王学科の授業もつつがなく進み、ついに発表の時間がやってきた。
「それでは、まずは曹操ちゃんから発表してもらおうかの。
…と、その前に。」
水鏡はそこまで言うと、一刀に歩み寄った。
「お主、何か書けたかの?」
「…すみません。」
考え抜いたが結局一刀は思いつかなかったのだ。それを聞いた袁紹は「もう、仕方ないですわね~」と何故か満足げだったが、曹操や孫権は露骨に怪訝そうな表情だ。しかしそれをわかっていた水鏡は微笑んで言った。
「良い良い。お主はそれで良いのじゃ。」
「…え?」
「意地悪をして悪かったのう。最初からお主には書けぬとわかっておった。」
「…ごめんなさい。」
情けなくなって一刀は俯く。ところが水鏡は一刀の頭に手を置き、優しくぽんぽんと撫でた。
「そう落ち込むでない。お主の役目はこれから始まるんじゃ。」
「??」
分かっていないようで一刀は首をかしげる。
「ほほっ、董白や。お主は皆の発表をよく聞き、思った意見を素直に投げかけてみよ。それが役目じゃ。」
「は、はい!」
返事に満足したのか水鏡は曹操へ始めるよう合図を送る。そうして、まずは曹操の発表が始まった。一刀も気を取り直し、集中してその姿を見ているようだ。
曹操はまるで正の解答を説くように自分の意見を述べていく。内容には説得力があり、つい何度も相槌をうってしまうほどだ。一刀にはそれがとても格好良く映った。
発表の内容を要約すると、曹操の意見はこうだった。まず、五つの国を優秀な一人の指導者の元に束ねるべきであり、その為に一つの強国の傘下に他四つは降ってもらう。その後、優れた人材によってより整然と平和な世に向け民を導いていく。
この意見に真っ向から反発したのは劉備だった。降すのではなく、手を取り合っていくべきだと。孫権は静観していたが、何か思うところがある顔をしている。
「何がどう間違っているのかをきちんと言葉にしてごらんなさい。」
「う~…だ、だから!間違ってるから間違ってるんです!」
「話にならないわね。」
「う~…!」
言い合いが熱を帯び始めたとき、袁紹が立ち上がった。
「話は分かりましてよ華林さん!」
「え、袁紹さんは賛成なの?!」
「当然ですわ!だってその一人の指導者というのはこのわたくしのことでしょう?お~っほっほっほっほ!」
「…誰があんただって言ったのよ。」
そのやり取りを見て、一刀は気が付いた。たぶんこの発表の論点はまさにそこなんじゃないかと。
このやり方では指導者は誰かという理由で必ず争いがおこる。最悪の場合、五つの国が見たこともないような大喧嘩をしてしまうかもしれない。
一刀は武威で父の警備隊を手伝う折、「どちらのやり方が正しいか」という大工の頭同士の喧嘩を仲裁した覚えがある。「どちらもおなじ親方さんなのになぜ喧嘩するんだろう」と不思議に思っていた。その時玄が一刀を諭すようにこう言っていた。
『いいか、一刀。喧嘩は悪いことじゃない。むしろ殴り合わなきゃ分かり合えない不器用な奴らもいるんだ。だが、今みたいのは話は別だ。
俺のやり方が正しいから従え、では負けた方に必ず遺恨が残る。大事なのはやり方がどうこうじゃない。何を守るかだ。今で言えば方法だが、それは人なのか誇りなのか土地なのか人それぞれさ。むしろそれさえ守られれば喧嘩したってどちらも満足なんだから。』
そこで一刀はスッと手を挙げた。水鏡はそれを見て嬉しそうに言葉を促す。
「一つ気になったんだけど、その四つの国には守りたいものが無いのかな?」
曹操がピクリとわずかに表情を硬化させる。
「…それは民以外にという事?」
「うん。」
「国にとって、民以外に大事なものがあるのかしら?」
「う~ん…あのね、これは僕のいたところの話なんだけど聞いてもらえる?」
そういうと、一刀はさきほど思い出した大工の話を始めた。皆黙って聞き入っているようだ。
「それで、親方さんのとこにいた大工さんが言ってたんだ。『俺は親方のとこで代々やってきたんだ!ほかの奴のやり方なんてまっぴら御免だ!』って。父さんが言うには、それが“誇り”って言うんだって。」
その言葉に、曹操はハッとした。若さ故か、自身が優秀すぎる為か、曹操の意見にはその部分だけが抜け落ちていたのだ。どれだけ優秀な人材がその地を統べようと、その国の民にも誇りはある。そこを蔑ろにしてはいつかきっと火種になることは明白だった。
無論、一刀にはそこまでの考えはなく“なんとなく思った”ことを口にしたのだが、元来優秀すぎるほど優秀な曹操にはその言葉だけで充分だった。すると今度はこれまで黙っていた孫権が手を挙げる。
「…私は董白の言う事がよくわかるわ。むしろ、私が発表しようとしていた内容と言葉は違えど相違ないもの。」
曹操は僅かに悔しさを浮かべる。
「だから…僕はそれ良いと思う!」
「うむうむ、董白、それでよい…ってなんじゃと?!」
突然の賛成に水鏡だけでなく袁紹以外の全員が驚いていた。袁紹はといえば「そうでしょう!そうでしょうとも!」と何故か高笑いをしている。
「…どういうこと?」
「だって、さっきの発表は素晴らしかったもん!それに、僕の話もちゃんと聞いてくれたし、きっと曹操さんみたいな凄い人なら相手の誇りも守ってくれるよ!でしょ?」
「え、えぇ…。」
曹操は呆気にとられた表情で頷く。が、それと同時に董白という人間に驚きを隠せなかった。重箱の隅をつつくのではない。まして劉備のようにただ「嫌だ」と叫ぶのでなく、己が見えてなかった支柱の綻びを突いてきたのだ。ところが綻びを突いてきたと思えば一転して賛成だと言う。その理由も「きっと曹操さんならできる」という子供じみた理由で。
このまま押し切れば討論を五分には持って行けたはずだし、たぶんそうしようと思えば董白にはそれができた。でもそうせずに賛同したのは何故か。誰しも心の裏では「相手を倒してやろう」「恥をかかせてやろう」という欲が働く。しかし彼にはそういった二心がないのだ。
曹操はこの少年が、何か透き通った…まるで水のような人間だと認識した。敵とも味方とも違う初めて会う種類の存在。以降、曹操は「この男を完膚なきまでに負けせて見せる」と思うようになったのだった。
次の発表は孫権だったが、一刀に重要な部分を言われてしまったと回避を宣言し、劉備の番へ。
劉備はそれこそ楽しそうに自分の考えを語った。曹操のような具体的な案はなく、「戦いがなく、みんなが笑って楽しく暮らせる国にしたい」と語る劉備。無論、これに真っ向から反応したのがその曹操だった。
「…馬鹿らしい。」
孫権もため息交じりにそれに賛同する。袁紹は発表など聞いておらず、一刀に何やら熱い視線を送り続けていた。
「それで?その笑って楽しく暮らしている間に他の国が攻めてきたらどうするのかしら?」
「は、話し合います!」
「では実際に剣を持ち、槍を掲げ、軍馬を引き連れた者たちがあなたの国に攻め入り切っ先をあなたの首に突きつけていたら?それでも話し合うのかしら?」
「そ、それは…もしそうなったら…」
「戦う、のよね?」
「う…。」
曹操の意見は尤もだった。自分の国力を高めるために国土を広げようと攻め入ってくることはあり得る話で、それを打ち払う必要も勿論出てくる。だからこそ曹操は一つにまとめるべきだとしたのだ。そのような諍いを生まないために、ある意味で究極の平和的解決策だと言える。ところが劉備はその可能性を一切考えていなかった。
「最初に先生が言ったわよね?国を五つに分けると。それは漢から五つの地を任されるのではなく、分けると言ったの。それぞれの国の王が、あなたの地を攻めて自らの支配下に置く可能性を度外視しすぎだわ。」
「あう…だ、だから、それは…」
「民が笑って楽しく民が暮らせるのならそれに越したことはない。でも、それは平和の元に成り立っているの。その為の解決策がまるで出てきていないのはどうしてかしら?それならば私の国の傘下に入ってそれを実現しても良いのではなくて?少なくとも、容易く攻めて来られない強国にするつもりだからその方が近道じゃないかしら。」
そこまで言うと、劉備はついに言葉を失ってしまう。つまりこの場の話し合いだけで言えば、反論できないという事はある意味劉備は国を失ったという事になる。
そんな時、手を挙げたのはまたしても董白だった。曹操は明らかに警戒心を見せる。
「僕は凄く良いと思うな~!」
「ほ、ほんとに!?」
劉備は思わぬ助け船に目をキラキラさせて喜んだが、一方で曹操は訝しむような眼で一刀を見やる。
先ほどのしたたかさはどこへ消えたのか、或いはこの少年はただの八方美人だったのかと。
「つまり、ほかの国と“とことん仲良く”なっちゃえば良いんだよね?」
誰もが開いた口がふさがらなかった。無論、袁紹を除いて。
「そう!そうなの!董白くんはわかってくれたんだね!」
「ば、馬鹿言わないで!そんな理想論…」
「うん、もちろん理想だよ?でも、お互いが仲良くなる努力をすればできるかもしれないでしょ?」
それを聞くと孫権はくすくすと笑いだした。あくまでも理想この上なく、孫権自身もこの甘さは好きではないが、あまりの突拍子のなさがツボに入ったのだろう。
それに反論しようとした曹操は一度口を閉じ考える。そうしようと思ったのは先ほどの一件があったからだ。もしかしたらあの少年のの中では何か違うものが見えているかもしれない。そこで曹操はもう一度劉備の意見と董白の考えを頭の中で反芻してみた。「明るく楽しく」大いに結構、だが「戦いのない」というのは甘すぎる。「とことん仲良くちゃちゃえば」…そうか、つまりはそういう事か!
「…なるほど。」
ため息交じりに曹操が言うと、劉備は嬉しそうに飛び跳ねる。
「曹操さんもわかってくれたんだね!」
「…いいえ、あなたの意見は正直理解できないわ。」
「え~?!」
「ただ、董白…あなたの『とことん仲良くなる』という意見だけど、つまりは歩み寄る努力をした方が戦争をするよりもはるかに簡単ということよね?確かにそちらの方が人命や資材、かかるお金は少なく済むでしょうし。交流が深まれば商人もさかんに行き来し、それだけ経済効果も見込めるわ。」
飲み込んだ意見を一刀にぶつける曹操。しかし、その一刀はポカンとしていた。
「あら?何か間違っていたかしら。」
一刀は我に返ると一転、キラキラした目で曹操を見た。まさかの反応に思わず曹操はビクッとしてしまった。
「やっぱり曹操さんは凄いね!僕にはそこまで考えられなかったよ!」
「…は?」
「だって友達になればそんな争い起こさないかな~くらいにしか考えてなかったから…えへへ」
孫権はついにおなかを抱えて笑い出してしまった。対する曹操は怒っているのか恥ずかしいのか半々といった感じで顔を赤らめる。
「あ、あなたねぇ!馬鹿にしているの?!」
「馬鹿になんてしてないよ!僕、発表の時から本当にすごいな~格好いいな~!って思ってたんだから!」
「なっ…!」
そんなことを真正面から臆面もなく言ってくるものだから曹操は思わず赤面してしまう。そんな表情を見て、孫権は「へ~」と声を上げる。
「な、なによ…。」
「いえ、もう一年以上同じ教室で過ごしてきたけれど、あなたの人間らしい姿は初めて見たから。ふふふっ」
「よ、よけいなお世話よ。」
プイとそっぽを向く曹操。
「でも曹操さんにわかってもらえてよかった~!やっぱり仲良しが一番だよね!」
「いえ、あなたの意見はこれっぽっちも理解できなかったわ。」
「そ、そんな~!ひど~い!」
教室を笑いが包む。
こうして授業終了を告げる鐘が鳴り、董白にとって初めての王学科の授業が無事終わったのだった。
塾長室に戻った水鏡は椅子に腰かけると、さきほどの授業を思い返し一人笑顔を浮かべる。あれぞまさに水!あれぞまさに人!董白という少年は想像以上だった。
初めて会ったとき、この特異な少年をゆくゆくは自分の後継者として都へ推挙しようと密かに考えていた。自らの跡を継ぎ「王を知る者」として育て上げかったが、どうやらその枠に収まらない逸材かもしれない。嬉しくもあり悲しくもある複雑な誤算だ。
「責任重大じゃな、天の子よ。」
そう呟いて、また笑みをこぼすのだった。
一方、廊下では…
「…あら?わたくし発表していないような…。
ま、良いですわ!可愛い子にも巡り合えたことですし、今日のお昼は豪~華にいきますわよ~!お~っほっほっほっほ!」
食堂へと向かう道すがら、袁紹の高笑いが響いていたのだった。
今回もお付き合いありがとうございます!ちょっと長すぎたでしょうか…。王たちとは最初の絡みとなりますが、大体こんな感じで関係性を作っていくのかな~というのは少し見えてきたかと。
次回は私塾の日常を描いたシーンになります。どうぞお楽しみに!
それでは皆さんのご意見ご感想お待ちしております!物語についてのご質問なども必ず返信しますのでお気軽にどうぞ!