All I Need is Something Real   作:作図

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19. Family Circumstances

 社交パーティーが昔からあまり好きではなかった。自身の利益が最優先の薄っぺらな笑みが交差し、まったく窮屈で仕方がない。何より、人当たりの良い姉との違いを、明確な形として意識させられるのが嫌だった。

 

 だからこそ、私は彼女にシンパシーを感じたのかもしれない。親しい友人を持つことがなく、社交パーティーでも浮いていて、自身の家庭に縛られている彼女に。私は彼女が『男』である様に振る舞っているのは、家庭の事情故だと疑っていなかったのだ。

 

 でも、今日会った彼女は、私の知る彼女とは何もかもが違っていた。実は良く似た別人なんじゃないかと半ば本気で思ったほどだ。

 

 信頼の置ける友人を作り、心からの笑顔を浮かべている彼女。声音も立ち振舞いからも、あの頃の面影は欠片も見えない。男の格好こそ続けてはいたものの、女であること自体を隠している様子は無かった。

 

 どうして……彼女はこうも変われたのだろうか。何が彼女をここまで突き動かしたのだろうか。いくら考えてみても、その答えは出てこなかった。

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

5/24(木) ー夜ー

 

 

「おい……、おい、マジか。これ……」

 

 エレベーターの扉が開くと、明らかに俺が踏み込んではいけないであろう空間が広がっていた。『お洒落で落ち着ける空間』と先輩からは聞いているのだが、一つ言わしてくれ。どこがだよ。

 

「きょろきょろしないで」

 

「いっ!」

 

 そんな俺の様子を見た雪ノ下が、俺の足を容赦なくヒールで踏み抜く。すっかりとスイッチが入っているようで、その立ち振舞いは凛としていた。

 

「背筋を伸ばして胸を張りなさい」

 

「お、おう」

 

「顎も引く」

 

「はい…」

 

 雪ノ下の鋭いご指摘に、俺は逆らう事なく従順に従う。こういった場では経験者に倣うに限るからな。いや、正直に言えばもう帰りたいが…。まったく、先輩はよくもまぁこんな場所で二時間も飯が食えたものだと、感心を通り越して呆れてしまう。

 

 雰囲気に呑まれそうになる中、不意に、右肘にひんやりとした感触がした。見れば、彼女のしなやかな指が俺の右肘をそっと掴んでいる。

 

「あ、あの? 雪ノ下サン?」

 

「いちいちうろたえない。由比ヶ浜さんも同じようにして」

 

「う、うえ!? わ、わかった…」

 

 由比ヶ浜は手に持っていたメモ帳を名残惜しそうにしまうと、俺の左肘に戸惑いながらも手を添えた。両手に花だと言いたいところだが、そんな事を言えばすぐさま通報されかねないので言わない。

 

「では行きましょう」

 

 雪ノ下の言われるがまま、俺は二人と歩調を合わせてゆっくりと歩き始める。美しい幕張の夜景を写す一面ガラス張りの窓の前、その中でも端のほうにあるバーカウンターへと向かう。

 

「ビンゴ、ね」

 

 雪ノ下は呟く。情報通り、そこには川崎彩希がいた。学校で受ける印象とは違い、長い髪を纏め上げられ、気怠げな感じは全くしない。

 

「川崎」

 

 俺が小声で話しかけると、川崎はちょっと困った顔をする。

 

「申し訳ございません。どちら様でしたでしょうか?」

 

「クラスメイトに名前も覚えられてないなんて……。流石比企谷くんね」

 

「だろ? 自分でも感心しちゃうまである」

 

「呆れた…」

 

 本当に呆れた意外の何物でもない声を発しながら、雪ノ下はスクールに腰かける。俺と由比ヶ浜も同じく座った。座り方にも作法とかないよなと、少しビクビクしながら座ったのは内緒だ。

 

「捜したわ。川崎沙希さん」

 

「……雪ノ下」

 

 雪ノ下から話を切り出すと、川崎の顔色にはっきりとした敵意が宿る。校内でも有名人である雪ノ下や、同じクラスメイトでもある由比ヶ浜は川崎も存ずるところらしかった。因みに同じくクラスメイトである俺は全く認知されていなかったが、俺もこの依頼が来るまでは川崎の事を対して知らなかったのでお相子だ。

 

 三人ともとりあえず適当に注文すると、川崎は人数分のシャンパングラスを手際よく準備し、それぞれに慣れた手つきで注ぎ、そっとコースターの上に置いた。

 

「それで、何しにきたのさ。まさかそんなのとデートって訳じゃないんでしょ」

 

「まさかね。横のコレをみて言っているなら、冗談にしたって趣味が悪いわ」

 

「ねぇ? お前ら二人の口論なのにいちいち俺を傷付けるのやめてくれない?」

 

 そんなのとかコレとか人を指示語で呼ぶのやめろ。というか二人とも初対面のはずなのに仲悪くない? 怖いんだけど…。このままだといつまでも話が進まなそうなので、俺が口火を切る事にした。

 

「お前、最近家帰んの遅いんだってな」

 

「何、そんなこと言いにわざわざ来たの? 別にあんたらに関係ないでしょ?」

 

 いやまぁ関係ないと言えばそうなんだが…。横にいる由比ヶ浜も慌てて口添えする。

 

「お、弟さんも心配してたよ? 川崎さんの事」

 

「……ああ。最近やけに小うるさいと思ったらあんたたちのせいか。何、大志になんか言われたの? どういう繋がりか知んないけど、あたしから大志に言っとくから気にしないでいいよ」

 

 関係ない奴はすっこんでろ、という意思表示だろう。しかし、雪ノ下もそう言われて引き下がるような人間ではない。そうでなければ、わざわざこんな場所にまで来ない。

 

「十時四十分…。シンデレラならあと一時間ちょっと猶予があったけれど、あなたの魔法はもう解けたみたいね」

 

「それなら、あとはハッピーエンドが待ってるだけじゃないの?」

 

「あら、それはどうかしら人魚姫さん。あなたに待ち構えているのはバットエンドだと思うけれど」

 

 バーの雰囲気に合わせたような二人の掛け合いには介入する余地はなく、俺は黙ってやり取りを見守る他なかった。あとさ、さっきも思ったけどなんでこの二人こんなに仲悪いの? 率直に言ってめちゃめちゃ怖いんですけど…。

 

「ねぇ、ヒッキー。あの二人何言ってんの?」

 

「あぁ、なんか安心したわ。由比ヶ浜が由比ヶ浜で」

 

「それどーいう意味だし…」

 

「まぁ簡単に言うとだな。雪ノ下は川崎が年齢を誤魔化してるんじゃないかって言ってんだよ。この時間は高校生働けねぇだろ」

 

「へぇー。それならそう言えばいいのに」

 

 働いている場でおおっぴらにそれを言うのは流石に色々と問題があるだろ…。それを分かっているからこそ、雪ノ下もあえて遠回しな言い方をしているのだ。

 

「バイトはやめる気はないの?」

 

「ん? ないよ。……まぁ、ここはやめるにしても他のところで働けばいいし」

 

 川崎はしれっと何でもないことの様に言った。その態度に少しいらついたのか、ただでさえ悪かった空気がよりピリピリと険悪になる。そんな中、由比ヶ浜が口を開いた。

 

「あ、やー、川崎さん。何でここでバイトしてんの? あたしもほら、お金ないときバイトするけど、別に年誤魔化してまで働かないし…」

 

「別に…。お金が必要なだけだけど」

 

「あー、やー、それはわかるんだけどよ」

 

 何気なくそう言うと、川崎は表情を硬くする。蔑むような目付きが「何言ってんだこいつ」と言っている。

 

「はぁ? あんなふざけた進路書いてるやつに分かるわけないじゃん。専業主夫って何? 世の中舐めてんの?」

 

「み、見られてたのか…」

 

 ま、まずったなぁ…。適当にサラリーマンとでも書いておけばよかっただろうか。

 

「あんただけじゃない。雪ノ下も由比ヶ浜にも分からないよ。それにあたしは、別に遊ぶ金欲しさに働いてるわけじゃない。そこらのバカと一緒にしないで」

 

 川崎の言葉には強い圧があった。冷えきった視線が射るように刺さり、これ以上の追及を許さない。そんな中、再び由比ヶ浜が口を開く。

 

「………やー、でもさ。話してみないと分からない事ってあるじゃない? もしかしたら力になれること、も……」

 

「力になるかも? 笑わせないでよ。それじゃあんた、あたしのためにお金用意できるんだ。うちの親が用意できないものを、あんた達が肩代わりしてくれるっていうの?」

 

「そのあたりでやめなさい。それ以上吠えるなら…」

 

 雪ノ下が凍えるような声で言った。流石の川崎も一瞬たしろいだが、小さく舌打ちをすると雪ノ下に向き直る。しかし、その瞳には先ほどまでの力は無かった。

 

「ねぇ、あんたの父親さ、県議会議員なんでしょ? そんな余裕のある奴にあたしのこと、わかるはずないじゃん…」

 

 その声は何かを諦めてしまった声。妥協して自分自身を無理納得させているような声だった。川崎がその言葉を口にしたとき、ガシャンとグラスが倒れる音がした。

 

 横を見れば、横倒しになったシャンパングラスが。雪ノ下は呆然とカウンターに視線を落としている。

 

「……雪ノ下?」

 

 普段ならあり得ないだろう雪ノ下の様子に驚いて、俺は思わず雪ノ下を覗き込んだ。

 

「ちょっと! ゆきのんの家の事なんて今関係ないじゃん!」

 

 珍しい事に、由比ヶ浜は強い語調で川崎を睨む。本気で憤っているのだろう。今にもカウンターから身を乗り出してしまいそうだ。しかしその反面、川崎はどこまでも冷めていた。

 

「……なら、あたしの家の事も関係ないでしょ? 人の家庭の事情にいちいち首突っ込んでこないで」

 

「そうかもしれないけどそうじゃなくて!」

 

「落ち着いて由比ヶ浜さん。別に何でもないわ」

 

 ヒートアップした由比ヶ浜を雪ノ下が優しく制止する。しかし、既に空気は重々しく、とても冷静に話せる雰囲気ではない。

 

「今日はもう帰ろうぜ。由比ヶ浜、雪ノ下を連れて先に降りてくれ」

 

「……分かった。下で待ってるね。ゆきのん、行こ」

 

 由比ヶ浜は伝票も確認しないままに、雪ノ下を連れて去っていった。貰った割引券はカウンターに置き去りになっている。二人がいなくなったのを確認して、俺は川崎に向き直った。

 

「川崎、明日の朝時間くれ。五時半に通り沿いのワックでいいか?」

 

「はぁ? なんで?」

 

「大志の事で話しておきたい事がある。じゃあな」

 

「ちょっ! ちょっとっ! ………何、アイツ」

 

 後ろから聞こえる声を非難の声を無視して、俺は颯爽とこの場を去った。バーの雰囲気と合わさってなかなか粋なものだったんじゃないだろうか。なんてな。

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 由比ヶ浜と雪ノ下はエレベーターを降りた先で待っていた。どこかぎこちない空気の中、俺達は言葉少なげにホテルを出ると、体を芯から凍てつかせるような冷たい風が突き刺さる。

 

「うわぁ。やっぱり外寒いね…」

 

「もう初夏も終わったっつのにな…」

 

「ねー。本当に……」

 

「だな…」

 

「………」

 

 会話があんまり続かない。暗い闇夜の中、俺達の歩く音だけが聞こえる。

 

「……とりあえず川崎には、明日の早朝、五時半に通り沿いのワックに来るように言っといた」

 

「そう。通り沿いのワックね」

 

「五時かぁ…。じゃあ、明日は早起きしなきゃね」

 

「お、おう。悪いな」

 

 『お前らも来い』だなんて、まだ言ってすらいないのに…。来る気満々の二人の反応が驚き半分、どこか嬉しかった。川崎をワックに呼び出したのは完全に俺の独断で、しかも、よりによって早朝である。何かしらの文句を言われる事は当然だと覚悟していたのだが、どうやらそれは杞憂だったようだ。

 

「でも、川崎さんはちゃんと呼び出しに応じてくれるのかしら? 私達、彼女に良い印象を持たれているわけではないのだし」

 

「まぁ、言わんとすることはわかる。普通に俺が呼びだした所で、川崎は聞きもしないだろうな」

 

「ええっ!? じゃあ川崎さんは……もしかしたら来ないかもって事!?」

 

「つか普通は来ないな。『普通』なら、な」

 

「……つまり、どゆこと?」

 

「大志をエサにして呼び出した。エサっていってもハッタリなんかじゃない。小町にでも頼んで本当に呼びだすつもりだ」

 

 中学生の男子が女の子のお誘いを断る事など出来る訳がない。しかも、俺の最高の妹である小町の呼び出しなのだ。断ったら逆に許さないまである。早朝という不安要素もあるがまぁ何とかなるだろう。

 

「大志がいれば川崎も来ざるを得ない。そして、こちらの話にもある程度は耳を傾けてくれるだろ。……多分、おそらく……」

 

「また段々弱くなってるじゃない……。でも、もしそれで彼女が来たとして、どうやって説得するつもりなの?」

 

「あー……そこはぶっちゃけあんまり考えてねぇ」

 

「は? ヒッキーそれマジ?」

 

「仕方ねぇだろ……。まぁ、あれだ。そこは大志と川崎とでちゃんと腹割って話し合わせるしかねぇーだろ。家庭の事情なら尚更だ」

 

 川崎の家庭の事情についてある程度推察は出来ている。そして俺の推察通りであるなら、彼女が今一番必要なのはやはり、家庭内での話し合いだろう。現に、弟である川崎大志も姉との話し合いを試みている。しかし、それが困難であるから小町に相談を持ちかけたのだ。ならば、俺達のするべき事は決まっている。

 

 そう思って言った一言だったが、雪ノ下の顔色は浮かなかった。

 

「家庭の事情……。そうね、それでいいと思うわ。彼女にも、彼女の事情があるものね」

 

「……」

 

 雪ノ下のこの儚げな表情を、俺は以前にも見た覚えがある。それがいつの事であったか、俺は事細かには思い出せないけれども、この諦めたような表情だけは焼けついたように残っている。

 

 家庭の事情…。それはきっと、大なり小なり誰しもが抱えているものに違いない。川崎がそうであるように、雪ノ下も、俺達の知らない何かをきっと抱えている。けれども、それに俺達が触れる事はおそらくまだ許されていない。だから、俺はそれを見ないようにして話を続けた。

 

「まぁ……それでも無理なら、後の説得は先輩に丸投げって感じだな」

 

「うわ出たよ…。ヒッキーの丸投げ」

 

「しょうがねぇだろ…。それに、そもそもこれは先輩の方が明らかに適任なんだよ。依頼内容も知ってるし丁度いいだろ。適材適所と言ってくれ」

 

 単純な話だ。俺は専業主夫志望なのを知られているから論外としても、雪ノ下と由比ヶ浜の二人では説得が難しい事は既に実証済だ。あのイケメンの葉山や、平塚先生ですら一瞬で切り捨てられている。あれは悲しい事件だったね…。

 

 だがしかし、同じくバイトをしていて、川崎よりも『進学』そのものが身近にある者の言葉ならば、冷めきった川崎の心にも届きうるかもしれない。

 

 俺は一人だけ、その条件に当てはまる人物を知っている。三年生であり、あのとち狂ったとしか思えないバイトをしていて、言い知れぬ程の伝達力を兼ね備えている人物。……まぁ、そもそも俺が連絡を取れる先輩なんて一人しかいないんだけどな。

 

「……あーそれと雪ノ下。今日は由比ヶ浜を泊めてやってくれ。服の着替えもあるしちょうどいいだろ。由比ヶ浜だけだと起きなさそうだし」

 

「……強く否定出来ないのが悲しい所ね」

 

「ちょっ! 酷いっ! 別に早起き位、は……。あー……やっぱり否定できないかも…。たはは…」

 

「自覚してくれたようで何よりだ」

 

「ちょ、でもそういうヒッキーだって結構遅刻してるじゃん!? あたしなんかより早起き苦手そうだけど!?」

 

「大丈夫だ。俺レベルになるとこういう時はそもそも寝ないからな。舐めてもらっちゃ困る」

 

「あっそ…」

 

「では、明日の五時半に通り沿いのワックね。由比ヶ浜さんは私がしっかりと連れてくるわ」

 

「頼むわ」

 

「では比企谷くん、また明日」

 

 胸の前で彼女が小さく手を振った。ただ、どうしてだろう。今の俺には、彼女がどことなく無理をしているように見えてならない。

 

「いや……まて、ちゃんと家までは送ってく」

 

 咄嗟に出た言葉だった。当然、雪ノ下と由比ヶ浜は驚いた表情でこちらを見る。まぁ、俺の性分ではないし、やっぱ気持ち悪かったかな…。俺の黒歴史に新たな一ページ。

 

「意外、ヒッキー……そういうとこはちゃんとしてるんだ」

 

「あなたがそんな事を言うなんてね。送り狼なら結構よ」

 

「違うっつの。まぁ……なんだ。ちゃんと送ってかないと、鳴上先輩に雷落とされかねないからな」

 

 実際、送り届けをちゃんとするようにと先輩からは言われている。けれども、最後に取ってつけた言葉はどこか言い訳じみていた。

 

「そう。……ならお願いするわ」

 

 雪ノ下はそれだけを言うと、由比ヶ浜と横並びになって、俺の二歩前を歩いていく。雪ノ下の家に続く道のりがやけに長く感じた。

 

 

 

to be continued




タイトル日本語訳
『家庭の事情』


由比ヶ浜の誕生日が大きな分岐点になる予定ですので、原作と同じ様な展開が今しばらく続きますが、上手いこと相違点を作りながら頑張って執筆させて頂きます。

ゆきのんパートを最初に持ってくるか最後に持ってくるかで一生悩んでたし、ぶっちゃけ今も悩んでる。

ヒッキーが番長使う形で出す事で役割の取りすぎを防いだつもり…。です
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