一刀が帰郷してから数日が経っていた。
庭で駆け回る一刀らと、それをもじもじしながら見ている翠。あれ以来、一層目も合わせられなくなってしまった翠は、普段なら率先して一刀の隣で走っているのだがどうもそうはいかないようだ。話しかけられても真っ赤になって俯くだけで、まともに話すことすらまだ出来ていなかった。
一刀が私塾に入学してからというものの、会えない時間に想いを膨らませすぎてしまったのだろう。そんな翠を縁側から眺めているのは蘭だった。
「あの馬鹿娘…もっと素直になりゃ楽なのによ。ったく誰に似たんだか。」
「あら、絶対あなたよ?ほんと驚くほどそっくりなんだから。」
独り言をつぶやいたつもりだったが横から思わぬ反応が返ってきた。
「はあ?あたしなわけないだろ!」
「ふふっ、だってあなたが翔に告白する前だってあんなだったじゃない。」
「う、嘘つけ!あたしはもっとこう…ガツンとだな…!」
「嘘つきはあなたでしょ?私と玄をどれだけヤキモキさせたか…」
それは蘭が幼馴染である夫と正式に付き合う前の話。玄と夕陽を含めた四人の幼馴染だったのだが、それこそ翠と同じ年のころから片思いしていた蘭は中々切り出せずにいた。夕陽らはなんとか背中を押そうと努力したが、肝心の蘭が全く素直じゃなく、好機を棒に振ってばかりだった。まさに今の翠のような状態だったときもあったっけと夕陽は笑う。
「う、うっせ。」
誤魔化すようにがしがし頭を掻くと、ちらりと一刀の後ろを走るほどよく日焼けした赤毛の少女が目に入った。
「にしても…お前が子だくさんになるなんてなぁ…。」
ぽつりとつぶやく。その意味をわかっている夕陽は「そうね。」と返した。実の子は月だけだったが、十年前は三人も子宝に恵まれるなど想像すら出来なかったのだ。一緒に暮らし始めてからほんの数日だけだったが、もう既にレンが愛しくてたまらない。一刀が光を纏う大樹から見つかった時、自ら月を授かった時、レンが恐る恐る一刀の背から顔をだした瞬間はどれも遜色ない輝かしい出来事だった。
「あ、そうだ!」
レンの手を引く一刀を面白くなさそうに眺めている翠を見て、唐突に蘭は掌を打った。確か蘭が告白に踏み切ったきっかけはヤキモチ作戦だったのを思い出したのだ。あの時は玄と共謀して、(架空の)誰かが翔のことを狙ってるらしいと吹き込んで焦らせたのが一番効いた。血相変えて翔のもとへ急ぐ蘭のことは今でも思い出すたびに笑ってしまう。
夕陽は翠のもとへ歩み寄ると、こそっと耳打ちした。
「翠ちゃん、実はね?孫なんとかさんっておうちから、娘の婚約者に一刀をって話があるの。」
それは授業参観の時に玄から伝え聞いたひと騒動。目を見開いて夕陽を見る翠。
「でも…他に一刀ちゃんを好きな子が居たら可哀そうかな~って保留にしてあるんだけど…そんな子に心当たりあるかしら?」
言葉が出てこないのか、翠は冷や汗をかいて口をパクパクさせるだけ。反応まであの時の蘭とそっくりで思わず笑いそうになるがぐっとこらえた。
「居ないなら、この話受けちゃおうかな~?」
「い、いる!いるよ!」
「あら、いるの?でも誰かしら…出来れば一刀ちゃんといつも仲良く遊んでくれてる子が良いのだけど…あ、もしかしてレンちゃん?」
それを聞くと翠は大慌て。「遊んでくる!」と湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしながら一刀のもとへ走っていく。
「ふふっ、可愛い。」
夕陽はその後姿を、慈愛の目で見つめる。
やはり幼いころから一緒だったから、ひとたび遊び始めるともういつもの調子。一刀も前のように翠が遊びに加わってくれて嬉しそうだ。その日は日が暮れるまで子供たちは駆け回っていたのだった。
そして詠の家族も交えて全員で夕餉を済ませると、お風呂の時間。いつものように一刀が月と詠をお風呂に入れていた時のこと。
「へぅ~…」
髪を洗ってもらう間、気持ちよさそうに目を細める月と、そこへ新たにレンが加わってお風呂場は賑やかな湯気に包まれた。きっと牛輔がその場に居たら生きながら三回は成仏することだろう。
それはともかくとして、脱衣所には新たな人影があった。
「ほらお姉さま、昔はいつも一緒に入ってたんだから恥ずかしがってないで行こうよ!」
「で、でも…!」
「い・い・か・ら!というかほんと早くしないと蒼も鶸も風邪ひいちゃうから!」
「あっ…!」
勢いよく戸を開けると、止めるのも聞かずにたんぽぽが蒼らを連れてお風呂場に入っていった。全員が一糸まとわぬ姿で楽しそうに湯へ飛び込む中、翠だけは体に布を巻いていた。
「わぁ…!翠と一緒に入るのって久しぶりだね!」
「う、うぅ…あんまりこっち見るなよ!」
「どうして?」
「ど、どうしてって…その…」
まるで気にする素振りのない一刀に戸惑う翠。チラチラと盗み見てしまうのは女の
「そうだ!昔みたいに洗いっこしよ!ほらそこに座って!」
「へ?!」
無理矢理正面に座らせると、一刀も正面に座って布を手にした。もう一つを翠に渡すと、翠の肩口からゴシゴシ洗い始める。
「ちょっ、一刀やめっ…!」
「ご~しご~し!」
「あ、そこは…あんっ…」
なんだかとんでもない声を出してしまった翠は、恥ずかしくなって勢いよく立ち上がると、のぼせたようにフラフラとお風呂から出ていくのだった。因みに、これが翠の性の目覚めとなるのだが、これ以上語るのは野暮だろう。
今回もお付き合いくださりありがとうございます!翠の性の目覚めは洗いっこでした。皆さんの性の目覚めは何だったでしょうか?因みに自分はウォータースライダーで見知らぬお姉さんが着水したとき、ペロンと水着が捲れ上がった瞬間でした。さて、次回のお話は私塾に戻ります。
それでは皆さんのご感想お待ちしております!