朝、食堂で朝食をとった後、一刀は部屋で身支度を整え仕切りの外で李儒を待っていた。
「も~い~か~い!」
「ま、ま~だだよ~…!」
因みに、仕切りは李儒が使っている二段寝床の上の段に天井から布を垂らすように作られており、布には『開けちゃダメ!』と書いた札が下げられている。着替えをしている間ゴソゴソと動く音や、たまに頭をぶつけるような音がしたが、一刀は時折声をかけるだけで大人しく座っていた。
やがてシャッと布の仕切りが開けられ、恥ずかしそうに顔を赤らめた李儒が出てくる。
「お、おまたせ…」
「それじゃ、行こうか!」
「う、うん…」
毎度のことながら裏表のない笑顔でそういう一刀に、少し疲れた様子で返事をする李儒。
「(…うぅ…き、着替え一つでこんなに疲れるなんて…)」
そんな様子もどこ吹く風で、「朝ごはん美味しかったね~」と話している一刀にため息しか出てこない李儒は「そうだね…」と生返事を返すのがやっとだった。
そのまま二人で寮の玄関まで来ると、牛輔が友達と一緒に出るところに丁度行き会った。李儒が後ろから牛輔の肩に手を置き…
「お・は・よ・う、牛輔。」
「ひぃ…!!」
「昨日言ったこと、覚えてるよね?」
「い、いやだな~!もちろんですとも李儒の旦那~!もう、勘弁してくださいよ~!」
「それならよろしい」と手を離す李儒。一刀はキョトンとした様子で話についてこれていないようだ。
「あ、そうだ!ねえ牛輔くん、昨日言ってた本って…」
「ギロッ」
「あ、あ~~!!あれな~?アレは~…なんというか…い、色々ありまして処分しました!」
「ええっ?!た、宝物じゃなかったの?!」
「滅相もない!あんな本の存在なんて忘れるべきだ!うん、忘れよう!な?」
「え、だって昨日は『俺はこの世界の素晴らしさを皆に広めたい』って…」
「…へ~。」
「それ以上は言わないで?!手持ちの小銭全部上げるから!!」
そんな会話を繰り広げる中、牛輔の友人であるメガネをかけた細身の少年が一刀に近寄った。まるでおとぎ話の王子様のような出で立ちで、容姿だけ見れば大層女子からの人気が高そうな少年は髪をかき上げながら白い歯を覗かせる。
「やあ、私は牛輔と同室で軍学科の郭汜だ。キミとは教室も同じだが昨日は話す機会がなかったからね。
改めて、はじめまして董白クン。」
「あ、うん!はじめまして!」
「ところで董白クン、キミはこの絵を見て…」
と言いかけたところで、言葉が止まる。一刀からは見えない絶妙な角度で李儒が首筋に手術用メスのような小刀を首筋に当てたのだ。おまけに郭汜にしか聞こえない声で「それ以上喋ったらコロス」と付け加えて。急にピタリと止まった郭汜を不思議そうに見ている一刀だったが、
「どうしたの董白?はやく行こうよ。」
と声をかけられ小走りに李儒と並ぶと、そのまま二人は完全に硬直している郭汜とそれを必死に揺すっている牛輔を置いて、私塾へと向かう。一刀は不思議そうな顔で後ろの二人をしきりに振り返っていたが、李儒に「董白は気にしないで良いんだよ」と言われ首を傾げた。
一刀と李儒は敬称略で呼び合う仲になるほど、一夜にして距離を縮めていた。李儒も一刀と話しているときは他の誰と話す時とは明らかに違った安心したような雰囲気になっているのだが、本人は気付いていないようだ。
「あ~あ~、あんなに楽しそうにしちゃってまあ…。ダチになれるといいな、李儒。」
「…ハッ!」
「お、気が付いたか!」
「…なんだ、さっき私は修羅に殺されかけた気がするぞ。それからの記憶が…くっ、これが白昼夢というヤツなのか?」
「安心しろい、昨日の夜俺も修羅に遭った。そいつぁ夢じゃねぇ。」
「なん…だと…!!」
そんなやり取りを続ける二人を放置し教室にたどり着くと一刀は李儒としばし談笑し、やがてやってきた皇甫嵩による朝礼が始まる。それが終わると小休止を挟んで授業なのだが、その日は荷物を持ってパタパタと移動を始める学友たちの姿が目に付いた。隣の李儒も準備をしているのを見て、一刀は尋ねた。
「ねえ李儒、みんなはどこに行くの?」
「あ、そうか!董白は初めてだったね。」
そこで、次の授業は専門科目の授業だと知る。李儒ならば侍従科のため家庭科室へ、牛輔ならば兵学科のため校庭へ、郭汜は軍学科のため多目的室へ移動といった流れだ。
「でも董白は王学科だから…うん、今日はこの教室でやるみたいだからこのままここに居ても大丈夫だね。」
そういうと、「頑張って!」と言葉を残し李儒は教室を後にした。それと入れ替わるように、腰まで伸びた金髪に巻き髪が特徴的な女子生徒が入ってくる。四年生の王学科、袁紹である。すると一刀からは三つ隣の席にいたこちらも金髪の女の子が露骨に嫌な顔をし、「ち、またうるさいのが…」とつぶやいた。彼女は曹操、成績最優秀で入塾した生徒で袁紹とは幼いころからの縁があった。
「お~っほっほっほっほ!わたくしが来てあげましたわよ~!あら華琳さん、今日もいつも通りちんちくりんですのね!」
「…よけいなお世話よ。」
曹操の不機嫌そうな様子も意に介さず、袁紹はズカズカと教室の真ん中までやってきたところで一刀と目が合った。
「あら?坊や、侍従科は家庭科室ですのよ?遅刻してしまうから早くお行きなさい。」
「あの、僕は…」
言いかけたとき、李色の髪をした元気な少女が「袁紹さん!」と呼びかける。彼女は一刀の入塾初日に元気よく手を振っていた生徒で、名前は劉備。いつも友達に囲まれている人気者の生徒だ。
「どうしましたの劉備さん?わたくしは今この坊やに」
「董白くんは新しく王学科に入ったお友達なんですよ~!」
劉備はそう説明する。それを聞いた袁紹は訝しそうな表情で一刀を見た。
「王学科…?この坊やが?」
「はい!」
「…水鏡先生も酔狂なことをなさいますのね。」
いつも背筋がピンと伸びた褐色肌の少女が、思わぬ洒落に「ぷっ」と吹き出したが、咳払いをしてすぐ居住まいを正す。彼女も成績優秀で、学級委員長という立場を請け負っている孫権だ。
そこで、じっと一刀が自分を見ていることに気が付いた袁紹は横の巻き髪をかき上げながら、
「何を見ていますの?わたくしの顔に何かついていまして?」
と問うと、一刀はぽけ~っとしながら言う。
「あの、きれいだな~と思って…」
涼州で育った一刀にとって、まるでお姫様のような煌びやかな格好の女性を見たのは初めてだった。透き通るような白い肌と窓から差し込む陽射しが、よりいっそうキラキラを引き立たせた。そんな姿を見て、一刀にしてみれば感想を素直に告げただけだったのだが、それを聞いた瞬間、袁紹は動きを止めた。
すると今度は若干紅潮した表情で董白を舐めるように見る。
「んまぁ…!!あらあら、まあまあ、あらあら~!可愛いこと言う子ですのね~!
顔も悪くないですし…気に入りましたわ!これからは名門袁家のこのわたくしが色々と面倒を見てあげてもよろしくてよ~!お~っほっほっほっほ!」
「??ありがとう??」
完全に上機嫌になった袁紹は適当な椅子に腰を下ろすと、わざわざ一度足をピンと伸ばす大きな動作で足を組み高笑いを続けた。曹操からまたもため息が漏れる。
とかくこの世界の女性は直接的に「可愛いね」「奇麗だね」といった言葉を向けられることに弱い。これも要するに浪漫の一つなのだ。
変らず高笑いが続くなか、王学科の授業を受け持つ水鏡が教室へ入ってきた。
「おや、随分とご機嫌じゃのう袁紹ちゃん。良きかな良きかな。
そいじゃ、授業を始めるぞい。」
その一言でパラパラと皆それぞれの席へ着席する。
「ふ~む全員出席…はしとらんようじゃの。孫策ちゃんはまた脱走か。ほほっ、困ったもんじゃのう。」
今度は孫権がため息をつく。
孫策はたびたび授業を抜け出し、どこかで遊んでいたりする。特に友である周瑜の目が離れやすい王学科の授業になればかなりの確率で抜け出していた。
「まあ良いじゃろ。今の彼女には必要ないというだけの話じゃ。
…さて、今日は初参加の生徒もおるで折角じゃから討論をしてもらうぞい。」
「…討論、ですの?」
「左様。ひとまず皆には国を五つに分け、それぞれ一つが自分の統治であると仮定し、『どんな国を目指すか』をこの竹簡に書いてもらう。のちにそれを発表し、討論開始という流れじゃな。」
水鏡は一つ爆弾を残した。国から領土を預けられて五つでなく、国として五つという点だ。この教室でそれに気が付いたのは曹操だけだった。孫権は真面目な顔で思案し、劉備と袁紹は想像して楽しそうに書き込んでいるようだ。対する一刀は、全く浮かばないのか唸るばかりで筆が一向に進まない。そうして時間だけが刻一刻と進んでいったのだった。
「…ふむ。そろそろ良いようじゃな。。
そいじゃ、一人ずづ発表開始じゃ!」
こうしてそれぞれの発表が始まるのだった。
今回もお付き合いくださりありがとうございます!次回は王学科の授業後編です!お楽しみに!
それでは皆さんのご意見ご感想お待ちしております!