All I Need is Something Real   作:作図

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本編は比企谷君視点になります。



15. Our Dream was Shattered

5/22(火) ー放課後ー

 

 

 複合商業施設マリンピア――。

 

 名前の通り一から十まで、様々な客層のニーズに応えるべく建てられた、千葉県民の生活を影ながらも、しっかりと支えてくれる立役者的存在である。

 

 立役者というだけあって、マンガやラノベの新刊を、しっかり販売日に取り寄せてくれる優秀な書店。勉強などにしっかりと集中したいなーって時にも利用でき、高校生から大学生までの客層から、熱烈な支持を集める洒落たカフェ。猫などの小動物としっかりと触れあえる小コーナー。極めつけには、リア充どもがきゃっきゃっうふふとして過ごすデートスポットなど、ありとあらゆる施設をしっかりと網羅している。爆発しろ。

 

 もちろん、俺のような人間にも、マリンピアはとてもありがたい存在だ。

 

 おそらく一般高校生より、多く持ち合わせているであろう暇な時間。授業などで突然と、何かしらが必要になった時などなどエクストラ。「とりあえずここに行けば何とかなるっしょ! べー!」みたいな安心感を、このマリンピアはしっかりと兼ね備えているのだ。

 

 俺、比企谷八幡が、この短いスパンで『しっかり』を六回も連呼してしまうレベルには、この施設の優秀さは確固としたものであると保証しよう。

 

 さて、ここまでマリンピアの熱説に付き合ってくれた皆様方は、「何て素晴らしい施設なんだ!」なんてお思いになっている事だろう。

 

 だが、世の中とは世知辛いものなんだなー…これが。ここまでの魅力さを持ってしても、千葉県の代表的な施設という名目には、決してその名前が挙げられる事は無い。マリンピアが悪いのではない。ただ、相手が悪すぎた。がくっ…。

 

 そんなマリンピアの不遇さ加減は、こんなものでは収まらない。最近では、急速に勢いを伸ばしている『ジュネス』という新たな勢力に、複合商業施設としての確固とした立場すらも危ぶまれている。

 

 奴等はただの大型スーパーとしての鎧を脱ぎ捨て、ありとあらゆる手段を用い、この千葉の土地に侵攻を始めた。その手腕は敵ながらなかなか見事な物で、もう既に千葉県の一部の区域では、複合商業施設=ジュネスの等式が成立してしまっているという。

 

 頑張れ! マリンピア! 負けるな! マリンピア!

 

 そんなマリンピアに対する愛を、これほどかというまで持ち合わせている俺は、今日、奉仕部総出での勉強会に光栄にもお呼ばれを受け、マリンピアが抱えるシャレオツーなカフェにやってきた。中に入ると案の定、学生客で込み合っている。

 

 あー、やっぱり帰っていいかな…。なんて心の中で毒づいていた時、意外にも俺のすぐ近くに彼女らが座っていた事に気がついた。

 

「では、国語から出題。次の慣用句の続きを述べよ。『風が吹けば』」

 

「……京葉線が止まる?」

 

 何でだよ。最近は徐行運転の方が多いだろうが。 埼京線に言ってやれよそれ。

 

「不正解……。では、次は地理から出題させてもらうわね。『千葉県の名産を二つ答えよ』」

 

「えーっと…。みそピーと、ゆでピー?」

 

「おい、落花生しかないのかよ、この県には」

 

 相変わらずのアホさ加減に、俺は考えるよりも先にツッコミを入れてしまう。自分で言うのもあれだが、奉仕部のメンバーの中では比較的常識人ではないだろうか。

 

「うわぁ! …なんだ、ヒッキーか、変な人に話しかけられたのかと思った…」

 

「失礼だな…。誘ったのお前じゃねーか」

 

「遅かったわね」

 

「悪いな。平塚先生のありがたーいご指導を受けてたんだよ」

 

「自業自得でしょう? 遅刻なんてするからいけないのよ」

 

 ま、まぁその通りではあるんだが…。それでも一時間にもわたる折檻を受けた俺に、少しは同情の欠片位は見せてくれてもよくない? あの説教、なかなか堪えるものがあったんだぞ。

 

 代わりに、昼間偶然お目にかかれた黒のレースは素晴らしかったが……。は!? いや、駄目だ、これ以上考えてはいけない。この場にはメンタリストばりの心の読み手がいるからな。油断大敵とは良く言ったものである。

 

「八幡っ! 八幡も勉強会に呼ばれてたんだね!」

 

「と、ととととと戸塚ぁ!?」

 

「うん! 隣、空いてるよっ!」

 

 四人席で、由比ヶ浜と雪ノ下が座る反対側の、真ん中に座っている戸塚が右側にズレた。なんで戸塚がここにいるんだとか、野暮な事は考えない。つか、隣とかマジで言ってるのか。俺、死んじゃうよ? 嬉しすぎて。最高の死因で生涯終えちゃうよ? 神の奇跡に感謝しながら、戸塚の横顔を脳裏に刻み込むように席に座った。

 

 これで俺、雪ノ下、由比ヶ浜、戸塚と、四人席が全て埋まる。しかしまだ、本来いるはずの人物が一人、ここにはいない。

 

「あれ、そういえば先輩は? お前らと一緒に向かってたはずじゃ…」

 

「あー、その事なんだけど、ハハハ…」

 

「私達もよく分かっていないのだけど、彼、途中で海老名さんに誘拐されたのよ」

 

「………は?」

 

 正直、聞き間違えかと思った。何から突っ込めばいいんだこれは…。

 

「ほ、本当よ? 意外と押しに弱いのか、ずるずると引きずられていったわ。まさに完璧な犯行ね」

 

「犯行ってお前…。え、ええ?」

 

 俺が唖然としている中、戸塚が口が開く。

 

「由比ヶ浜さん、海老名さんと鳴上先輩って仲いいの?」

 

「いやーそれが、話してる所とか見たこと無いんだよねー。そもそも、鳴上先輩があたしらのクラスに来たことって一度もないじゃん」

 

「あー…確かにそうだね」

 

 戸塚が得心のいったように頷いた。

 

「ま、まぁ、そんな事があって、先輩は残念だけど、今日は来れなくなっちゃったみたい。『すまない、急に予定が入ってしまった。必ず埋め合わせはする』って、さっきメールきた」

 

「埋め合わせって…。ただの勉強会なのに律儀だなあの人」

 

「でも、鳴上先輩。姫菜とどこで知り合ったんだろ?」

 

「さぁ…? まぁ、あの先輩の人脈よー分からんし、どうせどっかで知り合ったんじゃねーの?」

 

 とは言ったものの、確かに疑問ではある。海老名さんは立ち位置こそ光照らすグループに所属しているが、本人の性質自体は完全に陰の者だ。鳴上先輩はともかく、彼女は積極的に他人と絡むタイプではないように思える。

 

 そもそも、学年、部活、性別共にまるで接点がない二人の間には、ぶっちゃけ互いの名前すら知らなくても、何ら不思議ではない程の距離がある。え、これ仲良くなる要素皆無じゃない? クラスメイトで陰キャで……そういう共通点が割とある俺ですら、全然仲良くないんだよ?

 

 鳴上先輩に対する謎がさらに深まったところで、俺達の隣の四人席に、中学の制服を着こんだ男女が座り込む。くそ、その歳でリア充かよ…生意気な。さて、どんな顔をしているのか拝んでやろうと横目で見ると、毎日顔を合わせる俺の妹がそこにいた。

 

「あれ、お兄ちゃんだ! 何してんの?」

 

「こ、小町?」

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

「やー、どうもー。比企谷小町ですー。この愚兄がいつもお世話になっておりますー」

 

 自然な流れで六人席に移動して、俺達は互いに顔を見合わせる。そんな中で一人、ぺこぺこと挨拶をする小町。俺と違って社交性が高いのがこいつの特徴だ。いや、それでいて実は一人でいるほうが好きだったりするのだが、反面教師が身近にいる結果なのだろう。小町の外面は見事な物である。

 

 一方で、中学生組のもう片方である川崎大志くんは、会釈と礼の中間くらいの中途半端な角度で頭を下げ、名前を名乗るだけに留めた。フッ…この差はまさに、俺が小町に施した英才教育の賜物と言っても過言じゃないな…。

 

「へー! 八幡の妹さんなんだ! 初めまして、クラスメイトの戸塚彩加です」

 

「あ、これはご丁寧にどうもー。うはー肌すべすべ! こんな可愛い人とどこで知り合ったの? お兄ちゃんも隅に置けませんなー」

 

「ん、ああ、男だけどな」

 

「あ、うん。ぼく、男の子です」

 

 そう言って、恥じらうように頬を染めて顔を背ける。……あれれ?? 本当に男だっけ、こいつ?

 

「またまたご冗だ……。え、マジ?」

 

「ああ。ちょっと自信無くなってきたが男だ。きっと、たぶん、およそ、……お、おそらく」

 

「段々弱くなってるじゃない…。初めまして、雪ノ下雪乃です。比企谷くんの…。部活仲間……でいいかしら?」

 

「は、初めまして…。ヒッキーのクラスメイトの由比ヶ浜結衣です」

 

「あ、ご丁寧にどうもですー、二人とも初めまし……ん? んー…」

 

 小町の動きが止まった。由比ヶ浜をじーっと見つめると、由比ヶ浜はたらたらと汗を流して目を逸らす。なんだこれ、何かの牽制? そんなよう分からん状況が数秒もの間続くと、困ったように大志君が声をあげた。

 

「……あの、俺もいいっすか? えっと、川崎大志っていいます。姉ちゃん、川崎沙希っていうんすけど」

 

 川崎沙希…。ごく最近その名前を聞いた覚えがある。なんだったかなー、うろ覚えではあるが、俺に素晴らしい景色を与えてくれた女性だと記憶している…。はっ!? 黒のレースか!?

 

「卑猥な事を考えるのはやめなさい視姦谷君」

 

「ちちちちちち違げぇよ!? 黒のレースとか考えてねぇし!?」

 

 あ、やっちった☆ 油断大敵と心に座したばかりだろうが!? 案の定、女性陣からの冷たい視線が突き刺さる。少なくとも人間に向けるような目線ではない。ダニがゴキブリか蛆虫か、下等生物を見るような無慈悲なものだ。

 

「すいませんこの愚兄が! ちゃんとキツく言い聞かしておきますので、どうか、どうか多目に見てあげてくださいー!」

 

 小町がダメな兄貴の醜態をカバーせんと、まるでセールスマンのような口調で女性陣をたしなめにかかる。それを受けた雪ノ下達は、ひとまずその矛を収めてくれた。流石小町! 俺には到底出来ない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ!

 

「それでそのー、話は変わるんですけど、大志くんから、そのお姉さんの事で相談がありましてー…」

 

「相談? 何かあったのかしら」

 

「う、うす。あの…。実は最近、姉ちゃんが不良化したっていうか、何か、帰ってくるの遅くなったっていうか」

 

「何時頃に帰ってくるの?」

 

「五時過ぎとかそんなんす」

 

「もろ朝じゃねーか。お日様だってグッモーニンしてるぞ」

 

 そりゃ遅刻もするわ。寝れても二時間とかそこらだもんな。え、俺? 俺は七時間きっかり寝てから遅刻しましたが何か? なめてもらっちゃ困る。

 

「で、でも。中学の時はすげぇ真面目だったんすよ? わりと優しかったし、飯とかも作ってくれました。ほんと、変わったのは最近なんすよ」

 

「そ、そんな時間に帰ってきて、ご両親は何も言わないの、かな?」

 

「そっすね。うちは両親共働きだし、下に弟と妹いるんであんま姉ちゃんにはうるさく言わないんすよ。俺とたまに顔合わせても、『あんたには関係ない』の一点張りで、取り合ってくれなくて」

 

「家庭の事情、ね…。どこの家にもあるものね」

 

 そう言った雪ノ下の顔は今までにないほどに陰鬱なものだった。太陽の光がなくなった『月』のように、雪ノ下の表情はよく見えない。だが、その変化は一瞬のもので、俺以外は気がついていない様子。今も大志達は何ら普通に話している。

 

「それに、なんか変なところから姉ちゃん宛に電話がかかってくるんです。エンジェルなんとかっていう、多分、お店だと思うんすけど」

 

「えっと、それのどこが変なの、かな?」

 

 戸塚が問うと、大志は机をバンっと叩いた。

 

「だ、だって、エンジェルっすよ!? もう絶対やばい店っすよ!」

 

「大丈夫だ、俺にはちゃんと分かるぞ。お前、なかなか見込みがあるな?」

 

 男二人の間に、エロスという名の確かな絆が結ばれた気がする。ところがどっこい、そっちの方面には冷めている女子達。俺達をいないものとして扱い、今後の方針を決めていた。

 

「……とにかく、どこかで働いているというなら、まずそこの特定が必要ね。朝方まで働いているのはまずいわ。突き止めて早くやめさせないと」

 

「え、俺達が何とかすんの?」

 

「いいじゃない。川崎沙希さん自体は本校の生徒なのだし、奉仕部の仕事の範疇だと思うけれど」

 

「でもなぁ…。部活停止期間だろ? それに、鳴上先輩とかどうすんだよ。三年一学期のテストとか、もろ人生の分かれ目じゃねーか。あの人すげぇお人好しだし、嬉々として手伝ってくれるだろうけどさ。…どうなん?」

 

 実際、彼は奉仕部の依頼があったときには、基本こちらを優先する節がある。この案件についても、頼んだらきっと二つ返事でOKを出すだろうし、めちゃくちゃ仕事もしてくれるだろう。チェーンメールのIPアドレスまで調べるような人だしな。

 

「そうね、流石に鳴上先輩までも巻き込むのは忍びないわね…。この事は伏せておくことにしましょう」

 

「だろ? だから俺も――」

 

 鳴上先輩を盾に、このピンチを脱却しようと謀を巡らした策士な俺。しかし、背中をちょんちょんとつつかれて振り返ると、小町がいつも何かをお願いする時の笑顔が向けられていた。

 

「…お兄ちゃん、お兄ちゃん。駄目?」

 

 な、なんて卑怯なっ…!? 家庭内カーストのトップに君臨する小町に、俺は基本的に逆らうことができない。こいつそれを分かったうえで…! まぁそんなカーストが無くても、小町は最愛の妹にして天使だから、お願いを無碍にすることなど決してないのだが。やだっ…。俺めっちゃいいお兄ちゃん…!!

 

「わかったよ…」

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 策、ここに敗れたり…。諦めた俺が渋々と言うと、大志は歓喜の声を上げてお辞儀した。

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

>5/23(水) ー放課後ー

 

 

 翌日の放課後から、川崎沙希更正プログラムはスタートした。不良と化した川崎沙希を更正させるべく、我々奉仕部は既に、二つの奇策を打って出た。けれども、そのどちらも川崎の更正には至らず、たった今、二つ目の作戦も失策に潰えたところである。

 

「……ぐっ、…くぅ……」

 

 先生の瞳は軽く潤んでいて、返す言葉が出てこない。非情にも、川崎はそれを無視して駐輪場へと消えていく。俺も、由比ヶ浜も、雪ノ下も、そして戸塚も、誰もがなんと言っていいのかわからずに口を閉ざし、気まずげに視線を落としている。

 

 さて、平塚先生が何故にここまでの精神的ショックを受けているのか…。多少躊躇ってしまうところはあるが、ちゃんと理由を説明させていただこう。

 

 まず、一つめの作戦である、『にゃんにゃんセラピー作戦』が……いや、もはやあれに至っては作戦にすらなっていなかったのだが、とにかく失敗に終わった。

 

 結果としては、雪ノ下は猫ちゃんがスキスキーダイスキーなんだにゃぁ…って事がただ露見しただけである。川崎本人が猫アレルギーを抱えていたことも、その作戦(?)が頓挫した要因の一つだ。

 

 だが、我々がその程度の失敗で挫けるなんてことはなく、雪ノ下を主導とした更なる協議を重ねた。結果、『身近な大人にならば、川崎も相談しやすいのではないか』という考えに至った。

 

 両親や家族には相談出来なくとも、第三者にならば話せることもきっとあるだろう。知らんけど。そこで、日頃からも生徒への関心の高い、平塚先生に協力を要請したのがまさに原因である。ついでにこの時、先生の連絡先を手に入れた事をここに明記しておく。

 

『考え直せ、川崎。君は親の気持ちを考えたことはないのか?』

 

 真剣な面差しで語られる、平塚先生の熱い想い。川崎の肩に強く乗せられたその両手から、先生の真摯な思いが伝わって、その閉ざしきった冷たい心を、あたたかい慈愛の光で照らしだすものかと思われた。しかし…。

 

『親の気持ちなんて知らない。ていうか、先生も親になったことないからわかんないはずだよね? そういうの、結婚して親になってから言えば?』

 

『ぐはぁっ!』

 

 ご覧になられただろうか、このとてもおぞましきカウンターパンチを。常に婚期を気にする平塚先生の悲しき弱点。それをこれほどまでに的確にえぐる言葉もそうは無い。さしもの雪ノ下も、ここまでの台詞は流石に言わないだろう。言うかも。

 

「………ぐすっ………今日は、もう帰る」

 

「お、お疲れさまっす」

 

 夕映えの中、ひとりっきりで去っていくその後ろ姿に、全米はきっと涙した。だ、大丈夫だよ先生! 陣内〇則だったら鼻で笑ってただろうから、まだマシだって! 先生ー!!!

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

>5/23(水) ー夜ー

 

 

 時刻はもうじき午後七時半。夜の街が賑わい始めた頃、俺達は『メイドカフェ・えんじぇるている』と書かれた、胡散臭い看板の前で立ち尽くしていた。

 

「千葉市内で『エンジェル』と名のつく飲食店で、かつ朝方まで営業している店は二店舗しかない。そしてここが、そのうちの一軒……ということね」

 

「千葉にメイドカフェなんてあるんだね…。ぼく、あんまり詳しくないんだけど……その、どういうお店なの?」

 

 戸塚は何回も看板を読んでいたが理解できなかったようだ。穢れ一つなき天使を今夜、こんなアウトローな店に付き合わせてしまうことに、罪悪感やら背徳感やらが重く重くのしかかる。

 

「大丈夫だ。本当は呼びたくなかったけど、こういうのに詳しい『知り合い』を一人呼んだ。呼びたくなかったけど」

 

「うおんむ。我の名を詠唱(とな)えたか、八幡」

 

詠唱(とな)えてねぇよくたばれ」

 

「ひどいっ!?」

 

「うわっ…。厨二じゃん…」

 

 材木座の姿を視認した由比ヶ浜は、露骨に嫌そうな顔をする。さりとて、由比ヶ浜の反応はぶっちゃけまだ優しい。雪ノ下は存在そのものから目を逸らしてるしな。

 

「自分で呼んでおいて何故そんな事を言うのだ」

 

「いやごめん、面倒くせぇなって。それより材木座、本当にこの店なんだろうな?」

 

「うぬ、我の従魔(ゴースト)もそう囁いている。それにこの店は、今現在もバイトを募集していてな…。最近忙しくなったという川崎氏の条件……それにもちゃーんと当てはまるのではないかな? うん?」

 

 う、うぜぇ…。けれど、その情報自体は確かなようだ。バイト募集の看板がすぐ横に立て掛けてあるのを、雪ノ下が発見した。その看板にはこれまた可愛らしい文字で、『女性も歓迎! メイド体験可能!』と書かれている。

 

 ……まじか。ちゃんとメイドタイムできちゃうんじゃん。ほんのちょっぴり……ちょっぴりだぞ? 俺の中の期待が膨らんでいく。

 

「さぁ! 黙って我についてこい! メイドさんにちやほやしてもらうぞぉぉおーー!!!」

 

 雄叫びをあげて、まるで先陣を切る『戦車』のように、メイド喫茶に颯爽と突撃していく材木座。乗るしかない、このビッグウェーブに…!!

 

「し、しっかたねぇーなー。流石に止めにいかなきゃなー?」

 

「ヒッキー棒読みだし…」

 

 俺達五人、モテモテ王国の建設の夢を求めて、大海原……。『えんじぇるている』へと突入した。探せ! この世の全ては、きっとそこに置いてある!

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 ……こうなることを誰が予想できただろうか。

 

「「お帰りなさいませ、ご主人様! お嬢様!」」

 

 お決まりの挨拶の中に一人、明らかに別種の声、そして、俺達の見知った声が混じっている。見知った声と言ったが、残念ながら川崎沙希のものではない。ましてやその声は女でもなかった。

 

「何で比企谷達がここに?」

 

「それはこっちの台詞だっつの!?」

 

 あまりの驚愕からか、上下関係を案外忠実に遵守する俺ですら、敬語を使う事を完全に忘れた。やや遅れて入ってきた女性陣も、すぐにその違和感に気付く。

 

 灰色の髪に整った顔つきをしたその人物は、メイド服を堂々とめかしこんでいるが、違う。何かが決定的に間違っている。

 

「な、何をなさってるんですか、鳴上先輩…??」

 

「何って………バイトだけど?」

 

 雪ノ下の問いにも、何も躊躇うことなくそう答える鳴上先輩。あんまりに率直に言うものだから、これに疑問を持っている俺達の方が間違っているような気すらしてしまう。ことさらに質が悪いのは、先輩のメイド姿が似合ってるのか似合ってないのか、非常に判断に困るラインだという事だ。まぁ、様にはなっているが…。

 

 こんなファーストインパクトを喰らってから、メイド喫茶を謳歌できるような鋼のメンタルを、俺は流石に持ち合わせてはいない。夢を求めてたどり着いたメイド喫茶ですら、こうなってしまうというのか。

 

 俺達の神聖モテモテ王国の夢が、砕けて散っていくようだった―――。

 

 

 

to be continued…




タイトル日本語訳
『夢は粉々に打ち砕かれた。』

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