昼食の後は再び皆でアトラクションを回り———あっという間に楽しい時間は過ぎていく。
気づけば太陽は傾き、空は
「あまり帰りが遅くならない方がいいでしょうし、次で最後にしましょうか」
深月さんは園内のからくり時計を見上げ、そう提案する。
「だったら、締めはやっぱりあれだよね」
アリエラさんが指差すのは、園内でジェットコースター以上の存在感を放つ大観覧車。
悠の袖をぎゅっと
さすがに一つのゴンドラに全員は乗れないため、四人ずつに分かれることになる。
「じゃあ、僕と悠、レンちゃん、アリエラさんで先に乗るか」
僕が提案すると、残る深月さん、リーザさん、フィリルさん、ティアちゃんは聞き分け良く頷いた。
「うん、いってらっしゃいなの!」
ティアちゃんはそう言って僕たちに手を振る。
すると悠は何か違和感を感じたのか、眉を
実は悠がレンちゃんとコミュニケーションを測っている間に僕たちは大観覧車で二人きりにしようと話し合っていた。
ちなみに提案したのはリーザさんで、ティアちゃんが駄々をこねないのはそれが原因である。
一番ごねそうなティアちゃんが素直に見送ることに違和感を感じたのだろう。しかし悠はそれ以上気にした様子を見せずにレンちゃんと共に回ってきたゴンドラに乗り込んだ。
その瞬間、僕たちの作戦に気付いた悠はすぐに振り向き、僕とアリエラさんはゴンドラの外で手を振った。
「おい、まさか———」
悠は驚いて問いかけてくるが、僕は
「最後ぐらい、二人きりで楽しんでこい。レンちゃんもそろそろ、僕とアリエラさんがいなくても平気だろ?」
「ん! んっ!」
レンちゃんは焦った様子で首を横に振るが、係員によってバタンと扉に閉じられ、ゴンドラが地上を離れて登っていく。
アリエラさんは何も言わず「二人頑張ってね」という表情で悠とレンちゃんを見送った。
「計画通りだな。二人が戻ってくる頃には仲良くなっている筈だ」
「そうだね、後はボクたちで乗ろうよ」
そう言ってアリエラさんはゴンドラに乗るように
しかし僕にはやることがあるため、首を横に振る。
「いや、僕はやめとくよ。ちょっと知り合いに会いたいからそこに行ってくるよ」
「そうですか、じゃあ私たちで乗りましょう」
深月さんがそう言うと皆はゴンドラに乗ろうと近づくが、ティアちゃんはもじもじしながら首を横に振る。
「ティアちゃん、どうしたの?」
イリスさんがティアちゃんの様子に気付いて問いかけると、ティアちゃんは恥ずかしそうにスカートを押さえる。
「ティア、ちょっとトイレに行きたくなって……」
「そっか、じゃあ僕が付いていくよ。皆は先に乗っといて」
「分かりました。ではティアさんをお願いします、オオシマ・リョウ」
リーザさんがそう言って僕たちを見送り、ティアちゃんを連れて近くのトイレへと向かった。
ティアちゃんが女子トイレに入っていくと、近くにあったゴミ箱に中身が空っぽの小さなボトルを捨てる。
実はフードコートで昼食を取っている時、僕はティアちゃんの飲料に尿が早く出やすくなる薬品を気付かれないように入れた。
時間帯を計算して、皆がゴンドラに乗るタイミングでトイレに行かせるようにタイミングを見計らって混入させた。
理由として、僕はこれから二人の少女たちにティアちゃんを会わせるのが目的だからだ。
そのためどうしても皆の目を盗んで会わせるしかなかった。気を探ると、あの二人には待ってるように言っておいたのでその場を動いていない。
しばらくしてティアちゃんがトイレから出てきた。
「お待たせなの!」
スッキリした表情を浮かべるティアちゃんに聞く。
「ティアちゃん、これから知り合いに会わなくちゃいけないから一緒に付いてきてくれないか?」
「うん、分かったの」
ティアちゃんはそう答え、僕たちは"鏡の城"へと向かう。
正直こんなことをして罪悪感はあった。ユグドラシルを倒すためとはいえ、手の込んだことをするのはどうしても気が引けるが、悠の記憶を取り戻すためにはこうするしか方法がなかった。
そう思いながら足を運び、"鏡の城"に着いて中に入る。
内部は鏡張りの廊下になっており、向かい合わせの鏡が無限の虚像を作り出している。
そのため奥行きや広さは把握できないが、二人の気を感じ取っているので、ぶつからないように奥に進む。
床と天井も鏡張りの通路を歩いていると、キーリとジャンヌさんを見つけた。
「よ、待たせたな」
「あら、遅かったわね」
僕が声を掛けると二人は気付いてこちらに視線を向けた。
「き、キーリ……」
ティアちゃんは驚き、僕と彼女たちを交互に見る。
「ごめんねティアちゃん。実はキーリが君と話しがしたかったみたいだから連れてきたんだ」
「ティアと……?」
僕がそう告げるとティアちゃんは首を傾げる。
「ああ、ティアちゃんの角のことでね」
そう言って僕はティアちゃんの背中を押してキーリに近づける。
キーリは状況がいまいち飲み込めないティアちゃんに微笑む。
「ティア、あなたに教えなきゃいけないことがあるの」
◇
俺はレンにユグドラシルの取引について全て話した。リヴァイアサンとフレスベルグとの戦いで記憶を代償に兵器を手に入れたこと。フレスベルグ戦で今の自分が三年前の記憶が失っていること。ユグドラシルから送られる兵器のデータにウイルスデータが含まれていて操れたこと。亮がこの世界の神であること以外全て話した。
なぜ話したかと言うと、レンのことを知るには俺のことを知ってもらわなきゃいけないと思ったからだ。
レンはずっと俺の話を聞いてくれた。全てを話すと彼女は
「……レン?」
「ん!」
叱責するような声を上げ、レンは個人端末を取り出して素早く文字を打ち込み、俺の方に
「———もっと早く言え。こんなところで遊んでいる場合じゃない。急いで戻って、
俺が表示されたテキストを読み上げると、レンは何度も首を縦に振った。
「怒ってないのか?」
驚いて問いかけると、レンは再び文字を打ち込む。
———怒っているけど、それどころじゃないから。
画面の文字を読み、俺は肩から力を抜いた。
「ありがとう。レンは優しいな」
「っ……」
俺が礼を言うと、レンは頬を赤くして視線を逸らす。
「上位元素の受け渡しを早く成功させたいのは、俺も同じだ。けど亮が言った通り、今必要なのは俺とレンのコミュニケーションだと思う。だからここでもう少し、話ができると嬉しい」
俺たちを乗せたゴンドラは、もうすぐ観覧車の一番高い場所に差し掛かろうとしていた。まだ時間はある。
「ん……」
レンは自分を落ち着かせるように深呼吸をし、考えながら端末に文字を打ち込んだ。
———分かった。何か聞きたいことがあれば聞いて。わたしも全部、本当のことを言う。
真剣な表情で端末を翳したレンは、そう提案してくれる。
「じゃあ———遊園地に来たかった理由を、教えてくれないか?」
最初
けれどアリエラすら知らなかったその理由を知ることが、レンを理解すふ取っ掛かりになるような気がしたのだ。
レンは一瞬表情を硬くしたが、こくんと頷いて端末に文字を入力し始める。
そして俺に向けられた端末の画面には、こう書かれていた。
———昔、お父さんとお母さんと一緒に遊園地へ行ったことがあって、すごく楽しかったから。
「そういうことだったのか……」
普通に考えれば、言いよどむ理由ではない。けれどレンの母親は既に亡くなり、今の宮沢健也は研究にのめり込んでレンを
誰かに理由を話せば、自分自身も過去と現在の落差を意識せざるを得ない。それが辛くて、レンは答えることを拒んだのだろう。
「レンのお母さんは、どんな人だったんだ?」
———明るくて、さばさばしていて、気弱なお父さんを引っ張り回していた。
レンが打ったテキストを読み、俺は苦笑する。
「男勝りな人だったんだな」
俺の言葉にレンは頷き、テキストで答えを返した。
———うん。お姉ちゃんとお兄ちゃんに少し似てた。
「お姉ちゃん? それにお兄ちゃん?」
俺が戸惑って聞き返すと、レンは慌ててテキストを書き直す。
———アリエラと亮お兄ちゃんのこと。
「ああ、そうか。レンはアリエラをお姉ちゃん、亮のことは亮お兄ちゃんって呼んでるんだな」
「っ……」
するとレンは顔を赤くして、俺のひざを無言でぽかぽか叩いた。
「いや、別に恥ずかしがることじゃないって。レンにとって、アリエラは本当の家族だって意味で、亮のことも同じように思っているってことだろ?」
問いかけるとレンは赤い顔で小さく頷く。
———うん。アリエラとは普通に話せるし、亮お兄ちゃんとは二人きりの時に話してる。
レンが翳した端末の文字を読み、俺は微笑んだ。
「羨ましいな。俺もそれぐらい仲良くなれたらいいんだが」
「…………」
俺の言葉を聞いたレンはこちらをじっと見つめてくる。
「どうしたんだ?」
それから一分ぐらいかけて、ゆっくりテキストを打つレン。
何か伝えたいことがあるのだろうと、俺は黙ってレンが文章を書き終えるまで待つ。
「…………ん」
そしてレンが俺に見せた端末の画面には、長い時間を掛けた割に、とても短い文章が表示されていた。
———亮お兄ちゃんみたいに、悠お兄ちゃんって、呼んでもいい?
「え……?」
驚いてレンの顔を見ると、彼女は耳まで真っ赤にして、顔を伏せる。
「ん!」
だが端末は降ろさず、俺に答えを
もしかしたら、これがレンにとって最大限の歩み寄りかもしれない。だったら断る理由はなかった。
「———ああ、いいよ」
俺の返答を聞いたレンは、端末をぎゅっと胸に抱き、真っ赤な顔で俺を見つめる。
「…………」
何か言いたげにレンは口をぱくぱくさせるが、声は出ない。
(まさか……)
その様子を見て、俺は気付く。
先ほどレンは、お兄ちゃんと
「……ゆ…………」
レンの吐き出す息の中に、微かだが音が混じる。
「ゆ……ゆう…………」
震える声が、言葉を紡ぐ。
「……ゆ……ゆうお……」
絞り出すように、小さな音を
彼女の葛藤と緊張が伝わってきて、俺の鼓動も速くなっていくのを感じた。
空を遊覧するゴンドラの中、痛いほど空気が張りつめ———。
「……悠……お兄、ちゃん」
か細く、風音に紛れてしまいそうな声が、おれの耳へと届く。
その瞬間、何とも言えない喜びと気恥ずかしさで胸がいっぱいになった。
「お、おう」
緊張が伝染していた俺は、上擦った声で応じる。
するとレンはほっとした表情になり、体から力を抜く。
「———悠お兄ちゃん」
そして今度は、先ほどよりも自然な口調で同じ言葉を繰り返すレン。
「おう」
俺も二度目は少し余裕を持って答えることができた。
レンは嬉しそうに顔を緩め、柔らかな笑みを浮かべる。
「悠お兄ちゃん」
「ああ———これから俺も、レンのお兄ちゃんだ」
「ん」
こくんお頷き、レンは機嫌よさげき足をパタパタ動かした。
これからレンは繰り返し、繰り返し、俺を「悠お兄ちゃん」と呼び、俺はその度に照れ臭さを覚えながら返事をする。
レンが口にしたのは「悠お兄ちゃん」という言葉だけで、俺たちのやり取りは会話とは呼べないものだったが———言葉を交わすほどに、レンとの距離が縮まっていく感覚があった。
そうこうしているうちにゴンドラは一周し、地上へと戻ってくる。
「レン」
先にゴンドラから降りた俺は、レンに手を差し出した。
「ん」
レンは少し
俺の手を支えにして、ぴょんとゴンドラから降り立ったレンは、頬を染めて俺にこう言った。
「悠お兄ちゃん……ありがとう」
◇
キーリはティアちゃんと話し終えると今回のユグドラシル討伐について口を出してきた。
「僕たちはユグドラシルの精神破壊を計画してるが、今のままじゃどんなに頑張っても失敗するな。キーリもそう思ってるだろ?」
「ええ、あなたたちよりもずっと前から、ユグドラシルを倒す方法を模索してきたかんだから」
「ユグドラシルは、
キーリはヴリトラの上位元素によって作られた存在であることは知っている。事情を知らないティアちゃんやジャンヌにとっては、上位元素生成能力を"D"に与えた母なる者という意味に聞こえるが———キーリは本当の意味でヴリトラの娘なのだ。
「そうよ。二十五年前、お母様は
「予想はしてたよ。ということは"黒"のヴリトラはユグドラシルから隠れながら
「ええ」
最初から知ってはいたが、改めて聞くと"世界神"の僕でも驚くほど便利な能力だ。
「ついでに言うと、私はお母様とヘカトンケイルを繋ぐ中継点のようなものだった。お母様とリンクした私の
「ミッドガルにヘカトンケイルが現れたのもお前を介して出現させたということか」
「その通りよ。だけどお母様は、私をフレスベルグのつがいにするため、生体変換で竜紋を書き換えてしまった。だからもう、私を中継点にはできないわ。しかも見初められたのは私じゃなかったんから、馬鹿なことをしたわよね」
そう言ってキーリは肩を
エルリア公国でフレスベルグに見初められたのは、キーリではなくフィリルさんだ。自らを"紛い物"と呼ぶキーリは選ばれなかった。その時、彼女はひどく傷ついた様子で今も微かな"痛み"が見て取れる。
「私とお母様のリンクは切れているから、もう一度竜紋を書き換えることも不可能。こうして私は自由になれたけど、それまでずっとお母様の指示で動いてたもの。天敵であるユグドラシルを何とかするっていうのも、私に与えられた命令の一つだったわ」
キーリは強い口調で告げた。
「今のままじゃユグドラシルの干渉を防げない。すぐに解析されて中和される。仮に攻撃が成功してユグドラシルの精神を破壊できたとしても、また新しい中枢意識を構築するだけか」
「ええ、作戦を成功させるにはティアの力が必要よ」
そう言ってキーリは一瞬だけティアの方に視線を向けた。
「ありがとう、参考になった」
「何が参考になった、よ。最初から知ってたみたいじゃない」
「はて、何のことやら」
冗談っぽく笑い、ティアちゃんを連れて"鏡の城"の出口に向かおうとするとキーリは呼び止めた。
「———あ、待って、あともう一つあるわ」
僕とティアちゃんは足を止めてキーリとジャンヌの方を向く。
「何だ?」
「あなたたちがいる研究所……ちょっと異常よ。他の施設に比べてセキュリティの厳しさも群を抜いているし、施設管理者の権限でロックされている区間が多すぎるわ」
「そうなのか?」
あの研究所のことは知っているが、知らないふりをして聞き返す。
「ええ、あそこの所長は、かなりの研究区間を一人で占有しているということよ。きな臭い感じがするから、気を付けなさい」
「……分かった、悠たちにも伝えておく」
そう言って僕たちは再び足を動かして"鏡の城"を後にする。
宮沢健也が所長を務める研究所、あそこのことはほとんど知らないが、一つだけ知っている。
研究所の地下深くにある生命体の"気"を感じ取っていた。今後、その生命体がこれから悠たちを大きな事件に巻き込むことも知っている。
僕たちは悠たちがいる大観覧車へと向かっている。ティアちゃんには悪いことをしてしまった。
しかしユグドラシルを倒し、悠の記憶を取り戻すにはこの方法しかなかった。
「ごめんね、騙すつもりはなかったけど……嫌だった?」
僕が問いかけるとティアちゃんは首を横に振った。
「ううん、大丈夫なの。キーリの話を聞いたときは驚いたけど、ティアはちょっと怖いなの……」
「そうだな。自分が
「っ! うん! ありがとうなの!」
僕の言葉を聞いたティアちゃんは笑みを浮かべる。
「よし、じゃあ皆にキーリが言ってたことを伝えよう。ユグドラシル討伐のヒントになるかもな」
「うん!」
僕とティアちゃんは悠たちの元へ戻り、キーリから聞いたことを伝えた。
五月四日投稿