All I Need is Something Real 作:作図
>5/9(水) ー夜ー
「なるほど、それで筋肉をつけるコツが知りたいと」
「ああ。里中は修行とかしてるし、俺より詳しく知ってると思って。何か効果的な方法を知らないか?」
今日も昨日同様、腕立て伏せやら腹筋などをひたすら行った。確かに筋肉をつけるために必要なプロセスではあるのだが、肝心の戸塚は未だに腕立て伏せを五回程しかすることが出来ない。このままではなかなか筋肉もつかないだろう。
そこで俺の方でも、そういった事に詳しい仲間に当たってみることにした。今電話をかけている相手は、以前にもかけた『里中千枝』。格闘技全般が好きで、俺が稲羽にいた時もよく河原で彼女の修行に付き合わされていた。
そんな毎日の修行の賜物なのか、「どーん!」の掛け声と共に放たれる彼女の足技は、ダンジョンの中ボスシャドウすら一撃で消し飛ばすほどの威力を秘めており、非常に心強い。さらに付け加えるならば、愛屋のスペシャル肉丼を完食したのも俺以外では彼女だけだ。
「効果的な方法ね…。やっぱり食生活とかを意識するといいんじゃないかな? 肉食べるとか、肉をたくさん食べるとか!」
「肉ばっかりだな…」
「あ、ははは…。でも、やっぱり沢山食べることは大切だと思うよ? 肉は身体を作るってね! …そうだ、プロテインなんかも飲むといいんじゃないかなっ! これならあんまり食べられない人でも大丈夫だし、真田師匠*1もイチオシだよ!」
プロテインか…。確かに筋肉をつける際には有効かもしれない。話題に挙がった真田さんもものすごい筋肉をしていたし――。と、ここまで考えたところで、無意識に上半身裸マントの真田さんの姿が頭をよぎった。
戸塚さんがもし、あんな風になってしまったら…
よそう。浮かんだ考えをすぐ頭の中から消し去った。
「おお…なるほど、プロテインか。練習するのはお昼休みだし、ちょうどいいかもしれないな」
「うんっ! あたしもたまに飲んだりするけど、結構美味しいよ? 師匠は牛乳にも粉プロテイン溶かしたり、炊いたお米にぶっかけて食べた事もあるんだって!」
「そ、それは…。どうなんだ…。ちゃんと食べられるのか?」
「さ、さぁ…?」
「…まぁそれはともかくとして、プロテインを勧めてみるのはいいかもしれないな。食生活か…。皆の分の昼ご飯を作って持っていったりしてみるか」
「おーいいんじゃない? 鳴上君料理上手いもんね!」
「鼻高々です。それじゃあ今から早速準備してみるよ。今日はありがとな」
「どういたしまして! ゴールデンウィークの時はバタバタしちゃったけど、夏休みも絶対こっちきてよね! 皆待ってるからっ!」
「ああ、もちろん」
「それじゃ、武運長久を祈ってますぞ~殿!」
里中のおかげで方針も決まった。俺はさっそく近くの店でプロテインを購入し、冷蔵庫の中身をフル活用してせっせとお弁当を作った。
* * * * * * * * * * * * * * *
>5/10(木) ー昼ー
二日ほどの基礎訓練を終えて、戸塚の練習は第二段階へと移行していた。基礎訓練は戸塚さん自身が継続して行う必要があるのは自明だが、そればかりを昼にやっていても、戸塚さんの依頼の達成には近づかない。よって、いよいよボールとラケットを使っての練習に入ったのである。
とは言っても現状体を動かしているのは俺と戸塚だけ。俺がラリー兼玉だしの相手を引き受け、やることがない比企谷と材木座はコート隅の日陰でたべっていた。
今も雪ノ下教官の厳しい指示のもと、俺は際どいコースを狙ってひたすら送球を繰り返していく。どんなに厳しい球にも荒い息を吐きながら、必死にライン傍やネット際の球をさばいていく戸塚さんの姿に、俺も自然と胸の奥が熱くなるのを感じた。
しかし、練習を続けて十五分程。突然、戸塚さんが足をもたれて前のめりに大きく転んでしまう。身体を大きく打ち付ける音が地面からどしんと響き、なんだかその痛みが俺にも伝わってくる。すぐさま俺と雪ノ下は練習を中止し、戸塚さんの元に駆け寄った。
「さいちゃん、大丈夫?」
先程から球拾いをしていた由比ヶ浜も心配そうに駆け寄ってくる。戸塚さんの身体を見渡すと、軽度ではあるが、右脚が擦りむけてしまっているのが確認できた。
幸い血などは出ていないものの、疲れは確実に溜まっているはず。だが、戸塚さんはそんなものはどうってことないと言わんばかりに、自身の無事を必死にアピールし練習の継続を申し出る。
「戸塚さん、今日は気温も暑いしここは一旦休憩にしよう。雪ノ下、いいだろ?」
「でも…」
「その方がいいわ戸塚くん。適度な休憩も大切よ。私は念のために救急箱を取ってくるから、後は任せたわ」
練習を続けようとする戸塚をなんとか宥めて、雪ノ下は校舎に救急箱を取りに行く。皆が休息を取るのをさらに促すべく、ここぞとばかりに俺は持ってきたお手製のお弁当を広げる。
用意したのは五人前はありそうなお弁当だ。バラエティ豊かに並んだ美味しそうなおかずの数々は、見る者の食欲をこれでもかと刺激していく。先日、電話で話した里中の影響を受けているのか、若干ガッツリとしたものが多めだ。
「すげぇ…! これ先輩が作ったんすか?」
「つまらないものですが」
「くっ! イケメンで料理も出来るとは…! 許せんっ! これが格差社会というやつかっ…! …だが盟友よ、確かになかなかの腕前のようだな…。どれ、ここは我が一口味見を―――」
「だっー! 厨二は何にもしてないじゃん! さいちゃん優先に決まってるでしょ!」
「ははっ。いっぱい作ったから、ゆっくり食べてくれ。おっと、雪ノ下の分も分けておかないとな」
雪ノ下の分をちゃんと別の容器に移し終えると、トップバッターの戸塚さんが遠慮がちに箸をつけ始める。最初に取られたのは今日の俺の自信作である唐揚げだ。
「美味しいっ! 先輩すごい!」
「マジ? あたしも食べるっ! 頂きます」
戸塚の反応を聞くやいなや、他のメンバーも次々と料理に舌鼓を打つ。料理は満場一致の高評価。美味しそうに食べてもらえると、作った甲斐があるというものだ。飲み物に用意したプロテイン(配る時に少し引かれた)も配布して、皆で暫しの休息を過ごす。
「その…、皆練習も付き合ってくれて、お弁当まで。本当にありがとう…。僕、練習頑張るよ」
「ああ、俺達もとことん付き合う。頑張ろうな」
>戸塚から熱い気持ちを感じる。
>新たな絆を手にいれたことで、"正義"属性のコミュニティである"戸塚 彩加"コミュを手にいれた!
休憩も終わり、回復した戸塚がコートの向こう側に立つ。練習を再開しようとしたちょうどその時、それまでにこにこ顔で見物していた由比ヶ浜の表情が、曖昧な、暗い色を帯びたものに変わった。
* * * * * * * * * * * * * * *
「あ、テニスしてんじゃん、テニス!」
きゃぴきゃぴとはしゃぐ声がして、振り返ると金髪の男女を中心としたグループが、こちら向かって歩いてくるのが見えた。
「あ、ユイたちだったんだ…」
向こうもこちらに気がついたのか、グループの中の女子が小声でそう漏らした。同時にグループの中心に立つ金髪ロールの女子が戸塚さんに詰め寄る。その様子はどこか高圧的だ。
「ね、戸塚。あーしらもここで遊んでていい?」
「三浦さん、ぼくは別に、遊んでるわけじゃ、なくて…練習を…」
金髪ロールの女子はどうやら三浦というらしい。戸塚さんは必死に抗弁するが、その声はとても弱々しく今にも途切れそうだ。相手はまるで屁とも思っていない。
「ふーん、でもさ、部外者混じってるじゃん。ってことは別に男テニだけでコート使ってるってわけじゃないんでしょ?」
ん? 男テニ? その言葉に雪ノ下さんの言動でも感じたような違和感を覚える。
…もしかして、戸塚さんは女子ではなく男子なのか…? 気になってこっそりと由比ヶ浜にそっと聞いてみる。この時になって、ようやく鳴上は戸塚が女の子でない事に感づいたのだ。
「ええっ気付いてなかったんですか!? さいちゃんは男の子ですよ!」
そして明かされる衝撃の事実。今思えば、雪ノ下さんはずっと戸塚の事を『戸塚くん』と呼んでいた。彼女の言動にどこか違和感があったのはこの事だったのだ。
(なるほど。つまり直斗みたいなものか)
『男の子だと思ったら女の子だった』という例を既に知っていた俺は、最初こそもちろん驚きはしたが素直にその事実を受け入れられた。
その傍らで、三浦と戸塚の話は続いている。
「そ、それは、そう、だけど…」
「じゃ、別にあーしらがテニスコート使っても良くない? ねぇ、どうなの?」
戸塚は何を言えばいいのか、困ったように視線をきょろきょろと動かす。見かねた比企谷が戸塚の前に立って、庇うように話に入り込む。
「あー、悪いんだけど、このコートは戸塚がお願いして使わせてもらってるもんだから、他の人は無理なんだ」
「は? だから、あんた部外者なのに使ってんじゃん。あんたらはここで一緒に遊んでるのに、あーしらが駄目なのっておかしくない?」
相手の三浦さんも強情なのか、なかなか折れてはくれない。確かに三浦さんからしたら、同じ部活でもない俺達が、戸塚と一緒にテニスコートを使えていることに、ある種の不平感を抱いてしまうのは仕方ないことかもしれない。
だが、戸塚はテニスを上達するために真剣に頑張ってる。なら、ここで俺達が折れるわけにはいかない。
「俺達は遊びじゃなくて、戸塚の練習に付き合ってるんだ。…戸塚は本気でテニスを上手くなれるよう頑張ってる。悪いが、今日の所は退いてくれないか」
俺も比企谷の隣に立って三浦を見据える。二人でここまで言ったら流石に引いてくれるだろう。
三浦は俺の姿を確認すると、なぜか驚愕したような顔つきになる。そして、その口から次に飛び出たのはこの件とは関係のない、俺に対する一つの問いかけだった。
「…あんた、まさか噂の…。三年にきたっていう転校生ってあんたの事?」
「え、ああ、そうだけど」
いきなりの問いかけに驚いたが、いたって普通に答える。すると、明らかに三浦さんの俺に対する敵意がどんどん強まっていくのを感じた。
「ふぅーん。へぇー、あんたが隼人と並ぶイケメンとか言われて、いい気になってるあの鳴上先輩ねー」
「隼人と並ぶ…? すまない、何の話だ?」
「とぼけんなしっ! 今校内で噂になってるっしょ! 悪いけど、あんたよりも隼人の方が断然いい男だからっ!」
「だから何の話なんだ…」
火のような激しい怒りをぶつけられ、俺は訳が分からず困惑した。話が全く読めないし、俺が彼女に何かをした覚えなどないのだが、俺が彼女に強い敵愾心を持たれているのは確かだ。まいったな…話が余計にややこしくなってしまった。
そんな混沌とした状況の中、向こうのグループのリーダー格と思われる一人の金髪の男が、話をとりなすように間に入る。
「まぁまぁ、優美子もあんま喧嘩腰になんないでさ」
「でも、隼人は悔しくないの!? 噂のダシみたいに使われてさ!?」
「いや、鳴上先輩は噂を知らないみたいだし、彼は悪くないだろ。それに俺の事が特別悪く言われてる訳でもない」
「そ、そうだけど…納得いかない! テニスコートの事も、ちゃんと白黒はっきりつけたいし」
「先程から聞いていれば、随分な言い様ね。先にコートを使っていたのはこちらよ? コートの優先権はこちらにあるわ」
「あんた確か、雪ノ下サン? だっけ? 何回も言ってるけど、あんたも他もあーし達同様部外者でしょ」
たった今戻ってきた雪ノ下も参入し、事態はさらに混沌を極める。三浦さんの目付きもいっそうと険しくなり、雪ノ下もそれに応えるような挑戦的な目を向けている。
まさに一触即発の雰囲気だ。さてどうしたものかと考えこんでいると、向こうにいる金髪の彼が、この事態を収拾するための一つの案を提示してみせた。
「んー。あ、じゃこうしよう。部外者同士で勝負。勝ったほうが今後昼休みにテニスコートを使えるってことで。もちろん、戸塚の練習にも付き合う。強い奴と練習したほうが戸塚のためにもなるし。みんな楽しめる」
「テニス勝負? …なにそれ、超楽しそう。先輩も隼人も出るし、これで全部はっきりする。」
いつの間にか集まっていた聴衆が、その瞬間にわっと沸き立つ。とてもじゃないが断れる雰囲気ではない。雪ノ下さんも勝負事となり、闘志が熱く滾っているご様子だ。
「なんでそうなんだよ…」
誰に言うでもなく、小さく比企谷が呟いた。
* * * * * * * * * * * * * * *
事がどんどんと大きくなり、テニスコートを賭けた勝負が始まろうとしていた。校庭の端に位置するこのテニスコートには、普通ではあり得ないほどの人がひしめき合っていた。
こちらの陣営には見知った顔の多い三年生、向こうの陣営には二年生がそれぞれ対立するように固まり、熱いコール合戦が繰り広げられている。
由比ヶ浜から聞いた話だが、俺は今校内の有名人になっているらしい。こんなにも集まった大勢の人に、名前を呼ばれて応援されるというのはなんだかくすぐったい。
一方で、向こうの彼も校内ではそうとうな有名人らしい。三浦からは下の名前で呼ばれていたのであまりピンと来ていなかったが、俺も葉山という名前を既に何回も聞いた事があった。それはつまり、三年生の間でも頻りに話題に挙がることを意味している。
そんな俺と葉山の二人は、両名とも三浦から試合に指名されたため、ラケットを既に握っていた。コートの真ん中で軽く挨拶を交わすだけで、外野の声が一層大きくなる。
「鳴上先輩…。優美子がすいません。彼女も悪い奴ではないんですけど」
「大丈夫だ、気にしてない。君が葉山君だよな? 君が間をとってくれて助かったよ」
「いえ、おかまいなく。俺に出来ることをしたまでですから」
「そうか、ありがとう。でも勝負は別だ。俺達は負けるつもりはないぞ。戸塚の依頼の為だからな」
「ははっ。お手柔らかにお願いします」
軽く声を交わしただけだが、葉山が非常に気の良い相手だと言うことはすぐに分かった。すぐにこれだけの聴衆が集まるんだ、かなりの人格者であるのは間違いない。
だが、彼と俺は今は敵同士だ。挨拶を終えた俺達は、互いに自分のグループの陣営の元に戻っていく。この戦い、戸塚の為にも負けるわけにはいかない。
「俺は向こうに指定されたから出るけど…、他には誰が出る?」
「戸塚は出れないんだよな。材木座は論外として…」
そうなのだ。葉山は部外者同士の対決と言った。つまりこれはテニスコートの他、戸塚も賭けた戦いといえる。
「比企谷君、ここは私が出るわよ。向こうもきっと三浦さんが出てくることだし、彼女とこうして決着をつけるいい機会だわ。任せて戸塚くん、…必ず勝つわ」
そういって戸塚に、校舎から持ってきた救急箱を渡す。戸塚は不思議そうにそれを受けとった後、少し照れくさそうにありがとうと呟いた。
「ゆきのん、頑張って!!」
「ええ、任せてちょうだい」
バックの応援を背に、俺と雪ノ下の二人は再びコートに足を踏み入れる。向こうはこちらの予想通りの二人、葉山と三浦ペアだ。
校内でも目立っている四人が一堂に会した事で、会場の熱狂はどんどんと高まっていく。噂を聞き付けた人が次から次へとテニスコートに集い、その人の集まりようは、まさに昔ジュネスでライブをした時のようだ。
「あんさぁ、二人が知ってるかしんないけど、あーし、テニス超得意だから」
「あなたが知っているとは思わないけれど、私もテニスが得意なのよ」
「…ほんっと生意気っ! あーし、あんたらには絶対負けないから」
自信たっぷりな三浦から、まるで銃弾のように鋭い軌道を描くサーブが放たれたその瞬間、会場の最大の盛り上がりと共にテニス対決の幕が切って落とされた。
to be continued
タイトル日本語訳
『勝てばよかろうなのだ。』