All I Need is Something Real 作:作図
試合は男女混合でのダブルス、素人テニスであるため細かいルールは極力省き、昼休みの残り時間も考慮して、単純な点の取り合いで勝敗を決することになった。21点を先に取った方の勝利。従来のテニスにあるようなゲームやセットの概念は諸々消しとんでいる。
そんなシンプルなルールで行われるこの試合。先手は葉山・三浦ペアが取り、今まさに三浦の放った銃弾の如きショットが雪ノ下を標的とし飛んできていた。
ひゅっとした風切り音と、ボールを弾いた軽快な音が追いかけるように後から聞こえる。由比ヶ浜曰く経験者であるらしい三浦のサーブは、素人目から見ても完成度が非常に高い。
「…甘い」
しかし雪ノ下はそんなサーブを物ともしなかった。囁くような声が聞こえた時には、既に彼女の迎撃態勢は整っている。たっと左足を踏み込んでまるで
相手のコートにしっかりと着弾し、鋭利な軌跡で後ろのフェンスに高速で突き刺さる。フェンスの後ろにいた何人かが、小さく悲鳴を漏らすのが聞こえた。
「テニスは私も得意と言ったでしょう? その安いプライドを粉々にしてあげる」
「「うおおおおお!!」」
得意げにいい放った雪ノ下本人を皮切りに、テニスコートを覆い尽くす程の歓声が響き渡る。開始早々から完璧に決まった超高速のリターンエースに、観客のボルテージも一気に跳ね上がった。
「流石だな雪ノ下…。俺も負けてられないな」
「負けるも何も、先輩と私は味方同士じゃないですか…。それに彼女、私に嫌がらせをしてくる同級生と同じ顔をしていたもの。あの手の連中のしそうな事なんてお見通しです」
「そうか、心強いかぎりだ」
サーブは2回ずつの交代の為、サーバーは再び三浦から。だが、次にそのサーブを返すのは俺だ。雪ノ下にあんなにカッコよく返されちゃ、ここで俺が失敗するわけにはいかないな。先程の様な球が再び飛んでくるであろうと予想して、返せるようにしっかりと自分の意識を集中する。
そして、予想通り飛んでくる先程のような高速のサーブ。俺は頭の中で雪ノ下の動きを思い返しながら、なんとかラケットに球をヒットさせる。
くっ…! なんて重い球だ…。流石に雪ノ下のように高速で返すのは出来そうにないな…。だが、それでもそれなりの威力を維持したまま相手に球は返っていく。
「すごっ! 先輩も打ち返した!」
それを見た由比ヶ浜はぼそりと賛嘆の声を漏らした。三浦も俺にも返されるとは思わなかったのか、驚きの表情が隠しきれていない。だが、直ぐに切り替えて球の着弾点に走り込む。
三浦が勢いよくラケットを振り下ろして、再び俺の方向に鋭い返球。だがその打球は俺に届くことはなく、前に走り込んでいた雪ノ下によって問答無用で押し返される。
「くっ!」
葉山が慌ててその球に向かって走り込むが、葉山のラケットが球を捉えることはなく、相手からのサーブにもかかわらず二点を先制する。雪ノ下のその圧倒的な実力に、俺を含めた観客皆が脱帽していた。
そして、次はこちら側からのサーブ。打つのは今一番注目の雪ノ下だ。彼女は観客の期待に応えるようにして、高々と空へとボールを投げる。青空の中に吸い込まれるようにしてボールはコートの中央をめがけて飛んでいく。
ふと、皆がミスだと思った次の瞬間。
スタッカートでも踏みそうな軽やかな歩調で宙に踏み込むと、ひときわ高い音を奏でながらボールは勢い良く空中から射出された。
あまりのショットに三浦も葉山も対応できず、その場で唖然として突っ立ったまま。地に足を着けたボールがころころと転がる様を、この場にいる全員が呆然と眺める。
当然俺もその一人。まさかジャンピングサーブも打てるなんてな…。これは心強いなんてレベルじゃないぞ。
「こ、これは…! 伝説の秘技『
空気を読まない材木座を皮切りに、次々と歓声が上がり始める。『
「フハハハハハハ! 圧倒的じゃないか我が軍は! 薙ぎ払えーっ!」
拡散元である材木座は、勝利の匂いを嗅ぎ付けたのか、いつの間にか観客席からこちらの陣営に戻ってきていた。材木座だけではない。場の雰囲気もこちらの陣営に傾いてきている。雪ノ下の活躍もあり俺達はどんどんと点差を広げていった。
* * * * * * * * * * * * * * *
だが、ある時から様子は一変する。
一言で言えば雪ノ下の不調だ。彼女であれば打てるであろう球にも対応できなくなっていき、それをみた相手も彼女に集中砲火を浴びせてくる。
雪ノ下の決定力がなくなると、比例するように長いラリーの応酬が増えていく。点差も少しずつ詰められ始め、雪ノ下はとうとうコートに膝をついて動けなくなった。
当然、こんな状態で試合を続ける訳にはいかない。俺は一時中断を相手に提案し、葉山もそれを承諾すると、それぞれ一時的に自分らの陣営に戻っていく。
試合中、誰の目から見ても明らかにおかしい様子を見せた雪ノ下の元に、待機していたメンバーが一斉に駆け寄った。
「その…大事な場面なのに…。でも、もう…ごめんなさい」
雪ノ下は深いため息をつくと、再び地面にだらりと座り込んだ。とても今後のゲームには出れそうもない。
一緒に試合に出ていたのにも関わらず、彼女の疲労困憊に気付けなかった事に、俺は不甲斐ない気持ちになる。始まってまだ十分も経っていないから平気だと、どこか高を括ってしまっていたんだろう。
俺はそんな自責の念に駆られていると、突然。雪ノ下は今まで隠していた秘密を打ち明けるような口調で話を切り出してきた。
「少し、自慢話をしていいかしら」
「え…? いや駄目だけど」
自慢話なら後でもいい。今はしっかりと休むべきだ…。といった理由もまぁあるにはあるが、正直なんとなくでその申し出を断った。
「分かったわ」
「いや気になるだろうがっ! いいから話せって」
「何を言っているの比企谷君。年長者には従うものよ」
「平塚先生が聞いたら泣くぞおい…。つか、いきなり自慢話とか何の話だよ」
「私、昔から何でもできたから、継続して何かをやったことってないのよ」
「おい、無視すんな。てか結局話すのかよ」
比企谷の返答など心底どうでもいいというように、雪ノ下はそのまま話を続ける。
「私にテニスを教えてくれた人がいたのだけれど、習って三日でその人に勝ったわ。たいていのスポーツ、いえ、スポーツだけでなく音楽なんかでもそうなのだけど、だいたい三日でそれなりのことができるようになってしまうの」
「へぇー。流石ゆきのん…! すごい…!」
「逆三日坊主かよ。というかほんとにただの自慢話だな! 結局何が言いたい」
「……私、体力にだけは自信がないの」
ボールがコートを跳ねていく音が、いつもよりも随分と間抜けに聞こえた。雪ノ下本人から打ち明けられたのは、完璧だと思われていた彼女の意外にして致命的な弱点。
そう、雪ノ下は何でもできてしまうがゆえに、何かに固執してやる、つまりは継続してやるということがなかった。思い返せば、昼の練習も雪ノ下は参加せずに、ひたすら指示出しに従事していた。
つまるところ、彼女は運動能力こそ格段に飛び抜けているものの、それに見合う体力が致命的に足りないのだ。
「ゆ、ゆきのんにもそんな弱点が…! あ、えと…。あ、あたしも料理出来ないし、人間出来ない事の一つ位あるよねっ!」
「いやそれとこれとは別だろ…」
由比ヶ浜がプライドの高い雪ノ下の琴線に触れないよう、苦し紛れのフォロー入れるが、比企谷に間髪いれずに突っ込まれる。
ともあれだ。雪ノ下がダウンしてしまった以上、こちらは一人代役を立てるしかない。この場にいる人である程度テニスができ、なおかつ出場ができるのは由比ヶ浜か比企谷のどちらかだろう。
「まぁでも、となるとここはあたしの出番だよね。後は任せてよ、ゆきのん!」
真っ先に名乗り出たのは由比ヶ浜だった。座り込んだ雪ノ下が使っていたラケットを、彼女から大切そうにぎゅっと握って預かる。いつの間にか服装も動きやすいものになっており、準備万端といった具合だ。だがしかし、比企谷はそれに待ったをかけた。
「いや、まて、お前はやめとけっつーの。相手は三浦達だぞ? ここは俺が出る」
「いやいや。これ男女混合ダブルスだからヒッキーは出れないでしょ。大丈夫! ゆきのんの分もあたし頑張るからっ!」
男女混合ダブルスだからと、正当な理由をつけて比企谷の提案を断る。だが、何故だかは分からないが。俺には由比ヶ浜が、無理して明るく振る舞っているように思えてならなかった。
「…そう言うことじゃねーんだよ。とにかく由比ヶ浜は出るな」
「だから何でだしっ! あたし出なかったら誰が出るっていうの?」
「お前だって分かってるだろ…。…相手は三浦達なんだぞ? 悪いことは言わないからやめておけ。お前にはお前の居場所がちゃんとあるだろ」
お前の居場所…。その言葉から推察するに、由比ヶ浜は向こうのグループの人と懇意にしているのだろうか。そうであるなら由比ヶ浜が、三浦がテニスの経験者であることを知っていたのにも得心がいく。
そしてその説を裏付けるかのように、由比ヶ浜の表情は次第に暗みを帯びていく。そして、ついには怯えたように目を伏せた。
「俺がもし出れなくても、最悪後ろから適当に助っ人を頼めばいい。先輩の知り合いには迷惑かけちゃいますけど…」
諭すような優しい口調で彼はラケットを由比ヶ浜の手からそっと取り上げた。彼女のクラス内の人間関係について、同じ学年ですらない俺が知る余地はない。
ただ、同じクラスである比企谷がここまで止めるんだ。色々と苦労しているだろうことは誰にだって分かる。
「…確かにヒッキーの言うとおり、優美子達の事も大事だよ。でも、でも…」
でも…。と由比ヶ浜は何かに抗うようにそう告げて見せるのだ。俺達は何も発することなく、彼女の次の言葉を静かに待つ。そして次第に、不安げな由比ヶ浜の顔つきが、覚悟を決めたようにどんどんと真剣みの溢れたものに変わっていく。
「あたしも奉仕部の一員だし、ここもあたしの大切な居場所だからっ! だから…やるよ。やらせて!」
力強く言い切ったそう言い切った彼女は、新しい命が芽吹いたかのような生き生きとした表情を浮かべていた。取られたラケットを比企谷から奪い取って、俺に縋るような目を向ける。
由比ヶ浜がここまでやる気なら、俺の返答は当然決まっている。比企谷の心配する気持ちも分かるが、ここは本人の意志を尊重するべきだろう。
「…分かった。頼んだぞ、由比ヶ浜」
俺の返答を聞いた比企谷が何か口にする前に、俺は素早く二の句を継いだ。
「由比ヶ浜はきっと大丈夫だ。確かに比企谷達のクラスの事情は俺には分からない。けど、それでもきっと、大丈夫だと思うんだ」
それは、言葉だけとってみれば、なんの根拠のないような曖昧な答え。でも俺はこれを曖昧だとは思わない。それに、由比ヶ浜が試合に出たことで何かあるのなら、その時俺は必ず助ける。だからきっと、大丈夫だ。
俺達二人は半ば勢いまかせに、コートの中に足を踏み入れていく。既にコートの中には、葉山と三浦ペアが準備を終えて待っていた。
「へぇ…。てっきり後ろから適当に借りてくるものかと思ってたけど…。結衣、そっち側で出るってことはあーしらとやるってことなんだけど、そういうことでいいわけ?」
「…そういうわけ…でもない、けど。でもあたし、部活も大事だから! ゆきのんがここまで頑張ってくれたのに、あたしだけ出ないなんて、そんなのない!」
「……へー、いい顔してんじゃん…。餞別に次のサーブ権はそっちでいいし。でも、結衣相手でも手加減しないから」
三浦が少し苛烈な物言いでそれに答える。だが、三浦自身にも何か感じるものがあったのだろう。その物言いとは裏腹に、隠しきれない喜色が表れていた。
>由比ヶ浜の力強い決心を感じる…。
>由比ヶ浜との絆が深まったことで、"星"のペルソナを生み出す力が増幅された!
「由比ヶ浜は前衛を頼む。俺が後衛で球を捌く。チャンスがあったらどんどん狙うんだ」
「わ、分かった」
基本方針を伝えて、それぞれが所定の位置に着く。試合の再開を感じとったのか、聴衆も再び沸きだち始め、ボールを持っていた葉山からサーブが打たれ、再び試合の幕が開けた。
* * * * * * * * * * * * * * *
「由比ヶ浜さん大丈夫かしら…。私がもっと出られていたら良かったのだけれど…」
先ほどから体育座りでコートの隅にポツンとくるまり、顎を膝小僧に乗せて心配そうな瞳でコートを見つめる彼女。出たいと言ってはいるが、とてもそんな事が出来るような様子だとは思えない。
「いやお前はしっかり休んどけっての。それに鳴上先輩もいるんだ。なんとかしてくれるだろ」
現に鳴上先輩は非常に強い。先程は雪ノ下の活躍もあってあまり目立ってはいなかったものの、左に右にと駆け回り次々と的確に返していく様はまさに超人的だった。これでテニス未経験とかもはや詐欺まである。
しかしながら、やはり経験者の三浦を抱えているだけあって、相手チームの追い上げは凄まじい。鳴上先輩と由比ヶ浜ペアが終始押され気味だ。どんどんと点差は縮まってきている。
けれども、こちらとて全く点を決めていない訳ではない。長いラリーの応酬が何本にも渡って繰り広げられ、相手が追い越すか、こちらが逃げ切るかという熱い展開に、聴衆の盛り上がりもますます増していく。お前らアイドルの追っかけかよ。
それに…由比ヶ浜。今の彼女なら託しても大丈夫なんじゃないかと、何故か俺も思えるんだ。むしろ、俺からしたら雪ノ下の方が遥かに心配。こいつマジで無理して出かねないからな…。
「おい、食っとけ」
彼女をちゃんとしっかり休ませるためにも、俺は雪ノ下の元に近づき、弁当箱とドリンクのプロテインのセットを差し出す。雪ノ下はまるで珍妙な物を見かけたかのような、不思議そうな顔を俺に向けた。
「これは…? お弁当? え、貴方が作ったの?」
「俺が全員分の弁当なんて作るわけねぇだろ…。先輩が皆の分作ってきてくれたんだよ。お前まだ何も食ってないだろうが。お前の分残してあるから食えよ」
「自分で作ってない辺りが…。なんというか貴方らしいわね…」
「うっせーよ」
「ふふっ。…でもそれなら貰おうかしらね。ありがとう」
「お、おう」
疲れているのか、いつものようなキレのある罵倒は来なかった。こうして素直にお礼を言われるとどうにも調子が狂ってしまう。なんとなく決まりの悪いような心持ちがして、俺は雪ノ下と二、三人程の隙間を開けて座った。
「美味しい…」
彼女の呟きをまるで聞こえなかったかのようにして、俺は白熱の試合が繰り広げられるコートに視線を向け続けた。
to be continued
タイトル日本語訳
『由比ヶ浜は、戦い抜くと決意する。』