All I Need is Something Real   作:作図

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20. Closest Stranger

5/25(金) ー早朝ー

 

 

 雪ノ下が住むマンションまで二人を送り届けた後、俺はそのまま自宅へと帰った。そのあと、俺は二度と着る事がないであろうドレスコードをパパッと脱ぎ捨て、小町にいくつかのお願いをした後、再び外へと繰り出した。そして今は、待ち合わせ場所に指定したワックで一人コーヒーを啜っている。

 

 日付もとうに変わって、午前四時半。眠りに落ちた街もうっすらと明るくなり始める頃だ。正直、素直に家に居れば良かったと思わないこともないが、五時に起きる自信が無かった。

 

 まったく本の一つでも持ってくれば良かったなと、今さらながらに後悔し始めていると、自動ドアが音をたてて開いた。こんな時間にも人は来るものなんだなと、ドアの方向を横目で見ると、立っていた青年と目が合う。

 

「おはよう比企谷。なんだか眠そうだな…」

 

 声をかけられてようやく、彼が鳴上先輩だと気づいた。清潔な印象を与えさせる白いジャケットを羽織り、大人びた印象を与える彼の姿は、身長の高さも合わさって高校生にはとても見えなかったのだ。

 

「朝は苦手なもんで…。つか、先輩来るの早いっすね」

 

「比企谷がそれを言うか。びっくりしたよ、まだ誰もいないと思ってたから」

 

「まぁ……急に呼んだのは俺なんで」

 

「律儀だな」

 

 先輩はくすっと笑うと、注文をするのかレジの方へと向かっていった。少しして店員から注文した品を受けとり戻ってくると、俺が座っている席の正面に腰かけた。

 

「はいコーヒー。そろそろ無くなりそうだったろ?」

 

 先輩に言われて見てみると、俺の手元にあったコーヒーは既に空っきしだった。気を遣って買ってきてくれたのだろう。新たに置かれたコーヒーはとても暖かかった。

 

「ああ、すません。えっと…百二十円すよね」

 

「いいよそれぐらい。俺からの驕りだ」

 

「そういう訳には…。それに俺、施しは受けない主義なんで」

 

「可愛くない奴だな…。言っておくが、絶対受け取らないぞ」

 

 先輩はその言葉通り、決してお金を受け取ろうとはしなかった。腕もガッチリと組んでおり全くもって隙を見せない。くそ、頑固だなこの人…。

 

「……ありがとうございます」

 

 諦めて俺が財布の中に小銭をしまうと、先輩は満足したような笑みを浮かべた。黄色い花がそこらに舞ってるように見えるのは気のせいか。

 

「それにしても、比企谷は何時からここにいたんだ? 俺、結構早く来たつもりだったんだけど」

 

「何時からつーか……ずっといました。起きれる自信無かったんで」

 

「ずっと? ずっとっていつからだ」

 

「えっと……一時ぐらいっすかね」

 

「一時!? 暇じゃなかったのか」

 

「いや、普通に暇だったっす」

 

「だよな、暇だよな」

 

 どうやって過ごしていたんだと、訝しげな目を向けられる。まぁ、普通はそういう反応するよな…。俺もちょっと、いやかなり後悔していたところだ。すると何を考えたのか先輩は、備え付けの紙ナプキンを一枚手に取りこう言った。

 

「じゃあ、たまには先輩らしく、こういう時に出来る暇潰しをいくつか伝授しよう」

 

「は?」

 

 困惑した俺を意に介す事もなく、先輩は黙々と紙ナプキンを折り始めた。こういう時どう反応すればいいというのだろうか。先輩の手の動きがやたらこなれているのがまたシュールだった。

 

「それ、楽しいんすか」

 

「まぁまぁかな。でも、自身の根気も磨けるし良いもんだぞ」

 

「根気?」

 

 そもそも根気を磨くって何だ。俺が分からなかっただけでこれって自分磨きの一環だったりするのん?

 

 ちなみにこう見えても、俺は折り紙は嗜んでいた方だ。折り紙は小学校にも持ち込むことが出来るし、何より独りでも気軽に出来る。ぼっちにも優しい仕様だといえるだろう。でも、折り方の解説書が分かりずらいのはマジでどうにかしろ。

 

「ほら出来た」

 

 こんな事を考えているうちに、どうやら完成したらしい。先輩が手を広げると、そこには一匹の折り鶴が乗っかっていた。けれども、ただの鶴ではない。指一本で潰せてしまうくらいの超ミニサイズの鶴だった。

 

「うっわすげぇ…。先輩、器用っすね」

 

 思わず感嘆の声が漏れる。こんなに小さいのにもかかわらず形も綺麗に整っていて、とても一枚の紙ナプキンから作られているとは思えない完成度だ。

 

「なかなかのモンだろ? ボランティアで折った事もあるから、折り鶴にはちょっと自信があるんだ」

 

「ボランティアって……千羽鶴的なやつっすか」

 

「そうそう。ノルマに達するまで作っては折って作っては折っての繰り返しで、結構大変なんだ」

 

「それで給料でないとか絶対やりたくないっすわ…」

 

 全くブラックもいいところである。そもそもボランティアという言葉自体、人を無料で使うための方便ではないのか。あれ、それ奉仕部の事やんけ…。やっぱり奉仕部はブラック部活。

 

 しかしながら、先輩はそんな風には考えてはいないようで。なんの屈託の無い笑みでこう言った。

 

「比企谷らしいな。まぁ、確かに給料は出ないけど。こんな鶴一つでも誰かの力になれる…。そう考えたら素敵な事じゃないか」

 

「……そういうもんっすかね」

 

「そういうもんだよ」

 

 千羽鶴が人の役にたつだなんて、俺は正直想像がつかない。こんなものが送られて来たところで何の薬にもならないだろうし、邪魔になるだけなのが目に見えている。まぁ、そもそも俺は送られる事がまずないだろうが。実際、俺が長期の入院をした時も千羽鶴なぞは送られてこなかった。

 

「えっと……。じゃあ、後の暇潰しは折り紙って事っすか? なんかすぐ飽きそうっすけど」

 

「折り鶴でもいいんだけどせっかくだ。もっと面白いことをしよう」

 

「何するんすか?」

 

「そうだな…。今から魔法を見せる! とかだったらどうだ?」

 

「ま、魔法?」

 

「つまりマジックだ」

 

「なら最初からそう言ってくださいよ…」

 

 何言ってんだこの人……って本気で思っちまったぜ……。先輩は二匹目の鶴を折り終わると、左手と右手それぞれに鶴を一匹ずつ握った。

 

「このように、左手と右手にはそれぞれ鶴が一匹ずついます。もちろん、タネも仕掛けもございません」

 

 タネも仕掛けもなかったらマジックにはならないけどな…。ベタなセリフだなと思いながらも、そこを突っ込むのは野暮なのでそのまま頷く。

 

「でも、こうして俺が手を合わせると……」

 

 先輩が握ったままの両手を握るようにして合わせる。そして、三秒ほど念を込めるような動作をした後、先輩が握った手を開く。するとビックリ。そこにあった筈の鶴は忽然と消えていた。

 

「……先輩ってば手品も出来るんすね」

 

「昔ちょっと悔しい事があって練習したんだ。もし比企谷が鶴の場所を当てられたら、何か一つ奢ってやろう」

 

 自信ありげな表情で先輩は言った。別に奢ってほしい訳ではないが、すぐに降参するのも癪なので少し真剣に考えてみる。

 

 まず、先輩がこの手品をしたのは単なる思い付き……いわば突発的なものだ。このことからも複雑なタネを仕込む時間は無く、鶴は今も先輩の近くにあると考えるのが自然であろう。先輩の近くにあり、俺からは決して見えないであろう死角……ともすれば……。

 

「先輩の袖の中とかっすか」

 

「残念ながらそこじゃないな。でも着眼点はいいぞ」

 

 先輩に袖の中を見せてもらうが、確かに折り鶴らしきものは無かった。今の結構自信あったんだけどな……。こうなってしまってはさっぱり分からない。俺は両手を放り投げた。

 

「……降参っす。正解はどこっすか?」

 

「正解はお前のポケットの中だ」

 

「あーなるほどなー。……………ってはぁ!? ポケットォ!?」

 

 ポケット? 俺の? そんなバカなと思いつつも上着のポケットに手を突っ込むと、信じられない事に中からは折り鶴が二匹出てきた。

 

「ちょ、これどうやったんすか!?」

 

「内緒だ」

 

 いや怖いんだけど…。どうやって俺のポケットに鶴を入れたんだ…? 先輩の席から俺のポケットまで鶴を飛ばして入れたとか…? そんなバカな!?

 

「驚いてくれたようで何よりだ。他にも色々と出来るけど……どうだ?」

 

「……お願いします」

 

 さっきのは確かに驚いたが、一つぐらいは見破ってやろう…。そう思った俺は他にも色々とネタを見せて貰ったのだが、結局、何一つとしてタネは分からなかった。

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 再び自動ドアが音をたてて開くと、今度こそ川崎沙希が現れる。彼女は疲れているからか、いつもより不機嫌そうに口を開いた。

 

「来たけど話って何?」

 

 雪ノ下と渡り合っただけあって、その迫力はなかなかのもの。思わず一瞬土下座してしまおうかという考えが頭をよぎったが、それを打ち消して余裕のあるように振る舞う。

 

「まぁ、おちちゅけ」

 

「いやお前が落ち着け…」

 

 何でもなさそうな先輩から間髪入れずに鋭いツッコミを入れられる。盛大に噛んでしまって正直軽く死にたくなったが、この失敗のおかげで俺も大分落ち着いた。

 

「君が川崎さんか。他のみんなももうじき集める。もう少し待っててくれ」

 

「みんな? 他にも誰かくるの…? てかあんた誰? 大学生?」

 

「鳴上です。君と同じ総武校生」

 

「あぁ、あんたが噂の…。受験生なのにわざわざごくろー様」

 

 川崎がスカしたような態度で受け答えると、もう一度自動ドアの開く音がする。雪ノ下と由比ヶ浜の二人だ。川崎も彼女らを捉えたのか、いっそううんざりとした表情になる。

 

「はぁ…。やっぱりあんたたちもか」

 

「ええ。早めの呼び出しで申し訳ないわね」

 

「そう思ってんなら最初から別の日にしてほしかったんだけど」

 

「あらごめんなさいね。けれど、あなたはこの時間帯は慣れっこでしょう?」

 

 いや早速不穏なんだけど…。喧嘩すんの早いっつーの。雪ノ下さんも川崎さんもヤメテ! こんな朝早くからSAN値削らないで!!

 

「二人とも落ち着け。朝とは言え店内だ」

 

「「……」」

 

 先輩の一声で、不服そうながらも二人はひとまず矛を納める。呼んでおいてホントに正解だったぜ…。しかしまぁ……よくもこうも割り込んで入っていけるものだ。100%勇気ってレベルじゃねーぞ!

 

「えっと、あの人ってお兄ちゃんの先輩さんなんだっけ? いやー、昨日聞いたときは正直半信半疑どころか嘘だとばかり思ってたけど、ホントにお兄ちゃんにあんな年上の友達がいたなんてねー。やっぱり大学生ともなるとお兄ちゃんと違って大人だなー」

 

「いやいや小町ちゃん。お兄ちゃんもこう見えてなかなか大人でしょ?」

 

 というか当たり前のように先輩が大学生認定されてるし。訂正は……まぁしなくていいか。小町だし。

 

「やっだなーお兄ちゃん。そう言うのはラブリーンとかプリキュアとかを見なくなってから言ってよ……」

 

 マジトーンで言うのやめろ。ラブリーン*1もプリキュアも素晴らしいだろうが! 大体そういうのを見なくなった奴は変に大人ぶってるだけだ。大人ぶろうとする事自体、自身がまだ大人でない事を認めているようなものだ。つまり、逆説的に俺こそが大人である。

 

「あ、結衣さん! やっはろーです!」

 

「やっはろー小町ちゃん! 小町ちゃんも呼んでたんだね!」

 

「いやそれは昨日言っただろうが…。小町、ちゃんと連れてきてくれたか?」

 

「うん」

 

 そう言って小町が指をさした方向には川崎大志が。川崎も大志に気付き、驚きとも怒りともつかない顔でこう言った。

 

「大志……。あんたこんな時間に何やってんの」

 

「こんな時間ってそれこっちのセリフだよ、姉ちゃん。こんな時間まで何やってたんだよ」

 

「あんたには関係ないでしょ……」

 

 突っぱねるようにして、川崎はそこで会話を絶ちきろうとした。逃げるようにして立ち上がり、ワックの出口に向かおうとする。そこに立ち塞がったのは鳴上先輩だった。

 

「そうやって、また逃げるのか」

 

「はぁ?」

 

 先輩の一声で、川崎の語調が明らかに荒くなる。

 

「今会ったばかりのあんたに何が分かるの? 分かったような事言わないでよ!? あんたには関係ないでしょ!?」

 

 川崎は強気だった。だがしかしその通りだ。関係がある関係がないで言えば、それこそ先輩は全く関係がない。川崎も先輩も初対面同士なのだから。けれども、彼はなおも動じなかった。

 

「そうだな。確かに俺は関係ない」

 

「なら―――」

 

「でもな、そこにいる大志は違うだろ」

 

 先輩の透き通った声がダイレクトに伝わり、自ずと大志に視線が集まる。

 

「俺みたいな部外者がこうしてたくさん集まっているのも、朝早いこんな時間に大志がここまで来たのも全て。……大志が、川崎さんの事を本当に心配していたからじゃないのか」

 

「!?」

 

 川崎は虚を衝かれたような、何とも言えない表情で振り返った。大志はそんな川崎から目を外す事なく、力強く言葉を絞る。

 

「姉ちゃんが夜何をしてるのか、教えてほしい。俺達……家族じゃん」

 

「………それでも、あんたは知らなくていいって言ってんの」

 

 答える川崎の声は弱々しいものになっていた。だが、それでも絶対に話すまいという意志がそこにはある。裏を返せば、それは大志だからこそ話せないという事ではないのか。ならば――。

 

「川崎、なんでお前が働いていたか、金が必要だったかを当ててやろう」

 

 俺が言うと、川崎が俺を睨み付ける。川崎自身が明らかにしなかったため、あくまで俺の推測にはなるものの自信はある。雪ノ下と由比ヶ浜からも興味津々な眼差しが向けられる。

 

「待ってくれ。比企谷」

 

 しかしここで、意外にも再び先輩が口を開いた。

 

「川崎、ここで比企谷が事情を明かすのは簡単だ。けどそれは、自分の口から大志に言うべきじゃないのか。……川崎が大志に言いづらい気持ちはもちろん分かる。でも、だからこそ、だ」

 

「……」

 

 そう言われては俺も彼女らの事情を口にする事は憚れる。何より、大志も俺からの答えではなく、川崎本人からの言葉が望ましいはずだ。奉仕部の理念にもその方がより適している。

 

 川崎が悩んだように黙りこみ、大志も川崎の言葉を待っている。その沈黙を突然破ったのは我が妹、小町だった。

 

「あのー、ちょっといいですかねー?」

 

「何?」

 

 川崎はぶっきらぼうに答え、半ば喧嘩腰にも見える。だが、小町はニコニコ笑って受け流した。

 

「やー。うちも大志君達と一緒で両親が共働きでして。家に帰れば誰もいないっていう日もたびたびあったんです。それで、ある時嫌んなっちゃって。五日間ほど家出したんですね」

 

 小町がそこまで言うと、由比ヶ浜が遠慮がちに俺に耳打ちする。

 

「ごめん、疑ってるとかじゃないんだけど、それ本当なの」

 

「ああ、うん。昔だけどな」

 

「そっか…。なんていうか大変なんだね」

 

 由比ヶ浜が思ってるほど深刻な話でもないんだが…。小町は話を続ける。

 

「でも、迎えに来てくれたのは両親じゃなくてお兄ちゃんで。それ以来、お兄ちゃんが早く家に帰ってくれるようになったんです。兄はほんと家事もロクにしないし家でずっと寝転がってるわでホントにダメダメなんですけど、小町、感謝はしてるんですよ」

 

「比企谷君が早く家に帰っていたのは友達がいなかったからではないの?」

 

「おいなんで知ってんだよ。あとサラッと言うのやめろ」

 

「まぁそれはその通りなんですけど、こう言った方が小町的にポイント高いかなーって」

 

「小町的にポイント……。いいな、それ」

 

「ちょ、先輩気に入ってる!? なんか採用するのやめてっ!」

 

「つまり、何がいいたいわけ?」

 

 しびれを切らした川崎が小町に詰め寄る。それでも小町は笑みを崩さなかった。

 

「まぁ、つまりですね、沙希さんが家族に迷惑かけたくないと思うのと同じように、大志君も、沙希さんには迷惑かけたくないんですよ。それ辺分かってもらえたら、下の子的には嬉しいかなーって」

 

「……まぁ、俺もそんな感じ。それに、姉ちゃんはいつも頑張ってる。そんな姉ちゃんの『迷惑』は、俺も……親だって『迷惑』には思わないよ」

 

 大志も不器用ながらにそれに続いた。川崎もその言葉には思うところがあったようで、その瞳は少しばかり潤んでいる。由比ヶ浜にいたっては感動してうるうるしている。感受性豊かだなお前…。

 

 迷惑……か。俺も思えば小町には散々迷惑をかけた。もちろん、俺が小町から使いっぱしりにされることもよくあるが、けれども確かに、俺はそれを迷惑とは思った事は一度として無い。

 

 小町も、そういう風な気持ちを持ってくれているのだろうか。そうだとお兄ちゃん的には嬉しいのだが、同時にこれまでの情けないお兄ちゃんをしていた自分に、申し訳なさも沸いてくる。

 

 由比ヶ浜や先輩が優しげな目を、雪ノ下がどこか羨ましそうな目線を向ける中で、川崎は大志の頭をぽんと叩きながら、ポツリポツリと話し始めた。

 

「大志、あたし、さ―――」

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

「また何かあったら連絡してくれ。スカラシップがもし駄目でも、それこそバイトとか先輩詳しいしな」

 

「ああ。遠慮なく頼ってくれ」

 

「……どうも。スカラシップの事も含めて、ちゃんと家族で話し合ってみる」

 

 川崎は自身の大学の学費の事を、しっかりと家族に伝えるそうだ。その際俺が考えていたスカラシップの内容なども伝え、大志からの依頼は一件落着した。二人はもう一度礼を告げると、俺達に背を向けて遠ざかっていく。

 

 彼女の声が聞こえなくなると、先輩が俺に話しかけてくる。

 

「悪いな、口を出したりして」

 

「いやぁ、別に…。川崎から言わせたの、俺は正解だったと思ってますし」

 

「それなら良かった。けど、この場を作ったのは比企谷だ。ここにも一晩中いてくれたみたいだし…。俺的にポイント高いぞ」

 

「あざす。つか、やっぱそれ気にいったんすね……」

 

 由比ヶ浜のあいさつと小町のポイントといい…。先輩は色々な迷言を吸収しすぎではないだろうか。

 

「なかなか癖になるフレーズだ。それに、いい妹さんじゃないか。彼女の言葉を聞いて、俺も色々と考えさせられたよ」

 

 ポツリ、先輩は呟いた。彼が小町の言葉に何を感じたのかは分からない。だが、自慢の妹が称賛されること自体は俺としても嬉しかった。

 

「じゃあ、そろそろ俺は帰る。比企谷も学校…。眠いだろうけど頑張ってな。あと三時間もしたら登校だから」

 

「やめて下さいよ、学校の事は忘れてたのに。それはポイント低いっすよ」

 

 俺がそう返すと、先輩はクスクスと笑みを浮かべながら自転車に跨がる。先輩がペダルを漕ぎ始めると、あっという間に川崎達の影を追い抜いていく。

 

 追い抜かれた二人の距離は、それでも着かず離れず、時折笑いあっているのか肩を揺らしている。雪ノ下はぽつりと呟いた。

 

「きょうだいって、ああいうものなのかしらね…」

 

「さあな。結構人によりけりじゃねーの。一番近い他人って言い方も出来るしな」

 

「そうね。それはよく分かるわ」

 

「ゆきのん?」

 

 雪ノ下の様子を怪訝に思ったのか、由比ヶ浜が雪ノ下の顔を覗き込んだ。すると、彼女はなんでもないように顔を上げて微笑む。

 

「私達も一度帰りましょうか。あと一時間もすれば登校時間だし」

 

「う、うん…」

 

「そうだな。俺らも帰るわ。お疲れ」

 

「うん。ヒッキーまた明日……じゃなかった。また今日ね」

 

「おう」

 

 俺は眠そうな小町を後ろに乗せ、皆とは反対方向に自転車を漕ぎ出す。眠気で頭が良く回らないが、小町が後ろに乗っている以上、決して事故を起こすわけにはいかない。

 

 後ろに乗せた妹と適当な会話を交わしながら、必死に足を動かし、家まであと少しといったところか。小町が思い出したように呟いた。

 

「でもさー、意外だったなー」

 

「あ? 何のことだ?」

 

「あの先輩さんの事だよ。お兄ちゃんがああいうタイプの人と仲良くしてるの、珍しいなって」

 

 そう言われて改めて考えてみる。小町の言うとおり先輩は、俺が心から嫌っている『バリバリ青春のリア充タイプ』だ。現に、三階の窓から人の溢れるテニスコートを見ていた時も、*2その真ん中には当然のように鳴上先輩がいた。俺のようにひねくれた考えなども持ち合わせていないのだろうし、住む世界が違っているのだと、感じたことすらある。

 

「あー……ホントに何でだろうなぁ」

 

「えぇ!? なにそれ」

 

「いやわかんねぇんだよ。いつの間にやら同じ部活にいて、気付いたらって…」

 

 そう、なぜだか彼の事は憎めないのだ。天然で掴み所がないからなのか、会ったら挨拶を交わしてくれるからなのか…。それとも、俺に出来た初めての先輩だからなのか。

 

「ふーむふーむ…。うん! どうやらお兄ちゃんにもお友達が出来たみたいで小町は一安心だよー! はぁ、子供の巣立ちを見送るのってこんな感じなのかな?」

 

「お前は親か」

 

「あながち間違ってないでしょー?」

 

 ぐぬぬ…。否定できない……! でも小町が親ってそれはそれで最高なのでは…? 次に小町が特大の爆弾発言をするまで、俺はそんなアホみたいな事を考えていた。

 

「それにそれに、お菓子の人にもちゃんと会えてるみたいだし」

 

「………は?」 

 

「え? いやほらお菓子の人だよー。会ったなら会ったって言ってくれればいいのに。でもよかったね。結衣さんみたいな可愛い人に会えて」

 

 どういうことだ? 由比ヶ浜がお菓子の人……? 何で……? 俺は突然受けた衝撃に、思わずペダルを踏み外し、体が地面に叩きつけられる。

 

「がああっ!」

 

「いったたた…。ちょ、急に何ー? 安全運転はどこにいったのさー!」

 

 小町の声も心なしか遠く聞こえるぐらいには衝撃的な言葉だった。なぜなら、先ほど小町の言った『お菓子の人』というのは、俺にとっては因縁の相手だからに他ならない。

 

「ん? お兄ちゃんどしたの? 大丈夫?」

 

 小町は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。咄嗟に、俺は作り笑顔を貼り付ける。慣れていないそれはきっと拙かったことだろう。

 

「………大丈夫だ。それより、パンでも買って帰ろうぜ」

 

 美味しそうなパンの匂いに釣られて、その場しのぎの言葉を吐き出す。眠気もすっかりと覚めてしまったというのに、無邪気にはしゃぐ小町の姿が時折眩しく写った。

 

 

 

To be continued

*1
ペルソナ4作中にて登場する架空のテレビアニメ。正式名称は『魔女探偵ラブリーン』。ジャンルは低年齢向けであり、高校生には辛い内容。

*2
本作12話参照




タイトル日本語訳
『自分と最も親しい他人へ』


川崎コミュ、小町コミュは近々遠くないうちに発生しますー! P4メンツももっと出したいけどこの投稿ペースだとまだまだ先になってしまいそう…。それまでは地の文での小出しでちょくちょく出るかも…。

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