All I Need is Something Real   作:作図

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ヒッキー視点


02. The Volunteer Club?

>4月11日(水) -放課後-

 

 

「平塚先生。入るときにはノックを、とお願いしていたはずですが」

 

 端正な顔立ちに流れる黒髪をした少女。二年J組の雪ノ下雪乃がそこにはいた。彼女は定期テストでも毎回一位を取るくらいには成績優秀、学校一といっていいほどの容姿端麗な美少女で、校内でも名の知れた有名人である。

 

 無論、俺みたいに人と会話をすること自体が稀な人間が会話などしたことはない。

 

「ノックをしても君は返事をした試しがないじゃないか」

 

「返事をする間もなく、先生が入ってくるんですよ」

 

 平塚先生の言葉に、彼女は不満そうな視線を送る。

 

「それで、そのぬぼーっとした人は?」

 

 雪ノ下の冷めた瞳が俺を捉えた。いや目線だけで人を殺せるんじゃないかこの女…。初対面だよね? 一瞬で鳥肌立っちゃったぞ…。

 

「彼は比企谷。入部希望者だ」

 

 平塚先生に促されて会釈をする。

 

「二年F組の比企谷八幡です。えーっと、おい。入部ってなんだよ」

 

 何も聞いてないんだが…。まずここ何部だよ。

 

「君にはペナルティとしてここでの部活動を命じる。異論反論抗議質問口応えは一切認めない。しばらく頭を冷やして反省しろ」

 

 俺に抗弁の余地を許さず、平塚先生は勢いのまま判決を下した。平塚先生の言うペナルティとは、現国の課題で課されて提出した作文の内容の事である。自分なりに高校生活を振り返った文のつもりだったのだが、職員室で問答するうちに、俺がうっかり平塚先生の年齢に触れてしまった結果がこのざまである。

 

「というわけで、見ればわかると思うが彼はなかなか根性が腐っている。そのせいでいつも孤独な憐れむべき奴だ。人との付き合い方を学ばせてやれば少しはまともになるだろう。こいつをおいてやってくれるか。彼の捻くれた孤独体質の更生が私の依頼だ」

 

「お断りします。彼の下卑(げび)た目を見ていると身の危険を感じます」

 

 そういって雪ノ下は両の腕を胸元で組んだ。いやお前の慎ましすぎる胸元なんて見てねぇよ。…ほんとだよ?

 

「安心したまえ、雪ノ下。その男は目と性根が腐っているだけあってリスクリターンの計算と自己保身に関してはなかなかのものだ。刑事罰に問われるような真似だけは決してしない。彼の小悪党ぶりは信用してくれていい」

 

「小悪党…。なるほど…」

 

「いや納得しちゃったよ…」

 

「まぁ先生からの頼みであれば無下にはできませんし…。承りました」

 

 俺の一切望まない結論を雪ノ下が嫌々と下したのと同時に、ドアからノックの音が三回ほど、コンコンと聞こえてきた。静かな室内であるからかその音はよく響く。俺も周りに釣られて、ドアをちらりと見やる。

 

「入っていいぞ」

 

 雪ノ下ではなく、平塚先生がそのノックの音に返答する。彼女はまたも不満げに平塚先生を一瞥するが、平塚先生本人はその視線に気付いていないのか、全く意に介していない様子だった。

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

「失礼しまーす」

 

 ほんわかとした雰囲気を全身に纏い、この部室内に悠々と入ってきたのは、我が総武高校の三年生で現役の生徒会長でもある『城廻めぐり』先輩だった。朗らかな明るい人柄である彼女は雪ノ下と同様。校内の有名人と言っていいほどの人物だろう。俺が唯一名前を知っている上級生でもある。

 

「お邪魔します」

 

 そしてもう一人。灰色に近いの髪の色をした男子生徒も、彼女に続いて入ってくる。なんだかとても大人びていて、制服を着ていなければ大学生だと勘違いしてしまいそうだ。

 

「今日は来客が多いですね…。城廻めぐり先輩と、…えーっと失礼ですがお名前をお聞きしても?」

 

 雪ノ下は灰色の髪の生徒を知らなかったようで、俺に名前を聞いた時とは全然違った態度で、しっかりと丁寧に名前を尋ねる。ちなみに俺も彼の名前は知らない。まぁ、俺は知らない人の方が多いから別にそれが普通なのだが。クラスメイトの名前ですら殆ど把握してないぞ? 俺。

 

「三年D組の鳴上悠です」

 

「鳴上くんはね! 今日まさに総武高校に転入してきたばかりなの」

 

 転入生か。家庭の事情というやつなのだろうか? それでさらにひとつ上の先輩だというなら、雪ノ下が知らなかったのも頷ける。

 

 …いやそもそも雪ノ下が全校生徒覚えてるみたいな前提がもうあれだなうん。しかし、総武の転入試験なんてそうそう受かるものでもないだろうに…。彼はイケメンなだけではなく、かなり頭もキレると見た。

 

「それより平塚先生、探しましたよー。これ、今日渡す約束の小論文です。採点と添削をお願いします」

 

 こんな部活に何をしにきたのやら…と思っていたが、どうやら城廻先輩は奉仕部ではなく、平塚先生に用があってここまできたようだった。だがしかし、当の平塚先生はというと、やっちまったなー、どうしよ…。といった具合に頭をかいていた。あーこの人絶対忘れてたな…。

 

「い、いやすまん色々あって…! 忘れてたというわけじゃないんだが。手間をかけたな…。採点今しても大丈夫か?」

 

「全然大丈夫ですよ。むしろ今日してもらえるのは助かります! ちゃんと厳しめにお願いしますね」

 

 城廻先輩は怒る様子もなくそう言うと、もちろんだ。と平塚先生は笑って返す。そしてそのまま、城廻先輩と共にこの部屋から出ていった。…………え、俺は? 連れてきて状況説明無しでほっからかしってマジっすか? まだ俺が部活入るとかいう云々を全然説明してもらってないんですけど…。帰っていいすか?

 

 俺が帰るかどうかめちゃくちゃ悩んでいる傍ら、雪ノ下は爽やか系イケメンである鳴上先輩と挨拶を交わしていた。

 

「鳴上先輩ですね。私は二年J組の雪ノ下雪乃です。えっと…この人は…」

 

 雪ノ下の冷たい視線が、とっととてめぇも挨拶しろよと告げていた。なんで俺にはこんなに当たり強いんですかね…。第一印象って大事!

 

「二年F組の比企谷八幡です。というか一体何部なんだよここ。わけわからん説明しかなく平塚先生にここに連れてこられたもんだからな」

 

 先程から少し話が流れてしまったが、何部なんだここ。先生は俺の孤独体質の更正を依頼する…とかなんとか言ってたよな。依頼って何だよスケット団かよ。俺が呈したその問いに、雪ノ下ではなく何故か鳴上先輩が答えた。

 

「えっと…ここは奉仕部だと聞いてるけど」

 

「はぁ? 奉仕部?」

 

 奉仕部って何だよ…。御奉仕されたりしたりしちゃう的な部活なのん…? そんなえっちなのいけないと思います!! そんな気持ち悪い思考が、彼女には透けて見えていたのか、鋭い眼光に俺はすぐに射竦められる。

 

「今すぐにでもこの卑猥谷君を通報したい所なのだけれど…。先輩は奉仕部の事を知っていたんですね」

 

 卑猥谷君って何だよ谷しか合ってねえよ。そんなやましい事は考えて…たかもしんないな、うん。

 

「いや城廻から予め聞いていただけだ。前の学校でもそんな部活動は聞いた事がなかったから…。ちょっと興味があったんだ」

 

 まぁ確かに奉仕部なんてかなり珍しい部活動だろうな。校内でも知ってる人全然いないだろうし。俺も今日この時まで聞いたことなかったぞ…。

 

「それで奉仕部はどんな事をするんだ?」

 

 鳴上先輩が再度活動内容について尋ねると、雪ノ下は「そうですね…」と思慮顔になる。

 

「一言でいうならば、何かしらの依頼を受けて、その依頼の解決を目指す部活といったところ…です。ただ実際にその問題の解決をするのは依頼者本人よ。奉仕部はあくまでも、その問題の解決方法の提示や、解決を促進する事だけに努めています。飢えた人に魚を与えるのではなく、魚の獲り方を教えるといったところでしょうか」

 

「なるほど老子の言葉だな。名前通りに単純にボランティア活動をする…。とかではないんだな」

 

 鳴上先輩は得心がいったように頷いた。老子という人物が咄嗟に出てくる辺り、やはり頭は良いのだろう。

 

「ええそうです。まぁ依頼自体くるのが今日が初めてなのだけれど…」

 

 そういって雪ノ下は俺に冷たい目線を寄越す。初めての依頼が俺の孤独体質の更正とか…。自分でいうのもあれだが、いきなりこんな無理ゲーを課せられている雪ノ下には同情する。だからこそここはお互いの為に言っておかねばなるまい。俺は更正なんぞ必要としてないことを。

 

「その依頼の事なんだがな…。俺別に今のままでもいいっていうか。別に求めてないんすけど」

 

 俺のこの言葉に、雪ノ下はまるで正論を言うような表情で反論した。

 

「…傍から見ればあなたの人間性は余人に比べて著しく劣っていると思うのだけれど。そんな自分を変えたいと思わないの?」

 

「人に言われたくらいで変わる自分が『自分』なわけねぇだろ。」

 

「あなたのそれは逃げているだけでしょう。変わらなければ前には進めないわ」

 

「逃げて何が悪いんだよ。変われ変われってアホの一つ覚えみたいに言いやがって。変わるなんて結局、現状から逃げるために変わるんだろうが。逃げてるのはどっちだよ。どうして今の自分や過去の自分を肯定してやれないんだよ」

 

「…それじゃあ悩みは解決しないし、誰も救われないじゃない」

 

 雪ノ下の鬼気迫る表情に思わず怯んでしまう。「救う」だなんて普通の高校生が使う言葉でもないだろう。

 

「二人とも落ち着け!」

 

 論争がヒートアップしていき、俺が次の反撃の手を打って出ようとしたその時、割って入ってきたのは鳴上先輩だった。真に迫るような凄みを持った声に、俺も雪ノ下も一瞬でしゅんと黙りこみ、この部室は静まりかえる。

 

「そうそう…。雪ノ下さんも比企谷君も、一度矛を収めて、ね?」

 

 続いて、ほんわかさんこと城廻先輩も場を収めようとする。小論文の添削を終えたのであろう先輩や先生が戻ってきた事に気付かなかった辺り、自分も少し興奮気味になっていたらしい。雪ノ下も、また何かを言いかけたが口を噤む。

 

「ふふ、面白い事になっているようだな。」

 

 一方、平塚先生だけはなぜかテンションが上がっていた。今、この場にいる誰よりも少年の目を輝かせている。また変な事を言い出さないだろうな…。

 

「古来よりお互いの正義がぶつかったときは勝負で雌雄を決するのが少年マンガの習わしだ」

 

「いや、何言ってんすか…」

 

「これから君たちの下に悩める子羊を導く。彼らを君たちなりに救ってみたまえ。それでお互いの正しさを証明するといい。どちらが人に奉仕できるか!? 不死鳥戦隊フェザーマン*1のように、迷える人々を救うのだ!」

 

「嫌です」

 

 雪ノ下が反射的に返す。同意見なので俺も頷く。フェザーマンよりもラブリーン*2派だしな。ラブリーンとプリキュアだったらプリキュアですけどね!

 

「もちろん君たちにもメリットを用意しよう。勝った方が負けたほうになんでも命令できる、というのはどうだ?」

 

「あぁ…。王様の命令は絶対ってやつですね」

 

「そうだ鳴上!呑み込みが早くて結構だ」

 

 つまり王様ゲームあるあるなんでも命令していいってことなんですね……ごくり。まぁ王様ゲームとか死ぬほど嫌いだけどな。ああいったノリは全て消えてなくなればいいと思ってる。

 

「この男が相手だと貞操の危機を感じるのでお断りします」

 

「偏見だっ! そんな訳ないだろ! 高二男子が卑猥な事ばかり考えてる訳じゃないぞ!」

 

ほら世界平和とか…? 本当に色々考えてるぞ…多分。

 

「ほう、さしもの雪ノ下雪乃といえど恐れるものがあるか…。そんなに勝つ自信がないかね?」

 

 平塚先生が安い煽りをふっかける。いやいや先生…。こんな見え見えの煽りに乗るやつはいないでしょう。

 

「…いいでしょう。その安い挑発に乗るのは少しばかり癪ですが、受けて立ちます。ついでにその男のことも処理してあげましょう」

 

 受けんのっ!? ええ…ちょろすぎんだろ…。負けず嫌いをそこで発揮しないでくれよ。てか処理とかいうな怖いからやめろ。

 

「うむ、結構だ。…しかし、君たち二人では何かと不安だな…」

 

 まぁ不安になるのも分かる。このどぎつい性格の雪ノ下に、さらにその相方が俺だっていうんだからな。俺ってだけでこうも説得力があるなんて…。我ながら泣きたくなっちまうぜ…。

 

「そういえば鳴上? 君は転入してきたそうだが、部活は何にするつもりなんだ?」

 

「部活は特には。去年と同じ部活に入ろうとは思いましたが、時期が時期ですし」

 

 部活に入る予定がないらしい先輩の返答を聞くや否や、先生の表情が喜色を帯びる。特に先生の目。俺を無理やりつれて来た時と同じような輝きだ。これ絶対勧誘するパターンだろ…。

 

「そうかそうか! なら鳴上。君さえよければだが、奉仕部に入って見る気はないか?無論、受験生だし毎日とは言わない」

 

 うわー、マジで勧誘したよこの人。

 

「困っている人を助ける部活なら、興味があるな。ぜひ入ってみたいです」

 

 いやいや、こんな部活に誰が好き好んで入んだよ…。と思っていたが、なんと鳴上先輩は意外にも加入に乗り気なようだ。いや何でだよ。

 

「もちろんだ。もちろん来れない日は部長にでも連絡をしてくれればいい」

 

「私も別に構いません。先輩は邪な事はしなさそうですし」

 

 雪ノ下は「先輩は」をやたらと強調して言った。悪意と嫌味のスーパーフルコースだ。

 

「おい、まるで俺は邪な事をするかのような言い方をやめろ」

 

「違ったかしら? ごめんなさい。その腐った目付きを見ていると、どうしても防衛本能が働いてしまって」

 

「もう目の事はいいだろ!」

 

 職員室でも平塚先生に散々言われたしな。俺の目そんなに駄目ですかね…? 魚の目とかよく言われるし、実は俺は海の一族なんじゃないか? 大海原に旅立ってよろしいか?

 

「そうね、今さら言ってもどうしようもないものね」

 

「もういい、俺が悪かった。いや、俺の顔が悪かった」

 

 もはや何を言っても無駄だと判断した。俺が口を閉ざすと、息をひとつついて平塚先生が話を続ける。

 

「よし、では鳴上も入るということでいいな?君たち奉仕部三人で迷える子羊たちの依頼をこなしていってくれたまえ」

 

「頑張ります」

 

 鳴上先輩は妙に乗り気である。初日でこんな謎の部活に入る転入生もそうそういるものではない。

 

「勝負の裁定は私と鳴上で下す。鳴上は受験生ということもあるし、私だけでは部内の様子を見きれない所もあるだろうからな。鳴上の意見を元にして出す私の独断と偏見が判定の基準だ。まぁ二人ともあまり意識せず、適切に適当に頑張りたまえ」

 

 はぁ…本当にやるのか依頼対決…。まぁこんな勝負に特に拘りもない。適度なタイミングで負けて終わらせればよいだろう。

 

「鳴上くんと先生が審査員? なのかな? 依頼対決とかよく分からないけど、雪ノ下さんも比企谷君も頑張ってね」

 

「ふぇ…が、頑張ります」

 

 眩しい位の彼女の笑顔に、不覚にも口から頑張りますなどと漏れでてしまった。いや、あれはなんかズルいだろ…。

 

「いいか比企谷、明日からもしっかりと部活にくるんだぞ。サボろうなんて考えないことだ」

 

 そう言うと平塚先生は部屋から退室した。それに続くようにして城廻先輩も部屋からいなくなり、この部室には俺と雪ノ下の鳴上先輩だけが残された。

 

 窓から射していた光も身を潜め、この部屋を静寂が包む。やることもなければ話すこともなく、雪ノ下がそうするように、俺も本の世界に入り込む。鳴上先輩は机でひたすら折り鶴を折ったりしていた。何してんの。

 

 突如として入らされた意味も訳も分からん部活。ここから俺の何か間違っている青春が幕を開けようとは、この時の俺は想像もしていなかった。

 

 

 

to be continued

*1
ペルソナシリーズに登場するヒーロもの。初出はペルソナ2であり、それ以降どのシリーズにも登場している

*2
ペルソナ4作中にて登場する架空のテレビアニメ。正式名称は『魔女探偵ラブリーン』。ジャンルは低年齢向けであり、高校生には辛い内容。




タイトル日本語訳
『奉仕部?』

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