「お、おほんっ、え~っと、それでは『道徳』の授業を始めたいと思います!」
かなり緊張しているのか、やや引き攣った笑みでそう言う皇甫嵩により授業参観が始まった。座席の一番後ろでは保護者たちが立ってにこやかに見守っている。董夫妻はそのど真ん中に陣取り、夕陽は祈るように両手を胸の前で組んで、玄は疲れてウトウトしまった月をおんぶしながら一刀の後姿を眺めていた。
「実は、今日はみんなにお父さんお母さん宛の手紙を書いてもらっています。それを一人ずつ読んで、道徳の授業と代えたいと思います。」
教室の後ろでは保護者たちが俄かに活気づく。
「それじゃ、みんな準備はいいですか~?」
生徒たちの元気な返事が響く。
まず初めに読んだのは学級委員長である孫権だった。孫権は母である孫堅について書いており、その武勇は呉の地に大きく響き渡っているのだと誇らしげにそれを読み上げる。兵学科の生徒はもちろん、軍事関係で働いている保護者からも大きな拍手が起こり、当の本人である孫堅は「うむ!」と満足そうに笑っていた。
「さ、さすがは江東の虎ですね~!ただ…ご息女はまた若いですし、戦場を引っ張りまわすのはどうかと…」
「あん?」
「いえ!なんでもありません!
それじゃ、次は…」
虎に睨まれてしまった皇甫嵩は迫力に負けて話を逸らすことにする。そして次に読み始めたのは曹操だった。曹操は母の仕事を事細かに分析し、それについての改善案を出す。そして母もこれに応戦。もはや授業参観ではなく軍議を思わせる二人のやり取りに開いた口が塞がらない保護者たち。結局どちらも折れることなく皇甫嵩の「は、は~い!そこまで!」という合図で打ち切られるが、未だ二人の睨み合いは続く。
「あの、せっかくのこういう場ですから、お二人とも仲良く…」
「あら、仲は良いわよ?」
「ええ、私と華林はいつもこうですから。」
「…。」
理解がこれっぽっちもついて行けないようで、皇甫嵩は言葉を失う。続いて読み始めたのは関羽。後ろで見守るいかにも屈強そうで立派な髭を蓄えた父についての手紙だった。道場を経営している父に勝ち、いずれ青龍偃月刀を引き継ぐと宣言。こちらも攻撃的な内容ではあったのだが、なんとなく言葉の端々に父への尊敬や愛情がにじみ出ていて皆の感動を誘ったが…
「泣いとらん!!拙者は泣いとらんぞ!!!」
「ちょっ!危ないから偃月刀振り回すのはやめてください!」
涙を誤魔化すべく素振りを始めた大男のおかげで台無しだった。因みに、偃月刀を片手で受け止めた孫堅とバチバチに睨み合ったのだが、それはまた別のお話。
続いては李儒だったが…
「…すみません、手紙は今破り捨てました。」
そう言って目の前でバラバラに引きちぎった。先ほど知ってしまった出生秘話の衝撃が根深いのだろう。まさに、一人の子が反抗期を迎えた瞬間だった。
苦笑いする皇甫嵩をしり目に、次は劉備が読み始めた。いかにも年相応な「お父さんお母さん大好き!」といった内容で、後ろでは二人で手を握り合った朗らかで優しそうな夫婦が涙を浮かべて嬉しそうに聞いていた。皇甫嵩は「私が待ってたのはコレ!」と言いたげに何度も頷いている。
「素晴らしいですね~!!劉備さん、良く書けてますよ~!」
「えへへ~」
「それじゃあ、この調子で…次は公孫瓚さん、どうぞ!」
「はい!」
こうして生徒たちは手紙を読んでいき、その度保護者は照れたり喜んだり、時には涙したりと各々の反応を見せていた。
そしてやってきた一刀の番。両親も一語一句逃すまいと前のめりで言葉を待つ。月はすでに玄の背で寝てしまっていた。
「…僕は、父さんと母さんの本当の子じゃありません。」
そんな言葉から、手紙は始まった。
予想外だったのだろう、教室の全員が言葉を失った。隣の李儒も目を見開いて驚いている。あの冷静な曹操さえ僅かに表情を変えたほどだ。
この時代、もちろん里子などは珍しくない。だが学友からすれば擦れたところの全くない真っ直ぐで素直な董白からは、そんな印象は得ていなかったのだ。どこか斜に構えてしまったり、つい悲観的な見方をしてしまったり…経験というのは意図せず人格に影響を及ぼす。無論、それが悪いという事ではない。それがその人を人たらんとしている証なのだから。学友が驚いたのはひとえに、いつも太陽のようにポカポカした董白に、影があるとは思ってもみなかったのだ。
夕陽と玄は息をのんで続きを待つ。二人とも「そうか、やっぱり覚えていたんだ」と思いながら。
「でも、そんな僕にたくさんの愛情をそそいで育ててくれました。可愛い妹にも会わせてくれました。」
満面の笑みでそう言う一刀。
「だから僕は将来、父さんの警備隊に入って、妹を守れるオトナになりたいです!お休みの日は母さんの仕事もお手伝いしたいです!今はまだ紙を畳んだり書簡を包んだりしかできないけど…母さんをもっと楽にさせるためにお勉強をがんばっています!」
一刀の手紙は続く。夕陽と玄は手紙から思い出があふれ、目からはとめどなく涙がこぼれていくのも構うことなく、目をそらさずにそれを聞いていた。
仕事で遅くなって帰ってきた夕陽のために夕飯を代わりに作り、失敗してしまったときのこと。…もちろん、夕陽は昨日のことのように覚えている。形はぐちゃぐちゃで味もちょっと焦げっぽかったけど、生涯で一番おいしい卵焼きだった。あの時の一刀は「これしかできなかった、ごめんね」と泣いていたっけ。
初めて玄に稽古をつけてもらったときのこと。…もちろん、玄も昨日のことのように覚えている。あまりに筋がよかったものだから、調子に乗ってやらせ過ぎて手の皮が剥け夕陽にこっぴどく怒られた。お風呂で痛いだろうから頭を洗ってやったら、気持ちよさそうに笑ってたっけ。
「だから僕は、とと様とかか様が大好きです!」
笑顔でそう締めくくった。ついには夕陽が堪え切れなくなったのか一刀を後ろからギュッと抱きしめる。教室は誰から始めたものか、温かい拍手が包んでいた。
「ぐず…っ、董白くん、よくできました!先生もう涙がどまらなぐで…えぐっ」
布で目の下をぬぐい、時々えずきながら皇甫嵩は一刀に微笑みかける。見回してみると、生徒や保護者の何人かも涙を浮かべていた。
ごめんなさいと一言ことわって「ち~ん」と鼻をかむと、
「皆さん、素敵なお手紙でしたね!保護者の方々も、素晴らしいお子さんをもって誇らしいと思います!私も将来、皆さんのような子供が出来たらいいな…なんて」
「その前に相手を探さにゃ!」
孫堅のヤジで皆が笑う。顔を赤らめて「ほっといてください!」と叫ぶ皇甫嵩。
同時に終業を告げる鐘の音が鳴る。授業を締めくくろうとしたその時、のそっと戸を開く者が居た。
「ま、待ってくれ…我が子の…我が子の手紙を私は聞いていない…!」
入ってきたのは先ほどとは別人のようにやつれた李儒の父だった。母はあのままどこかへ行ってしまったようだ。破り捨てたのを知っている皇甫嵩は気まずそうな笑みを浮かべてチラッと李儒を見る。すると李儒はため息交じりに父のもとへ歩み寄り…
「手紙?そんなものは無いです。」
そういうとピシャリと戸を閉める李儒。戸の外では、大の大人がむせび泣く声が聞こえていたのだった。
今回もお付き合いくださりありがとうございます!次回は授業参観(後編)をお送りしようと思います!
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