ファフニール VS 神   作:サラザール

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ティアの覚悟

「あそこにベンチがありますわね」

 

「———バス停だな。座るか」

 

 数時間前、俺とリーザは車に降りてちょうど近くにあったバス停のベンチへと並んで腰を下ろす。

 

「今のところ、作戦は順調ですわ。ユグドラシルは枝を伸ばすだけで、何もしてきません。こちらにとっては都合がいいですが、正直……不気味です」

 

 リーザは夜空に瞬く爆発を眺めながら、不安を零した。

 

「もしかすると、おびき寄せられているのかもしれないな」

 

「わたくしたちが接近すれば、本体を破壊されるリスクが高まるのに……ですか? あなたには、何かそう考える根拠があるんですのね?」

 

 俺を至近距離から見据え、偽りのない答えを要求するリーザ。

 

「…………ああ。誘い出されているのは、たぶん俺だ。さっきからずっとユグドラシルの声が聞こえてる。あいつからの干渉が強くなっているんだ。だから隙を見せないよう、眠らないことにした」

 

 俺は観念し、自分の状態を告白する。

 

「なっ———どうしてそんな大事なことを黙っているんですか! でしたら、これ以上ユグドラシルに近づくのは危険ではありませんの? あなただけでも退いた方がいいのでは?」

 

「かもしれないが……リーザたちだけでユグドラシルの本体を破壊しても、解決にはならないだろう? 宮沢所長の説が正しければ、また別の場所に中枢が移るだけ。そうして時間を掛けていたら、たぶん手遅れになる」

 

 左腕のギプスを眺めつつ、俺は答える。

 

「ここでユグドラシルを無力化しないと、あなたはじきに乗っ取られてしまうというわけですか……」

 

「たぶんな。学園長に頼めば完全に操られることは避けられるかもしれないが、きっとその時は全身が今の左腕みたいな状態になるんだろう」

 

 俺は感覚のない左腕を示して言う。

 

「それは、ぞっとしませんわね。分かりました、もう退けとは言いません。けれど……このままユグドラシルの枝を排除できたとしても、本体からの干渉は残ります。干渉を防ぐ手段がない以上、影響を受けないオオシマ・リョウと遠方からの攻撃になりますが……大丈夫ですの?」

 

 不安そうに俺を見つめるリーザ。俺が以前、"彼岸を貫く方舟(ノア)"は狙撃に向かないと言ったことを懸念しているのだろう。

 

「大丈夫とは言えないが、それでも———やるしかないだろ」

 

 俺は苦笑を浮かべて告げた。

 

「……確かに。では、やり遂げてください」

 

 リーザも笑みを見せて頷く。

 

「おう。やってやるさ」

 

 できるだけ強気に応じ、俺は空に視線を向けた。

 

 ユグドラシルの枝は確実に排除されていく。このままの調子でいけば、枝を広げる前の干渉範囲———およそ十五キロ地点までは近づけるはずだ。しかし……。

 

「ただ、ユグドラシルが俺たちをおびき寄せたのだとしたら———こっちが本体へ攻撃を始める前に、次の手を打ってくる可能性は高い」

 

「それを打ち破らなければ、決戦にすら持ち込めないというわけですわね。ユグドラシルが何を企んでいるかは分かりませんけど、わたくしが蹴散らしてやりますわ」

 

 豊かな胸を張り、リーザは宣言する。はずみで揺れる双丘を前にした俺は、色んな意味で照れ臭くなって頬を()いた。

 

「———頼りにしてる。じゃあ、そろそろ戻るか」

 

「ええ」

 

 そうして俺たちは車の方へと歩き出した。だが車に乗り込もうとした時、ドアが少し開いていることに気付く。

 

 あれ……ちゃんと閉めたと思ったんだが。

 

 他に誰か外に出たのかと車内を確認するが、皆眠っている。

 

「どうしたんですの?」

 

「あ、いや、何でもない」

 

 俺は声を掛けて来たリーザに首を振り、中へと入った。

 

 この時俺はリーザとの会話を聞いていた少女に気付くことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユグドラシルの枝が押し寄せる窮地の中、悠は皆の視線を浴びて立ち尽くす。

 

 暴かれたのは、悠の秘密。

 

 ユグドラシルに、彼が乗っ取られようとしているという事実。

 

 とうとう———知られてしまった。悠は深月さんだけには秘密にしておきたかったことを。

 

「物部くん、詳しく話を聞かせて」

 

「ボクも説明が欲しいな」

 

 フィリルさんとアリエラさんも悠に詰め寄ってきた。

 

「ユウ、ホントのこと……教えて欲しいの」

 

 一歩も退かないという意志を込め、ティアちゃんは悠を見つめる。

 

「詳しい事情には、私も興味があるわ」

 

 キーリは視線で悠に説明を促した。

 

 こうなっては、誤魔化しようがない。

 

「モノノベ・ユウ。もう皆さんにもお話しするしかないようですわね。あなたがドラゴンを(ほふ)ってきた兵器は、ユグドラシルから提供されたデータを元にしたもので———その(・・)代償(・・)として(・・・)、あなたは体を乗っ取られてかけていることを」

 

 すると架空武装から放つ閃光で上空の枝を攻撃していたリーザさんが、悠に声をかけた。

 

「え……?」

 

 リーザさんの違和感のある台詞に、(そば)で話を聞いていたイリスさんはきょとんとしていた。

 

 ユグドラシルとの取引によって生じた代償は、記憶の喪失。体の乗っ取りは、奴が仕掛けた罠である。

 

 数時間前に二人が話した内容に記憶の喪失については触れていないため、ティアちゃんは体を乗っ取られることしか知らない。

 

 悠もリーザさんの意図に気付いたようで、深月さんたちに説明を始めた。

 

「———今、リーザが言った通りだ。俺はドラゴンを倒すために、ユグドラシルと密かに取引した。けど、送り込まれたデータの中にはウイルス的なものもあったらしく、俺は少しずつ———今もユグドラシルに侵食されている」

 

 記憶のことだけを除いて、悠は本当のことを話す。

 

「ドラゴンを倒すため……? まさか、兄さんは三年前のあの時に———」

 

 呆然と呟く深月さんは、三年前のことを思い出したようだ。

 

「ああ———三年前、ヘカトンケイルと戦った時が最初だった」

 

 悠は深月さんに頷き返す。

 

「物部くん……どうして黙っていたの? ドラゴンを倒すための武器が原因なら、私の時も取引したんだよね?」

 

 フィリルさんが怒った顔で悠を睨む。

 

「……すまない。責任とか、負い目を感じて欲しくなかったんだ。それに操られていることが分かったのは最近で、こんなことになるとは思っていなかった」

 

 悠は頭を下げ、フィリルさんに謝った。

 

 アリエラさんはそんな悠を見下ろし、責めるような口調で言う。

 

「物部クンの気持ちは分かるよ。けど、ボクたちだけ何も聞かされていなかったのは、気に入らないな。この様子だと、リーザだけじゃなくて、イリスやレン、大島クンも知っていたんだろう?」

 

「まあな」

 

「ん」

 

 イリスさんはアリエラに視線を向けられると気まずいそうに顔を伏せるが、僕とレンちゃんは頷いた。

 

「———揉めている暇はないね。文句は後でたっぷり言わせてもらうよ」

 

 アリエラさんは悠を一睨みしてから攻撃に戻った。

 

「私も……言いたいことはあるけど、今は我慢する」

 

 フィリルさんもこちらに背を向け、枝への攻撃を再開する。

 

「———面白い話を聞かせてくれたお礼に、私も少し手伝ってあげるわ」

 

 手を一振りし、緋色(ひいろ)の熱線で枝を焼き払うキーリ。

 

 けれどそんな中、深月さんとティアちゃんは悠の顔から視線を逸らさなかった。

 

 深月さんは下唇をぐっと噛み、肩を震わせながら涙を浮かべる。

 

「み、深月———泣かないでくれ。本当に悪かった。すまない———」

 

 悠は何度も彼女に謝った。

 

「……謝らなくて、いいです。私が泣いているのは、あまりにも自分が不甲斐なくて……それが悔しくて……だから、いいです」

 

 深月さんは(かす)れた声で言い、ごしごしと涙を手荒く拭った。

 

「それよりも———一つ、確認させてください。今ので、全部ですか?」

 

「え……」

 

「兄さんが、何か隠していることには気付いていました。けれど必死に繕おうとしているのも分かりましたから……あえて聞かなかったんです。そのことを今、とても後悔しています。だから、今度は勇気を出して聞きます。まだ、何か隠していますよね?」

 

 確信を持って悠に問いかけてくる深月さん。

 

「……ああ」

 

 悠は正直に答え、深月さんの言葉を肯定した。だが、さらに言葉を続けた。

 

「でも、深月には話せない」

 

「何故ですか?」

 

「言えない。今は、まだ」

 

 悠は首を横に振り、赤くなった深月さんの目を見つめる。

 

「では、いつになったら言えますか?」

 

「———全部、取り戻したら」

 

 悠はこの状況でも本当のことは言わないようだ。

 

「何を……と聞いても、答えてくれないんでしょうね」

 

 深月さんは苦笑を浮かべ、諦め混じりに呟く。

 

「……すまない」

 

「いいでしょう———兄さんの頑固さはよく知っていますから、ここでは無理に追及しません。ですが、最後にこれだけは教えてください。ティアさんは、今ユグドラシルを倒さなければならないと言っていました。それは、本当ですか?」

 

 表情を引き締めた深月さんは、感情を抑えた声で問いかけてくる。

 

「……ユグドラシルからこ干渉が強まっているのは事実だよ。けど、今すぐ乗っ取られるわけじゃない。まだ猶予はあるから、一旦退くべきだ」

 

 悠はそう言うが、タイムリミットはそう遠くはないだろう。恐らく深月さんを安心させるためだ。

 

「分かりました。確かに竜伐隊(・・・)()隊長(・・)としては(・・・・)そう判断するしかありませんね。なら———」

 

 深月さんは何かを決意した表情で言葉を途中で切り、篠宮先生の方へ体を向けた。

 

「篠宮先生。私、物部深月は———勝手ながら(りゅう)伐隊(ばつたい)隊長の責務を放棄します」

 

「君はいきなり何を……」

 

 深月さんの言葉に呆然とする篠宮先生。

 

 僕と共に枝への攻撃を続けていた皆も、驚きの表情で深月さんを見る。

 

「私は今から兄さんの妹として、兄さんを守るためだけに戦います。絶対に退きません」

 

「お、おい———まだ猶予はあるって言っただろ」

 

「兄さん、私に嘘が通じると思っているんですか?」

 

 悠の嘘を見抜いていたようで、深月さんは吹っ切れたような清々(すがすが)しい笑みを浮かべながら、ユグドラシルの枝が伸びてくる西の空を睨んだ。

 

「待て、この状況でどうしようって言うんだ? 何とかなるのなら、俺だって撤退しようとは言わない」

 

「確かに今の状況で、干渉範囲から十分に距離を取りながらの進軍は不可能です。けれど、身の安全を考えなければやれることは増えます。指揮官としては失格な考え方ですが……今の私はただの妹ですから」

 

 悠の反論に深月さんは冗談めかして笑い、言葉を続けた。

 

「前方のみ、最低限の範囲で枝を排除し、なおかつこいらが高速で飛行移動をすれば、前進は可能かもしれません」

 

「なっ……そんなの、もしユグドラシルの干渉範囲に少しでも捉えられたら即墜落だぞ? 危険すぎる!」

 

 悠は即座に反対の言葉を叫ぶ。

 

「———分かっています、ですから、私が一人で行くつもりです。何とかユグドラシルを直接狙える場所まで辿(たど)()き、枝を根元付近から破壊します。そうすれば再成長までにかなりの時間を稼げるでしょう。兄さんたちはその間に進撃してください」

 

「っ!?」

 

 僕は深月さんの言葉を聞いて焦る。

 

「深月さん、それはダメだ。ユグドラシルは今も成長しているんだ。一人で行っても根元を破壊するどころか辿り着くことはできないぞ?」

 

 ユグドラシルは空間の歪みに触れてさらに強くなっている。このまま深月さんを本体に向かわせるわけには行かない。

 

「分かっています。ですが、私は———」

 

「待って!」

 

 深月さんが言葉を続けようとすると、ティアちゃんが遮った。

 

「ミツキは、そんなことしなくていいの! ティアに任せて! ティアなら、きっと何とかできるの!」

 

「え……?」

 

 ティアちゃんの言葉を聞いた深月さんは動きを止める。

 

「ごめんね。本当は、もっと早く言わなきゃいけなかったの。でも、ティアは今がすっごく楽しくて……何も変わりたくなくて……それで、勇気が出なかったの。けど、もう決めたから」

 

 そう言ってキーリの方に視線を向けるティアちゃん。

 

 (……やっぱりこうなるか)

 

 僕は原作と同じ展開になることを分かっていた。

 

 そう思った僕はキーリに視線を向けると、枝への攻撃を止めてティアちゃんの方に向き直っていた。

 

「そう———ティアは、生き方(・・・)を選んだのね」

 

 キーリは優しい口調でティアちゃんに話しかけ、こくんとティアは肯定を返し覚悟を宿った声音で告げた。

 

「お願い、キーリ。ティアに、ユグドラシルと戦える力をちょうだい」

 

「分かったわ。じゃあ、最後の処理をしてあげる」

 

 キーリはティアにゆっくりと近づく。

 

「おい、処置ってなにをするつもりだ!」

 

 状況を把握できない悠は、キーリに鋭く問いかける。

 

「———ティアの角を完全なものにするのよ」

 

 キーリはティアの頭に生えた二本の角に手を(かざ)し、短い言葉を返した。

 

「角を完全にって……いったい———」

 

「ティアはね、対ユグドラシルの切り札として私が育てていた子なの。この角もユグドラシルに対抗するための器官。今はまだ力を発揮できてないけれど、ティアが望むならそれを完全なものにしてもいいって———遊園地で提案したのよ」

 

 ティアちゃんの角を見つめたまま、キーリは静かに語る。

 

「あの時、亮と会った時か……」

 

 皆が観覧車に乗っている最中にティアを連れて"鏡の城"で話したことを伝えたため、悠はそのことを思い出したようだ。

 

「……ティアは遊園地から戻ってきた後、ずっとふさぎ込んでいた。何かに迷っていて……怖がってもいるようだった。その最後の処置は、ティアにとって"恐ろしい"ものなんじゃないのか?」

 

 悠はキーリを見据えて、強い口調で詰問した。

 

「ええ、失敗すればどうなるか分からないわ。仮に上手く行っても———ティアは"D"の枠から外れた存在になる。あなたたちの定義次第では、ドラゴンに分類されるかも」

 

 キーリの台詞(せりふ)を聞いたイリスさんが、ぴくりと肩を(すく)めた。

 

 今の言葉は、既に"D"の境界を踏み越えたイリスさんの心を大きく揺らしたのだろう。

 

「ティアに、そんな危険なことをさせられるか!」

 

「待て」

 

 一歩詰め寄ろうとさ悠を僕は止める。

 

「亮、離してくて。何でお前が……まさか、知ってたのか」

 

「…………」

 

 悠は鋭い視線で見つめ、僕は目線を逸らした。

 

「何で言わなかったんだ。お前、ティアがどうなるか分からないんだぞ? それをお前は黙っていたのか? 何で言わなかったんだ!」

 

 悠は僕の胸ぐらを掴んで声を荒げた。彼の言葉に反論できない。

 

 正直この状況にならないように何とかしたかった。だけど僕の力じゃどうしようもない。それにはある理由があった。

 

 ユグドラシルの権能を"神器"に封じ込めるために、僕は"神界"にある"神器"を五年前から全て探していた。

 

 百個以上ある"神器"の中から、その力を発揮できるものを五個は見つけた。

 

 しかし、その全てはデメリットがあった。使用すれば権能を封じ込める前に耐えられずに大爆発を起こしてこの世界を消滅させる欠陥品や、使用者だけでなくその周囲に何らかの影響を及ぼすもので、正直そんな物を廃棄しないのか疑問でならなかった。

 

 それにも理由はあるが、もし勝手に廃棄すれば世界に影響を及ぼすのが一番の理由だ。

 

 結局まともに使えるものは無く、どう足掻いてもこの展開になることは覚悟していた。

 

「お前にとってティアはどうでもいい子なのか!」

 

「やめてなの!!」

 

 僕が反論しようと悠の腕を掴んで離そうとした時、ティアちゃんが大声を出した。

 

 僕と悠はティアちゃんの方に視線を向ける。

 

「リョウは何も悪くないの。ティアが皆にナイショにして欲しいって頼んだの。それに、リョウはキーリがそんなことしなくてもいいように今日まで考えてくれてたの。だからユウ、そんなにリョウを責めないでなの」

 

 ティアちゃんはそう言うと、悠は彼女に視線を向けながら僕の胸ぐらを掴んでいた手を離した。

 

「大丈夫なの。ティアはどう変わっても、ユウのことが一番大好きな———ユウのお嫁さんだから」

 

 ティアは俺たちに笑いかけてきた。そして———キーリの手から生まれた上位元素(ダークマター)が、吸い込まれるようにしてティアちゃんの角と同化する。

 

「っ——————!!」

 

 (まばゆ)い光が二本の角から放たれ、ティアちゃんは耳をつんざくような悲鳴を上げた。

 

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