「一刀、ほらこっち向いて!…えっと、これをこうして…あ、これもか」
「なあ李儒。」
「なに牛輔、今忙しいんだけど!」
「そんなに鎧付けたら一刀が動けないんじゃないか?」
「そんなこと言って万が一怪我でもしたらどうするんだ!ハゲはあっち行ってて!」
水鏡塾運動会の最終種目である模擬戦前、董白軍の陣地では李儒が一刀に鎧の着付けを行っていた。ところが一刀が心配な李儒は全身を甲冑で覆い、これでもかと大きな盾を持たせてさながらどこぞの暗黒騎士のような格好になっていた。
「…にしたってこれは…」
「ん~、関節のところがまだ足りないな。」
既に一刀の鎧包みになっているが、それでもその上から麻布や鎖帷子を巻き、今や暗黒騎士を通り過ぎてジャガーノートのようになってしまった。
「李儒くん、中華鍋持ってきたから使って!」
「一刀のお母さま!ありがとうございます!」
背中に中華鍋を括りつけてようやく完成した姿は、僅かな視界と通気口だけを確保したなんだかよくわからない塊だった。李儒と夕陽はひと仕事やり終えたように汗をぬぐうと満足げに微笑んだ。
「よし、完成!」
「これなら完璧ね~♪」
「完璧じゃねぇよ!こいつは何かの繭か何かか?!こっから何か生まれんのか!」
「一刀ちゃんが生まれるの…楽しみね!」
「趣旨間違ってんだよ!これからやんのは模擬戦だぞ!」
愛が深すぎる侍従と母のおかげで、模擬戦の緊張感が全くない董白陣営。少なくとも全軍に対して数が少ない董白軍はそれなりに策をたてなければならないが、それよりも一刀の安全が第一とされてそれどころではなかった。董白軍には“董白くんを見守る会”会員も数名紛れ込んでいるため致し方ないと言える。
とりあえずそんな人たちは横に置き、軍学科である郭汜が作戦の陣頭指揮を執ることとなった。この模擬戦では軍師を一人選び校舎の二階から伝令を使って指示を出すことができる。その役を一刀から任されたのだ。
「聞けい!!」
郭汜が声をあげると、董白軍の面々が注目する。
「諸君、私は戦争が好きだ。諸君、私は戦争が好きだ。諸君、私は戦争が大好きだ。
諸君、私は戦争を…地獄の様な戦争を望んでいる!
諸君、私に付き従う大隊戦友諸君!!
君達は一体何を望んでいる?更なる戦争を望むか?情け容赦のない糞の様な戦争を望むか?鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す嵐の様な闘争を望むか?
よろしい、ならば戦争だ。
我々は満身の力をこめて今まさに振り下ろさんとする握り拳だ。だがこの汚らしい三次元の中で堪え続けてきた我々に、ただの戦争ではもはや足りない!!
…大戦争を!!一心不乱の大戦争を!!
我らはわずかに一個小隊、十六人に満たぬ敗残兵にすぎない。だが諸君は一騎当千の古強者だと私は信仰している。
ならば我らは諸君と私で総兵力一万と1人の軍集団となる。
天と三次元のはざまには奴らの哲学では思いもよらない事があることを思い出させてやる。
第一次董白作戦、状況を開始せよ!
征くぞ諸君!」
董白軍の士気が一気に高まる。特に李傕は響くところがあったようで涙を流しながら敬礼していた。遠くの方では曹操までもが感心しているようだ。
フッと満足そうに笑う郭汜だったが、後頭部にハリセンが炸裂した。
「長ぇよ!!それに模擬戦って言ってんだろうがいい加減シバくぞゴラァ!!」
「も、もうシバいてると思うんだが?!」
「うるせぇ!…あ~、いいかお前ら、さっきの危ない発言は忘れろ。とりあえず状況を説明すっから集まれ。」
業を煮やした牛輔が模擬戦のルールを改めて説明する。模擬戦は全六軍からなる戦闘で、それぞれの陣は正六角形の角に立った丸太大の太い棒を陣の要とし、その棒を倒されるか大将が討ち取られれば負けとなる。大怪我や死人が出ないよう、矢尻や刃が潰れた模造武器を使用し、怪我をした時点で審判から退場が告げられる仕組みだ。
そして各陣地は以下のように配置され、開始を今か今かと待っていた。
曹操軍二十八名 劉備軍二十八名
孫権軍二十一名 孫策軍二十五名
袁紹軍四十名 董白軍十六名
やはり袁紹軍の数の多さは目に付き、一筋縄ではいかない物量は圧巻の一言。曹操軍は指揮系統も行き届いているようで綺麗に隊列し、先頭の夏侯姉妹は眼光鋭く敵陣を睨む。孫策軍も同じく見事な隊列だったがこちらは総大将の孫策が先頭に立っていかにもウズウズと。劉備軍は先頭に関羽、趙雲、公孫瓚と兵学科でも有能な生徒を並べ、対する孫権軍は負けが込んでしまったため挽回しようと意気込む張郃が先陣を切る構えだ。
「…手筈通りに行くわよ。」
「ええ、承知しておりますわお姉さま。」
「ねえ雪蓮、ほんとに良いの?」
「あったりまえじゃない!あの子の成長のために、ね!」
二人の王は不敵に笑う。
「猪々子さん、斗詩さん、わかっておりますわね?」
「おう!」「はい!」
袁紹軍は何やら考えがあるようで。
「おや白蓮殿、劉備軍に何の御用で?」
「お前らあたしで落とさなきゃ気が済まないのか?!」
公孫瓚はいつも通りに。
水鏡が鳴らす銅鑼の音で、決戦の火ぶたが切って落とされた。
まず動いたのは孫策軍。孫策を先頭に対岸の孫権軍に向け突撃した。来るだろうと予見していた孫権は張郃を中心に防備を固め、この第一波をなんとか凌ごうと奮戦する。それに対して不気味なまでに動きを見せないのが曹操軍だった。孫策の突撃は曹操の想定内だった上にそれで孫権軍が混乱をきたせば一小隊で横撃しようと考えていたが、そううまくはいかなかったので静観し標的を見定めているようだ。
「そう何度も負けられないのよ!!」
「へ~、意外とやるわね~♪」
戦場の中央で切り結ぶ孫策と張郃。影の私塾最強と謳われる孫策を相手に善戦しているのだから彼女の武芸もかなりのものだ。
「ど、どうしよう…!曹操さんの方行った方がいいのかな?それとも孫策さんの棒を…?あ~ん、どうしたらいいの~?!」
「桃香さま落ち着いて!ここはやはり曹操の軍を叩いて後顧の憂いを断った方がよろしいかと。」
「いや待て愛紗、孫策軍は陣が手薄だ。曹操軍には注意を払いながらそちらを先に討つべきだろう。」
大将の劉備が優柔不断なためか、一向に戦略がまとまらない様子の劉備軍。これといった軍師不在なのが劉備らにとって何よりも痛手だった。そしてそんな隙を見逃すほど、彼女は優しくない。
「ほらほら退いて退いて~!!退かないと痛い目みせちゃうよん!!」
「なっ…?!た、太史慈殿?!」
隣の劉備軍が纏まりに欠けると見るや否や、陣をほぼ空にして劉備軍の棒めがけて突撃をかけてきたのだ。そしてこれは周瑜の策でもあった。両隣が好戦的ではないと分かっているゆえの総攻撃。特に数の少ない董白軍が横の大軍勢を前にして攻勢に出られるはずもなく、まさに地の利を活かした電撃作戦だ。
「くっ…このままでは…!」
「おい愛紗!持ち場を離れるな!」
若さ故か、先ほど負けてしまった悔しさか、太史慈の突撃に釣られて動いてしまう関羽。それを見た曹操はニヤリと微笑む。
「春蘭、秋蘭!今よ!」
「「はっ!!」」
背後をつくように劉備軍を襲う曹操軍。数は多かったのだが、あれよあれよと棒を倒されてしまい、劉備軍の敗北が決まってしまった。曹操軍の用兵は大したもので、退却していく太史慈に深追いすることなく落とした陣地も利用して広く展開する。こうも硬くされたのでは太史慈も手出しは出来ないようだ。そして、太史慈、周瑜の誤算はあり得ないと思ったところからもたらされた。
牛輔、李傕が少数を率いて陣に攻め込んでいたのだ。この二人が相手となると、わずかに置いてきた棒の護衛など物の役にも立たない。
「孫策軍、敗退!」
「えっ、ちょっと何で?!」
審判の声に張郃と未だ切り結んでいた孫策は不満の声をあげる。しかし自陣を見てみると見事に棒は倒されていた。校舎の二階からその様子を見ていた周瑜は唇をかむ。
こんなこと、あり得ない。そう思うも仕方ないと言える。隣に大軍勢が居る董白軍がなぜ攻勢に出られたのか。それを可能にしたのが他でもない、その大軍勢の袁紹だった。
「皆さんよろしくて?董白さんをお守りするのよ!今こそ“董白くんを見守る会”会長であるワタクシの正念場ですわ!!」
「応!!!」
会長、お前だったのか。誰もがそう思っただろうが周瑜は悔しさを滲ませてこめかみに手をやった。袁紹軍をよく見てみると、自陣の棒から董白軍の棒まで自慢の物量でぐるりと囲み完全防備を為していた。
「…あの馬鹿、模擬戦の意味わかってるの?」
半ば呆れながらも、曹操軍にとっては隣の孫権軍を討つ好機に他ならない。すぐさま陣形を整え、整然と押し込んでいく。孫権軍が落ちるのも時間の問題だった。
「お~っほっほっほっ!!華琳さん!今こそ年貢の納め時ですわ!」
孫権軍が瓦解すると、大軍を持ってじりじりと間を詰める袁紹軍。一騎当千の将こそ居ないものの、やはりその物量は脅威だ。しかし袁紹軍に“董白くんを見守る会”が居るのなら、こちらには曹純の“あなたを守り隊”…通称虎豹騎が居た。すなわち、ファンクラブ同士の衝突だ。出来るだけかっこよく言えば守るべき者のために戦う戦士たちの決戦。睨み合う両者たちの間に、ウエスタン映画さながらのアレがコロコロと転がっていく。
兵学科の特待生にして一撃で文醜を倒した夏侯惇が居るが、そこは牛輔。幼女枠の曹純が絡んでいるのならば彼の戦闘力は以下省略。
「ああ…かわいそうに曹純ちゃん。こんな戦いがあるせいで争いに巻き込まれて…許さん!絶対に許さん!俺はその幼女の身元受け渡しを要求する!!」
「馬鹿を言うな!!お前のような変態に曹純ちゃんを渡してなるものか!!」
理解したくない舌戦が繰り広げられている。
そんな均衡状態を打ち破ったのは、奇妙な音だった。ガシャコン、ガシャコン、と思い何かが落ちるような音が響く。袁紹軍を割って進むその何かに、全員が目を奪われた。
「董白さんいけませんわ!そんなに前に出ては…!」
「なに?!董白だと?!」
あの奇妙な塊が董白だと知った夏侯惇がそれに切り込む…が、一撃を当ててもビクともしない。さもありなん。呼吸すら心配になるほど重武装されたら攻撃なんて通すはずもない。
「な、なんだこれは…!!」
あまりの頑強さにしり込みする夏侯惇。
「なにあれ可愛い~!!」
「…桃香さま、可愛いですか?アレ?」
―――女の子というものは往々にしてよくわからないものを可愛いという習性がある。
ニーチェ(大嘘)
冗談はさて置き、その奇妙な物体(一刀)は攻撃をものともせずに突き進んでいく。曹操は悔しさを浮かべた。あんなワケのわからない物体(一刀)に陣がガタガタにされたのだから。
それからは両軍入り乱れての大激戦が始まった。夏侯姉妹の両エースがなんとか物量をさばいていくが、隣に居るのが敵か味方かもわからない混戦状態に自慢の大剣も満足に振るえない。重い音を鳴らしながら物体(一刀)は曹操軍の棒めがけて一歩ずつ詰め寄っていく。
「そんな厚着しちゃダメっす~!わたしと一緒に脱ぐっす~!」
一緒に脱ぐ必要はないのだが、物体(一刀)によじ登って必死に止めようとするも結局それは棒にぶつかるまで止まることはなかった。
審判が曹操軍敗退を告げる。優勝候補と目されていた曹操軍が破れたことで、方法はどうあれ会場は盛り上がった。大勝利に沸く袁紹軍と董白軍。模擬戦も忘れて両者抱き合って喜んでいるようだ。しかし、忘れないでほしい。いや、忘れてしまった方はちょっと上まで戻って一刀の状態を確認してほしい。
一刀は僅かな視界と空気を入れる通気口だけ…つまり周りの声は一切聞こえないのだ。勝利に沸く生徒たちを前にまたガシャコン、という音が響く。
「え、え~っと…董白さん、ちょっとお待ちになって?ワタクシたちは勝ったのですよ?」
聞こえるはずもない。
ガシャコン、ゆっくりとだが一直線に袁紹軍の棒めがけて突き進む一刀。
「姫ぇ!!早く董白軍の棒を倒さなきゃ!!」
「い、いけませんわ!“董白くんを見守る会”会長であるワタクシが彼に剣を向けるなんて…!」
「じゃあどうするんですか?!」
いつの間にか白装束に身を包んだ袁紹は茣蓙の上で正座し、刀を自らの腹に向ける。
「…介錯、頼みますわ。」
「そんな文化ないから!!」
「というか早くしないと董白くんが…!!」
そんな馬鹿なやり取りをしているうちに、袁紹軍の棒は見事倒されたのだった。これにより模擬戦は董白軍の勝利に終わり、総合得点も全軍を一気に抜き去って一位に立つ。つまり…
「決まったーーーー!!董白軍、まさかまさかの大逆転優勝だーーーー!!!」
こうして水鏡塾運動会は最下位候補と言われた董白軍の優勝で幕を閉じた。個人種目では孫策軍の太史慈に武道会の優勝賞品を、そして董白軍の李儒に侍従科選手権の優勝賞品を贈られ、最後に優勝した軍の代表一刀に大きなトロフィーが渡された。保護者達が見守る中、盛大な拍手に包まれて閉会となるのだった。
「義母様…!一刀を僕にください!!」
専属従者を示す腕章を手にそんなことを言いながら地面に頭をつける子が居たそうだが、それはまた別のお話。
今回もお付き合いくださりありがとうございます!運動会ついに閉幕です。次回は李儒パートをアレに乗せてお送りします。
それでは皆さんのご感想お待ちしております!