血界戦線 ~Documentary hypothesis~   作:完全怠惰宣言

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今回は“彼女”の視点で見た世界です。
一様、こんな感じで過ごしていると解っていただけるとありがたいです。


そんな彼女の一日

彼女の朝は早い。

日の上らぬ前に目覚めると準備運動を始める。念入りに行われるそれを怠ってしまうと目の前にある壁を上りきれぬからだ。

最早日課となっているクライミングを終えるとお次はパルクールの時間だ。足もすくみそうな高さから飛び降りると体をうまく回転しそのまま走るための助走へとつなげる。

目的地の前にある重厚な扉を開け、自分が上りやすいようにと設置してくれた階段をかけ上がる。

そして、目の前にいる彼の顔を優しく叩いて起こすのだ。

 

 

 

 

「クミュウ~(ご主人朝だ、お腹すいた~)」

 

 

 

 

 

そんな彼女(モジュ)の一日

 

 

彼女の名前はモジュ。

堕落王フェムトの気まぐれから生まれた存在だ。

人語を話すことはできないがこの世に存在するありとあらゆる“文字”を理解しているので意思の疎通は可能である。

遺伝子レベルで刷り込まれた主人への服従は今やなりを潜め懐いているという愛らしい表現がとても似合う状況にある。

 

「・・・・・・んむ、くふぁ~、あぁ、モジュかおはよう」

 

モジュによって起こされた青年は”楠守悠月”。

スラリとしていながらも絞り込まれた肉食獣を思わせる筋肉をシーツから覗かせる彼がモジュの飼い主だ。

彼が起き上がると顔の上にいたモジュは滑り台を転がるように彼の腹の上に着地する。

そして、そこから隣をみるとシーツが膨らんでいるのがわかる。

再びシーツを駆け上がりその膨らみへと潜り込むモジュ。

そこには悠月から送られたであろう浴衣と呼ばれる寝間着を豪快に寝崩した7割ほど肌色が見えている女性が眠っていた。

 

「モジュ、悪いけど30分たったら起こしてあげて」

 

そう言うと悠月はキッチンへと歩いて行った。

モジュは悠月に言われたことを実行するためベッドのわきに最近追加された観葉植物へとよじ登り始める。

今日の感じだと彼女を起こすためには少々手荒い衝撃が必要になると考えたからである。

モジュが乗っても折れない枝の根本に到着し、時計を確認すると悠月が言っていた時間にちょうどなっていた。

そのまま、魔獣特有の突進力を生かして枝から彼女の腹部めがけて跳躍した。

 

「グボ」

 

決して女性が朝からだして良いような声ではない声を聴いて威力をつけすぎたとモジュは反省する。

そして、目の座った彼女にかなり強めに頭を撫でられるが、自分の失敗なので甘んじて受け入れる。

モジュは出来るメスなのだ。

 

「・・・・お・・・h・・・・よ・・・・次は・・・・・・潰す・・・・よ」

 

モジュは出来るメスなのだ、だからといって失敗もする。

反省を生かすことを決意し器用に口と手を使って彼女の寝間着を直していく。

その豊満な胸部が邪魔で仕方ないが綺麗に整えると頭によじ登り少々強めに叩く。

こうしないと再び彼女は眠りについてしまうからだ。

彼女の頭から見る景色は主人である悠月より低いがこれはこれでモジュは気に入っている。

そして、キッチンにたどり着くと決まって彼女は悠月に甘える。

その瞬間、器用にジャンプして自分も悠月の頭に飛び乗り甘える。

 

「おはよう、チェイン」

「おはよう、悠月」

 

モジュによって盛大にダメージを負った彼女”チェイン・皇”が完全に起きたことを確認しつつモジュは朝の貴重な一時を享受するのだった。

 

 

今日は午前中から”ライブラ”なる組織のアジトへと赴く予定になっているようでいつもより慌ただしく朝食の後片付けをし、着替えた二人は玄関に集合していた。

一足先に玄関に到着していたモジュは悠月の頭へと移動し全員がそろったのを確認すると出かけて行った。

一歩外に出ればそこはいつものヘルサレムズ・ロッドの大通り。

いつものように人間と異界人となんかよく解らない連中が道を練り歩き、奇々怪々、混沌極まった光景が広がっており、モジュの日常に組み込まれた初めての世界でもあった。

例え彼女の視界の片隅で殴り合ったり殺し合ったりしている連中がいようとも、例え道中でカツアゲしてきた異界人が悠月とチェインの逆襲に会い逆に金目の物全てをはぎ取られていようとも、モジュにとってそれが当たり前の光景だった。

いつもと違う場所からエレベーターに乗りアジトに到着した。

目の前のソファーにはおそらく五徹目であろう副官”スティーブン・A・スターフェイズ”が凄まじい笑顔で座っていたが悠月と目が合った瞬間に逃亡を図るも、モジュの全体重の乗った突進を受けて悶絶し気絶。そのまま強制仮眠となった。

一仕事終えたモジュは所定の位置となりつつあるアンティークドールハウスのソファーに座る。

すると目の前に何も知らない子供が見たら確実に泣き出すであろう強面が現れた。

 

「いつも済まないモジュ、私ではどうも丸め込まれてしまって」

 

この組織のボスである”クラウス・V・ラインヘルツ”だった。

そして彼の巨体の後ろから見たことがある箱が現れた。

 

「今日のお礼だ、受け取ってくれたまえ」

 

それは、モジュが最近知った”ドーナツ”なる食べ物が入っている箱だった。

 

「クキュ」

 

モジュの体には大きすぎるその箱を受け取ると自身のソファーの隣に置きクラウスの頭へと飛び乗る。

こうすると、なぜかクラウスから幸せオーラが発生するのだがモジュは理由を知ろうともしない。

そのまま、器用にクラウスの頭の上で微睡でしまうのだから。

 

 

10時きっかりに目を覚ますモジュ。

何故ならおやつの時間なのだ。最初の一週間はそれこそ、サイズと愛敬に騙されたライブラ関係者がことあるごとに食べ物をあげていたが飼い主からのおやつ禁止令が出されることになった。

しかし、クラウスを筆頭にした甘やかし隊の面々による涙にくれた交渉の末、良いことをしたご褒美であれば10時と3時のおやつ分はあげてよしと許可が降りた。

魔獣である彼女は大変良く食べるし、食べることが趣味なので問題なかった。

何より今日の10時のおやつはまだ3回しか食べたことのない“ドーナツ”なのだ。主人を真似て前足を洗い(その際、洗面台に落ちてしまうが“たまたま”近くを通ったソニックに救出された)ソファーへと赴く。

心なしか歩く速度がいつもより早いのはご愛敬と言える。

そして、ソファーの隣においてある愛しのドーナツの箱に視線を向けると。

 

「あぁ、うんめ。たまにはドーナツも良いもんだな、グェップ」

 

彼女の楽しみにしていたドーナツ(50個)を全て食い荒らしている“銀髪の糞猿”がいた。

 

 

 

 

さて、時間は少し戻り事件の数分前に遡る

モジュが頭から降りたことで10時になったと認識したクラウスは自慢の温室へ水やりに、スティーブンは未だに仮眠室にて爆睡中、悠月とチェインはスティーブンから(無理矢理)引き継いだ仕事の資料を探しにと其々がオフィスからいなくなっていた。

 

「ちわーっす、腹減った」

 

挨拶もそこそこに現れたザップ・レンフロ。

この男、昨日付き合っている全ての女性の怒りを買ったことで一時的な宿無し状態な上にギャンブルで有り金全て使い果たし、更にいつもなら絡んでくるチンピラも昨日から誰もよってこない。その上、(自分は)可愛がっている(と思っている)後輩のレオは生意気にも彼女と泊まりでデートなので珍しく気を使ったことにより、昨日からまともに何も食べていないのだ。

そして珍しく午前に自発的にアジトに来たのも誰かしら居るのではないか、あわよくばメシにありつきたいという考えからだったりする。

そんな仲間にさえ「度し難い人間のクズ」、「ダメ男のロイヤルストレートフラッシュ」と評される男の目の前に念願の食べ物が置いてあった場合どのようなことが起きるだろうか、推察はし易かった。

 

「・・・・・イ~ヤ~、誰だよこんなところにドーナツを”忘れていった”のは、イケませんな~食べ物を粗末にしては。イヤハヤ本当にイケませんな。ここはワタクシメが責任を持って食べて差し上げないといけませんな、イヤハヤ仕方ないな、本当に仕方ないな」

 

誰もいないのを念入りに確認し、誰に聞かせるでもない言い訳をして目を光らせたその瞬間、ザップはドーナツへと飛び掛かった。

そして、先程モジュの目撃した状況へと至った。

 

 

 

 

「あぁ、うんめかった。しっかし、本当にいけませんな食べ物を粗末にしては、これは犯人を見つけ次第オレが責任を持って「グルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル」

 

ドーナツを全て腹に納めた上に図々しくもタカル計画を立てていたザップの後ろから獣の唸り声が聞こえてきた。

その唸り声に聞き覚えのあったザップは恐る恐る後ろを振り向くとそこにはとても文字に起こすことすら忌避される形相をした桃色の怒れる魔獣が存在していた。

その怒りを一身で受けたザップはまず言い訳を考えた。

しかし、彼の残念な脳では何も思いつかなかった。

次に逃走を試みる。

しかし、腹が重い上に座り込んだ態勢から足が地についていないため自慢の脚力も死んだ。

彼が悪あがきを考えたり実行に移そうともがいているその時、モジュの射程に入ってしまった。

 

 

 

 

 

「ウギョァィエェェェェェェェェェェェェ」

 

とても人間から発声されているとは思えない奇妙な悲鳴を聞いたのはクラウスが温室の扉をゆっくりと閉めて、スティーブンが久方ぶりにスッキリとした目覚めを覚え、悠月とチェインが資料室でイチャつき終わったのと同時だった。

 

「何事だ」

「どうした」

「モジュ!!」

「大丈夫」

 

4人が同時に目にした光景はなんとも凄惨な物だった。

 

 

 

オフィスの一番丈夫な柱に血法を用いて自分を括りつけて原子分解と強力吸引から逃れようとしている下半身丸出しのザップ。

その余波を受けてスティーブンが五徹してやっと纏め終わった資料が砂のように分解されモジュに吸収されており。

そして、滝のような涙を流しながらザップを原子分解しようと徐々に近づいているモジュの姿だった。

 

「「「「いったい何をしでかしたんだザップ(クソモンキー)」」」」

「キュエェェェェェン」

 

 

 

 

 

事の顛末を綴ると悠月がモジュを抱かかえることで原子分解と吸引の術式は停止。

それでも泣き止まないモジュが両前足の指で器用に空になったドーナツの箱とザップの腹を指さすことで全員が事態を察知。

悠月とチェインがモジュを宥めながら悠月が”引っ張りだした”抹茶ジェラート(10Kg)を与えつつ全身全霊で泣き止ませた。

一方のザップはというとクラウスの無言の圧力に屈して土下座、そしてとんでもなく爽やかな笑顔を顔に張り付けたスティーブンに雑に扱われながらエレベーターへと消えていき数分後、大量のドーナツとケーキを背負った状態で現れ半泣きのモジュへと地面が抉れる勢いで再び土下座。

再度スティーブンに捕獲されどこかへと連れていかれた。

その後3週間ザップの姿を見た者はいなかったが、4週間後目に生気を失い「スイマセン」を連呼し続ける状態でツェッドに保護され、更に1週間周囲が引くほどの真人間として生活をしていた。

ちなみに、泣き止みザップからの献上品を完食したモジュがゲップをするのと同時にスティーブンの五徹の結晶である資料は何事もなく復元された。

 

 

お昼は飼い主の責任を感じた悠月のおごりでギルベルトも同伴する形で翡翠庵で悠月の手料理が振舞われたのだが何故か運よく近所を散歩していたツェッドとお泊りデートを満喫したレオとメアリも合流しならばついでにとザップを除く手の空いているライブラメンバー全員で「とり卵天ぶっかけうどん」なる日本料理をいただくこととなった。

オフィスの掃除はギルベルトがいつの間にか終わらせてしまい、各員自宅待機となった。

久しぶりに全力で暴れれた上にお腹も心も満ち足りたモジュはお昼を食べ終えるのと同時に自分のベットで眠りにつき、翌朝まで目を覚ますことはなかった。

ただ、その寝顔はとても幸せそうだった。




はい、モジュの微妙な一日でした。
ザップって度し難いクズではあるんですがそれにもまして空気を読まない上にいちいちタイミングが悪いのもあるかもしれませんがオチには便利だなと感じました。
こんな感じではありますが今後もよろしくお願いします。

追伸
自分ごとではありますが、本日葦原大介先生のワールドトリガー再開及びSQへの移籍が発表されました。大変待ち望んでいたので喜びもひとしおではありますが、だからと言ってあまり無理なさらず仕事を進めていただければと切に願っております。

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