。

 

「ドラゴンを(あが)めようが、敵視しようが、あなたたちは人間でしかないのに……」

 

 心底呆れた声音で、キーリは呟く。

 

 最も過激なドラゴン信奉者団体"ムスペルの子ら"で神子(みこ)として崇められている彼女だったが、思想を同じくしているわけではない。

 

 単に便利だから使っているだけ。

 

 一言頼めば、こうして団体の息が掛かったホテルを用意してくれる忠誠心は有難かったが、また同時に滑稽でもあった。

 

 キーリは蚊帳(かや)の外で勝手に争う愚者たちから視線を外し、部屋の隅で黙々と銃の手入れをしているジャンヌ・オルテンシアの元へ近づく。

 

「ねえジャンヌちゃん、いつまでむくれてるの? いい加減、機嫌直してよ」

 

「…………」

 

 猫なで声で話しかけるキーリに沈黙を返すジャンヌ。

 

「悠の前でジャンヌちゃんって呼んだことなら謝ったじゃない。それに、あなたが女の子だって悠にバレても、別に問題ないでしょ?」

 

 キーリの質問を聞いたジャンヌは、ぴたりと銃の手入れを止めた。

 

 かすかに震える手で銃を床に置き、ジャンヌは怒りの表情でキーリを睨む。

 

「問題大有りだ! オレは男として隊長と信頼関係を築いてきた。なのに本当は女だったと知られたら、これまで積み重ねてきたものが台無しになってしまう」

 

「そう? あなたが可愛い女の子だと知ったら、むしろ悠は喜ぶかもしれないわよ?」

 

「た、隊長はそのような軟派な男ではない! 誰よりも強く、気高く、なおかつ優しい理想の———」

 

「ああ、ストップ、ストップ。その話はもういいわ。あなたの隊長自慢は、耳にタコができるほど聞かせてもらったから」

 

 うんざりとした様子でキーリはジャンヌの言葉を遮った。

 

「分かっているならいい。今後は隊長を侮辱するような発言は慎め」

 

「……はいはい。ジャンヌって、本当に面倒臭い性格してるわね」

 

 呆れながら溜息(ためいき)を吐くキーリ。

 

「貴様にだけは言われたくない」

 

 むすっとした表情を浮かべ、ジャンヌはそっぽを向く。

 

「もう、またヘソを曲げないでよ。近いうちに悠と会わせてあげるから、ね?」

 

 子供に言い聞かせるような口調で、キーリはジャンヌを(なだ)めた。

 

「隊長と……?」

 

「ええ。"ムスペルの子ら"のメンバーに、悠がいた施設を見張らせているわ。動きがあったら連絡が入るはずよ。何とか機会を見つけて、悠たちと接触しましょう」

 

「隊長と会えるのは、まあ、嬉しいが……貴様の目的はいったい何だ? フレイズマルの正体はまだ(つか)めていない。隊長に報告できることは何もないぞ?」

 

 警戒の色を瞳に宿し、ジャンヌはキーリを睨む。

 

「———悠たちはたぶん、ユグドラシル討伐のために日本へやってきたんだと思うわ。だとしたら、私には伝えるべきことがあるの。悠と……ティアに」

 

「ティア?」

 

「ああ、ジャンヌちゃんは知らなかったわね。今、悠たちと一緒にいる角がある子よ」

 

 そう説明するキーリの顔を見て、ジャンヌは驚きの声を漏らした。

 

「貴様も……そういう顔ができるんだな」

 

「え? 私、何か変な顔をしてたかしら?」

 

 きょとんとするキーリに、ジャンヌは頷きを返す。

 

「らしくない、優しい顔だった」

 

 ジャンヌの返答を聞いたキーリは緩やかに苦笑を浮かべた。

 

「———そう。それは確かに私らしくないわね」

 

 キーリは小さな声で呟き、続けようとした直後に扉からノックが聞こえた。

 

「あら、誰かしら?」

 

 キーリは扉の方に視線を向け、ジャンヌは床に置いた銃を手に取る。

 

 もし悠たちに動きがあれば携帯端末から連絡が来るはず。もしかしたらホテルの従業員かもしれない。

 

 二人がそう思っていると扉が開き、予想外の人物が入ってきた。

 

「なっ!? キサマは———」

 

「あら、あなただったの」

 

「二人とも、さっきぶりだな」

 

 ジャンヌとキーリは驚いた。扉から現れたのは悠たちの仲間にして、この世界で一番偉い神、大島亮だからだ。

 

 亮は何食わぬ顔で部屋を見回し、スイートルームに足を踏み入る。

 

「伝えたいことがあって来た」

 

「伝えたいこと?」

 

 キーリは首を傾げるが、ジャンヌは亮に向けて銃を構える。

 

「キサマ、どうしてここが分かった」

 

 すると亮は肩を竦めながらジャンヌが手にしている銃を取り上げる。

 

「そんなに警戒しないでくれ。伝えたいことがあるから来ただけだ。あと、研究所の近くに不審な動きをする奴がいたから、お前たちの仲間だと思ったんだ。だから近くにいそうなホテルを探して見つからないようにここまで来たのさ」

 

「そうなの? 流石あなたね」

 

 キーリは感心した表情を浮かべ、亮は彼女にジャンヌから取り上げた銃を渡す。

 

「大したことじゃない。それより伝えたいことだが……俺たちは遊園地に行くつもりだ」

 

「遊園地?」

 

「ああ、ユグドラシル討伐のために必要なことなんだ。そこで俺が皆の目を盗んでティアちゃんを連れてきてやるよ」

 

 亮は要件を言うと、ジャンヌは隠し持っていた銃で再び銃口を向ける。

 

「それはどういうことだ?」

 

「別に裏はないよ。ただ、キーリはティアちゃんに会わなきゃいけない用があると思って親切にしているだけだよ」

 

「そういえば、ティアの角のことはあなたも知っていたわね」

 

 キーリは納得した様子で亮を見つめる。

 

「でもどうしてそんなことを?」

 

「ティアちゃんの角はユグドラシル討伐ために与えたものだろ? お前が直接伝えなきゃいけないと思ったからだ。大丈夫、ティアちゃんにはちゃんと説明するし、皆にもバレないように会わせてやるよ」

 

 亮はそう言って部屋を後にする。

 

 彼はこの世界の神であるため、キーリの正体とティアの角について知っている。

 

 そのため、亮はこれから起きる事態を想定して動いている。彼の正体を知る者は数少ないく、側から見れば信用できないが、キーリは亮を信頼できる存在だと思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十五年前、ヴリトラ出現によってかなりの被害を受けた東京は、復興の際に大規模な区画整理を行った。

 

 そのため二十五年前とそれ以後とでは、街の風景そのものが違う。

 

 もちろん昔の名残を残す場所もあるかもしれないが、自分に言わせればまるで別物だ———と、僕たちが乗る車の運転手は、懐かしむように話す。

 

「はぁ……そうなんですか」

 

 僕は曖昧な相槌(あいづち)を打ちつつ、外の景色を眺めた。

 

 目に入るのは立ち並ぶ高層ビルと、それを(しの)ぐ巨大な電波塔。道路と立体的に交差するモノレールの線路。構造物に遮られる狭い空には、航空機が行き交っている。

 

 悠はレンちゃんと親睦を深めるため———作戦行動の一環として皆で遊びに行くことになった僕たちは、車で近場の遊園地へと向かっていた。

 

 車を運転するのは研究所で働くアスガルの女性職員だ。五十歳前後に見える彼女は非常におしゃべりで、車に乗ってからかれこれ三十分———ずっと途切れることなく話し続けている。

 

 彼女が運転する大きめのバンには、ブリュンヒルデ教室の生徒全員が乗り込んでいた。ただ、篠宮先生はミッドガル側の代表者として色々仕事があるらしく、研究所に残っているためここにはいない。

 

「一番ショックだったのは、壊れた東京タワーがそのまま解体されてしまったことですねぇ……私たちの世代にとって、あれは東京のシンボルみたいなものですから」

 

 運転手はしみじみと語るが、そんな昔のことなど知らない僕たちは、何も共感できない。正直黙っててほしいと思っている。最初の方は愛想よく返事をしていた悠たちも、今は少々困った表情を浮かべていた。

 

 ティアちゃんとイリスさんにいたっては、彼女の言葉など全く耳に入っていない様子で外の景色を見てはしゃいでいる。

 

 ちなみにティアちゃんにはキーリたちと会うことはまだ話していない。状況を判断してから話そうと考えているからだ。

 

 レンちゃんは少し緊張しているのか、アリエラさんの隣でじっと下を向いていた。

 

「また、あんなことにならなければいいんですが……二十五年前を知っている人間は、みんな戦々恐々としています。街は平和に見えますが、これでも結構大変なことになってるんですよ? あの馬鹿でかい木が近くに現れたせいで東海道方面の鉄道は全て運休。陸路で関西へ行くには北陸側から回り込むしかなくなって、今は飛行機の国内線が大混雑です」

 

 ぺらぺらと喋りつづける運転手。すると悠は疑問を感じたのか、運転手に質問した。

 

「そんな状況で遊園地は開いているんですか?」

 

「ああ、それやら大丈夫ですよ。出発前に確認してあります。遊園地で働いている方たちも大変ですよねぇ。これぐらいのことじゃ休みを貰えないんだから。まあ良くも悪くも、皆この二十五年で竜災に慣れたってことでしょう」

 

 運転手は苦笑し、他人事(ひとごと)のように答えた。

 

 それから十分後、彼女の言葉通り開園していた遊園地へ車は到着する。

 

 数えきれないほどの車が並ぶ駐車場で僕たちを降ろした運転手は、明るく僕たちを送り出した。

 

「では、楽しんできてください」

 

「ありがとうございます。帰りは色々と寄り道もしたいので、交通機関を乗り継いで戻るつもりです」

 

「そうですか、なら私はこれてま」

 

 礼を言う深月さんに軽く頭を下げ、彼女は車を発進させる。

 

「ふぅ……」

 

 遠ざかる車を見送り、溜息(ためいき)を吐く深月さん。

 

「もしかして、帰りもあんなにぺらぺら喋られるのが嫌だからあんなことを言ったのか?」

 

「……何のことですか? せっかく日本に来たんですし、色々と見て回りたいと思ったですよ」

 

 僕の問いに、深月さんは少し言い訳っぽくとぼける。

 

「ここが遊園地!? すごいの! おっきな車輪があるの!」

 

 敷地の外からでも見える巨大観覧車を目にしたティアちゃんが、興奮した様子で叫ぶ。

 

「わあ! あたし、こんなに大きな遊園地に来たの初めて!」

 

 メルヘンチックな遊園地の外観を眺めて、イリスさんも感激していた。

 

 そんな中、フィリルさんは不安げな表情を浮かべる。

 

「な、何だか……危険そうな乗り物がいっぱい」

 

 (あ、そうだった。彼女はたしか……)

 

 城壁を模した敷居の向こうに覗く———()じりくねったジェットコースターの線路や、垂直落下系のアトラクション。その威容を前にフィリルさんは青くし、僕は原作を思い出す。

 

「あれ? フィリルは何となく、怖いのとか平気そうなイメージだったんだが」

 

 フィリルさんの反応が少し意外だったのか、悠は彼女に声を掛ける。

 

 僕と悠はフィリルさんが驚いたり、怖がったりしているシーンを見たことがない。

 

「ホラーゲームとか、お化け屋敷とか、そういう精神的なのは大丈夫だけど……ああいう絶叫系は苦手。自分で空を飛ぶのと違って、全部機会任せで不安だし……」

 

「そうなのか。じゃあ、あんまり無理しなくていいからな」

 

「———ううん、私頑張る。何事も経験。苦手なものも、物部くんと一緒なら好きになれるかもしれないし」

 

「な……」

 

 強がって微笑むフィリルさんに悠はたじろぐ。

 

 (恋する乙女……今の悠を見てると腹が立ってくるな)

 

 他人の恋愛を見守るのは楽しいが、親友がモテるのは正直ムカついてくる。

 

「ちなみにリーザは、私と正反対。絶叫系は得意だけど、精神的に怖いのは全然ダメ」

 

「ちょっとフィリルさん! 何でいきなりそんなことをバラすんですか!」

 

 フィリルさんの言葉を耳にしたリーザさんが、顔を赤くして詰め寄ってきた。

 

「何となく、私だけ弱みを見せるのが嫌だったから」

 

 悪びれずに言うフィリルさんは肩を落とす。

 

「全く……わたくしを道連れにしないでください。モノノベ・ユウ、言っておきますが……お化け屋敷ぐらいは全然平気ですからね!」

 

 悠をキッと睨み、念を押すリーザさん。

 

「わ、分かってるって」

 

 彼女の視線に気圧(けお)されながら悠は頷く。

 

 するとそこにアリエラさんがレンちゃんの背中を押して悠に近づいてくる。

 

「ほら、レン。今日は物部クンと仲良くなるのが目的なんだから、ボクの背中に隠れちゃダメだよ」

 

「ん! んー!」

 

 レンちゃんはじたばたと抵抗していたが、悠の前まで来ると顔を赤くして(うつむ)いてしまう。

 

「もう……レンは本当に恥ずかしがり屋だね。物部クン、レンは別に嫌がっているわけじゃないから、優しくリードしてあげてよ」

 

「———分かった」

 

 悠は身を(かが)め、レンちゃんにそっと手を差し出す。

 

「そんなに硬くならずにさ、とりあえず一緒に楽しもう。遊園地に来たかったんだろ?」

 

 レンちゃんは悠の手をじっと見つめ、そろそろと手を伸ばし———悠の服の袖口を(つか)んだ。

 

「これが精一杯、だな。って———僕の服まで摑んじゃったよ」

 

 僕は苦笑を浮かべ、僕服を、摑んだレンちゃん。

 

「んぅ……」

 

 彼女は僕の服を離そうとしない。

 

「———仕方ないな。悠、レンちゃんが慣れるまで、僕も(そば)にいるしかなさそうだ」

 

「いや、むしろその方が俺も助かるよ。レンとはあんまり話したことがないからな。って———直接会話したことないのは皆も同じか」

 

 悠は頭を()くが、アリエラさんはきょとんとした顔で首を傾げた。

 

「え? ボクはレンと会話したことあるけど?」

 

「そ、そうなのか?」

 

 悠は驚いてアリエラさんに聞き返す。

 

「わたくしもありますわ」

 

「私も」

 

 僕たちの話を聞いていたリーザさんと深月さんが、小さく手を挙げる。

 

「私は、数えるほとしかないかも……」

 

「あたしも、本当に何回かだけだよ」

 

「ティアはまだ二回だけなの!」

 

 フィリルさん、イリスさん、ティアちゃんの三人も回数は少ないが、レンちゃんと会話した経験はある。

 

「僕はエルリア公国の行ったときからだな」

 

 一応僕も二人の時は端末無しで会話をしている。

 

「物部クン、レンは別に言葉を喋れないわけじゃないんだよ。ただ……ちょっと臆病なだけなんだ。仲良くなれば、きっと話せるようになると思う」

 

 アリエラさんはレンちゃんの赤毛を撫でながら、悠に言う。

 

「そっか———分かった。まずはレンと話せるようになるのが、第一目標だな」

 

 僕が訓練以前の問題だと言ったのがよく理解できたようだ。

 

「では、皆さん。入場口へ行きましょう」

 

「おう」

 

 皆へ呼びかける深月さんの言葉に応じ、僕は悠とレンちゃん、アリエラさんと並んで歩き始めた。

 

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