「発走しました!…さあ各走者良い飛び出し!おっとその中でも牛輔選手速い速い!!発走直後から突き放して早くも指令所までたどり着きます!」
流石は兵学科で好成績をおさめている牛輔。スタートからの約100メートルでほかの組を大きく離してクジ箱までたどり着いてしまった。穴に手を入れ紙を一枚掴むと、一度頷きゴール地点に走り出す。借り物を持っていないにもかかわらずゴールへ走る姿に会場はざわついた。
「ちょ!あの馬鹿なにしてんの!」
李儒が叫ぶ。董白軍の面々は気が気じゃなかった。他の走者たちは紙を握り締めて目当てのものを探しているようで、早い人は既に手に入れてゴールへ向かっている。
紙だけを持った牛輔は今ゴールしたようで審判である盧植に審査を受けていた。
「…これはどういうことかしら~?」
「だから!俺の借り物はあんただっての!」
牛輔が引いた借り物の紙。そこには『ババア』と書いてあった。表情こそ笑顔のままだが盧植のこめかみに青筋が浮かぶ。
「私、まだ二十代になったばかりなんだけど…?」
「もう腐ってるじゃねぇか。ほら、一着の旗渡せ。」
「牛輔選手、失格。」
「なん…だと…?」
「それから反省文を竹簡五本分書いて来週中に提出しなさい!!はい次の人!!」
盧植の怒りは相当のものだった。まだうら若いにもかかわらず年寄り呼ばわりされたのでは仕方ないと言えるがそもそもそんなお題があること自体悪意を感じる。因みに、お題の紙を用意したのは体育教師の厳顔。酒でも飲みながら適当に決めたのは確認するまでもなく、教職員用の天幕に居る厳顔を盧植は睨みつけると冷や汗をかいて目をそらすのだった。
結局この組は最下位で得点なし。失意のまま戻ってきた牛輔は李儒に何度も踏みつけられているようだ。
「安心しろ、次は俺だ!」
「…李傕!」
続いての董白軍走者は李傕。李儒は彼の走力を知っている。
予想通り、スタート直後から周囲を突き放しクジ箱までたどり着いた。そこで一枚手に取ると、今度も真っ先にゴールへ向かう。
「あら、速いわね。お題は?」
「先生!これは何て読むんだ!?」
董白軍は思い切りズッコケる。彼はそもそもお題が読めなかったのだ。結局大幅に時間を浪費してしまった李傕は最下位が決まり、戻ってくると李儒より「李姓の恥」と書かれた札を首に下げられ正座を命じられていた。
「次は私か…フッ、任せていただこう!」
「郭汜、いけるのね?」
「無論だ。そこの馬鹿どもとは違う。」
ぼろ雑巾のようになった牛輔と膝に重しを乗せて正座している李傕を顎でしゃくると、自信ありげにスタート地点に赴く。そしてすぐに発走の合図が鳴った。しかし…
「…む、無念…ぐはっ!」
10メートルも進んでいない地点で膝をつき、今にも死にそうな呼吸をしていた。基本引きこもりの彼はとことんまで体力が無いのだ。結局、お題にたどり着くまでに最下位が確定してしまった。
「死ね!!お前もうそのまま死ね!!」
担架に乗せられて戻ってきた郭汜を担架ごと蹴り飛ばしてひっくり返す李儒。せっかく第一種目で一刀が五十点を獲得してくれたにもかかわらず今のところ借り物競争は無得点の現状に李儒は頭を抱えた。
第一種目を勝利し百点を獲得していた孫策軍はこの種目でも苦も無く得点を積み重ね、初戦で躓いた袁紹軍と劉備軍もここではじわりじわりと得点を獲得。孫権軍に関しては人材難もありこの種目でも芳しくない様子だ。しかしこの種目でも目を引いたのは曹操軍だった。相手走者の強弱で作戦を立て、得点を取りやすいところとそうではないところを精査し走者を抜粋しているようで、高得点を狙える場面は取りこぼしなく獲得していった。
「もういい!僕が行く!」
業を煮やしたのか李儒がスタートへ向かう。走るのは得意ではないが三馬鹿のようなことにはならない自信があるのだろう。スタート地点には孫権の姿も見えた。彼女もなかなか得点を得られずやきもきしている一人だ。
スタートの合図が鳴ると一斉に走り出す。運動が苦手な李儒はやや離されたが痛手というほどのこともなく、クジ箱までたどり着いた。その横では神妙な顔で箱を見つめる孫権。祈りを込め、ほぼ同時に箱へ手を入れる二人。
「お願い…!席替えは駄目だったんだから、このクジくらいは簡単なのを…!」
「僕だって…!!」
中の一枚を掴み、目が光る。
「「うぉぉぉおおおおおお!!!こ・れ・だああああああああああああ!!!」」
天高く掲げられた紙。李儒の手には『愛する人』、孫権の手には『旦那様』と書かれた紙が握られていた。
「「 orz 」」
まさにお悩みど真ん中なお題を引いてしまい膝をつく二人。無論、お題の意図としては家族であったり誰かのお父さんを連れてくれば解決するのだが、彼女らは真っ先に思い浮かんでしまった一人の男子の顔で思考は完全に終着してしまった。
『ば、馬鹿な…!よりにもよって愛する人って!僕はいま男の子なんだ!一刀を連れて行って紙を見られたりしたら…へ、変態だと思われちゃうじゃない!!でも一刀しか思い浮かばないし…』
『なんなのよもうっ!!私が何かしたとでも言うの!?旦那様だなんてそんな…これで彼を連れて行ったら求婚してるようなものじゃない!で、でも婚約しているかもだし、正解は彼しか…!』
視線を移すと、他の走者はお題へ向けて走り回っているようだ。このままでは負けてしまう、そう思った彼女らは意を決して立ち上がった。
「一刀!!」
「董白!!」
董白軍の天幕まで走ってきた二人はほぼ同時にその手を取る。
「…二人ともお題が僕だったの?」
二人は赤くなりながら顔を背けると小さくうなずく。よくわかっていない一刀は言われるがままゴール地点に連れていかれ、盧植の前に立った。二枚の紙を確認した盧植は困ったような顔をする。
「ん~…二人ともこれは…だって李儒くんは男の子だし、孫権さんも年齢的に…」
二人に配慮してか、紙の内容を一刀に知られないよう窘める盧植。断固たる決意をもって彼を連れてきたにもかかわらず難色を示され、ショックを受け隠しきれない彼女ら。説明しようとするも横に一刀が居るのでなかなか伝わらない。そこへ盧植が答えを出さないのを心配してか、水鏡が現れ紙を見、また一刀を見た。
「ほほ、まあええじゃろ。“性別”も“時”も指定されとらんようじゃしのう。」
「塾長がそう仰るなら…。では二人とも、同着一位を認めます。」
まさかの助け船による勝利に二人は飛び上がった。しかし飛び上がった拍子に彼女らの手から紙が舞う。それは一刀のもとにひらひら落ちていき…
「し、しまっ…!」「やだっ…!」
「??このお題って…」
思い切り見られてしまった。意図してない告白に何を言われるか分からず怖くなってギュッと目を瞑る二人。その顔は真っ赤で、穴があったら入りたい心境とはこのことだろう。ところが、
「えへへ、僕も愛してるよ玲!ありがと~!」
「うがっ…!」
つうこんのいちげき
李儒にクリティカルヒット。胸部に重大なダメージ。
「孫権さん僕と結婚してくれるの?嬉しいな~!」
「はぅ…?!」
つうこんのいちげき
孫権にクリティカルヒット。胸部に重大なダメージ。
「おう、結果はどう…ってどうした李儒!」
「孫権ちゃん、結果は…何してるの?」
それぞれの陣営に戻った二人は、頭から湯気を吹き出しながらひたすら穴を掘り続けたのだった。
そんな彼女らをよそに、借り物競争は続いていく。どこから聞きつけたのか一刀と孫権のやり取りは噂となり、女子がお題をひくと決まって一刀のもとへ来るようになってしまっていた。噂というものは尾ひれがつくもので、今や「今なら董白くんへの告白は大成功間違いなし」とまで言われているようだ。必ずしもお題で色恋的なものが出るとは限らないのだが、例えば『犬』というお題では「私は彼の」以下割愛。『椅子』というお題では「私の上に」以下割愛。『将来の夢』以下割愛。『子供』以下割愛。というように、あらゆる方向から無理矢理なアプローチが続いた。いつも立ちはだかる李儒は無力化されているためやりたい放題。
度々言うが、やはりこの世界の女性は性に旺盛なのだ。中には『お皿』というお題で自分の上にお弁当を乗せて以下割愛した袁紹もいたが、最後の方になると急遽追加ルールで『董白禁止』のお触れが出て事態は終息した。
「えっとお題は…『涼州出身で名前に“白”が付く男の子』…ってコレ董白禁止なら誰が居るんだよ!!」
と、運の悪すぎる公孫家のご令嬢も居たそうだ。
結局、すべての走者が種目を終え総合一位は孫策軍のまま、二位に躍り出た曹操軍、第一種目の遅れを取り戻した袁紹軍と劉備軍が三位と四位につけ、五位に董白軍、六位に孫権軍という並びとなり昼食休憩を迎えた。
相変わらず李儒と孫権は「放っておいて」と顔を覆って座しているだけだったが、何が起きたのか知らない者たちは皆ワイワイとお弁当を囲んでいた。
「あれ?お母さん、お箸は~?」
「あらやだ忘れちゃったわ~!」
「え~~っ!?」
「あ、そうだ!お箸が無ければ董白くんに食べさせてもらえばいいじゃない!」
「それもそっか~!」
どこの変則マリーだろう。劉備一家はいつも通りのほほんと。
「あら董白さん、お昼はそれだけで足りますの?」
「お食事ならわたくしがご用意した満漢全席がございますから!さあどんどんお食べになって~!お~っほっほっほっ!!」
「さすがお母様ですわ!お~っほっほっほっ!!」
袁紹一家は豪勢に騒がしく。
「董兄ぃ~!汗かいちゃったから一緒に脱ぐっす~!」
「ちょっと姉さん?!」
「私、男の裸なんて見たくありませんわ!」
「栄華さんもそういう問題じゃないから!」
母児揃って脱ぎだそうとする一家も居れば…
「満漢全席ね…それでは運動で不足した栄養素が適切に吸収されないわ。さあ董白くん、南方から取り寄せた果物があるからそちらを召し上がりなさい。」
「…お母様、董白に甘すぎない?」
「良いのよ。これくらいしてあげれば将来ご両親もこちらを無碍には出来なくなるでしょう?」
曹家一同は一部腹黒いが大人数で賑わって。
「飯なんざどうだって良いんだよ!おら董白、呑め!未来の婿殿に乾杯~ってな!」
「董白~、ひっく…お姉ちゃんって呼んでくれても良いのよ~?ほらほら呼んでみて~!ひっく」
「あたしもあたしも~!ほら恥ずかしがらずに~!」
「…すまんな董白。ところで私も姉と呼んでくれて一向に構わんぞ。」
塞ぎこんだ娘が一人居るがお構いなしに孫呉一同は酒盛りを。
「ほら白蓮!グズグズしてると地味~な私塾生活になっちゃうわよ!ここらで人気者なイケてる彼氏を捕まえて人生に花を添えなきゃ!」
「母さん、話しかけてるそれ私違う。」
「あらお弁当箱と間違えちゃったわ!」
「何と間違えてんだよ!せめて人と間違えろよ!」
公孫瓚一家はいつも通りに。
ところが、そんな状況に待ったをかけた人間が居た。もはや説明不要なまでに子を溺愛する母、夕陽である。
「もうっ!!皆さん、いけません!!一刀ちゃんは絶対絶対絶~~~~対、誰にも渡さないんだから!!一生私たちと暮らすんです!!」
涙目で一刀を後ろから抱きしめながら周囲を威嚇する夕陽。
「いや、それはちょっとかわいそうな気が…」
「あなたなに言ってるのよ!一刀ちゃんにもし恋人が出来たりしたら私絶対いじめちゃうわ…!指でつつつ~ってやって掃除不足を事細かに指摘しちゃうもん!料理の味付けだってほんの少し濃いだけで一刀ちゃんに泣きついちゃうもん!稼ぎが少ないだけでいびり倒しちゃうもん!」
「一気に一刀の将来が心配になったぞオイ!」
そんな一刀はニコニコ楽しそうに膝に乗せた月にご飯を食べさせていた。家では一人で食べられるのだが、兄の前だと急に食べられなくなるらしい。この娘、策士である。因みにその横ではレンが黙々と満漢全席を平らげているようだ。
そんなこんなで賑やかな昼食を済ませると、第三種目である侍従科選手権へと続くのであった。
「愛してる…愛してるって…うへへ…うへへへへへ~…もう一刀ったら~♪…うへへへへへ~」
「今日から彼のこと、あなたって呼んだ方がいいのかしら…そ、それとも旦那さま?こ、ここ、子供は何人くらい欲しいのかしら…って子供?!私ってばなんてことを…!で、でもでも、結婚するのだからそういうのも…」
この二人は、再起不能かもしれない。
今回もお付き合いくださりありがとうございます!次回は再起不能?に陥った李儒が侍従の頂点を目指します!お楽しみに!
それでは皆さんのご感想お待ちしております!