All I Need is Something Real   作:作図

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18. Fateful Encounter

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

 席についた俺達の元に、ギャルソンの男性が頭を一つ下げて脇についた。当たり前だが俺達な未成年で、アルコールの類いは飲むことが出来ないため、ノンアルコールのカクテル、いわばジュースの中から各自が興味を引かれたものを注文していく。

 

 注文された内容を繰り返し読み上げ齟齬がない事を確認すると、男はバーカウンターの方へと戻っていった。バーカウンターには長い髪を結んだ女性のバーテンダーさんが立っており、注文を受けると慣れた手つきでカクテルを作り始める。高級店らしく立ち振る舞いがピシッとしており、俺も学ぶ所が大いにある。

 

「今直斗くんが頼んだのって……えっと……」

 

「? ヴァージン・ピニャ・コラーダの事ですか?」

 

「そうそれ! えっと、ヴァ、ヴァージン…? ピ、ピ、ピアノ? コラ……?」

 

「ヴァージン、ピニャ、コラーダです」

 

「ピニャ……コラーダ?」

 

 さっぱり分からないといったようにりせは首を傾げる。

 

「ピニャ・コラーダ。スペイン語で『裏ごししたパイナップル』という意味ですね。プエルトリコが発祥のカクテルです」

 

「プエルトリコ……。正直言われてもあんましパッとしないなー」

 

「プエルトリコは――」

 

「いやいやいや、大丈夫っ! もう頭パンパンだもん……」

 

「流石名探偵、詳しいな」 

 

「探偵なら当然です」

 

「探偵ってどんだけスーパーマンなの…?」

 

「それに僕の場合、以前からバーやクラブにはよく足を運んでいたので…」

 

「あーそれなら納得かも。修学旅行も一人でエスカペイドに行ってた位だもんね。こういうお店が好きなのかなーって思ったけど」

 

「好き……。そうですね、確かに嫌いではなかったです。けど、改めて考えて見ると、あの頃はこういったお店に通い詰めることで、少しでもカッコいい『大人』の『探偵』に近付こうっていう、意地の様な心持ちで通っていたような気がします。……今思えば笑っちゃいますけどね」

 

 そう言って直斗は、憑き物が落ちたような穏やかな笑みを浮かべた。

 

「だから、ちゃんと気付けてよかった。僕がまだまだ『子供』だったって事に。おかげでこういったバーも、心から楽しめるようになった気がします」

 

「良いことだ。それなら尚更、今日は飲み明かそうか」

 

「そうですね。お付き合い下さると嬉しいです」

 

「そうと決まれば、私もバンバン飲んじゃうよ? 桐条さんと直斗くんの奢りみたいなもんだし」

 

「えっと……バンバン飲むのはちょっと…。本当、酔うのだけは勘弁してくださいね? そしたら置いていきますから」

 

「だ~いじょうぶだって! そもそも、アルコールは入ってないし、ジュースみたいなもんじゃん? まぁ、先輩は天然な所結構あるから不安なのは分かるけど…」

 

「いえ、僕はどちらかというと久慈川さんの方が心配です…」

 

「ちょっ!? ひどーい直斗くんっ! 私だってこういう場所は慣れっこなんだからね? 先輩にだって負けないんだから!」

 

「ふっ…。四六のスナックで養った力、見せてやる」

 

「いつから勝負になったんですか……」

 

 俺達が会話に花を咲かせていると、ショートカットの女性の店員がこちらの席に近付いてくる。彼女は静かに俺達の脇につくと、中身の入ったシャンパングラスを三つ俺達の机の上に置いた。

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

「お、きたきたっ!」

 

「それでは先輩、お願いします」

 

 りせと直斗の視線が俺の方に向けられた。乾杯の音頭を頼まれているのだと分かり、俺は一度席をその場で座り直す。

 

「せーのって言ったら、オーな?」

 

「あ、それ千枝先輩のコールじゃん。なっつかしー!」

 

「でもそれ…。流石にここでは場違いなのでは…?」

 

「冗談だ。二人とも、グラスを持ってくれ」

 

 俺の言葉を受けて、りせと直斗が各々のグラスを持った。それぞれ違うものを頼んだので当たり前といえば当たり前だが、香りも色も、グラスの形もわずかではあるが異なっている。

 

「それじゃ、乾杯!」

 

「「乾杯!」」

 

 乾杯の声に合わせて、お互いにグラスをカチンと合わせてから口をつける。俺が注文したのは『コンクラーベ』と言うもので、黄色に近い色合いに、グラスにささったオレンジがよくマッチしているカクテルだ。

 

 生憎こう言った知識には乏しい為、コンクラーベという名前のインパクトだけでこれを選んだのだが、口当たりもよく非常に飲みやすい。りせや直斗も、各々が頼んだ品を堪能しているようだった。

 

「ん~~美味しい~~!!」

 

「ああ、美味しいな。自分の中の根気も上がっていくのを感じる…」

 

「ど、どんな味なんですか……それ…? しかし、確かに話に聞いたとおり美味しいですね。雰囲気もいいし、桐条さんが勧めてくれたのもわかる気がします」

 

「セレブ、だな」

 

 桐条さんに改めて感心しながら、俺はもう一口、もう一口と飲み進めていく。見れば、あっという間に俺とりせのグラスは空になってしまっていた。直斗のグラスが半分以上残っているのにもかかわらず、だ。

 

「ぷはーっ! 次はこのシンデレラって奴、飲んでみたいかも❤️」

 

「俺もおかわり、ストレートで」

 

「ちょっ! ちょっと待って下さい! 二人とも、いくらなんでもペースが早すぎませんか?」

 

「え、そう? いやでも美味しいしー」

 

「俺の本気は、まだまだこんなもんじゃない…」

 

「ほ、ほら! こういったお店では風情を楽しみながら飲むのがいい訳ですし。ともかく、おかわりはもう少し後にしましょう。ね?」

 

 直斗は必死に彼女らのおかわりを留めた。それもそのはず、直斗からすれば彼らは前科持ちであるし、今この場で再び二人が場酔いしてしまっては堪らない。騒ぎにもなってしまうだろうし、注文したカクテルを味わうどころではなくなる。何より、帰宅に凄い困る。前回は花村先輩や里中先輩が酔ったりせ達を運んでくれたが、頼れるあの二人は今はいないのだ。

 

「まぁ、直斗くんがそこまで言うなら…」

 

「俺の本気は、今日はお預けだな……」

 

「そうして下さい…」

 

 注文を取り止めた様子の二人を見て、直斗は人知れず安堵に浸った。

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 エレベーターが降下していくにつれて、ガラス越しに見える幕張の夜景がゆっくりと隠されていく。最上階からは見えていたはずの東京湾や湾岸部を走る車のテールランプは、街に呑まれて見えなくなった。

 

「うーん、美味しかった~!」

 

「お二人とも酔わなくて何よりです…」

 

「当然だ」

 

「心配しすぎだってーっ! もうっ!」

 

 短針の指す位置は十五度ほど動き、現在の時刻は夜の十時二十分。バーでの一時は毎日会えていたあの頃のように盛り上がり、三人の会話が終始途切れる事はなかった。俺が今メイド喫茶で働いている事などを話した時、とても驚かれた事は記憶に新しい。

 

「しかし、まさかバーでお腹いっぱい食べるなんて…。初めての経験です」

 

「飲み物以外も充実しててびっくりしちゃったよね。ピザも凄い美味しかったし」

 

「カツサンドもなかなかの絶品だったな」

 

「それ!」

 

 ポーンという音と共にエレベーターの降下が止まると、扉が音もなく開き、目の前には豪勢なエレベーターホールが広がる。

 

 するとその豪勢なホールの中に、本来ならばここにはいるはずのない人物が壁際に立っていた。彼の格好は学校で見る時と違ってきちんと整えられており、この場の雰囲気も合わさって少しだけ大人っぽく見える。彼も俺に気付いたようで、どこか間の抜けた声を上げた。

 

「……は? え? 鳴上先輩?」

 

「比企谷じゃないか。こんな所で何してるんだ?」

 

「いや、それはこっちのセリフなんすけど…」

 

「あれ? この子、先輩の知り合い?」

 

 後ろから着いてきていたりせも俺達の話に加わってくる。心なしか比企谷の眉がわずかに引き攣ったように見えた。

 

「ああ。彼は比企谷。さっき話した部活の後輩の一人なんだ」

 

「ええっと……確か奉仕部だっけ? 四人で活動してるっていう…。へぇー、この子がそうなんだ!」

 

「あの鳴上先輩、この人達は?」

 

「前の学校の俺の後輩だよ。ここで会う約束をしてたんだ」

 

「は、はぁ…」

 

「ヒッキー! お、お待たせ…」

 

 そんなやり取りをしていると、少し照れたような声音が横から聞こえる。見れば、深紅のドレスを纏った由比ヶ浜が俯きながらそこに立っていた。着なれない服で落ち着かないのか、彼女は俯き、赤いカーペットの敷かれた床をもじもじと見つめている。

 

「なんだ由比ヶ浜か。もしかしてまた知らん人が増えたのかと思ったわ」

 

「ちょ、知らん人って何よーっ!」

 

「つーか、あいつはどうしたんだよ?」

 

「ゆきのんの事? それなら今はトイレに行ってるよ。もうちょっとしたら来るんじゃないかなー。あれ、鳴上先輩も来てたんだ! やっはろー!」

 

「やっはろー!」

 

 由比ヶ浜が好きないつもの挨拶を俺も返すと、りせがちょんちょんと俺をつつく。

 

「ねぇねぇ先輩、あの子も先輩の知り合いなの?」

 

「そうだけど」

 

「ふーん。………なーんか先輩は相変わらずだなー」

 

 どういうことだ? そうりせに問おうとした矢先、由比ヶ浜が唐突に素っ頓狂な声を上げた。

 

「え、う、嘘っ!?」

 

「は? 何、どしたん?」

 

「どしたんじゃないよ知らないの!? え、ええ!? えええええ!? ど、どどどういうことなの? え、何!? ヒッキーまさか知り合いなの?」

 

 由比ヶ浜が比企谷の両肩を掴んで、ぐわんぐわんと前後に揺らす。しかし、その目線は終始りせに釘付けになっている。

 

「いや俺も会ったばかりだけど…。つか痛い痛い! 痛いからっ!」

 

「あっ……ごめん」

 

「ふぅ…。何お前、ついに壊れたん? どういう事ってのはこっちが言いたいんだけど…」

 

「あ、あはは……。え、えっとね? 私もなんかまだ信じられないんだけど……こ、ここここの人はね…? い、今人気絶頂中のアイドルで…! ああっ! え、えとその」

 

 彼女は慌ててケータイを取り出したかと思うと、それについたきらびやかな装飾の一つをりせに見せた。

 

「あ、これ。私のグッズ…。もしかして、使ってくれてるの?」

 

「は、はいっ! 愛用してて……えへへ……。そ、その、いつも応援してますっ!! ファ、ファンですっ! 大ファンなんです!」

 

 由比ヶ浜は比企谷に向けて説明をしていたはずなのに、いつの間にやらりせに向けたファンコールへと変わっていた。言葉の端々から緊張しているのがよく分かる。

 

 それを聞いたりせは嬉しそうに微笑んだかと思うと、由比ヶ浜の肩をポンと叩く。惚けた顔で「ふぇ?」っと声を漏らす由比ヶ浜に、りせは由比ヶ浜の唇に人差し指をたててこう言った。

 

「ふふっ、いつも応援してくれてありがと❤️ でも、ここで会ったのは内緒だよ?」

 

「も、もちろんですっ! す、すごい……。本当に『生りせちー』だ……! 可愛い……! え、こ、これ、あたしの夢じゃないよね!?」

 

「夢じゃないよ。貴方も先輩と同じ学校の子なんだよね? 同年代同士、よろしくねっ!」

 

「はっはいっ!? よ、よろしくお願い…します」

 

 由比ヶ浜は今までに見たことのないほど慌てており、その声は裏返ってしまっている。俺がもう慣れてしまっているのもあって、彼女の反応がとても新鮮に写った。

 

「流石は久慈川さんですね…。ファンの扱いが完璧です」

 

「ああ、流石だな」

 

 りせは持ち前の明るさで、由比ヶ浜との距離をどんどんと詰めていく。由比ヶ浜の緊張も少しずつほぐれていき、あっという間に二人は仲良くなっていった。

 

「え、やっぱりこの人って……マジもんのアイドルなんすか? そういえば『りせちー』って……小町が好きとか言ってたような……」

 

「そのりせちーで合ってるぞ」

 

「…………先輩の人脈ってどうなってんすか」

 

「別に普通じゃないか?」

 

「いやいやいやいや、絶対普通じゃないですって!?」

 

「比企谷くんうるさいわよ。何やら人も多いようだし…」

 

 そう言って今度は漆黒のドレスを身に纏った雪ノ下が現れる。着なれない様子を見せた由比ヶ浜とは対照的に、彼女の立ち振る舞いは凛としており、こういった場にも慣れているようだった。

 

「あー雪ノ下か。遅かったな」

 

「あなたね…。何か気の効いた一言ぐらいは言えないのかしら…?」

 

「俺にそういうの期待すんなっつの。そういうのは先輩担当だろ」

 

「よく似合ってる」

 

「……だとよ?」

 

 その言葉を受けた雪ノ下は一応は満足したらしかった。

 

「ありがとうございます。鳴上先輩も来てらしたんですね。比企谷くんからは来れないと聞いていたのだけれど…」

 

 雪ノ下が比企谷に刺すような冷たい目線を送る。

 

「いや、比企谷が言ったので合ってるよ。ここで会ったのは本当にたまたまなんだ」

 

「偶然……? こんな所で…?」

 

「気持ちは分かるけど本当に偶然なんだ。ここの最上階にバーがあるのは知ってるか? 俺達はそこでお茶してて、その帰りに比企谷と会ったんだ」

 

「お茶?」

 

「………飲み会?」

 

「言い方の問題じゃないです。なんでわざわざそんな所で…。まさか。飲酒でもしていたんじゃ…」

 

「いや、もちろんすべてノンアルコールだ」

 

「……なるほど。一応は分かりました。えっと…そちらにいるのは…」

 

 雪ノ下が由比ヶ浜と話しているりせと直斗に視線を送ると、直斗が一歩前に出てくる。

 

「お久しぶりです。雪ノ下さん。前にお会いした時は小学生の時でしたから、こうして会うのは五年ぶりでしょうか?」

 

「白鐘さん!? こ、こちらこそお久しぶりです。でもまさか、こんな所で会うなんて…」

 

「それを言うなら僕もですよ。ええっと……雪ノ下さんも先輩とは知り合いなんですよね?」

 

 雪ノ下も直斗も、何やらお互いの事を知っている風だった。気になった俺は二人に「知り合いなのか?」と尋ねてみると、その問いには直斗が答えてくれた。 

 

「ええ。以前、一度だけ社交パーティーでご一緒した事があるんです。僕の家は結構名門ですから、少なからずこういった機会があって」

 

「そうか。直斗はお嬢様だったな」

 

「せ、先輩っ! そ、そういう言い方はやめて下さいっ///」

 

「なんだ、照れてるのか?」

 

「なっ!?/// て、照れてなんかないですっ! からかわないで下さい!?」

 

 直斗の顔ら朱色に染まり、今にも湯気が出てしまいそうだ。助けを求めるように直斗はりせの方を見やるが、彼女は由比ヶ浜との話に盛り上がっており、援助は期待できそうにない。

 

 やり取りを傍観していた比企谷は、訝しげな顔でボソッと呟いた。

 

「お嬢……様?」

 

「比企谷君……気付いていなかったの? 白鐘さんはれっきとした女性よ」

 

「は? いやでもあの服――」

 

「彼女にも、彼女の都合があるのよ」

 

「はぁ……。戸塚といい俺、この世界の性別の概念が分からなくなりそうなんだが…。しかも白鐘って言ったら、あの有名な『探偵王子』だよな? 探偵にアイドルって……。先輩、どこで知り合ったんですか?」

 

「まぁ、同じ学校だったからな」

 

「なんちゅう濃いメンツすか、それ…」

 

 なんだそら、と比企谷は言いたげだ。しかし、比企谷の納得のいくような答えを俺は持ち合わせていない。まさかテレビの事を言う訳にはいかないからである。

 

「まぁ気にするな」

 

 だから俺は、ひたすらにその主張を突き通した。

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

「それより、比企谷達はどうしてここに? いやなんとなく予想はついてるけど…」

 

「まぁ、その予想通りで依頼っすよ。でもなきゃ俺、絶対こんな所来ないっす」

 

「うーん……えーと奉仕部だっけ? 先輩からもちょっと聞いたけど、それって部活でしょ? こんな高級ホテルに来なきゃいけないような依頼が来るものなの?」

 

「それは俺も気になってたんだ。比企谷から聞いた限りだと、今の依頼は『川崎さんの捜索』なんだろ? ただでさえここは高校生が入りにくいような場所だ。本当に川崎さんがいるのか?」

 

 不思議そうに尋ねたりせに、被せるような形で俺も言った。彼らとは昨日もメイド喫茶で遭遇しているが、その会う場所が高級ホテルというのはどうなんだ……? あまりにも偏りすぎている。

 

「川崎さんの捜索…。まぁ、間違ってはいないけれど、なんというかすごい大雑把ですね。比企谷君の説明不足と言ったところかしら…。一度、改めて説明しますと――」

 

 雪ノ下はそう言うと、川崎沙希という女子生徒が最近帰りが遅い事、彼女は深夜の時間まで働いており、年齢を詐称している可能性が高いこと、名前に『エンジェル』がついたお店で働いている可能性があることなど、事件のあらましを簡潔に教えてくれた。

 

「なるほどな。それで昨日は『えんじぇるている』に来たって訳か」

 

「流れで僕達まで聞いてしまいましたが、部活動にしてはなかなかに深刻な相談が来るんですね…。年齢詐称の可能性まであるなんて…」

 

「結衣ちゃん結衣ちゃん。その川崎さんって人の特徴とかって分かるかな? 私達、さっきバーから出てきたばかりだし、もしかしたら参考になるかも」

 

 りせがそう尋ねると、由比ヶ浜がうーんと唸りながらも川崎さんの特徴を挙げていく。由比ヶ浜曰く、彼女は身長が高く、クールな印象を持ち、かつ髪の毛が長い女性だそうだ。

 

「髪の毛が長い…。それなら一人、心辺りがありますね」

 

「本当か? 直斗」

 

「ええ。バーで働いていた女性は確か二人。そのうち、髪の毛を結んでいたのは一人だけでした。彼女はクールで背の高いという条件にも当てはまっていますし、まずはバーカウンターの方を確かめてみるといいかもしれません」

 

「うわ…。直斗くんさっすが…」

 

「流石に確証までは持てないですけどね…。それと、雪ノ下さんにこれを」

 

 直斗は懐から財布を取り出すと、先ほども使った優待券を一枚差し出した。

 

「上のバーに立ち寄るのなら使って下さい。この一枚しか残って無いんですけど…」

 

「え、いやそんな、受け取れないですよ…」

 

「遠慮しないでください。それに、僕が持っていても使う機会がありませんから」

 

「………では、そうさせて頂きます。何から何までありがとうございます。情報も得られた事だし、そろそろ上に行きましょうか」

 

「分かった。でもゆきのん! もうちょっとだけ待って!」

 

 由比ヶ浜は雪ノ下に待ったをかけると、バタバタと自身の鞄の中からペンの付いたメモ帳を取り出し、白紙のページを開いてりせに見せた。

 

「りせちゃん! 今日は色々と話してくれてありがとうっ! 最後にサインを貰ってもいい?」

 

「もっちろん! また、色々と先輩の話を聞かせてね?」

 

 りせがそのメモ帳を受けとると、慣れた手先でペンを動かし始める。その手の動きが止まるとメモ帳をパタンと閉じ持ち主に返した。由比ヶ浜は心から嬉しそうだった。

 

「りせちゃん……! ありがとう! 宝物にする……!」

 

「ありがとっ! これからも応援してくれると嬉しいな」

 

「もちろんっ! もちろんだよっ!」

 

「本当なら俺も手伝いたいところだが、時間が時間だ。俺はりせと直斗を送っていく。比企谷、雪ノ下と由比ヶ浜の見送りは任せた」

 

「うす」

 

 その時、ちょうどエレベーターがこのフロアにやってくる。人がいなくなり空になったそのエレベーターに、比企谷、雪ノ下、由比ヶ浜の三人は乗り込んだ。

 

「あと、依頼がどうなったのか、落ち着いたら連絡してくれると嬉しい。ただ、明日は学校もあるから遅くならないようにな」

 

「もちろんです。久慈川さんも白鐘さんも…ありがとうございます」

 

「いえいえ。()()()()にもよろしくお伝え下さい」

 

「……え、ええ。ではまた」

 

 雪ノ下が中にある閉ボタンを押すと、扉が音も無く俺達のいる空間を分断し、比企谷達三人の姿は見えなくなった。

 

 

 

to be continued




タイトル日本語訳
『運命的な出会い』


ちなみに久慈川りせのアルカナは『恋愛』
白鐘直斗のアルカナは『運命』です。
(まぁ原作通りではありますが…)

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