一日目の学業を終え、ついに入寮の日。一刀は心地よい疲労感に包まれながら案内に従って男子寮へと向かっていた。
水鏡塾の壁に沿って縦長になっている二階建ての寮は、玄関を入ったすぐに階段があり、一階は主に食堂や談話室になっていて、一番奥に共用の大浴場がある。その手前にこちらも共用の厠があり隣室には掃除用具など備品が置かれた資材室といった並びだ。階段を上がった二階の奥にある二〇八号と書かれた部屋が一刀の部屋だった。基本的に二人部屋で作られいる寮室には、話によれば同室人がいるとのこと。
一刀は少しドキドキしながら戸を開けると、二段になっている寝床の下の段で蹲って頭を抱えている人がいた。
「…あれ?李儒くん?」
声をかけられるとビクッとし、ギギギと一刀の方へ青ざめた顔を向ける李儒。
「や、やあ、董白くん。…あぁ…ついにこの時が…いつかは来ると思っていたけどボクはどうすれば…!」
挨拶もそこそこにまた頭を抱えてぶつぶつとこぼす。そんな様子に気付かず、一刀は満面の笑みで「同室が李儒くんで良かった~!」なんて言っているものだから李儒からは乾いた笑いしか出てこない。
「い、良いかい?まずはこの部屋の規則を決めよう!」
「うん!」
気を取り直した李儒は二つの約束事を提案した。まず一つ目、『着替えをするときは仕切りをするので絶対に覗かないこと』もう一つが『李儒の戸棚を絶対に開けないこと』。一刀も特に深く考えず「わかった!」と返事をすると、自分用の戸棚に荷を詰め始めた。李儒はそんな一刀の後姿を見て、こそっと念氣で反応を探る。彼は生まれつき氣によって人間性を感じ取ることができる。ところが、彼を映すのは真っ白な火だけ。いきなりこんな提案をしたにも関わらず、全く疑心や嫌な感情を抱いていないという事だった。
しかしそれは最初に教室で一目見た時と同じ印象。あの時は緊張から少し薄桃色が混じっていたが、あれだけ騒がれたのに浮かれた様子は微塵もなかった。授業の合間にこそっと覗いても白一色。そんな人間は李儒にとって生まれて初めてだった。悪い例になるが、例えば牛輔なんかは露骨に紫色に染まる時があるし、塾長なんかは以ての外。しかし誰だって感情通りの行動をとれるわけじゃない。口では「うん」といいつつも心ははっきり「いいえ」と答えていることだってざらにあるのだ。
ところが、目の前の一刀は喜怒哀楽こそ豊富だが心の色は真っ白。つまり、今出しているその感情に裏はなく、下心さえ少しも出さない。
「…ねえ、君はいつもそうなのかい?」
たまらず李儒はそうこぼす。
「そうって…なにが?」
いつものように笑みを携えて首をかしげる一刀。それはやはり白かった。
「ううん、なんでもない!」
「???」
わけもわからず頭に疑問符を浮かべる一刀を見て、李儒は笑った。自分が何か変なことをしたと思ったのか、「え、なに?どうしたの?」と尋ねる一刀をよそに、李儒は「この子とならやっていけるかも」と思えたのだった。
それと同時に、こうも思う。
「(この子、守ってあげたいな。)」
と。
この何物にも染まらない白は、絶対にくすませるわけにはいかない。それだけ李儒にとってこの色は貴重なのだ。
人を見てしまう性質は必ずしも便利とは言えない。幼少のころから備わっていた李儒にとっては、見たくもないあらゆる裏を見てしまっていた。故郷に仲のいい子はいたし、もちろん私塾にも仲良くしている人間はいる。ただやはり本質を見てしまうと心から信じられることはなかった。
私塾ではどうしても日々たくさんの人とふれあいが出来てしまう。自身の抱える“秘密”と念氣のこともあり、水鏡に頼み込んでこれまで同室者はいなかったが、それでも彼の心はどんどん疲弊していった。
そんな時現れたのが董白だった。一見して普通の子だが、李儒にしてみればあまりにも普通じゃない。
荷ほどきを再開した一刀を、李儒はまた改めて覗く。その度に心が洗われ癒されていくのを実感する。もしかしたらこの少年が、ようやくできそうな『本当の友達』になるのかもしれない。
入学する時、水鏡にされた質問を思い出す。
『お主、ここで何を成し、何を手に入れるつもりじゃ?』
李儒は迷わず答えた。
『僕は…本当の友達が欲しい!』
それは本当は言うつもりのなかった心からの叫び。なぜかあの場ではそれが許されそうな気がして李儒はそう答えたのだ。水鏡は言葉の意味を察したのだろう。笑いながら、「水鏡塾へようこそ」と言ってくれた。
それが今、叶うかもしれない。さきほど急に言い渡された同室者が入るという旨も、水鏡が董白という少年を直に見、この子ならと宛がったのだろうか。兎にも角にも、『同室者』という絶望的な宣告が李儒の中で一転、興味深いものへと変わっていた。
「(…友達に、なれるかな。)」
初めて心からそう思えるまでに。
「あ、そういえば…牛輔の部屋ってどこなんだろ?」
「え゛」
唐突にされた質問に、李儒はとんでもない声を出してしまった。
牛輔の部屋は二〇二号室という事は李儒ももちろん知っている。だが絶対に教えたくない理由が先ほど出来てしまった。なぜならその部屋は、男子寮において『魔窟』と呼ばれる魔空間だから。
部屋のあちこちには如何わしい春画(幼女)が貼ってあり、同室者の郭汜もまた頭のおかしい変態である。因みにこちらの変態は『絵しか愛せない』と豪語する剛の者だ。そんな魔窟に彼を案内してしまったら、あの白が腐海の毒に侵されてしまうかもしれない。そう思ったらとても素直に教えてあげる気にはならなかった。
「え、あ、あいつの部屋に何か用でもあるのかな?」
「うん、なんかオススメの本を貸してやる~って言ってたから、取りに行こうかなって。」
「…本?」
非常に嫌な予感を覚える李儒。あの牛輔が「オススメ」とか言っている時点で怪しさ満点だ。
「俺の宝物だ~とか言ってたかな。なんでも子供たちがいっぱい出てきて凄く元気になるから僕にも味合わせたいんだって!
いったいどんな本なんだろう…楽しみだな~!」
ガタっと音を立てて無言で立ち上がる李儒。その体は怒りにプルプル震えている。
「…李儒くん?」
急に立ち上がったことで心配そうに一刀が見ていることに気が付き、李儒は咄嗟に作り笑顔を浮かべた。無論、怒りで口の端はひくひくしている。
「…ふふっ、董白くん?ちょ~っとだけ待っててね~?いま大事な用を思い出したから~!」
「え?う、うん…。」
そういうと李儒は蹴破るように部屋から出て行った。そのあとすぐ…
「ん~?なんだ李儒じゃんか。どした…
って、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
男子寮に断末魔が響き渡ったのだった。
今回もお付き合いくださりありがとうございます!次回は授業の様子などちょこちょこと…。
それでは皆さんのご意見ご感想お待ちしております!