All I Need is Something Real 作:作図
俺達五人は、中央の一際大きい座席に、猫耳カチューシャをつけたメガネのお姉さん……ではなく、メイド服に身を包んだ鳴上先輩によって案内された。おおよそ、俺達と先輩が知り合い同士であると察した店側が、気を使って鳴上先輩を俺達に割り当てたんだろうが、違う、そうじゃない。
メイドカフェだぞ? 普通に女の子とウフフな体験をさせてくれよぉ!! 材木座を見ろっ! 色付いた顔があんなにも白んで…。呪詛まで唱えそうな勢いなんだぞっ!
「ご主人様方、お嬢様方、何なりとお申し付け下さい」
だが、そんな俺達の心の声など知らんやら。先輩はかなり手慣れた様子で、この店のメニューを手渡した。知り合いを相手にしているのにもかかわらず、言動の節々からも照れている様子は微塵も感じさせない。まるで私こそがこの店一番のメイドだと言わんばかりだ。ナニカガオカシイ。
「せ、先輩…。すごいね? は、恥ずかしさとか…ないの?」
由比ヶ浜が戸惑いながらに、鳴上メイドに声をかける。彼女が戸惑うのも無理はない。先輩だけでなく、この空間にある全ての物が、彼女にとってはイレギュラーなものであるはずだ。
「何を仰いますか。私めは、お嬢様の忠実なる僕…。可憐なるお嬢様に、このように専心誠意御使いできることを、誠に誇りに思っております」
「そ、そうなんだ…」
「……見上げたプロ意識ね」
なんだその完璧な返答は。メイドというよりは執事のような印象こそ受けたものの、それはおそらく相手が女性客だからなのだろう。よーやるなぁ……。さしもの雪ノ下ですら、何故かふんふんと感心してしまっている。先輩は言霊使いか何かですか。
「八幡…。先輩のメイド姿、意外にありだな」
「おい馬鹿、何に目覚めてるんだ! 材木座はよ戻ってこい! メニューでも見て落ち着け!」
「はっ!? そ、そうだな」
正気を取り戻した材木座が、メニューに目を通し始めたのに合わせて、俺も、全体を通して可愛らしい文字で彩られた、いかにもな感じのメニューを拝見する。
そこには「まはらぎおむらいす♥️」だの「きょむきょむけーき✡️」だの「はまむどかれー☠️」だの、やたらめったらと丸文字が連発されたお品書きの数々が並んでいた。そして理由こそ分からないが、どれも、間違っても注文などしてはいけない気がする。
そうしたデフォルトのメニュー以外にも、オプションとしてのメニューと中々に豊富なようだ。例を挙げると「萌え萌えじゃんけん」やら「ドキ! 男同士の熱いセッション」やらが――。
ん? ちょっと待て。今一つ、なーんか頭がおかしいとしか思えない、明らかな『異物』が混じってたような気がしたんだが…。
さ、流石に見間違いだよな……と、何度も上からメニューを読み返してみるが、不思議な事にその文字列が幾度として消えることはない。
「八幡、こ、これは…」
「気付いたか材木座。このメイドカフェ…。やっぱり何かがおかしいぞ」
男がメイド服を着けていたり、なんかちょっと……妖しい感じのオプションだったり。まるで誰かの影響を強く受けているような…。
「腐腐腐……。気付いちゃったかな…?」
「ヒィ!? 八幡、後ろだ!?」
「なにっ!」
黒い邪念すら感じさせる、一際に目立つやべぇオーラを、全身の毛孔という毛孔からめりめりと放つ人物に、俺はいつの間にやら背後を取られていた。自分の身体の節々が、じわりじわりと粟立っていくのを感じる。いや、つかなんだよこのオーラ。おおよそメイドカフェで放たれるものじゃないでしょ。
「エ、エビ!? 何でここに? 今日はシフトじゃないはずだろ…?」
「ひ、姫菜!?」
「腐腐腐…。迸るホモの気配を感じて私…。急遽シフトを変わって参りました~!!」
いやここにホモは無いから。無いはずだよね? 俺メイドカフェに来るのとか、実は初めてだったりするから分からないんだけど、これが普通だったりするのん? 鳴上先輩が彼女をなんでエビと呼んだのかについては、もう考えない事にする。
「はろはろ~結衣! 他にも雪ノ下さんに戸塚きゅん……お、レアキャラのヒキタニ君まで…。皆、めくるめく夢の世界にようこそ! 腐腐…」
俺の肩に後ろからもたれ掛かり、超絶至近距離で挨拶を交わすメイド服の女性…。これほどまでに恐ろしい「ようこそ」は、未だかつて聞いたことがない。モテモテ王国どころか修羅の国じゃねーかよ。
彼女は『海老名姫菜』。俺とも同じクラスで、由比ヶ浜も所属している葉山グループの一員である。三度の飯よりホモが好きと豪語する彼女が、ありとあらゆるサブカルチャーに精通している事は知ってはいたが、まさかここでバイトをしているとは盲点だった。
なるほど、鳴上先輩と何処で知り合ったのか疑問に思っていたが、こういう繋がりがあったって事か…。なんちゅう繋がりだよ。そりゃ由比ヶ浜も知らん訳だ。
もしかして、先輩が執事姿ではなくメイド服を身に付けているのも。この異質なメイドカフェという空間でさえ、一際異彩を放っていたあのオプションメニューも、全て彼女の影響だったりするのだろうか。もしその仮説が本当だとするなら戦々恐々とする他ない。そしてごめん、もう帰っていい?
* * * * * * * * * * * * * * *
鳴上先輩は、他の一般女性客のおもてなしをするべく離れ、入れ替わりになるような形で、俺達の机には海老名さんがついた。彼女も当然にメイド姿であり、その姿は大変にマッチしているのだが、なんだかそれが逆に怖い。
「とりあえず、せっかく皆ここに来てくれたんだし、メイド体験とかどうですか? ご主人様♥️」
海老名さんの眼鏡の奥の瞳が妖しく光る。クラスメイトにご主人様と呼ばれる、男子高校生ならば誰しもが一度は夢に見るであろう最高のシチュエーションだというのに、ビックリするほど俺の心には刺さってこない。
「め、メイド体験…?」
「そうそう! さっき外にも書いてあったでしょ?」
あぁ…そう言われれば確かに、『メイド体験可能!』って外に書いてあったな…。推察するに、メイドカフェというものは男性客が集まりがちであるが、こういったサービスも同時に展開することで、コスプレなど興味を持つ女性客をも獲得しようとしているんだろう。
そして意外にも、由比ヶ浜はそれに結構興味をもっているご様子。でも、自分からはそれを言い出しにくいのか、指をつんつんとして俯いていた。わっかりやすいなこいつ…。
しょうがない。ここらで一つ、助け船を出してやるとするか。決して、彼女のメイド姿が見たいとかではないから悪しからず。あ、でも戸塚のは見たいです。
「まぁいいんじゃないか、やってみれば。メイドカフェなんて材木座いないと来れねぇだろ。ほら、参加することに意義があるともいうしな」
まぁ俺はいつも参加しない事に全力を尽くしてるんですけどね。てへっ。
「お、ヒキタニ君良いこと言うね~♪ そうだよ結衣! やってみようよ」
「うーん…。そだね! 姫菜も先輩もいるんだし、ちょっとやってみる! ゆきのんも一緒にやろ!」
「わ、私? 嫌よこんな場所で、そんなの…」
雪ノ下はその慎ましい胸の前で手をよじった。されど、由比ヶ浜の猛攻は続く。多分、雪ノ下がそれを受け入れるまで。
「えー! そんな事言わずにやろうよ~! 結構楽しいと思うなー」
「……絶対に嫌」
「でも、せっかくだしさ…。こういうのもいい思い出になるし、あたしはゆきのんと一緒にメイド体験、やりたいんだけどなー」
「…………それでも嫌よ」
「…………やっぱり駄目?」
「……………」
「…………お願い、ゆきのん」
「…………仕方ないわね」
はい堕ちたー!! 知ってましたー!! 即堕ち二コマシリーズかよ。やっぱりガハマさんには勝てなかったね…。こうして見ると明白だが、由比ヶ浜のおねだり攻撃は雪ノ下には効果抜群。四倍で通ってしまうようだ。
「おー、じゃあ行ってらっしゃい。頑張ってこいよ」
「??? 何を言ってるのヒキタニ君? …じゃなくて、ご主人様?」
「は? 何って別に」
「ご主人様方も当然、参加なさいますよね?」
……は? 何言ってるんだこの人。
海老名さんはいたって平常のままにそういい放つと、俺と、材木座と、このアウトローな空間に慣れていないのか、口数の少なくなっている戸塚の三人に、獲物をハントするかのような目線を向けた。堪らずに、材木座が異議を唱える。
「え、海老名某? もしかして、何か、変な見間違えをしているのではないのかな? 我らは皆、オトコノコですぞー?? 問題オオアリですぞー?」
「ん? 別に全然問題ないよ? 現に、鳴上先輩はバリバリにメイドしてるじゃん」
「う、うぬぅ…。そ、そうではあるが」
海老名さんに促され、鳴上メイドの方を見てみると、それはもう見事な仕事っぷりだった。なんで男がメイドをしているんだ……という、普通なら感じて当たり前の違和感をバキッバキにへし折り、今この時も女性客らと一緒に、会話やツーショット写真に花を咲かせている。やべぇ。
「それに、メイド体験の看板に何が書いてあったのか、ちゃーんとよく思いだしてみて」
「は…? えぇっと確か、女性も歓迎、メイド体験可能、だろ?」
「その通り! 女性『も』歓迎なんだよ! つまり、メインはむしろ男子ッ!! 何の問題もナッシングッ!!」
「いやその理屈はおかしいだろっ!?」
なんだよその別解釈。宇宙の法則乱れすぎだろ。
しかし、これは結構まずい事態ではないだろうか。海老名さんのことだ、このままでは俺達は本当にメイド服を着せられてしまうだろう。差し掛かった危機的局面をなんとか脱すべく、俺は半ばすがるような目で、雪ノ下にSOSを送った。ゆきのん頼む! 海老名さんのガバガバ理論をロンパーしてやってくれ!
「あら、参加することに意義がある…。そう言ったのは貴方ではなかったかしら?」
「うぐっ」
こいつ余計なことを…。してやったりと微笑む雪ノ下は楽しそうで何よりだが、俺達の状況はむしろ悪化したまである。そして畳み掛けるように、俺達を混沌へと突き落とさんとする悪魔は、ある禁断の一言を口にする。
「でもでもヒキタニ君? ……戸塚くんのメイド姿、見てみたくないの?」
「うっ、でも」
「…こんなチャンス二度とないよ?」
「ぐぬぬ…」
「任せて、バッチリ仕上げてあげるから」
堕ちた。………しゃーねぇな………メイド、やってやろうじゃねーかっ! 俺は海老名さんの囁きを前にして、呆気なく服従の意を露にした。
もちろん、戸塚に対する罪悪感が無いわけではない。でも、メイド姿は………見たい。強靭なる理性を持っていると自負している俺も、その魅惑の前では風の前の塵に同じなのであった。
* * * * * * * * * * * * * * *
更衣室。メイド体験をする事になった俺と戸塚は、鳴上先輩の慣れた手付きによって、手際よくメイド服を着付けられた。身に付けてみるとよく分かるのだが、床についてしまうほどの長さを持つエプロンやら、ごちゃごちゃした多数の装飾が邪魔で、機能性は非常に悪い。こんな服を着てよくもあれほど動けたものである。
ちなみに材木座は合う服のサイズが無かったので免除。その喜色に染まった顔に、どうにか平塚先生のファーストブリッドを打ち込んでやりたかった。
「そんな顔をするなよ。ちょっとやさぐれてる感はあるけど、それはそれでアリだ。比企谷もこれで、立派なメイドさんだな」
「それ、あんまり嬉しくないんすけど…」
もちろん、俺には女装趣味はない。その趣味自体を否定するつもりはないけれど、この状況を素直に楽しめるだけの器量を、生憎俺は持ち合わせていなかった。ただ、それでもやろうと思えたのは…。
「戸塚も、すごいよく似合ってる。本当のメイドさんみたいだぞ」
「そ、そうですか…。恥ずかしいな…」
「いいや、先輩の言うとおりだ。本当に……本当に似合ってるぞ戸塚っ! …結婚してほしい位だ」
「も、もう! 八幡まで何言ってるのっ!」
いや、俺は割と本気だぞ? 本気と書いてマジと読む位には。照れたように顔を赤らめ、もじもじとしだすメイド姿の戸塚はマジで尊い。左横の大天使を見ているだけで、俺は遥か夢の世界へと羽ばたいていける…。戸塚が真の『えんじぇる』だったのか…。
「それにしても、比企谷達がメイド喫茶に来るなんてな。思ってもみなかったよ」
「い、いや別に、俺だって来たくて来た訳じゃないっすよ。むしろ、依頼がなかったら絶対来なかったまであります」
「依頼…? 依頼が来てるのか?」
「あ…」
思わず、俺の口からは情けない声が漏れだした。気を緩めていたのか分からないが、こんなにも容易に口を割ってしまったことに、自分でも内心呆れてしまう。しかしまぁ……先輩は今もこうやってアルバイトをしている様だし、特に隠す必要もないのかもしれない。俺は秘蔵することをやめ、受けた依頼の事を簡潔に説明した。
「なるほど、川崎さん…か」
「はい。ここで働いてたりはしませんか?」
「いいや、ここでは働いてないと思う。従業員の人数もそこまで多くないし、基本的に名前は覚えてるから」
「まぁ、そうっすよね」
正直、この答えは想定してもいた。俺にはあのクールで冷たい川崎沙希が、こういった場所で働いているとは到底思えなかったのだ。それでもこうやってこの場に来たのは、一応は確認が必要だろうという部長の意見と、材木座の熱い要望が、奇跡的に合致したからに他ならない。
「力になれなくてすまない」
「いいや全然! 材木座も前々からすげぇ来たがってましたし、ちょうどよかったっす」
「へぇー…材木座はこういうお店が好きなんだな。なら今度はメイド服、サイズが大きいのも用意しておくように店長に打診しておくよ」
「や、別にそれはやらんでいいと思いますけど…」
材木座はメイド服が着たくて来てる訳じゃないしな。いや、もちろん俺も着たいわけじゃないけど…。
「つか先輩こそ、こんなところでバイトしてたんすね」
「あれ? 言ってなかったか? 前に一度、皆に言ったと思うんだけど…」
あれ、そうだったか…? 確かに、鳴上先輩がバイトをしている事自体は随分前から知ってはいたが、何のバイトをしているかについては……。そこまで考えが至った所で、当然と頭に電撃が走ったかのように、俺の中で全てのピースが繋がった。
「…まさか、先輩の言ってた『働いている喫茶店』って…ここの事を言ってたんすか!?」
「そうだ。言った通り、なかなかに変わった所だろ?」
「いや変わりすぎでしょ!?」
確かにメイド喫茶だから、喫茶店と言っても差し支えはない……のか? でも、普通はマリンピアにあるようなオーソドックスな物を想像するだろう。「無限に広がる選択肢の中で、よくもまぁここを選びましたね」と、俺は先輩に尋ねてみた。
「あぁ、実は元々、俺は接客担当じゃなくて厨房の方でバイトに申し込んだんだ。給料も良かったしな」
「まぁ、給料は大事ですよね。モチベーションにも直結しますし…。因みにいくらなんですか?」
「時給にして千と百円だ」
「高っ!? めちゃめちゃ破格ですね…」
「だろ? もちろん、最初の方こそ普通に厨房で働いてはいたんだ。だけど、エビが新人として入ってきてからはまぁ色々あってな…。紆余曲折あって、こうして今はメイドをやらせてもらってる。慣れてしまえば楽しいもんだぞ?」
「そういう風に言えちゃうのが、なんつーかすげぇっすよ…」
普通に紆余曲折ありすぎだもんなぁ…。海老名さんの行動力はどうなってるんだ。というかこの人、先日には平塚先生との『謎の奉仕部対決の審査員対談』にも付き合わされたみたいだし、割と面倒事に巻き込まれる体質なんじゃないだろうか。
「それより、依頼を受けているんだろ? 明日は後輩との先約があるから手伝えないけど、それ以降で手伝える事とかありそうか?」
「いやいや大丈夫ですよ。それに、明日で一段落つくと思いますし…。つか、先輩は中間テストがあるじゃないですか。三年の中間は重要でしょうに、バイトなんかしてて平気なんすか?」
「大丈夫だよ。こう見えて勉強はきっちりしてるから。今回の依頼、どうやらあんまり手伝えそうにないけど、なにかあったら連絡してくれ。駆けつける」
「…うっす」
「じゃあ、女子はもう出ているみたいだし、俺達もそろそろ外に出ようか」
「は、はい。な、何だか緊張しちゃうな」
「大丈夫だよ、ちゃんと似合ってるから。体験なんだし、肩の力を抜いて楽しもう!」
「う、うん。そうだよね…。せっかくなら楽しまないと、だよね!」
「楽しむっつったってなぁ…。これ、キッツいなぁ…」
この期に及んで、俺は好奇心に身を任せた事を後悔していた。だが、時間とは残酷なもので、ついに、この姿をお披露目する時が来てしまう。更衣室の扉がゆっくりと開かれ、俺達は、おぼつかない足取りで材木座の待つ席に向かった。
彼の元につくと、既に着替えが済んでいた女性陣とも合流する。見れば、由比ヶ浜や雪ノ下も見事なメイド姿を披露しているのだが、俺の心は既にここにあらず。反面、余裕のある心持ちの彼ら彼女らは、俺達の姿を見るやいなや、それぞれが多様なリアクションを示した。
「は、八幡っ! なんだその格好はっ! ぷっ…あははははははははははは!! やばいっ! ふふっ、やばい…ぶわっはっはっは」
「比企谷君…。ふふっ…。なに、その、格好…」
「うぜぇ…。マジでうぜぇ…」
「だ、大丈夫だよ! ヒッキー! に、似合ってる………よ?」
「そんなフォローいらねぇよ…」
こんな格好をしているからか、いつもは無視できるはずの周りの目が酷く気になって仕方がない。はぁ…。もう帰りてぇ…。
「みんなよく似合ってるぞ! ハイカラだ…」
「でしょ? まぁ、私がきっちり仕上げたからねー! お、戸塚きゅんも似合ってるよー!! 流石王子と呼ばれているだけの事はありますなー。どう、ここでバイトしない?」
「ぬ、それはいい考えだ海老名某! そしたら我、毎日通いつめる」
「き、きも…」
「警察を呼んだ方がいいかもしれないわね。戸塚くん? 今後彼らには気をつけた方がいいわよ」
「おい、待て。彼らって何だ」
材木座と違って俺は紳士なんだ。戸塚を害するような発言は断じてしないと言い切れる。なんたって俺は『戸塚を守る会』の『親衛隊団長』に任命されている程の男だぞ? 嘘だけど。メイド服を着てない材木座はムショ行ってどうぞ。
「当たり前でしょう? 戸塚くんを見る目がさっきからずっと腐っていたわ」
「目は元からなんだよなぁ…。言わすな」
「は、ははは…。でも僕、部活あるから…。アルバイトは厳しいかな…」
「そっかぁ…。残念だなぁ…」
ああ、仕方ないとは言え俺も少しだけ残念だ…。心のフィルムに戸塚の姿をしかと刻んでおかねば…。
「でもでも、ヒキタニ君も結構いいよー!! そのやさぐれ系総受けオーラ!! なかなかの素質持ちと見たっ! ヒキタニ君もどうかな? ここでバイト、ねぇ?」
「いや、しねぇからアホか。つかこれ、いつまで着けてんの?」
「体験は十五分位だけど」
「なになに? ヒキタニ君、まさかの延長いっちゃう?」
「しないっつの!?」
「そっかぁ…。じゃあ時間ももったい無いし、早速メイド体験を始めよっか! みんな、ちゃんとご主人様って言うんだゾ❤️」
「ヒィッ…!」
ここから先にあった体験は、到底語るには忍びない。ただ十五分間。とんでもない羞恥プレイに晒されたことだけをここに述べておく。まぁ、由比ヶ浜や雪ノ下、そして戸塚でさえも、結構楽しんでいたみたいだが。
ホント、救いだったのは、戸塚のメイド姿が想像を超えてめちゃめちゃ可愛かった事に尽きる。最後に撮った記念写真。端っこに潜むように写った俺は、酷くくたびれた表情をしていた。
* * * * * * * * * * * * * * *
俺の中でまた新たなトラウマと化したメイド体験。俺は由比ヶ浜達を説得し、なんとか早々に『えんじぇるている』を脱出した。はぁ……結局何しにきたんだか。「何の成果も得られませんでしたああ」ってつい叫びたくなってしまうぜ…。
「結局、この店には川崎さんはいないみたいね。シフト表に名前が無かったわ」
「そうみたいだな。俺も先輩から聞いた」
「あら、結局先輩には依頼の事を告げたのね」
雪ノ下が意外そうな顔つきで言った。
「告げたっつーか、まぁ変に隠してもな…。というか俺達、完全にガセネタに踊らされたな」
「う、ううぬ…。そんなことはありえぬのに…。我の
「お前の
「今日は流石にもう無理なんじゃない? 夜遅いし」
「由比ヶ浜さんの言うとおり、今日は一度解散にしましょう。もう一つの『エンジェル』のつくお店は、明日調査ということでいいかしら?」
「あー、そういやもう一個あるのか。一応聞くけど、またこんな変な店じゃないだろうな?」
「ええ、それは心配しなくても大丈夫。明日向かうのは由緒正しい、ステータスが高いお店だから」
川崎が働いているかもしれない、ホテル・ロイヤルオークラの最上階に位置するバー『エンジェル・ラダー天使の
流石にこういったお店で、こんなメイドカフェ的な事件はないだろうがなぁ…。なんだか、また面倒な事になりそうだなと、俺は小さくため息をついた。
to be continued…
タイトル日本語訳
『えんじぇるている』