対峙するごとに火花が飛び散る。
飛来する飛び道具を打ち落とし、猛烈な突きを放つも空を斬り、背後から迫る円刃を柄で払う。まさに一進一退の攻防が繰り広げられていた。
「ヌシ、わっちの攻撃を掻い潜るなんてやるのう!」
「ちっ…!こんの~、ちょこまかと!」
なかなか決定打をうてない翠は歯噛みする。四方八方から襲ってくる飛び道具は厄介で、隙を見つけたと接近するもそれも罠。翠にとってこれほど戦いにくい相手は初めてだった。これならまだ人間離れした力で攻めてくる呂布を相手にした方がまだマシだ。
「これで終いじゃ!!」
両手に三枚ずつ手にした円刃に氣を込め、放つ。それはまるで意思を持ったように翠に飛び掛かった。
「馬鹿の一つ覚えだな!!」
槍を巧みに操りそのすべてを打ち落とそうと構えるも、視界の端に七つ目の影があることに気付いた。しかし気付いた時にはすでに遅い。
「本命はこっちじゃボケ!」
投げた円刃の影に走りこんだ閻行が一気に距離を詰め懐にもぐりこんだのだ。勢いそのままに掌底を叩きこむ閻行。そして、「一本!」の声とともに試合に決着がついた。
こうして行われていたのは韓遂道場の門下生による組手。他にはたんぽぽと成公英が戦っていたが、こちらもやはり先に入門していた成公英が勝利する形となっていた。因みにレンは組手よりも基礎を学ばせようと木人への打ち込みを命じられたが一撃で粉砕してしまったため木陰で眠っている。
「ふむ…馬超、あなたは相手の攻撃に惑わされ過ぎね。その速さと強さは大したものだけど、それを活かすならもっと回避を身につけなさい。」
「お、押忍…。」
「それから馬岱は体力不足。一撃で決める打力が無いのならもっとじっくり攻めるしか道はないわ。なら相手より先にバテちゃダメ。」
「はい…。」
手にしたバインダーで二人の頭をポンと叩いていく。
「で、閻行?」
「ぬ?なんじゃいお師匠、わっちは勝ったゾ?」
翠たちにしたよりも強くたたかれる。
「遊びすぎ。組手と言えど実戦のつもりでやれといつも言っているはずよね?」
「うぐ…」
「精神修養が足りないわ。一刻ほど座禅して頭を冷やしなさい。」
「…押忍。」
続いて成公英に向き直ると、
「鍛錬の成果、出ていたわね。」
そう一言こぼし、踵を返した。成公英にはその一言で充分だったようで、顔を紅潮させて「はい!」と返事。自分を引き取り育ててくれた母の韓遂に褒められたのがよほど嬉しいのだろう。普段は真面目を絵にかいたような母譲りの鉄仮面を崩して破顔させていた。
その後は座禅を言い渡された閻行を除いた面々で自主鍛錬を行い、風呂場で水浴びをして着替える一幕。
「はぁ~…」
「元気出しなよお姉さま!まだまだこれからじゃん!」
「そうは言うけど…はぁ~…」
先ほどから肩を落として落ち込む翠。手も足も出ずに負けたのがよほど悔しかったのだろう。その上、遊ばれていたことも知り、誇りはズタズタだ。
「わっちは閻行~♪ガキ大将~♪」
そこへご機嫌そうに歌いながら閻行が更衣室に入ってきた。裸で肩に手拭をかけ大股で歩く姿に、翠はある一点が気になった。身長は同じくらいだが細身の体の至る所に傷が目立ち、背中から脇腹にかけて酷い火傷の跡があったのだ。
「ん?ヌシ、こいつが気になっちょんか?」
「あ、ああ、すまん。」
気を悪くしたかと目を逸らすが、閻行はあっけらかんと笑ってその跡を見せつけた。
「んにゃは!わっちは元々親に売られた子じゃ!」
重すぎる話も、笑い飛ばすように明るく話す。翠らはどんな顔をしたらいいのか分からず、言葉をなくしてしまった。
「そんれがまた売られた先が極悪でのう。気に入らぬことがあれば煮え湯をかけるわ鞭を振るうわで大変じゃったわ!んにゃはは!」
「笑いごとじゃないでしょう?
…たまたまそれを知った母様が家に乗り込んで家人を半殺しにして、別のおうちに預かられることになったのよ。」
「そうじゃ!今のかーちゃんも好きだが、わっちはお師匠が大好きじゃ~!」
そこで語られたのは衝撃の事実だった。
朝廷を追放されてからというもの、地元の涼州に帰ってきた韓遂は金城の役人に収まった。涼州はかつて侵攻してきた朝廷の軍を蹴散らした経歴があり、そこの役人に彼女が就こうとも誰も口出しできなかったのだ。そうして着任した金城で、たまたま目にしたボロボロの服を着ていた少女。生真面目な韓遂は視察として裏道までくまなく見て回ったことで偶然それを見つけられたのだ。少女は男女の親らしき人に殴られ、それでも健気に笑っている姿に居ても立っても居られなかった。
事情を聴こうと近付くと、相手は役人だと分かったのか媚びへつらう様にして家に引っ込んでいく男と女。その晩、韓遂はまたその裏路地を訪れていた。聞こえてきたのは耳を塞ぎたくなるような少女のくぐもった悲鳴。そこへ隣人と思わしき男が近寄る。
「お役人さん、こんなこと言うのは間違いかもしれないが…あの娘、どうにかならんもんか?」
「…ここの人はどういう人なの?」
「最近越してきたんだが、何やら洛陽で商売に失敗して、そん時に給仕として買っとった娘をああやって痛めつけてるみてぇでさ。もう聞いちゃいられねぇ。でもあの男は腕が立ちそうで、一介の商人のおいらにゃ…」
言葉を切って辛そうに顔を伏せる男。
「陳情は出さなかったの?」
「出したさ!でも警備隊が来てもあいつらはうまく誤魔化しやがるんだ!ここの城主様に言えば片付くだろうが…アレだろう?おいらの家まで壊されちまう。金城の警備隊は武威のほど洗練されてないしな。」
馬騰の気質は良く知っている。確かにこの一件を知ったら奴は間違いなく加減を知らずにブチのめしてしまうだろう。このような長屋では隣近所まで被害が及ぶことは必然だった。
「…私に知らせてくれてありがとう。だが、多分私の方が奴らにとっては最悪だろう。」
「は?」
意味深な発言をすると、韓遂は家の戸を開け放った。
「な、なんだテメェは!!」
「あんた、この人はさっきの役人だよ!」
突然の来訪に男は血色ばむが、妻の一言で冷静さを取り戻したようだ。慇懃無礼な笑みを浮かべて取り繕うその足元には、煮え湯をかけられたのか酷い火傷跡をおさえて蹲る少女が居た。転んだだけだの何だのと言い訳を続ける男女に、「黙れ」と一喝すると、般若と化した女がそこに居た。誤魔化しが効かないと見たのか、腹を括って剣を取る男だったが…
「あ、あんた…!」
「お、おぉ…俺の…俺の腕が…!!」
剣を取ったはずの腕は宙を舞っていた。
「なに、私には言い訳を聞く気もなく、目の前にいるのは外道だけ。ならば為すべきことは一つだろう。」
「ヒィ…!!」
片腕になった男と、それに縋りつく女に絶望が降りかかる。
「悪、即、斬とは言うが…私は優しい。即、というのは許してやろう。」
剣を鞘から抜いたかと思うと、その瞬間男女の両手足が飛ばされていた。
「泥沼でもがくその少女の苦しみを知れ下郎ども。」
そう言い残し、少女を火傷が痛まぬようそっと抱き上げる韓遂。こうして、閻行は別の家へ引き取られることとなった。引き取られたのは隣の家屋に住んでいたあの男の家だ。古物商を商っている夫婦で子がなく、それ故に不憫な少女を気にかけていたのだ。この一件を馬騰に報告すると、なぜ自分に知らせなかったと怒ったが、理由を聞くと夫からの窘めもありなんとか留飲を下げた。形としては外道を放っておいた償いとして、小さいながらも空き家を用意しそこを閻行と新たな養父母の住む家として提供する事で落着した。
だがここで韓遂は気付く。あの隣人の男は、何故あの下郎どもが“洛陽で商売に失敗して”いたこと、“娘をその時に買っていたこと”まで知っていたのか。それに何より、着任してまだ間もない自分が役人であると一目で見抜いていた。
「なるほど、間者か。」
だからこそ、無用な騒ぎを生まぬために自らが手を出せなかったのだろう。役人である自分に声をかけることだって出来うることなら避けたかったはずだ。
「正義感溢れる間者も居たものね。」
思わず笑ってしまう。何より正義、大いに結構。きっと洛陽から遣わされたのだろうが、この手の輩を韓遂は好む。男の名は程銀。数年後、この間者は韓遂に取り立てられ、旗本八旗に名を連ねることになるのだが、詳細はこの者によって伏せられている。
因みに暴力を振るっていたあの男女はその後、何者かに蹂躙され尽くして亡くなっていたのがわかった。アレをやったのが誰なのかは、調べないことにしたのだった。
「いや~!あんときは助かったのう!にゃはは!」
母の武勇伝を語る成公英は誇らしそうで、片や閻行は頭をガシガシ掻きながら笑う。
一見冷静そうに見える韓遂と、底抜けに明るい閻行の意外な一面を知った翠らは神妙な顔をしていた。
「それにしても馬超よ~!馬岱から聞いちょるぞ~?ヌシ、好いた男がおるそうじゃな~?」
「Δ×ω〇Σμ▼?!!!」
「好いた男って…そ、そんな破廉恥な!」
「た、たんぽぽお前~~!!」
まずいと思ったのか、たんぽぽは手早く着替えを済ませてさっさと出て行ってしまっていた。それからはそういった話に興味津々な閻行からありとあらゆる質問攻め。生真面目な成公英は「は、破廉恥!破廉恥です!」と言いながら一語一句漏らすまいと聞き入っているようだ。結局、外で翠が出てくるのを待ち惚けしていたレンとたんぽぽがしびれを切らすまで、恋バナが繰り広げられていたのだった。
今回もお付き合いくださりありがとうございます!道場と韓遂のお話でした。次回は運動会に話が進みます。
それでは皆さんのご感想お待ちしております!