李儒が一刀の専属になってから、はや半年が経過していた。彼らも三年生となり、今日はそんな平凡な一日を情熱大陸のBGMを流しながら見ていこう。
専属従者の朝は早い。まだ薄暗い中、のそのそと二段ベッドを這い出る姿があった。仕切りという名のカーテンを開け、梯子を下りていく。まずは朝一の大事な仕事、寝顔チェックの時間だ。
「おはよ、一刀。ふふっ、今日も可愛い~…」
これも主の体調管理として大切なことだと李儒は話す。それからしばらくベッドの柵に肘を置いて眺めていると得もいえぬ幸福感を得られるというのだ。
「つ~んつん♪あぁ、そっち向いちゃだ~め。」
あくまでも主のためだと李儒は言う。
外が明るくなってくると、彼女は手早く着替えを始める。さらしをしっかりと巻き、袖があまるほどぶかぶかなパーカーを着こむと部屋干ししていた洗濯ものを片付ける。主の一刀は最初の方こそ悪いから自分でやると言っていたが、土下座までして手に入れた大事な仕事だ。
「あ、この下着ちょっとほつれちゃってる…。」
彼女はプロフェッショナル。誤ってかぶったりしたのは最初の三回だけだ。あくまでも誤っただけだと彼女は言う。「仕事で誤りはつきものだが、人の道を誤ってはいけない」彼女はキリっとした表情でそう語ってくれた。しっかりと汚れが落ちているのか匂いまで確認するのは、プロとしての拘りに他ならない。
「一刀~朝だよ~。起きて~。」
小声なのはいきなり大声を出してしまっては勿体無い…ひいては主の目覚めをよくするためだという。
「起きないと…ちゅ、ちゅーしちゃうぞ?」
時に脅しも必要だと彼女は語る。本当にやらないのはあくまでも優しさであり、自分がプロであることの現れだ。こうしてまさに紙一重の極々至近距離まで唇を近付けることが出来るのも訓練のたまもの。それが頬に少し触れてしまったこともあるらしいのだが、曰くそれは主が寝返りをうつという不測の事態が起こったため。これを業界ではご褒美と言うらしい。
目覚めた主人の着替えを一切邪な眼で見ることなく手伝い、精神力の鍛錬も欠かさない。私塾への道すがらしっかりと手を握る様子はプロとしてあるべき姿だ。
「ねぇねぇ李儒~、最近はどうなの?もう犯った?」
教室に入って早々そう聞いてくるのは彼女は同業者、すなわち同学科の張郃。水鏡塾ではこうして市場の動向に目を光らせるプロたちがごろごろしているため気が抜けないと李儒は言う。しかしこちらも仕事人。そのすべてを教えない強かさも一流の侍従者に求められる資質だそうだ。
「し、しないよ?!」
「え~?ちょっと奥手過ぎじゃない?ちゅーくらいはしたんでしょ?」
「そ、それは…その…不可抗力というか…ごにょごにょ」
「いや不可抗力でちゅーとか狙ってなきゃできなくない?」
こうして時折鋭い視点で切り込んでくるのも張り合いがあると李儒は語る。そこは勿論毅然とした態度で臨むのが李儒流だ。
「だって急に一刀が寝返りうつから…!ちょっと頬に触れちゃったというか…その…」
「…完全に寝込み襲ってるじゃない。」
「違っ…!」
同業者同士のやりとりは非常に盛んだ。ちょっとした隙も見逃さず、質疑は時折後手に回ることもあるらしい。
「じゃあアレは?男の子の日はもう来た?」
そこは流石に現場なだけあり、専門業者のみがわかる隠語が飛び交う。男の子の日というのはこの世界の女性たちが一生に一度は拝みたいと夢見る“現象BEST3”、第一位の夢精だと後にこっそりスタッフに教えてくれた。都市伝説的に語られる幻の現象だという。因みにこのランキングはそれに朝勃ち、精通と続くらしい。
教室に教師が入ってくると、敵情視察は終わり知識を深める時間になる。先ほどとはうって変わって遠くの席に座る主人を横目で何度も確認する一流侍従の顔に切り替わっていた。
(目、合わないかな…)
「こら李儒くん、よそ見しない!」
(真面目に授業受けるのも良いけどちょっとくらいこっち見てくれても…)
「…ねぇちょっと聞いてる?」
(でもそんな表情も…きゃっ♪)
「おーい………も、もういいです。」
学年が変わったことで座席の様相も一変していた。席替えという一大イベントは生徒たちにとって今後の生活を左右する重要な一戦らしい。李儒曰く誰もが身を清めて一か月も前から入念な準備を怠らない。望みの番号をひこうと蓬莱由来のお守りを手にした生徒も少なからずいるという。そんな紆余曲折を経て以下のようになっていた。
教卓
郭汜㉛ ㉖劉備 李傕⑪ ⑥①
㊲㉜ ㉗趙雲 ⑰⑫ ⑦②
孫権㉝ ㉘㉘ 董白公孫瓚 ⑧③
㊴㉞ ㉙㉔ ⑲⑭ ⑨牛輔
㊵曹操 関羽㉕ ⑳⑮ 張郃李儒
お守りは爆破された。
それはさておき、このところよからぬ輩が蔓延し始めたと語ってくれたのは最上級生の袁紹だ。彼女は“董白くんを見守る会”会長を務めており、同会の副会長である李儒の上司にあたる。
「ねえ李儒くんお願い…アレが…アレが欲しいの…!」
気候が暖かくなるにつれこういった輩が増えてくるのだという。李儒のもとにひっきりなしに訪れるこういった不届き者の報告は、度々会員内で議題となっていた。それは物品の闇取引。正式な手順を踏んだ品は会の中でオークションにかけられるが、そうでない物も出回ってしまっていると李儒は警鈴を鳴らす。専門家によればよく見ると偽物だとわかるのだが、それに引っかかる生徒もいるのが実情で、中には他人製の紛い物も出回っているようだ。
通常、仕入れを担当する李儒は主人に頭を下げて品を手に入れるのだが、それはあくまでも小さくなって着れなくなった衣服や毛が草臥れた筆、穴の開いた風呂敷などが定番。下着類は李儒が厳重なセキュリティーの元、責任もって焼却処理している。その一枚を持っているという袁紹に特別に見せてもらい偽物と比較すると、サイズ違いが目に付く。偽物の方は腰回りが太く、“収める”ところが小さいという。
「えぇ、これは由々しき事態ですわ。」
下着を握り締めながらそう話す袁紹は会長として偽物廃絶、闇取引根絶の正式な表明を出したが効果は芳しくないようだ。今も専属である李儒のもとに、先のような輩が下着を譲ってくれと頼みに来ているのだと話してくれた。しかし袁紹会長がなぜそれを持っているかとスタッフが切り込むと、彼女は取材を打ち切ってしまった。去り際にただ一言、
「天祐ですわ!私は天祐を授かったのです!」
そう言って足早に去っていく。水鏡塾の闇は深い。
そうした暗部の動きとともに、侍従者が警戒するのはライバルの存在。隙を見せれば寄ってくる魑魅魍魎との戦いもまた侍従の仕事の一環だと話す李儒。その眼光は鋭い。
「と、とと、董白?その…よければ一緒にお茶でも…今度の休日とか…」
目下最も警戒を強めるのは褐色肌の美女孫権。明確に好意を示しており、彼女のお尻は主人を目覚めさせてしまうかもしれないと危機感を覚える。あわよくば正妻の座に就こうと目論むその魂胆を一流侍従の彼女が見逃すはずはない。
「あ~ちょっとその日は駄目ですね。というか事務所を通してもらえます?」
「~~~っ!いつもいつもなんなのよもうっ!」
「専属です。」
キリっとかけてもない眼鏡を持ち上げる仕草をする。そんなやり取りを眺めてニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる者もいるが、雑音を気にしていたらキリがないと徹底して務める姿はプロの鏡だ。
「ねえ関羽、私たちも楽しみましょうよ。こう何度も席が隣り合うのは運命だわ。」
「け、結構だ!」
「あらつれない。」
つまりこういった会話は彼女の管轄外。好意が彼に向いていないのならそこは彼女にとってセーフゾーンであり、サンクチュアリなのだ。しかし、誰も彼もが彼に好意を向けるわけではない。明確な敵意も存在すると取材の合間に李儒はポツリと漏らしていた。
単純に男性を忌み嫌う下級生の曹洪のような例もあれば、先日入学してきた荀彧という少女もまたそうだった。たまたま曲がり角でぶつかってしまった一刀に対し、あろうことか罵詈雑言を浴びせるという事態に発展した時のことを李儒は赤裸々に語ってくれた。
「ど、どこ見て歩いてるのよ!」
「ごめんね!怪我はない?」
「触らないで汚いわね!感染るでしょ!」
こうして罵る荀彧だったが、後に彼女はその時のことをこう話す。罵った相手の背後には修羅が居たと。
「僕の一刀が汚い…?」
光を感じない瞳で見つめられ、どす黒いオーラを発した少女の姿に小さく悲鳴を漏らす少女。メスを片手ににじり寄るその姿に、また別の物も漏らしてしまった。鼻をつく液体が床を濡らし、それを見た主人が慌てたことで正気を取り戻したという。主人はこのような時に放っておけない性質であるから、この後の展開は予想できたと振り返った。
「大変…!」
放心状態の少女を抱えてお姫様抱っこという夢の体勢で駆けだす主はそのまま保健室に入っていき、手早く少女のカプリパンツと下着を脱がした。
「ちょっ…?!な、ななななぁ…??!!」
「風邪ひいちゃうからこれ巻いて!」
主人には年の離れた妹がおり、お風呂に入れたりおねしょの処理をした経験から脱がすのも着せるのも手慣れているのだと補足してくれた。そのお手並みは二日酔いでベッドに寝ていた保健室の先生程普も感心していたほどだと言う。しかし何より問題だったのは彼は男女の区別がまだついていないことだ。これも距離感を誤った幼馴染たちのせいであるらしい。
真っ赤な顔でわめき続ける少女を他所に、桶に張った水で躊躇なく衣類を洗い始める。李儒が職務を思い出し替わると言い出した時には手慣れた様子で干し始めたあとだった。
「ごめんね、僕のせいで服を汚しちゃって…。君の同室者は誰かな?良ければ人に頼んで代えをもってきてもらうけど。」
少女はへたり込んだまま返事が出来ないでいる。するとそこへ李儒の先輩従者である孫乾が現れた。手には少女の物と思われる衣類があり、事の発端を偶然見ていた孫乾が同室者を探し出し持ってきたのだという。この時ばかりは超一流といわれる侍従の腕に畏怖を覚えたと李儒は恥じらいながら答えた。
「失礼いたします。こちら、同室者の周泰さまの許しを得てお持ちしました。」
少女をベッドに押し込んでカーテンを閉めると、そのまま着せ始める。出てきた少女はまだ赤い顔で主人を睨みつけていた。
こんなことがあってから、どこに行くにも影から「許さない許さない許さない…」という呪詛が聞こえてくるようになってしまった。このエピソードは今回の収録にあたり、初めて取材陣の前で語ってくれたものだ。
時は少し過ぎて夜。夕飯を済ませた後はお風呂の時間となる。さすがにお風呂について行って背中を流すというのは欲求を我慢する自信がない…いや、これは謙遜だろう。ともあれ彼女は一人銭湯へ向かっていた。今日一日の疲れを癒す大切な時間だ。
「~♪」
鼻歌を歌いながら時折何かを思い出して頬を染める姿は、従者ではなくただの女の子の姿だった。
寮の部屋に戻り日記をつけると、明かりを消して就寝する。二段ベッドの下ではすでに主は寝静まっているようだ。
「一刀~…寝てるよね…?」
「zzz」
寝ていることを確認すると、そっと布団を剥がしてもぐりこみピタリと寄り添う。専属従者にのみ許された特権だ。しかしこれはあくまでも主の体温を確認しているだけであり、やましい行いではないと説明する。首元ですんすんと鼻を鳴らすのも何かの確認であることは確かだ。辛抱たまらなくなっても鋼の自制心を持ち合わせている彼女は誘惑に打ち勝つことも可能だと、これまで取材を続けてきてわかった。
ある程度堪能…いや、確認を終えると脚をモジモジしながら梯子をのぼる。これは誘惑という三千世界の鴉を打ち破った証だ。仕切りを閉めて服をはだけた後の手の動きはただの“日課”なのである。
最後に、取材陣は彼女に問う。
―――あなたにとって、侍従とは?
「誘惑に負けないこと、ですかね。」
こうして専属侍従、李儒の夜はふける。
今回もお付き合いくださりありがとうございます!誘惑に惑わされない清廉潔白な侍従のお話でした。彼女はプロフェッショナルですね。次回はもう一人の乙女についてのお話です。
それでは、皆さんのご感想お待ちしております!