一刀が帰ってくる。その知らせをうけ、蛮族対策に駆け回る夫を金城に残し一家総出で武威に急ぐ馬家の面々。中でも翠はえらい気合の入りようで、前の晩から服選びに精を出していた。
「お姉さま…こう言っちゃなんだけど、選ぶほど種類ないじゃん。」
「いや、この辺とかちょっと違うだろ?あと微妙に色が違ったり。」
「…どうでも良いけど、一刀さんを振り向かせたいならもうちょっと女の子らしい恰好しなきゃ。」
「Δ×ω〇Σμ▼?!!!
ば、馬っ鹿!たんぽぽ馬鹿!振り向かせたいとかそんなわけないだろ?!」
真っ赤な顔で力説しても全く説得力はなく、たんぽぽもあきれ顔で「あ~ハイハイ」と受け流す。誰がどう見ても一刀に気があることは明白なのだからもっと素直になれば楽なのにと思うのだが、本人には譲れない一線があるのだろう。馬を駆る今も頻りに髪形を気にしてはブツブツと「変じゃないかな」とか「あいつに会ったら…」とか呟く翠にこそっとため息をつくのだった。
ところ変わって水鏡を出発した一刀は、同じく涼州出身の李儒、牛輔、李傕、郭汜と旅路を共にしていた。そこから天水へ向かう李傕と郭汜とは山の麓で分かれ、三人で緩やかな山道を登っていく。因みに一刀の愛馬である白亜には荷物だけ背負ってもらい、手綱を引かれて歩いていた。すると暫くして、牛輔が何かを感じ取り草陰に隠れるよう指示した。それに従い息をひそめると、とんでもない大きさの熊と虎が闊歩しているのが見えてきた。
「ちょっ…!な、なにアレ…!?」
李儒と牛輔は息をのむ。あんな怪物に襲われてはひとたまりもなく、それこそ一撃で肉塊に変わることは間違いないのだ。戦慄する二人を差し置いて、一刀は「な~んだ」とあっけらかんと笑い草陰から顔を出す。
「馬鹿、何やってんだ!」
牛輔が止める間もなく、一刀は獣の前に躍り出てしまった。急に出てきた人影に驚いたのか、恐ろしい唸り声をあげる虎。それはそのまま一刀に躍りかかり、ついには完全にのしかかってしまった。
「董白…!!」
あまりの事態に飛び出してしまう李儒。「今助けるからね」と震える手でメスのような小刀を取り出し虎に向かっていくが、立ちはだかった熊が器用に爪で小刀だけを弾き飛ばす。恐怖心にへたり込んでしまう李儒。続いて牛輔がその前に立ちなんとか次の一撃から庇おうとする。が、熊はそれに見向きもせずに一刀の方へ近づいて行った。
「ごめん…ごめんよ董白…!僕、君を守れなかった…!」
「…っ」
涙を流す李儒と、悔しそうな表情を浮かべる牛輔。…だったが、一刀の笑い声が聞こえてきて顔を見合わせた。
「あは、あははははっ!ちょ、くすぐったいよ!」
「きゅ~きゅ~、ハッハッハッ…!」
「くるるる~…!」
恐る恐る近付いてみてみると、顔をよだれまみれにして楽しそうに笑う一刀がそこに居た。呆れたように深いため息を漏らす二人。その時、二人の背後から声が響いた。
「かずと!」
ボロボロの服を着た赤髪の少女は二人の間を通り過ぎると、虎から解放され起き上がり顔をぬぐっていた一刀にギュッと抱き着いた。そしてそのままペロペロ頬を舐められ頬ずりされる一刀。
李儒に衝撃走る。
「な…な…な…なあっ…??!!」
李儒が受けた衝撃たるやそれは想像を絶するものだった。
一刀に女の子が抱き着き、頬を舐め、頬ずりする。それどころか真名まで呼んでそれを受け入れているのだ。牛輔は「お~お~、隅に置けないねぇ」と笑っていたが、李儒からすればそんな程度の驚きではない。というより精神的な余裕は全くなかった。
「ちょ、お、お前!董白から離れろ!」
虎や熊への恐怖など忘れ、一刀に駆け寄って女を引きはがそうとする李儒。ところが女の力は凄まじく、非力な李儒が少し引っ張ったところでビクともしない。ついには「じゃま」と軽く押されただけで尻もちをついてしまう。
「このこたち、だれ?」
「前に少し話したでしょ?僕の友達の李儒と牛輔だよ。」
「よっっと、まあよろしく頼むわお嬢さん。」
李儒に手を貸して助け起こした牛輔は片手をあげてあいさつする。女は軽くうなずくだけでまた一刀に頬ずりを始めたのだった。
それから少し経って小休止すべく近くの小川に案内された一行は、手ごろな岩に腰かけて一休みすることにした。一刀は学食でもらってきた肉まんをレンにあげると嬉しそうにそれを頬張った。
「そ、それでさ…その子は一体誰なの?も、もしかして、その…恋人…とか?」
そっぽを向きながらも横目でチラチラ伺い見るように尋ねる李儒。
「レン、かずと、ともだち。だいすきな、ともだち」
「っ…!へ、へ~!そ、そうなんだ~…!」
無理矢理な笑顔を作ってそう言う李儒だったが、あからさまに目が泳いでいた。異性の大好きな友達で頬を舐めても平気ってそれはもう友達の範疇を超えている。この山の方に友達が居るとは聞いていたが、まさか女の子とは思わず李儒にとってはかなりの打撃だった。しかも自分はまだ許されていない真名を呼び合っていることに心中はあまりに複雑だ。無論、董白のことだから頼めば呼ばせてくれるのだろうが、すっかり機を逃してしまい今更どう言おうか迷っていたところにコレだったのでその打撃は精神的に凄まじい負荷を与えていた。
「んで、お嬢ちゃんは名前なんて言うんだ?」
「??
レンは、レン。」
「いやいや、真名の方じゃなしに。」
「あれ?そういえば…」
そう、出会ったときからに真名で呼び合う一刀は彼女の名前を知らなかった。それどころかどこに住んでいてどんな暮らしをしているのかも知らない。そう言うと、牛輔は「なんじゃそら」と不思議そうな顔をしていたが、李儒は逆だった。
「よし、勝った…!!!」
すっかりしょげて地面にのの字を書いていた李儒は拳を握り締めて元気になる。衣食住を共にし、お互いのことをよく知る李儒にとってその勝利は大事なものだった。
「爺は、呂布ってかいてた。ほら、ここ。」
そう言ってレンはボロボロの服の一部に刺しゅうされた文字を指さした。そこには不器用ながらに赤い糸で『呂布』と縫ってあり、すっかり色あせて年季を感じさせるものだった。
「へ~、爺さんと暮らしてんのか。こんな山奥で物好きな…」
「爺…ずっとまえ、しんじゃった。」
その言葉に、声をなくす三人。聞くところによると、それからは近くの山小屋で動物たちと木の実などを食べながら暮らしてきたらしい。それ以外に分かっているのは生前に自分のことを『レン』と呼んでいたことだけ。しばらく沈黙が続くと、考え込んでいた一刀が立ち上がった。
「レン、じゃあ僕の家においでよ!」
驚いた顔をする牛輔と李儒だったが、レンは一刀の家と聞くと目をキラキラさせた。
「僕も…拾われた子だけど、いっぱい愛情をくれた人たちだからきっと大丈夫!ね?」
「…いいの?めいわく、ちがう?」
「うん!驚くだろうけど、話せばわかってくれるから!」
レンは抱き着くとまた頬ずりをはじめ、一刀はくすぐったそうに笑う。ところがそれで収まりがつかないのは李儒だ。拳を握りながらプルプル体を震わし、もう我慢できないといった様子だった。
「…ずるい。」
「え?」
「ずるいずるいずるい!!その子ばっかりずるい!!」
「ど、どうしたの李儒?」
「玲!」
自分を指さしてそう叫ぶ。なんの事かわからずに聞き返す一刀だったが、また同じことを繰り返すだけだった。
「えっと…レイ?」
「~~~~~~~っ!!!」
嬉しさと恥ずかしさに両の頬へ手を当てながらクネクネする李儒こと玲。落ち込んでいたのが嘘のようにそれだけで気分は最高潮に達していた。
「あ、そういえば真名の交換してなかったね!僕のことは一刀でいいよ。」
その言葉を聞くと、飛び上がる李儒。「やったやった」とはしゃぐ声がやまびことなって何度も木霊した。
「ほんじゃ、その流れに乗って…俺は準。俺も真名で呼んでいいか?」
「もちろん!よろしくね、準!」
「よろしく、“牛輔”。」
「ヒドイわっ!!??」
李儒だけは牛輔と真名で呼ばず、あからさまな拒否に涙目になる。ところが実際そんなに堪えていないようで、「ほんじゃま、そろそろ行きますかね。」という準の一言で帰路を再開するのだった。
「呂布さんは左手で、僕は右手ね!」
「それだと白亜の手綱は…」
「白亜は牛輔、引いてあげて。」
「ついには御者扱いかよ?!…まあ良いけどね。俺、器大きいし。」
そう言って嫌な顔一つせず素直に手綱を握る準はやはり良い奴なのだ。だがそんな準にも気になったことがあった。それは明らかに一刀に恋する乙女だった先ほどからの李儒の態度。やきもちを焼いて、真名を呼ばれただけであんなにも嬉しそうにして…。
「…ハッ!」
そこで気付いてしまった。
「李儒…お前もしかして…」
「ぎくっ」
冷や汗をかく李儒。そして牛輔は嫌に生暖かい目をすると、肩に手を置いて
「お前、同性愛者だったんだな。安心しろ、俺は人の性癖には寛容だから。」
そう言った。その顎に強烈な一発をお見舞いされたのは言うまでもない。
今回もお付き合いいただきありがとうございます!ついに真名を交換できた李儒でした。そして牛輔の真名については…すみません、アレにはアレしかしっくりくるものが無くorzどうかご容赦ください。次回は一刀が武威に到着します。
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今後ともお付き合いよろしくお願いいたします!