All I Need is Something Real 作:作図
>4/25(水) ー放課後ー
材木座の依頼も無事に解決して以来、奉仕部に新たな依頼が来ることもなく、のんべんだらりとした生活に逆戻りした。今日のような依頼が来ない日は特にすることもなく、雪ノ下が淹れてくれる紅茶を呑みながらひたすら読書にふけっている。
一方で、鳴上先輩はなにかと忙しいらしい。一昨日もバスケ部に助っ人として呼ばれ、昨日はアルバイトが入っているらしく早々に帰っていった。そして今日もまた部室に姿を見せていない。転校してきたばっかだよね? 用事多すぎません?
そんな奉仕部の部員は現在四名。由比ヶ浜も加入届を提出して、正式に部員となった。
新しく入った由比ヶ浜はまさに『今ドキの女子高生』だ。流行り廃りにとても敏感で、社交性が高く、積極的に話題を切り出してくれる。俺も雪ノ下も寡黙な方なので由比ヶ浜の存在はとても大きかった。
「あれ、鳴上先輩は?今日も休み?」
「彼は生徒会の助っ人に行っているそうよ。遅れると連絡があったわ」
先輩の今日のご予定は生徒会の手伝いらしい。おそらく城廻先輩にでも頼まれたのだろう。鳴上先輩が初めてここに来たときも、確か城廻先輩と一緒にきていたはずだ。二人の仲は非常に良好であるように思える。いやぁ…コミュニティ広いなぁ…。
「比企谷君もあの積極性を少しは見習った方がいいのではないの?」
「あんなんになれてたら今頃俺はここにはいねぇつーの。俺は常にエネルギーを節約する省エネな人間なんだよ」
そう、まさに俺こそ地球に優しいハイブリッドカー、いや、ハイブリットヒューマンといってもいいだろう。実は、俺が家でゲームしかしないのも地球環境を思っての事だったりする。やだ…! 俺優しすぎ…っ!
「まぉ確かにヒッキーが積極性に人に話すとか絶対ないかも…。そういえば鳴上先輩って最近凄い有名だよね」
「有名?」
「うん。クラスでも凄い噂になってるんだー。三年生に葉山君レベルのイケメンが転入してきたって。優美子、それでちょっと機嫌悪くって…」
「ああ、そりゃまた大変なことで…」
三浦優美子。由比ヶ浜が所属している通称葉山グループの女帝的な存在だ。材木座が来訪するちょうど前日にも、うちの部長と一戦交えている。まさに炎 vs 氷ともいえるその戦いは、多くのクラスメイトに精神的圧迫を与えるだけ与えた。
多分三浦は、自分の慕っている葉山が、鳴上先輩との比較対象にされていることに腹を立てているのだろう。赤の他人から勝手に比較対象にされる事に怒りを覚えるのは俺にも共感できた。
俺も色々な奴の比較対象にされてたなぁ…。まぁ俺の場合は蔑まれる側ですけどねっ!
「クラスでの噂なら、比企谷君が知らなくても無理はないわね」
「おい、俺がまるでクラスの一員でないように言うのやめてくんない? …いや、間違っちゃいないが人から言われるのはキツイ」
「認めちゃうんだっ!?」
認めるも何も、実際ぼっちは俺くらいなものだしな。葉山グループがカーストトップを占めるクラスで、俺は間違いなくそのカーストにすら入っていない。まさに無敵である。
そして、無敵とはすなわち最強。スターを取った無敵状態のマリオが最強であることからも、それは裏付けられている。つまり、ぼっち=最強。我ながら最強のロジックだぜ…。
「というか鳴上先輩は三年生の筈よね?私達二年生にまで噂が回ってくるものなの?」
「そもそも高校で転入ってこと自体が珍しいからな…。噂が出回るのはそこまで不思議じゃない。まぁ悪意ある噂でもないんだし、ほっとけ」
噂の対象になっている鳴上先輩は、葉山同様、まさにリア充の権化のような人だ。美形にコミュ力の高さ、そして転入試験に受かった辺り学力も相応に高い事が伺える。バスケ部に入っていたことから運動能力も低くないはずだ。
普段の天然な言動からはあまり想像つかないが、葉山と比べられてしまうのも納得のスペックの持ち主である。改めて考えるとなんだこの超絶リア充は…。爆発しろ。ほんとに世の中クソだな。
* * * * * * * * * * * * * * *
噂の話題はそこで終わり、俺は再び自分の本に視線を落とす。由比ヶ浜は雪ノ下にしきりに話しかけているようだ。ゆきのんと呼ばれ、まんざらではないような反応を見せる雪ノ下。俺を置き去りに熱い百合ワールドが展開されている。三人なのにハブられる俺やはり最強。
夕日が窓から差し込み、読んでいる本のラストシーンや、部活の終わりが着々と近づいてきたころ、扉に規則的なノック音がした。
「すまない。こんなに遅れて」
息を乱しながら鳴上先輩が入ってくる。どうやら走ってきたらしい。いつものように着崩れた制服。雪ノ下も初めは指摘していたが、次の日にはケロッと着崩してくるのでいつしか指摘することはなくなった。まぁ、なにはともあれ、今週に入ってから初めて部員四人が揃った。
「別にメールで連絡もあったし大丈夫です」
「え、ゆきのん? 鳴上先輩とメール交換してんの?」
なんの気なしに雪ノ下は言ったのだろうが、由比ヶ浜がその発言に今日一番の食いつきを示した。食いつきが強すぎて若干雪ノ下が引いてるまである。
「え、ええ。先輩は学年も違うから、連絡取れないと不便かと思って」
「じゃあじゃあさ!あたしともメールしようよ! メール教えてっ!」
「…まぁいいけれど。その…登録はやってもらえるかしら」
雪ノ下が自身のスマートフォンを差し出し、由比ヶ浜は手慣れた様子でちゃっちゃっと登録を済ませた。そんな様子をボーと見ていると、突然後ろからぽんと肩を叩かれる。振り向くと先輩が携帯を構えて立っていた。
「俺達も交換しようか。比企谷、赤外線でいいか?」
「え、あぁ連絡先ですね。でも俺スマホなんで赤外線使えないんすよ」
「そうか。なら打つからメアドを読みあげてくれ」
「あーこれ見て打ってください」
メアド読み上げるのは面倒なので、携帯電話をそのまま差し出す。先輩はそれを受けとると、これまた軽やかにアドレスを打ち込み始める。由比ヶ浜も先輩も打ち込むの速ぇな…。暫くしてスマホを返されると、俺の少ない電話帳にはしっかりと『鳴上悠』と追加されていた。ちょっとむずかゆくて、無意識にその名前を上からなぞる。
「あ、先輩も交換お願いしますっ!」
その様子を見ていた由比ヶ浜も携帯を手に構えてこちらに駆け寄ってくる。先輩と同じいわゆるガラケーというやつだ。ただシンプルな先輩なものとは違い、彼女の携帯にはシャンデリアじみた装飾がじゃらじゃらと施されており、変なキノコのぬいぐるみのストラップがゆらゆらと揺れて超絶鬱陶しい。
先ほどのように打ち込むことはなく、二人は赤外線を使用してパパっと登録を終わらせた。いや便利だな赤外線…。なんで俺のは対応してないんだ…。
すると突然由比ヶ浜と目が合う。その瞬間、由比ヶ浜はパッと目をそらして、再びちらっと俺の方に目を向けたあと、顔を赤らめてぷいっと視線を再度そらした。あーごめんね? なんか気持ち悪かったかな…。
「あ、あのさ…ヒッキー」
由比ヶ浜は胸の前で指を組み、それをにょろにょろと動かしながらもじもじとし始めた。なんだその反応。
「ひ、ヒッキーも…、け、携帯教えて? ほ、ほら! 奉仕部みんな交換してるしっ! …だめ?」
彼女は胸の前できゅっと手を組み、そっぽを向いた。そして、ちらっと窺うように俺を見る。
あーなるほど。これは彼女なりに気を遣ってくれているらしい。雪ノ下と鳴上先輩、その二人と連絡先を交換した以上、俺と交換しないのは可哀想だと思ってくれているのだろう。とどのつまり、由比ヶ浜が俺と連絡先を交換したかった…とかでは断じてない。ふぅ…あぶねぇな。とんだ勘違いをするところだったぜ…。
「いやまぁ別にいいけどよ…。俺は赤外線ないから打ってくれ」
先ほどの画面のままで由比ヶ浜に携帯電話を差し出すと、彼女はそれをおずおずと受け取った。
「あ、あたしが打つんだ…、いやいいんだけどさ。迷わず人に携帯渡せるのがすごいね…」
「いや、見られて困るもんないからな。妹とアマゾンとマックからしかメールこないし」
「うわぁ! ほんとだ! しかもほぼアマゾン!?」
ほっとけ。由比ヶ浜は俺から受け取ったスマホを見ながら、自身の携帯に物凄い勢いでぽちぽちと打ち込み始める。
「さっきも思ったけど、先輩も由比ヶ浜も打つの速ぇな」
「んー? 別に普通じゃん? ていうか、ヒッキーの場合、メールする相手いないから指が退化してるんじゃないの?」
「失礼な…。俺も中学のときは女子とメールくらいしてたぞ」
俺がそう言うと、由比ヶ浜はゴトッと手からスマホを取り落とした。おい、それ俺の俺の。床に落ちる寸前に鳴上先輩がキャッチしてくれた為、俺のスマホはなんとか一命をとりとめたが、画面からいってたら割と一発KOだったぞ今の…。
「あ、ごめんヒッキーっ!」
「いや、いいけどよ…。お前今酷いリアクションしてることに気づいてる? 気づいてないよね? 気づけ」
申し訳なさそうに由比ヶ浜はスマホを先輩から受け取り、先ほどよりもしっかりと俺のスマホを持ちながら打ち込み作業を再開する。
「あっ…あはは…。…あー。や、ヒッキーが女子とっていうのが想像できなくて…」
「ばっかお前。俺なんてほんとアレだぞ、ちょっとその気になればなんてことないぞ。クラス替えで皆がアドレス交換してるときに携帯取り出してきょろきょろしてたら、「あ…、じゃ、じゃあ、こ、交換しよっか?」って声かけられる程度にはモテたといっていいな」
「じゃあ…、ね。優しさはときどき残酷ね」
「比企谷…。俺はちゃんとメール送るからな!」
皆から全力で憐れみの視線を向けられた。やがて、由比ヶ浜からスマホが返却され、電話帳を開いてみる。するとそこには『☆★ゆい★☆』と、書かれた名前が追加されていた。どうみてもスパムメールの差出人にしか見えない。
俺はそれを見なかったことにしてスマホをしまうと、不思議そうに先輩が聞いてきた。
「比企谷と雪ノ下は交換しないのか? 同じ部活仲間なんだし、交換した方がいいと思う。雪ノ下は部長だし皆の連絡先は必要だろ?」
言われた雪ノ下は納得したように見えたが、俺を見ると露骨に顔をしかめる。今の雪ノ下の心境はおそらくこうだ。
(うわぁ…やっぱりこれって断れないのかしら…)
そんな表情してる。少しは俺に配慮しろよ。
「…まぁ確かに部活の連絡とかには必要ではあるわね…。比企谷君。卑猥なメールとか送ってきたら通報するから」
「送らねぇよ!」
そんな命知らずに見えます? むしろ誰からのメールも基本返さないまである。
「じゃあじゃあ、あたしが二人にアドレス送るね」
由比ヶ浜が携帯に何やら打ち込むと、暫くして雪ノ下のアドレスが送られてきた。それを電話帳に登録し、最終的に俺のスマホに新しく三人分のアドレスが追加された。妹以外のアドレスが一気に追加された事で、自分のアドレス帳がまるで自分のではないかのような気にもなってくる。
まぁ俺からメールなんて絶対に送らないけどねっ!
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>5/1(火) ー昼ー
昼休み。いつもの昼飯スポットで飯を食う。位置でいえばちょうどテニスコートを眺める形になる。ポンポンと一定の感覚で打たれる鼓のような音が俺の眠気を誘っていた。その心地よい音の中に、俺の数少ない知り合いの声が混じる。
「あれー? ヒッキーじゃん。なんでこんなとこいんの?」
「普段ここで飯食ってんだよ」
「へー、そーなん。なんで? 教室で食べればよくない?」
それが出来てたらここで飯食ってねーだろ。察しろマジで。
「それよか何でお前ここにいんの?」
「あーそれそれっ! 実はね? ゆきのんとのゲームでジャン負けしてー、罰ゲームとしてジュース買いに来てるの」
そして由比ヶ浜が雪ノ下のモノマネを交えながら、罰ゲームの経緯を説明してきた。モノマネは死ぬほど似てない。似てなさすぎて一周回って雪ノ下まであるな。意味わからん。本人に見せたら激怒する事間違いなし。絶対見せない。
低クオリティな由比ヶ浜の再現VTRが終わると、疲れたのかふぅ…とテニスコートが見えるように床に座った。その時、テニスコートに知り合いを見つけたのか、由比ヶ浜が手を振り声をかける。
「あ、おーい! さいちゃーん!」
呼ばれたその子は由比ヶ浜に気づくと、こちらに向かって走り寄ってくる。すごい可愛い子だ。可愛い。
「よっす。練習?」
「うん。うちの部、すっごい弱いからお昼も練習しないと…。お昼も使わせてくださいってずっとお願いしてたらやっとOK出たんだ。由比ヶ浜さんと比企谷くんはここで何してんの?」
「や、別に何もー?さいちゃん、授業でもテニスやってるのに昼練もしてるんだ。大変だねー」
「ううん。好きでやってることだし。あ、そういえば比企谷くん、テニス上手いよね! フォームがすっごい綺麗なんだよ」
予想外に俺に話が振られて思わず焦ってしまう。何その初耳情報。ていうか何で俺の名前知ってるの?
「いやー照れるなはっはっはっ。で、誰?」
最後の方は小声で、由比ヶ浜にだけ聞こえるように配慮した。だが、それをぶち壊しにするのが由比ヶ浜である。
「っはあぁ!? 同じクラスじゃん! ていうか体育一緒でしょ!? 信じらんない!」
「ばっかお前、超覚えてるよ! っつーか女子とは体育違ぇだろ!」
俺の気遣い台無しじゃねーか。俺が名前覚えてないの丸わかりじゃん…。そう思ってさいちゃんを見ると、さいちゃんは瞳をうるっとさせてた。やばい可愛すぎないか? 天使かな。天使だ。
「その発言がもう覚えてないじゃん…。さいちゃんは男子だよ?」
は?ぴたっと俺の動きと思考が停止した。嘘でしょ?と視線で問うと、由比ヶ浜はうんうんと頷く。え、マジでー?嘘だ。冗談だろ?
そんな疑いの眼差しに気づいたのか、真っ赤な顔で俯いてから、上目づかいで俺を見た。可愛い。天使。
「…証拠、見せてもいいよ?」
手がハーフパンツにゆっくりと伸びる。その動きがいやに艶かしい。ぴくっと俺の中の何かが動かされた。暫く葛藤したのち、俺の理性が落ち着いた冷静な判断を下す。
「と、とにかく、だ。悪かったな。知らなかったとはいえ、嫌な思いさせて。」
「ううん。別にいいよ。えっと…同じクラスの戸塚彩加です。去年も同じクラスだったんだよ? それよりさ、比企谷くん、もしかして経験者?」
「いや小学生のころ、マリオテニスやって以来だ。リアルではやったことない」
「あ、あれねみんなでやるやつ。あたしもやったことある。ダブルスとか超楽しいよねー」
「…俺は一人でしかやったことないけどな」
「え?…あー。や、ごめん」
「何、お前は俺の心の地雷処理班なの? いちいちトラウマ掘り出すお仕事なの?」
「ヒッキーが爆弾抱えすぎなんでしょ!」
「ふふっ、仲いいんだね」
戸塚がそういうと、由比ヶ浜は顔をゆでダコのように真っ赤にして反論する。何、そんな嫌なの? …嫌だな。俺が由比ヶ浜なら、俺みたいな奴絶対近寄らんし。
「え、ええっ!? ぜ、ぜんっぜん仲良くないよ!? ほんと殺意しかない! ヒッキー殺してあたしも死ぬとかそんな感じだよ!?」
「そーそー、って怖い! 怖いよお前! 心中とか愛が重すぎる!」
「は!? ば、バカじゃないの!? そんな意味で使ってないから!」
俺と由比ヶ浜のやり取りを、戸塚は楽しげに笑って見ている。笑顔がとても素敵だ…。胸の鼓動の高鳴りを感じる…。まさかこれが恋っ…!?
もっと彼女(彼)とお話したい…。そう思っていた最中、無情にも昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。空気読めよラブコメの神様。
「戻ろっか」
戸塚が言って、由比ヶ浜が後に続く。俺もその後について教室に向かう。戸塚の後ろ姿もちんまりしてて可愛いな…。二人きりでないのが本当に悔やまれる。まぁ二人きりだったら絶対緊張して話せないけど。
そういえばなんで由比ヶ浜はここにいるんだっけ…? 確か雪ノ下との罰ゲームで来たとか言ってたな…。
「お前、ジュースのパシリはいいの?」
「はぁ? ………あっ! 行ってくるっ!」
由比ヶ浜は聞くとピューとその場を駆け出していった。大丈夫か…。こいつ。結局、由比ヶ浜は授業には間に合わず、数分遅刻して教室に戻ってきた。
to be continued
タイトル日本語訳
『見た目だけで人を判断してはいけない。』
原作との大きな相違点として、メアドの交換時期が原作よりも早まっているのと、ゆきのんともメアドを交換したことです。
因みに鳴上と由比ヶ浜がガラケー。比企谷と雪ノ下がスマートフォンという設定です。