ファフニール VS 神   作:サラザール

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アリエラの生い立ち

 明るく軽快なBGMの流れる園内は、意外と空いていた。

 

 今日は平日ということもあり、客は家族連れよりもカップルや修学旅行生らしき学生の姿が目立った。

 

 制服を着ている僕たちも、恐らく修学旅行生に見えているに違いない。

 

 遊園地のマスコットらしいペンギンが、子供たちに風船を配っている。だがやたら目力のある表情と、異様に細長い外観が絶妙に不気味で、子供は風船を受け取ると走って逃げていく。

 

 これはキモ可愛いという路線を突いたデザインかもしれない。子供には不人気だが、女子中学生の一団にはやたら気に入られ、記念写真をせがまれていた。

 

「あっ、モノノベ! あのペンギンかわいいね!」

 

 イリスさんの感性もあれを可愛いと認識したらしく、顔を輝かせてマスコットのペンギンを指差す。

 

「そ、そうだな」

 

 悠はあまり近づきたくないのか、ぎこちなく頷いた。正直僕も近づかなくなかった。

 

 ミッドガルに来る前、第七世界の"世界神"と下界に降りて一緒に遊園地に行った日を思い出す。

 

 八重さんもキモ可愛いデザインのマスコットを見て可愛いとはしゃいでいたが、あまりにも不気味だったため、僕は吐きそうになった。

 

 しかし、あの時の遊園地とは違ってここのキモ可愛いマスコットはあのペンギンだけだけで我慢はできる。

 

「えー……ティアは何だか怖いの」

 

「ん」

 

 やはり低年齢層には受けが悪いようで、ティアちゃんとレンちゃんは眉を寄せて呟く。

 

「それで、まずはどれに乗ります? わたくしは、さっきから悲鳴が聞こえてきているあのアトラクションが気になってますわ」

 

 リーザさんは弾んだ声で、ジェットコースターを指差す。原作通り、絶叫系のアトラクションは好みのようだ。

 

「私は、まだ心の準備が……。もう少し大人しいのに乗りたいな」

 

 引きつった顔でフィリルさんは異論を唱えた。

 

「レンも緊張しているし、その方がいいね。最初は出来るだけ皆一緒に乗れるものにしようよ」

 

 アリエラさんもそう提案する。

 

「なら、まずはあれでどうでしょう?」

 

 皆の意見を聞いた深月さんが指し示したのは、非日常が詰まった遊園地の中で最もメルヘンチックな乗り物———メリーゴーランド。

 

 正直この年で乗るのは抵抗があり、悠も何か言いたげな表情をしている。しかし、レンちゃんは顔を輝かせながら悠の袖をぎゅっと引っ張っていたため反対の言葉を口にしなかった。

 

「……じゃあ、乗るか」

 

 悠が深月さんに応じると、レンちゃんは嬉しそうに首を縦に振る。

 

 そうして僕たちは一つめのアトラクションへと足を向けた。

 

 

 

 

 

「わーっ、すごいの! ぐるぐる回ってる!」

 

 上下に揺れつつ回転する白馬型の座席に乗ったティアちゃんが歓声を上げる。

 

「何だかこういうの懐かしいねー」

 

「そうですね、子供の頃を思い出します」

 

 イリスさんの言葉に深月さんは同意した。"世界神"になる前、僕が小さい頃に遊園地へ最初にメリーゴーランドに乗ったことを思い出す。

 

 あの頃の冬美は怖がりで、アトラクションに乗る時はいつも僕の(そば)にいた。

 

「酔う……」

 

 フィリルさんは既に気持ち悪そうな様子で、二人乗りをしているリーザへもたれ掛かっていた。

 

 僕と悠、レンちゃん、アリエラさんは馬車型のスペースに乗り込み、ぐるぐる回る遊園地の景色を眺めていた。

 

 レンちゃんは窓から身を乗り出して他の皆に手を振り、普段から考えられないほど浮かれていた。

 

「レン、楽しそうだな」

 

「ん」

 

 悠が声を掛けると、レンちゃんはこくんと首肯する。

 

「遊園地に来たかったみたいだけど、何か理由があるのか?」

 

 けれど悠が続けて問うと、彼女は少し迷うような表情を浮かべて沈黙した。

 

 悠は何かマズイことを聞いてしまったのかと、アリエラさんに視線を向ける。

 

「———ボクもレンが遊園地に来たかった理由は知らないよ。何か切っ掛けがあるなら、ボクがレンの家族になる前のことだろうね」

 

「……ん」

 

 アリエラさんの言葉に、レンちゃんは小さく頷く。

 

 遊園地に行きたかった理由……彼女のお母さんがまだ生きていた頃のことだろう。

 

「そっか、まあ言いにくいことなら無理に言わなくていい。ちょっと気になっただけだからさ」

 

 水を差したくないと思ったのか、悠は引くことを選択したようだ。

 

 まあ、もう少ししたら話してくれると僕は分かっている。

 

「ん」

 

 レンちゃんは少しほっとしたような表情で笑い、再び馬車の外に視線を戻した。

 

「そんなに焦るな。まだ時間はあるんだから、ゆっくり理解していけばいい」

 

「それもそうだな」

 

 悠は早く彼女のことを理解しようと気が()いてしまったのだろう。僕は悠に焦らないよう語りかける。

 

 レンちゃんに視線を向けると先ほどのように浮かれていた。こうして見ると小さい頃の冬美にそっくりだ。

 

 容姿は似てないが、臆病な性格は同じで"世界神"になってから一度も故郷に帰ったことがない。今度顔だけでも見に行こうと思う。

 

 

 

 

 

 メリーゴーランドの後はコーヒーカップに乗り、その次はリーザさんが楽しみにしていたジェットコースターに挑戦した。

 

 二人ずつ並んで座る形式のコースターはオーソドックスな作りだったが、コースは国内で最長を誇っており、うねうねと捻れ、ぐるぐると円を描くコースは遊園地の敷地全体をまたがっていた。

 

 イリスさん、ティアちゃん、リーザさん、深月さん、アリエラさんの五人は急降下するコースターを楽しんでいたが、フィリルさんは一人本気で悲鳴を上げていた。

 

 レンちゃんは目をぎゅっと(つぶ)って、体を固定するバーを懸命に握りしめていた。

 

 悠は「落ちたりしないから目を開けてみろって」と声を掛けてコミュニケーションを取っていた。

 

 ジェットコースターの次に向かったのは、不気味な洋館を模したホラーハウス。

 

 リーザさんは他の絶叫系アトラクションも乗りたがっていたが、フィリルさんとレンちゃんがかなり消耗していたのでインターバルを置くことにしたのだ。

 

 ここで余裕を失くしたのは、リーザさんとティアちゃん。

 

 リーザさんは悠の肩に(つか)まり、ティアちゃんは腰に抱き付いていた。

 

 深月さんも平然を装いながら彼の服を摘んでおり、レンちゃんも服の袖を強く摑んでいた。

 

 その一方で、フィリルさんとアリエラさんはどんなお化けが出るかと弾んだ声で会話していた。

 

 青白い不気味な照明が(とも)る廊下を進んでいると、ガラガラガラ———と雷の効果音とともに窓に現れた怪物のシルエットに、僕とアリエラさん以外は怖がって悠に抱き付いていた。

 

 フィリルさんに至ってはタイミングを見計らってたが。

 

 悠はしがみ付く皆をずるずると()()りながら出口に向かうところを僕とアリエラさんは楽しんで見ていた。

 

 

 

 

 

「疲れた……」

 

 ホラーハウスで体力を消耗した悠は、ベンチに座って空を仰いでいた。

 

「悠、モテモテだったな」

 

「からかうなよ」

 

 今、僕たちがいるのは遊園地内にあるフードコート。

 

 太陽は中天にさしかかり、皆も少し休憩したそうな様子だったので、ここらで昼食を摂ることにした。

 

 フードコート端の大きなテーブル席で、場所取りとして残った僕と悠は、背もたれに体重を預けて空を眺めていた。

 

 他の皆は、フードコートを囲む店舗へ食べ物を買いに行っていた。僕たちの分も頼んであるため、今は待っているだけだ。

 

 すると後ろからアリエラが気配を消して足音を立てないように近づいてくる。

 

 僕は気が緩んでいても生物の"気"を感じ取ることができるため、たとえ気配を消してもすぐに分かる。

 

「物部クン、大島クン」

 

 悠は気付いてないようで、急に視界から現れたアリエラさんに驚く。

 

「っと……もう戻って来たのか? 足音を消して近づくなんて、趣味が悪いぞ」

 

 悠は少し動揺しながら文句を言う。

 

「ふふ、少しキミたちをびっくりさせたくてね。それにしても大島クンは驚いてないところを見ると気付いてたのかい?」

 

「まあな、気配がほんの僅かだけ出てたから誰かは分かってたよ」

 

 気配を感じ取らせないで近づく存在は全王様や神官王様、そして他の"世界神"ぐらいだ。

 

「流石だね、やっぱりキミは只者(ただもの)じゃないね」

 

「ああ、それにしても他の皆は遅いな。結構時間が経った筈だ」

 

「皆はキミたちの昼食を何にするかで()めてたから、ボクだけ先に戻って来たんだ」

 

 アリエラさんはそう言って僕の隣に腰を下ろす。その手にはホットドッグが握られていた。

 

 フードコートに視線を向けると、確かに深月さんたちが何やら議論している姿を見つける。

 

「今のは驚いた。気配の消し方といい、前に見た体術といい、アリエラも只者じゃないな。それに宮沢所長の養女だって言うし……その辺のこと、少し聞いてもいいか?」

 

 昨日からずっと気になってたようで、悠は緊張しながら彼女に問いかけた。

 

「———いいよ。物部クンにはレンと仲良くなってもらうためにも、教えておいた方がよさそうだからね」

 

 アリエラさんはホットドッグを一口(かじ)ってから頷き、話し始めた。

 

「ボクが生まれたのは争いが絶えない国で、人間同士の争いに巻き込まれてボクの大切な人たちは命を落とした。その魂を()らっていったのが、イエロー・ドラゴン———"黄"のフレスベルグ。当時のボクはフレスベルグのことをすごく憎んでね、とある組織に身を寄せたんだ」

 

「とある組織?」

 

 ここまで聞き、原作通りの生い立ちだと知る。

 

「"ムスペルの子ら"みたいな、ドラゴン信奉者団体とは真逆の主張を持つ組織———いわゆる、ドラゴン排斥者団体ってやつだよ。結構過激な組織でさ、戦闘技術とかそこで習った」

 

「なっ……けど、そういう団体は確か"D"のことも敵視してなかったか?」

 

 悠は驚きながらも疑問を覚え、アリエラさんに質問した。

 

「うん……だからまあ組織にいられたのは、ボクが上位元素(ダークマター)生成能力に目覚めるまでだったよ。"D"になったボクは下手したら殺されるところだったけど、温情(・・)で闇ルートを通じて宮沢健也に売り払われたんだ」

 

「ま、待て、それって人身売買じゃないか!」

 

 アリエラさんはさらりと説明したが、"D"の売り買いは紛れもなく犯罪だ。悠が驚くのも当然の反応だ。

 

「そう———当時の彼は"霊顕粒子(エーテルウインド)の論文が原因で学会を追放されていてね。個人で研究を進めるために、非合法な手段で"D"の研究サンプルを手に入れようとしたのさ。彼は数々の特許で莫大(ばくだい)な財産を持ってたらしいけど、それをほぼ使い切ったらしい」

 

 肩を(すく)め、呆れ混じりに言うアリエラさん。

 

「そうなると養女は単なる建前で、本当は実験台にされたということか」

 

「まあね、でも彼はすごく丁寧に接してくれて、ボクの嫌がることは何一つしなかったよ。最初はいい人かもと思った。けど———"妹"として紹介されたレンへの態度を見て、その考えが間違いだって気付いたんだ」

 

 声に(わず)かな怒りを(にじ)ませ、アリエラさんは言葉を続ける。

 

「彼がボクを丁重に扱ったのは、自分の研究に必要だったからで…々研究とは関係ないレンへの態度はそっけないものだったよ。レンと仲良くなるほど、彼に対して怒りは募ったけど……生活は不自由なかったし、それなりに満たされていた。でも———」

 

 そこでアリエラさんの表情が(かげ)った。

 

「レンちゃんも、上位元素生成能力に覚醒したんだな」

 

「うん、そしてそのことを知った彼は、こう言った。サンプルが二人いるなら、多少無茶をしても構わないか———って」

 

「な……アリエラかレンのどちらかを、使い潰すつもりだったのか?」

 

 アリエラさんの言葉を聞いた悠は、驚いた表情を浮かべ、彼の"気"から怒りを感じた。

 

「たぶんね。だから、ボクはレンを連れて逃げ出し———警察に保護を求めた。その結果、彼は人身売買と"D"の隠匿によって身柄を拘束され、ボクたちはミッドガルに送られたんだ。。でも……彼は結局、法で裁かれることなく今の地位に就いた」

 

「どうして……」

 

 悠は納得ができずに呟くと、アリエラさんも不満を隠さずに述べた。

 

「彼の研究がアスガルきとって価値あるものだったんだろう。もしかしたら研究内容を材料にした司法取引が行われたのかもしれない。詳しいことは分からないけど、彼は(おり)の中にいるべき人間なのは確かさ」

 

 軽蔑(けいべつ)の表情で吐き捨てるアリエラさん。

 

「アリエラさんは、彼を恨んでいるのか?」

 

「———ボク自身は、彼に何かされたわけじゃない。彼が組織から引き取ってくれなかったら殺されていたかもしれないし、恨むのはお門違いだろう。ただ、レンのことは怒ってるよ。レンがほとんど喋らなくなったのは、彼のせいなんだから」

 

 アリエラさんは深月さんたちと一緒にいるレンちゃんへ視線を向け、はっきり告げる。

 

「どういうことだ?」

 

「レンのお母さんは、ずいぶん前に亡くなっているんだ。ボクが引き取られるよりも、ずっと昔にね。それ以来———彼は研究にのめり込んで、レンが話しかけても"うるさい"と相手にしなくなったらしい。そんな時間が長く続いて、レンは喋ることを諦めてしまったんだと思う」

 

「喋ることを、諦めた……」

 

 それはとても悲しく、やるせない言葉だった。

 

「けど、レンも本当はお喋りしたいはずなんだよ。テキストでは、あんなに饒舌(じょうぜつ)なんだからさ」

 

「———そうだな」

 

 悠は苦笑して頷く。

 

 レンちゃんが端末に打ち込む文章は、いつも遠慮がなく、口が悪いとすら思えるほどだ。それだけ彼女の内側には、外に出たい言葉が(あふ)れているのだろう。

 

「レンは"うるさい"って叱られることに怯えてる。だから物部クンはそんなことを言わないって、安心させてあげたらいい。大丈夫、大島クンにも心を開いたんだからきっとできるよ」

 

 明るく笑ってアリエラさんは断言する。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいが……なんだか落ち着かないな。アリエラにはもっと厳しいことを言われるかも思ってた」

 

 悠は照れくさそうに頭を()く。

 

「これまで一緒に過ごして、戦って———色んなキミを見てきた上での評価だよ。まあ、キミがミッドガルに来たばかりの頃は色々言ったけど、今は信頼してるってことさ」

 

 アリエラさんも少し恥ずかそうに視線を逸らし、ホットドッグをまた一口(かじ)る。

 

「あ、そうだ。二人とも、一口食べるかい?」

 

 アリエラさんは食べかけのホットドッグを差し出した。

 

「ん、いいのか?」

 

「うん。深月たちが遅くて、お腹減ってきただろうし」

 

「じゃあ、一口だけ」

 

 僕はアリエラさんの好意に甘え、一口だけホットドッグを齧る。

 

 ソーセージの熱い脂とケチャップの甘さ、マスタードの辛み、パンの柔らかな食感が口の中に広がる。

 

 僕に続いて悠もホットドッグを齧る。

 

「ん、美味いな」

 

「ああ、そうだな」

 

「ならよかった」

 

 僕たちの感想にアリエラさんは微笑む。

 

「でも、アリエラはこういうの嫌がるかと思ってたよ」

 

「……どうして?」

 

 悠が口を付けたホットドッグを頬張り、アリエラさんは首を(かし)げた。

 

「いや、だって間接キスだろ?」

 

 そう言った途端、アリエラさんは体を硬直させる。そして見る見るうちに、彼女の顔が真っ赤になっていった。

 

「ぼ、ボクはそんなつまりじゃ———」

 

 その反応を見て、彼女が単に気付いていなかっただけだと悟る。

 

 わたわたと慌てるアリエラさんだが、既にホットドッグは口の中。アリエラさんは顔を火照(ほて)らせたままホットドッグを咀嚼(そしゃく)して呑み込み、僕たちを半眼で並んだ。

 

「……二人とも、分かった上で食べたんだ?」

 

「僕は気にしないけど、悠は意識してたんだ」

 

「ま、まあ……アリエラが気にしてなさそうだったから、俺も意識しない方がいいかと思ったけど……」

 

「だ、だったら最後まで指摘しないで欲しかったよ」

 

 指にちょっとだけ付いたケチャップを舌で舐めたり、アリエラさんは赤い顔で呟いた。

 

 二人のやり取りを見てるとからかいたくなる。

 

「ごめんね、二人がイチャイチャしてるのに邪魔者がいて」

 

「な……」

 

 僕は微笑みながらからかうと二人は真っ赤な顔で僕を見る。

 

「ち、ちがうよ、ボクはイチャイチャなんて……」

 

「じゃあなんで動揺してるんだ?」

 

「そ、それは……」

 

 彼女の反応を見てると楽しくなる。

 

「じゃあ僕は皆が遅いから様子を見てくるよ。あとは若いお二人で」

 

「お、おい、亮!」

 

 そう言って僕は席を立って深月さんたちの所へ向かう。

 

 戻ってくるまで二人は頬を赤く染めたまま沈黙していたようだ。

 

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