All I Need is Something Real   作:作図

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05. He is Sophomore Disease

>4/18(水) ー放課後ー

 

 

「あ、鳴上先輩きたっ!」

 

「あぁ由比ヶ浜さんか。一昨日(おととい)の依頼ぶりだな」

 

 放課後、賑やかな声が漏れる部室の扉を開けると、前回の依頼者である由比ヶ浜さんが、俺の元にたったと駆け寄ってきた。その手には何かが握られている。

 

「はいこれ、先輩の分の!」

 

 そして、前触れもなくそう言われると、彼女から何かが封入された、セロハンの包みを渡される。いきなりの事態に、やや困惑しながらもそれを受けとると、俺の様子を見かねた比企谷が説明してくれた。

 

「あー、その、由比ヶ浜からの依頼のお礼らしいです。昨日も渡しにきたんすけどほら、先輩部活来なかったじゃないっすか。で、わざわざ俺達にクッキーらしいものを焼いてきてくれたみたいっす」

 

「ちょっとヒッキー! クッキーらしいものって何!? ちゃんとクッキーじゃん!」

 

「おう、もう一回しっかりと中身をみような」

 

「遺憾だけれど、今回ばかりは比企谷君に同感ね…」

 

「ちょっと? あなたいちいち俺を貶さないと話せないのん?」

 

「二人ともひどいっ! た、確かに色は悪い…かもだけど…。ちゃ、ちゃんと、クッキーだよ? うん。…クッキー…なのかな?」

 

 まぁでも気持ちは込めたからっ! と、ある種の開き直りを彼女はしてみせる。そんな様子を見て不安に駆られた俺は、改めて受け取った物を注意深く見てみる。彼女から渡されたセロハンの包みは、それこそ可愛らしくラッピングされてはいるが、よく見るとその中身は混沌とした暗黒に染まっていた。これは…すごい。

 

 一年間の戦いで研ぎ澄まされた感覚が警鐘(けいしょう)を鳴らしている…。これに挑むには相応の覚悟が必要だろう。胃薬を買い足しておかなければ。

 

「先輩今回ばかりは前みたいな無理はしないでくださいよ…。これは由比ヶ浜が一人で作ったみたいなんで、くれぐれも取り扱いには気をつけてください」

 

 内緒話をするような声で、比企谷は正直何ら嬉しくはない情報を添えて、俺に警告をしてくれた。これを見るに、まだまだ道のりは長そうだな…。

 

 だが、中身はともかく、こうして彼女が前向きに料理に取り組んでいるというのは、俺としては嬉しくもあった。俺達の活動が少しでも彼女の為になったのなら、それは喜ぶべきことだろう。

 

「ありがとう。由比ヶ浜さん。ちゃんと食べるよ」

 

「はいっ!てか、さんとか付けなくて大丈夫ですよ!私の方が年下なんですから」

 

「そうか。じゃあよろしく、由比ヶ浜」

 

 

 

>由比ヶ浜からの感謝の気持ちを感じる。

 

>新たな絆を手にいれたことで、"星"属性のコミュニティである"由比ヶ浜 結衣"コミュを手にいれた!

 

 

 

 由比ヶ浜はこの空間が気に入ったのか、活動終了を告げる下校のチャイムが鳴るまで俺達と部室で過ごした。彼女が加わったことで、この部活の活気が増していったように思う。

 

 新たなメンバーが加わった奉仕部。そんな奉仕部に新たな依頼を引っさげた次の来訪者がくるのは、思っていたよりもすぐのことだった。

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

>4/19(木) ー放課後ー

 

 

 授業も終わり、そのままの足で部室に向かう。道中で比企谷と会ったので、彼となかなか話の合うラーメン会談に花を咲かせていると、部室前の扉で由比ヶ浜と雪ノ下が立ち尽くしているのが見えてくる。

 

「お前達…何してるんだ?」

 

「ひゃうっ! な、なんだ先輩とヒッキーか…」

 

 比企谷が声をかけると、裏返った声で悲鳴をあげて、連動するように二人の身体が跳ねる。

 

「先輩…。い、いきなり声をかけないでもらえるかしら…?」

 

 口調がしどろもどろになっているあたり本当に驚かせてしまったのだろう。雪ノ下にもこういう可愛らしい一面があるんだなと、ちょっと微笑ましい気持ちになる。

 

「悪かった。それで何してるんだ?」

 

「部室に不審人物がいんの」

 

「いや、どうみても不審人物はお前らだろうが」

 

「そういう無駄な事は言わなくていいのよ比企谷君。…二人が中に入って様子を見てきなさいよ」

 

 冷ややかな目で俺達二人に高圧的に命令を下す。どうやら彼女はちょっと不機嫌らしい。そのせいか、少し張り詰め始めたこの場の空気。先輩として俺が弛緩させた方がいいかなと思い、俺はあえておどけてみせた。

 

「比企谷隊長、指示を! 突撃でありますか?」

 

「先輩なんですかそのノリ…。別に見てくるだけなんだし俺一人でいいっすよ」

 

 だが、特に空気が弛緩することはなく、ため息混じりにツッコミを入れられる。くっ…失敗か…! そんな俺の様子を気にすることなく、比企谷は淡々と扉の取手をつかみ、音が鳴らないように慎重に扉を開いた。僅かに開いたその隙間から、孤立無援で中に入っていく。

 

 俺達は扉に隠れるように中の様子を窺うと、部室の真ん中にどーんと佇む、季節外れのコートを羽織るガタイのいい男が、堂々と立っているのが確認できた。

 

「クククッ、まさかこんなところで出会うとは驚いたな。待ちわびたぞ。比企谷八幡」

 

 彼も俺達を確認したのか、いっそうの不敵な笑みを浮かべている。しかしその刹那、比企谷は今までで一番俊敏な動きで部室を出て、その扉を思いっきり閉めた。

 

「ちょっと比企谷君? あちらはあなたのことを知ってるようだけれど…」

 

「いや知らない。俺はあんなやつは知らない。もう今日は帰ろう?その方がいいって絶対」

 

「はぁ…そういう訳にもいかないでしょう。考えたくないけれど、あれが依頼人かもしれないし」

 

 最初の怯え具合はどこへやら、雪ノ下は堂々たる様子で扉を開けた。

 

「クックックッ…まさかこの相棒の顔を忘れたとはな…見下げ果てたぞ、八幡」

 

「相棒って言ってるけど…」

 

 由比ヶ浜の目線はどことなく冷たい。

 

「そうだ相棒。貴様も覚えているだろう、あの地獄のような時間を駆け抜けた日々を…」

 

「体育でペア組まされただけじゃねぇか…。何のようだ、材木座」

 

「む、我が魂に刻まれし名を口にしたか。いかにも我が剣豪将軍・材木座義輝だ」

 

 きりりっと男前な表情を作り男前な表情を浮かべ決めポーズまでしてみせる。キャラがすごい濃い人だな…。言葉の節々がどれも独特の言い回しだ。正直、あまりお近づきにはなりたくない。

 

「なんというか、個性的な友達だな」

 

「ねぇ…ソレ何なの?」

 

 由比ヶ浜が不快感を隠すことなく言う。

 

「こいつは材木座義輝。体育の時間、俺とペア組んでる奴だよ。あと、こいつは友達じゃないです」

 

「類は友を呼ぶというやつね」

 

「ねぇ聞いてた? 友達じゃねぇっつーの。一緒にすんな」

 

「ふっ、それには同意せざるを得んな。左様、我に友などおらぬ。他人と群れる事など、弱き民のする事よハッハッハッ! 時に八幡よ。奉仕部とはここでいいのか?」

 

「ええ、ここが奉仕部よ」

 

 比企谷の代わりに雪ノ下が答えた。材木座はちらりと雪ノ下のほうを見てから、再び比企谷にすぐ視線を戻す。

 

「…そ、そうであったか。ふふつまりお主は我の願いを叶える義務があるわけだな?幾千(いくせん)の時を超えてなお主従の関係にあるとは…これも八幡大菩薩の導きか」

 

 彼はその後も神様や戦いの名前、他にも武将の名前などを絡めながら、いまいち要領の掴めない話をし始めた。一向に会話が進まない。こちらも向こうに合わせた話し方をした方がいいだろう。

 

「さっきからよく分からない事をのたまっているけれど、別に奉仕部はあなたのお願いを叶えるわけではないわ。ただそのお手伝いをするだけよ。というかその喋り方やめて」

 

「あ、はい」

 

 雪ノ下に冷たくあしらわれると、材木座は黙って下を向いてしまった。中々にメンタルは弱い様子だ。

 

「比企谷…あの喋り方といい一体何なんだ?」

 

「あれはいわゆる厨二(ちゅうに)病ってやつです」

 

 厨二病? 何かの病気だろうか? 聞きつけた由比ヶ浜も話に加わってきた。

 

「何それ? 病気なの」

 

「いやマジで病気って訳じゃない。スラングのようなものだと思ってくれていい。簡潔に説明すると、自分自身にアニメや漫画の設定を作り上げてなりきっている人…という感じだ」

 

「自身で作った設定の上でお芝居をしているって事なの?」

 

「そうだ。あいつの場合は室町幕府の足利義輝を下敷きにしてるみたいだな」

 

「なるほど。名前が義輝で一緒だからか設定も作りやすいって訳か。だから比企谷はさっき八幡大菩薩って呼ばれてたんだな」

 

「恐らくそうだと思います。鶴岡八幡宮とか有名ですし」

 

「てことは俺も何か設定を考えないとだな…」

 

 あ、でも俺の場合はペルソナとかあるしそれを(もと)に作ればいいのか。結構カッコいい設定とかもあるし、いい塩梅のものが出来上がるだろう。案の定、彼と話す際に必要と思われるだろう知識が、湯煙のように沸き上がってくる。これなら彼との会話もスムーズに進むはずだ!

 

 

>新たに厨二言語を習得した!

 

 

「いや考えなくていいです。ってちょっと先輩聞いてます?」

 

 今なら彼と話せる気がする…。俺は自信まんまんに任せておけっ!と親指でハンドサインを送る。

 

「ほう、よくぞここに参った剣豪将軍義輝よ。貴殿をここに(いざな)ったのは八幡大菩薩でなく我、伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)なり。貴殿の願いとやらを聞かせてもらおう」

 

 …完璧だ…。我ながら上出来だ…!

 

「え、鳴上先輩どうしちゃったのっ!?」

 

 由比ヶ浜が困惑した声を上げる。止めるな由比ヶ浜。これも依頼内容を聞く為なんだ…!

 

「ほほう、貴殿は話が分かるとみた。何者かは知らんがこの際構わん。我の願いとはただ一つ。それは実に崇高たる気高き欲望にしてただ一つの希望だ。本当に叶えてくれるのだな?」

 

 予想通り乗ってきた事に内心ガッツポーズを決める。この流れなら無事依頼内容を聞くことができそうだ。

 

「ああ、貴殿の抑圧された願いを、今ここで解き放つといい」

 

「ふふふ、ふははははは!面白いっ! 我の望みはこれだぁぁ!」

 

 勢いのある言動とは裏腹に、材木座から分厚く束ねられた原稿用紙の束を丁寧に渡される。ちゃんと人数分きっかりあるらしく、一人一人しっかりとその束を受け取った。中身をパラパラと覗いてみると、一枚一枚に文字がぎっしりとつまっている。…心なしかカタカナの比率が高い。

 

「これ何?」

 

「小説の原稿だと思うけどな」

 

「そうだ! 如何にもそれはライトノベルの原稿だ!我に友はおらぬゆえ感想を我は欲す。皆のものしっかり読んでくれたまえ! フハハハ!」

 

 なるほど、この原稿を読んで感想を伝えればいいのか。軽く目を通しただけだがなかなかの量がありそうだ。

 

「分かった。ちゃんと読ませてもらうよ」

 

「うむ、頼んだぞ我が盟友よ!」

 

「お、おうよっ!」

 

 

 

>材木座といつの間にか盟友になってしまったようだ…。

 

>新たな絆を手にいれたことで、"戦車"属性のコミュニティである"材木座 義輝"コミュを手にいれた!

 

 

 

「すげぇな先輩…。こいつに合わせて仲良くなれるってコミュ力化け物かよ…」

 

「まぁ先輩なんかちょっと天然なところあるもんね…。あたしはこのノリ絶対無理。きもいし」

 

「正直、俺もしばらくはしたくないな」

 

「えっ…えぇ!?」

 

「哀れ材木座…」

 

「くっ…! 貴殿もやはりその程度かっ…! やっぱり我の相棒は八幡しかおらんっ! さあ我と共に天下盗りを成そうではないか!」

 

「あーはいはいすごいすごーい」

 

 比企谷にも冷たくあしらわれると、捨てられた子羊のような目線をこちらにぐいっと向けてきた。そっとしておこう…。

 

「というかわざわざ俺達に見せなくても、投稿サイトとか投稿スレとかがあるからそこに晒せばいいんじゃねーの」

 

 確かに今はそういった小説を書いて投稿できるサイトがあると聞いたことがある。そこなら不特定多数の意見を聞くことができるだろう。

 

「それは無理だ。奴等は容赦がないからな。酷評されたら死ぬぞ」

 

「でもなぁ…」

 

「まぁそういうことだ。明日も参じるので、それまでに読んでくれたまえ。ではADIOS(アディオス)!」

 

 時期に合わないコートを(ひるがえ)して材木座は去っていった。去った後も、廊下からフハハハと材木座の笑い声がこだまする。騒がしいというよりやかましい。

 

「大丈夫かな材木座…」

 

「笑い声のことか?」

 

「いやぁそれもありますけど…。多分投稿サイトより雪ノ下の方が容赦ないっすよね」

 

「あぁ…それはあるかもな」

 

 言われた当の本人は、自覚がないのかきょとんとしていた。

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

>4/20(金) ー午前ー

 

 

「鳴上大丈夫かよ? 顔色悪いぞ?」

 

 昨晩の疲れが顔に出ていたのか、後ろの席のクラスメイトから声をかけられる。

 

「あ、ああ…実は昨日寝つけなくてな…。実は今日オールなんだ」

 

 昨日渡された原稿はとにかく量が多かった。癖のある文体で、マリー*1(ポエム)に通じるようなルビの振り方をしていたりと、内容を読み取るのがとにかく大変だったため、まるでアルバイトの翻訳作業をしているような心持ちで、なんとか早朝に完読したのだ。

 

 俺は速読術をマスターしているものの、それは一般的な常識の範囲内にある普通の文章にしか効力を発揮しないんだなと、ここに実感した。

 

「鳴上にしては珍しいな。大変ならバレないように寝とけよ? 指名されそうになったら起こしてやるよ」

 

「助かる。まぁそれでも寝ないようにはするけど、万が一寝てたら起こしてくれ」

 

 クラスメイトの温情にありがたみを感じながら、鋼の意志をもって授業時間に襲いかかる睡魔を耐え凌ぎ、放課後部室へ直行した。

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

>4/20(金) ー放課後ー

 

 

「先輩大丈夫ですか? すごい眠そうっすけど…。その様子じゃあそっちも大分苦労したみたいですね」

 

 比企谷と雪ノ下も、確かにきつかったと首を縦に揺らしてみせる。聞くに、二人も昨日は徹夜で小説の原稿を読んだらしい。その傍ら、何故かピンピンしている由比ヶ浜は、明後日の方向を向いて鼻歌を口ずさんでいる。

 

「比企谷君の顔を凝視することをおすすめするわ。私は一目みただけで眠気が一瞬で吹き飛んだから」

 

「ああもうほんとに永眠させてやりたいこの女…」

 

「何か?」

 

「いや何でも」

 

 思わずふふっと笑みが溢れる。いつもの毒のある二人のやり取りが、疲れた体にスッと入ってくるのを感じた。

 

「頼もう」

 

 数分後、古風な言い回しとともに材木座は入ってきた。そのまま堂々と部室の椅子にドッカと座り、自信に満ち溢れた表情で腕組みをする。

 

「さて、では感想を聞かせてもらうとするか」

 

「ごめんなさい。私にはこういうのよくわからないのだけど…」

 

「構わぬ。好きに言ってくれたまへ」

 

 そう、短く返事をして、雪ノ下は意を決した。

 

「つまらなかった。想像を絶するつまらなさ。まず文法がめちゃくちゃね。『てにをは』の使い方知ってる?小学校で習わなかった?」

 

「そ、それは…。平易な文章で読者に親しみを…」

 

「他にもよ。ルビに誤用が多すぎるわ。『幻紅刀閃(ブラッディナイトメアスラッシャー)』って何?どこにナイトメア要素があるの?」

 

「さ、最近の異能バトルではルビの振り方に特徴を」

 

「そういうのを自己満足というのよ。人に読ませる気があるのかしら?それにここでヒロインが服を脱いだのは何故?必然性が皆無で白けるわ」

 

「ひぎぃっ! し、しかしそういう要素がないと売れぬという…展開は、その…」

 

「というか、完結してない物語を人に読ませないでくれるしら。文才の前に常識を身につけた方がいいわ」

 

「ひぎぃ!」

 

 材木座が四肢を投げ出して悲鳴を上げた。肩がびくんびくんと痙攣して、目は白目を向いている。

 

「ゲームセット。勝者雪ノ下」

 

「なんで審判風っ!?」

 

 ピピー!なんていう口笛もつけて、我ながらなかなかに凝ってしまった。

 

「まぁその辺でいいだろ。あんまりいっぺんに言ってもあれだし」

 

「まだまだ言い足りないけれど…。まぁ、いいわ。次は由比ヶ浜さんかしら」

 

「え!? あ、あたし!? え、えーっと…」

 

 言葉を捻りだそうとする由比ヶ浜に、材木座がすがるような視線を送る。その瞳には涙が滲んでいた。

 

「難しい言葉たくさん知ってるね」

 

「ひでぶっ!」

 

「とどめ刺してんじゃねぇよ…」

 

「オーバーキルだな…」

 

 捻りだされた言葉は悲しくも傷口に塩を塗るような救いのない一撃だった。その威力はメギドラオン級。

 

「じ、じゃあ、ヒッキーどうぞ」

 

 由比ヶ浜が逃げるように席を立ち、材木座の正面の椅子を譲る。比企谷は材木座の正面に座り、由比ヶ浜は材木座の視界に入らない場所にそそくさと移動した。

 

「ぐ、ぐぬぅ。は、八幡。お前なら理解できるな?我の描いた世界、ライトノベルの地平がお前にならわかるな? 愚物どもでは誰一人理解することができぬ深遠なる物語が」

 

 ああ、大丈夫だ。そういうように比企谷は頷いてみせる。彼は一度深呼吸してからとどめの一撃を言い放った。

 

「で、あれって何のパクり?」

 

「ぶふっ!? ぶ、ぶひ…ぶひひ」

 

 あまりの威力に言語能力を失った材木座が、壁にぶつかるまで床をのたうち回り、そのまま天井を見上げすっと一筋の涙を溢した。

 

「…あなた容赦ないわね。私よりよほど酷薄じゃない」

 

「…ちょっとヒッキーこれどうすんの」

 

 何か他に言うことあるでしょ、と由比ヶ浜が掠れた声で囁く。材木座はもう満身創痍。今にも心の治療が必要そうだ。

 

「え、えと、じゃあ最後に先輩も」

 

「ヒッキーそれ丸投げじゃん…」

 

 うーん。自分も何を言うべきか考えてはいたものの、雪ノ下さんに言われてしまった部分もあるし、何より傷心の彼にこれ以上とどめを指すようなことは言いたくない。どういうアプローチをするべきだろうか…。

 

 当の材木座からは最後の希望とばかりに熱い目線を向けられている。そっとしておこう…。

 

 ただ、三人の言葉は彼にかなりの傷を与えたはず。言葉をしっかり選びつつ、かつ彼の為になるような具体的なアドバイスをしなければ。言葉をなんとか捻りだし、優しい言い回しを心がける。

 

「うーん。やっぱり魅力的な男キャラが足りないように感じたかな。逆にヒロインの人数は多すぎて、一人一人の個性がいまいち活きていない気がする」

 

 材木座の小説は女性陣の比率が異常に高かった。登場人物が10人いれば9人は女性だ。

 

「あとは、主人公の戦う理由がいまいち読み取れないのもマイナスかもな。もし主人公が強いっていう設定にするなら、やはり戦う理由は必要じゃないか?これだと世界を救う勇者というよりは戦闘狂のように感じてしまう」

 

「あーそういや言われてみれば、一応は世界救うみたいな話だったな。他の雑多な要素が多すぎて、話の趣旨忘れてたわ」

 

「だから改善案として挙げるなら、さっきも言ったように魅力的な男キャラを増やすことだな。やっぱり気を置かない親友とかライバルとかがいた方が盛り上がると思う」

 

「う、うぬ…。なるほど」

 

 最後に改善案を明確に示したのが功を奏したのか、彼は少しは立ち直ってくれたみたいだ。

 

「先輩もヒッキーもゆきのんも…、みんなよくそんなに感想言えんねー」

 

「ぐふっ」

 

 しかし、悪意はなかったであろうその一言で、彼は再び白く燃え尽きた。

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 材木座はしばしの間、ひ、ひ、ふぅーっと自らの心を落ち着かせるように深呼吸を繰り返してから、小鹿のようにプルプルと起き上がった。

 

「また読んでくれるか?」

 

「お前…あんだけ言われてまだやんのかよ?」

 

「ドMなの?」

 

 由比ヶ浜は陰に隠れて嫌悪の視線を向けていた。とどめ刺したの由比ヶ浜なんだけどな。

 

「無論だ。確かに酷評されはした。もう死んじゃおっかなーとかむしろ我以外みんな死ねと思った」

 

「そりゃそうだろうな。俺でもあれだけ言われたら死にたくなる」

 

「だが、それでも嬉しかったのだ。自分の好きに書いたものを誰かに読んでもらえて、感想を言ってもらえるというのはいいものだな。…読んでもらえるとやっぱり嬉しいよ」

 

 そう言いながら材木座は快活に笑う。彼自信の本当の笑顔を垣間見たような気がした。

 

「だから…また読んでくれるか?」

 

「ああ、読むよ」

 

「俺もだ。次の作品に期待してるよ」

 

 比企谷も俺も迷わずに答えた。彼の熱い情熱は確かに万人には理解されないものかもしれないが、それには人の心を確かに突き動かすような何かを秘めてるように思った。

 

「ありがたい。また新作が書けたら持ってくる」

 

 そう言い残して材木座は俺達に背中を向けると、堂々とした足取りで部室を後にした。

 

 

 

>材木座義輝の依頼を無事に解決できたようだ!

 

>依頼をまた一つ無事解決したことで、奉仕部の結束がまた少し強くなるのを感じる…。

 

>奉仕部の絆が深まったことで、"愚者"のペルソナを生み出す力が増幅された!

 

 

 

to be continued

*1
ペルソナ4のリマスター版、通称P4Gにて追加されたキャラクター。感性豊かなポエムを書いている。




タイトル日本語訳
『彼は惑うことなき厨二病である。』

由比ヶ浜は星コミュです。初期は恋愛予定でした。

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