ファフニール VS 神   作:サラザール

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研究成果

 悠たちにキーリと話したことを伝え、僕たちブリュンヒルデ教室の生徒一同は、寄り道することなく真っ直ぐ研究所へと戻った。

 

 その際、余計な負担を掛けてしまうと思った僕は、ティアちゃんの角についてはは話さず、キーリと二人で何かを話していたことを伝えた。

 

 そして篠宮先生を交え、キーリから聞いた話をまた最初から伝えた。

 

「ヴリトラ消失の理由や、ヘカトンケイルの正体———とても興味深い話ではありますが、証拠は何もありません。鵜呑(うの)みにするのは危険ですね」

 

 改めて情報を共有した後、深月さんは慎重な意見を述べた。

 

 場所は以前と同じく深月さんの部屋。僕はベッドの上に座って話を聞いていた。

 

「———けれど、キーリの話を無視することもできん。ジャミングの有効性を検証して欲しいとニブルに依頼していたのだが……先ほど返答があり、キーリが言った通りの結果になった。ジャミングの効果はほんの一瞬で、すぐ無効化されてしまうらしい」

 

 重い声で応じるのは篠宮先生だ。今日、研究所に残っていた彼女は、ニブルとのやり取りを行っていたのだろう。

 

「では……今のところ、接近して攻撃を行うことは不可能ですわね。それにキーリさんの言葉が本当なら、作戦が成功してもユグドラシルは倒せないということになりますわ」

 

 リーザさんが張りつめた声音で呟く。

 

「でもでも、無理かもしれないからって何もしないわけにはいかないよ!」

 

 必死な様子で声を上げたのはイリスさん。

 

 悠の状態を知っているがゆえに、焦っているのだろう。

 

「……イリスの言う通り。今は、やれることをやるしかないと思う」

 

 フィリルさんが落ち着いた声でイリスさんに同意した。

 

「となると、やっぱり現状は物部クンとレンの連携を強化してくしかないんじゃないかな」

 

「そうだな、今日一日でずいぶん仲良くなったみたいだし、一度ここで協力して架空武装を作ってみたらどうだ?」

 

 アリエラさんの言葉に同意した僕は、架空武装を作るように言うと、レンちゃんは悠の前に近づく。

 

 レンちゃんは少し緊張しながらも悠を上目遣いで見上げた。

 

「じゃあ、やってみるか」

 

「ん」

 

 悠が話しかけると、レンちゃんはこくんと頷いた。

 

 悠は手に装飾銃型の架空武装を生成し、レンちゃんが手を添える。

 

 レンちゃんの上位元素(ダークマター)が流れ込んだようで、悠の架空武装が膨張し、形が(ゆが)む。

 

 他人から大量に送られてくるエネルギーを瞬時に使うのは相当な技術と鍛錬が必要になってくる。もし遊園地に行く前だったら必ず失敗していただろう。

 

「っ……」

 

 しかし悠はレンちゃんから送られてくる上位元素の量に驚いたものの、意識を乱さずに集中している。

 

 その証拠に、不自然に歪んでいた悠の架空武装の形が修正されていき、どんどん大きくなっていく。

 

 仲良くなるというのは、互いを知るということ。

 

 遊園地で悠はレンちゃんの想いの伝え方を知り、レンちゃんは悠の想いの受け取り方を知った。

 

 信頼できるからこそ頼られ、時に頼ることができる。そうでなければ他人の力を制御することは不可能。

 

 まだ二人は"何となく"のレベルではあるが、大観覧車から戻った二人は本当の兄弟に見えるほど仲良くなっていた。

 

 これならいけると誰もが思ったが、上手くいきかけて気持ちが緩んでしまったのだろう。

 

 悠の架空武装は五倍ぐらいの大きさに膨張したところで、細かな泡となって崩壊してしまった。

 

「ああ……惜しかったね。でも、たった一日ですごい進歩だと思うよ」

 

 失敗してしまったものの、アリエラさんはパチパチと手を叩いた。

 

「———そうですわね。あとは反復練習あるのみでしょう。何度も試すうちに、コツを(つか)めるはずですわ」

 

 リーザさんも満足そうに頷く。バジリスク討伐の際、彼女はレンちゃんと上位元素(ダークマター)の受け渡しを何度も練習していた。とりあえずスタートラインには立てたと判断していいだろう。

 

 だが(わず)かに浮き立つ空気の中、ティアちゃんだけは一人黙って(うつむ)いていた。

 

「ティア?」

 

 悠は気になって声を掛けると、ティアちゃんはびくっと驚いた様子で顔を上げた。

 

「え、ユウ……どうしたの?」

 

「ああ、いや———ちょっと様子が変に思えてさ」

 

 悠の言葉を聞いたリーザさんもティアちゃんに視線を向け、眉を寄せる。

 

「そういえば、キーリさんはティアさんと二人で話をするために遊園地に来たんですわよね。いったい何の話だったんですの?」

 

「…………」

 

 問いかけられたティアちゃんは、迷うように視線を彷徨(さまよ)わせた。

 

 キーリと話した内容、それを今は考えているのだろう。

 

 僕は少し後悔している。キーリと会わせるためにフードコートで買ったティアちゃんの飲料に細工したことだ。

 

 原作では、悠たちの隙をついてジャンヌがティアを強引に(さら)って"鏡の城"で二人だけ話す展開になる。

 

 しかしユグドラシルを何とかするにはキーリたちの協力が必要と判断したため、僕は穏便に済ませるために手を打った。

 

 間違ったことをしている自覚はあるが、僕が心配しているのはその先の未来についてだ。必ず(・・)起こる(・・・)戦い(・・)のためには必要なことだと思っている。

 

「言いにくいことなら無理に話さなくてもいい。けど、もし何か困っているならいつでも相談してくれ」

 

「……わかったの」

 

 悠は慌てて口を挟み、ティアちゃんは小さな声で返事をして頷く。

 

 リーザさんは溜息(ためいき)を吐き、「絶対に約束ですわよ?」と念を押した。

 

「では、もう夜も遅いですから、今日は解散にしましょう」

 

 今の段階でこれ以上議論できることはないと判断したのか、深月さんは作戦会議の終了を告げる。

 

 そうして僕たちは深月さんの部屋を出て、各々の部屋に戻った。

 

 僕に宛てがわれている客室は、深月さんの真向かいにある悠の部屋の隣。

 

 室内の家具はベッドと机、クローゼットのみ。あとは浴室とトイレだけしかないシンプルな部屋だ。フィリルさんの故郷、エルリア公国の王室で泊まった時の部屋に比べてかなり狭い。

 

 僕はベッドに腰を下ろして先端に丸い球体のある杖を取り出す。

 

 昨日から"世界神"の仕事をしてないため、球体に空間の歪みがある場所を映し出す。

 

 歪みがある場所は五ヶ所。この世界の人間は誰も気付いておらず、歪みに触れて暴走した生物はいない。

 

 僕は球体に手を(かざ)して空間の歪みがある場所に"神の気"を注ぎ込む。

 

 歪みは徐々小さくなり、数秒して消えていく。

 

 空間の歪みは世界に起こる自然現象。世界のバランスが保たれている証拠で、十二の世界に一人ずつ担当している"世界神"だけが浄化することを許されている。

 

 一ヶ月くらい前、歪みが発生してから突然消えていくという事態が起こり、学園祭二日目でフードを被った男が歪みを浄化していることを知った。

 

 僕は第七世界の"世界神"八重さんと共にフードを被った男がいたサハラ砂漠に行ったが、既に移動しており誰もいなかった。

 

 そしてミッドガルに戻る途中、"神器"らしき力で誰かに操られた第一世界の"世界神"義晴によって突然襲い掛けられた。

 

 何とか義晴の正気を取り戻したが、本当は何をされたのか覚えておらず、誰に操られたかすらも分からなかった。

 

 恐らくフードを被った男が僕たちに気付いたのか、邪魔されないように義晴を操ったのだろう。

 

 その際、義晴は"神器"によって操られており、今回の事態は神の誰かが仕組んだと皆は議論している。

 

 しかし全員アリバイがあり、学園祭以降フードの男は今も姿を現してはいない。

 

 他の"世界神"はフードの男について調べているが、何も分かっていない。しかし歪みは通常に発生しており、消えることはなくなった。

 

 僕もフードの男を調べたいが、今はユグドラシルを何とかするのが先だ。この世界ですることが無くなった僕は神々が住む世界"神界"に向かい、雑務の仕事をすることにした。

 

 数日は書類仕事をしてないため、山のように溜まってためフードの男を調べることはできない。

 

 急な事態が起こるまで書類とにらめっこする日々が再び訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺を乗せたエレベーターは自動的に地下四階まで下降し、扉が開く。

 

 そこは廊下ではなく既に広い研究所で、部屋の中央には白衣を着た宮沢健也の姿があった。

 

 深月の部屋を出た俺はイリスの部屋へ向かい、イリスとリーザ、そして亮しか知らない秘密をレンに打ち明けたことを伝えた。

 

 その後はイリスの"終末時間(カタストロフ)"が上位元素(ダークマター)を介さずに使用できることを気付かせないためにユグドラシルが電子干渉されない範囲で使うように言い聞かせた。

 

 その後は他愛もない話をして時間を過ごしていると、端末から連絡が来た。

 

 相手はレンの父親、宮沢健也で何故番号を知っているのかを聞くが、彼の立場ならすぐに調べ上げることが可能だと言われた。

 

 宮沢健也は実験に協力して欲しいと一方的に言われ、俺は仕方なく承諾した。

 

「来てくれて助かるよ物部君」

 

 人当たりの良さそうな笑みを浮かべる宮沢健也は、相変わらずのぼさぼさ頭と無精髭(ぶしょうひげ)だ。

 

 彼の姿を見て今日、アリエラから聞いたレンの過去を思い出す。

 

 レンが(しゃべ)ることを諦めたのは、宮沢健也のせいだと言う。

 

 一言言ってやりたいが気持ちはあるが、彼を責めても効果がないことは既に分かっている。

 

 でも、彼と関わることで、レンのために何かができるかもしれない。そう思い、俺は実験に協力した。

 

「俺一人を呼び出して、いったい何の用ですか?」

 

 俺は警戒しながら問いかけた。

 

 脳裏に()ぎるのはエレベーターに向かう際に亮から送られたメール。

 

 亮はキーリから俺に研究所のことを伝えるように言われたようで、それをメールに送ってきた。

 

 その内容は、この研究所が異常にセキュリティレベルが高く、区画の多くを最高責任者である宮沢健也が占有しているとのこと。

 

 ここは地下四階。エレベーターの表示では地下五階までなので、かなりの深部と言える。

 

 他の研究員の姿が見当たらないことを考えると、このフロアは彼だけが入れる場所の一つなのかもしれない。

 

「先ほども言ったように、個人的なお願いがあってね。私の研究に協力して欲しいんだが……正式に依頼するとなればミッドガル側に研究内容を明かさねばならなくなる。それは少しばかり都合が悪いんだ」

 

「そんな後ろ暗い研究への協力なんて、御免です」

 

 依頼の内容を聞き、俺は鋭く切り捨てた。予想はしていたが、やはりろくでもない用件だったようだ。

 

「そう結論を急がないでくれ。これは君にとってもメリットがある提案なんだ。ユグドラシルとの決戦前に、"霊顕粒子(エーテルウインド)"の効果をきちんと確かめておきたくはないかい?」

 

「……どういうことですか?」

 

 俺は疑問を隠すことなく、空々しい彼の笑みを見つめる。

 

「君の作り出す"霊顕粒子"が、本当に魂を具現化させる力を持つのかどうか———それを私も確かめたいと思っているんだよ。だが、その検証実験に最も有用な検体は、人間の死体。しかし外部の顔色を(うかが)っているミッドガルは、そのような実験の実施や協力は認めまい。だから、ここで(・・・)密かに(・・・)試して(・・・)みないか(・・・・)と提案しているのさ」

 

 (よど)みない口調で宮沢健也は目的を語った。

 

「なっ……じゃあまさか———」

 

 俺は絶句し、広い研究所を見回す。

 

「そう、人間の死体ならある。だが、そのことについて君が深く考える必要はない。君は指定された場所に"霊顕粒子"を放ち、結果を見るだけでいい」

 

 表情を変えずに、彼は平然と頷いた。

 

 まあ、ここはアスガルの研究所だ。研究用のサンプルとして人間の死体があってもおかしくはない。身元不明の死体などを研究に流用するシステムもあると聞く。恐らく非合法なものではない……はずだ。

 

「効果を確かめないまま本番に挑むのは、リスクが大きいはずだ。失敗した場合、君だけでなく仲間たちも危険な目に遭う。そんなことは君も望まないだろう?」

 

 考え込む俺に、彼は畳み掛けてきた。

 

「…………分かりました」 

 

 迷った末、俺は首肯する。彼の思い通りになるのは(しゃく)だが、"霊顕粒子"の効果を確かめられる機会を逃したくない。戦場ではほんのわずかな差が生死を分ける。亮がこの世界の神であるため頼りになるが、俺も少しでも力になれるのなら、断ることはできなかった。

 

「おお、ありがとう。では早速始めよう。こちらへ来てくれ」

 

 宮沢健也は顔を輝かせ、早足で研究所の奥へと向かう。そこには大きな隔壁があり、彼は横にあるパネルを操作し始める。

 

「ここに何が?」

 

 彼に追いついた俺が問いかけるのと同時に、重い音を立てて隔壁が開き始めた。

 

 隙間から白い(もや)と冷気が流れ込んでくる。

 

「見れば分かるさ」

 

 彼は短く答え、隔壁が開き切るのを待たずに中へと入っていった。仕方なく俺も後に続く。隔壁の内側は、まるで冷凍庫の中だった。足元から()()がる冷気に、俺は身を震わせた。

 

 室内は研究室からの照明が射し込むだけで薄暗い。そして白い冷気が(わだかま)る床の中央に、四角く細長い金属製の箱が置かれていた。

 

 箱からはいくつものパイプが伸びており、それは室内の壁際に設置された良く分からない機器に繋がっている。

 

「あの(ひつぎ)の周辺に"霊顕粒子(エーテルウインド)"を散布して欲しい」

 

 宮沢健也は部屋中央の箱を指差した。

 

(ひつぎ)……? じゃあ、あの箱の中には———」

 

「ああ、死体がある」

 

 あっさりと答え、彼は俺を視線で促す。

 

 説明すべきことはもうないという態度だ。

 

 けれど俺は物々しい室内の様子に、警戒心を抱いた。

 

 (あの棺の中に入っているのは、本当にただの死体なのか?)

 

 実験に使用するだけの死体をこれだけ厳重な部屋に安置しておくということは、違和感がある。ここが研究サンプルの保管室だとしたら、棺が一つしかないのも不自然だ。

 

 だが、これ以上のことを聞いても答えてくれそうにはない。

 

 架空武装———ジークフリート

 

 とりあえずやるしかないかと、俺は上位元素(ダークマター)を生成し、それを装飾銃の形へと変えた。

 

 ごくりと、彼が唾を()みこむ音が耳に届く。

 

 横目で(うかが)うと、彼は棺の方を凝視していた。

 

 俺は今の彼に尋常ではない雰囲気を感じたが、そのまま架空武装の引き金を引いた。

 

霊顕弾(エーテル・ブリット)

 

 架空武装に用いている上位元素を全て込め、弾丸を撃ち放つ。発射と同時にジークフリートは消失し、放たれた弾丸は棺の上で"霊顕粒子(エーテルウインド)"に変換された。

 

 金色の粒子が弾け、棺の周囲を覆う。

 

 するとそこに、微かな輪郭が浮かび上がった。

 

「おおっ!!」

 

 歓声をあげる宮沢健也。

 

 俺もその現象に息を呑みつつ、様子を見守る。

 

 曖昧だったシルエットが次第にはっきりしてきて、背格好が分かるようになった。

 

 女性……のようだ。

 

 しかし細かな顔立ちが見分けられるようになる前に、金色の粒子は急速に薄まり、浮かび上がっていた像と共に消滅していった。

 

 "霊顕粒子"によって具現化された魂は、棺の中に眠っている人物なのだろうか。

 

 けれど俺は棺に入っているのが誰か分からないため、中身を知っている宮沢健也の方に視線を向けるが、彼は目を見開いて歓喜に震えていた。

 

「ははっ……はははははっ! ああ……レナ、やはり私たちの推論は正しかったんだ。もっと、"霊顕粒子(エーテルウインド)"の濃度を上げられるかい? 具現化した魂とコミュニケーションを取れるか試してみたい!」

 

「い、いえ、今のが最大生成量なんで、これ以上は……」

 

 彼の勢いに()されつつ、俺は答える。

 

「そうか……なら他の誰かに協力を———と、これはまだ難しいのだったね。いや、いい。ありがとう、今は魂の存在を確認できただけで十分だ。早く研究を完成させなければ……そうすれば、きっと……」

 

 ぶつぶつと呟きつつ、彼は棺の方に熱の籠った眼差しを向けていた。

 

 レナ、もしかしたらレンの母親なのかもしれない。アリエラがレンと家族になる前に亡くなったと聞いたため、もしかしたら棺の中に入っているのはレンの母親と推測する。

 

「本当にありがとう……研究への協力、感謝するよ。また何か依頼することがあるかもしれないが、その時もよろしく頼むよ」

 

 そう言って彼は照明を消して部屋を後にする。

 

 俺は急いで部屋を出て彼と共にエレベーターへと乗り込む。

 

 その間、俺の右腕が(わず)かに震えていることに気付いた。何故かは知らないが、妙な胸騒ぎは収まらず自分の部屋に戻るまで警戒心を緩めることはなかった。

 

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