恋姫†無双/外伝 ~天の子~   作:でるもんてくえすと

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※後書きにお知らせがあります。


恋せよ乙女、国の臣、そして演習

「ぽけ~…」

 

この魂が抜かれたような顔をしているのは、武威では知らない人が居ないほど有名な天の子だ。先日の一件以来、こうして窓の方を眺めていることが多くなった。袁紹らが緊急会議を開き、可及的速やかに一刀の心を他に向けようと努力するも結果は芳しくなかった。

なぜなら彼は窓の外を見ているようで、窓際の席に座るとある女子を見ているのだから。その女子生徒も一刀のことをチラッと見ては目が合い、慌てたようにお互い目をそらす。こんなことを一日に何度も繰り返していた。

 

「先生!命の危険を感じるので帰っていいですか!」

「何を言っているの牛輔くん。もう今日の最後の授業なんだから我慢しなさい。」

「先生!背中がもう血だらけなんです!」

「…ツバつけとけば治るわ。」

「うっせぇババア!!よく見ろ!!こちとらもう針鼠なんだよ!!おい一刀俺と席変わってくれもう耐えらんねぇ!!」

 

その発言に歓喜したのは李儒。これが叶えば一刀が自分の前の席になるのだから、牛輔よくやったとばかりに背中を叩く。

 

「うぎゃあああああああ!!奥まで!!奥まで来てるゥ!!完全に致命傷なってるゥ!!」

 

鍼だらけの背中を叩かれたのだからさもありなん。しかし、発言に対抗する者もいた。それは窓際の席に座る孫権だ。彼女からすればこれ以上席を離されてはたまったものじゃない。その上、真横の位置から離れてしまえば、時折目が合う嬉しい事態も失われてしまう。

ツカツカと牛輔の席まで歩み寄ると、孫権は躊躇いもなく抜刀した。

 

「ハイ俺の机真っ二つゥ!!もう勘弁してくれ~!」

「牛輔くん、さっきからうるさいですよ。」

「だから見ろよ!!なに都合の悪い事があるとこっちに背を向けてんだこの野郎!!」

「…イジメはありません。」

「ぶっ殺すぞババア!!」

 

こんな喧騒の中でも、一刀と孫権はお互いをチラチラ見ては顔を赤くしていた。

それを見た曹操が嫌な笑みを零しても、それすら気にならないようだ。もう二人に甘酸っぱい世界が出来上がっている。

一刀は、女子というものを生まれて初めて意識するようになっていた。いつものように袁紹が抱きしめてその豊満な胸に顔をうずめさせたり、劉備が甘えて抱き着いてきたり、いままで当たり前だったことに不思議なほど慌ててしまう。それは性的なというより、なんだか照れるものとして。性というのは本質をまだ理解できていないのだ。

あんなことがあったのだから、そんな中でも孫権を意識しまうのは仕方がないことだろう。

 

「一刀…!僕が必ず正気に戻してあげるから…!」

 

そう言って張り切る李儒だったが、うまくいくはずもない。男子のような見た目を作ってはいても中身は女性。つまりはそんな時期の男子の気持ちなんて理解できるわけがないのだ。「もういっそのこと犯っちゃえば?」という悪魔(張郃)の囁きは論外として、男の子のふりをしながら彼の目を自分に向ける術なんてあるわけがない。とは言え自分が女だと宣言してしまえば校則違反で退学も十分あり得る。そしてこれまで女子と知らぬまま部屋を共にしていたことに、彼が嫌悪してしまうかもしれない。自分の想いか平静か…李儒にとって、決断の時が迫っていた。

かたや幸せ絶頂なのは孫権だ。授業の合間にすまし顔で誰も居ないところまで来ると飛び跳ねんばかりに感情を炸裂させる。

 

「ああもうっ!こんなの胸が押しつぶされて死んじゃうわ…!だってあんな子犬みたいな目で…ひゃぁ~!」

 

真っ赤な頬を手で覆ってくねくねと不思議な踊り。こうして立派に育ったお尻をふってもぞもぞする姿を見れば一刀も一発で目覚めるだろうに、目の前ではキリっとしていようという彼女にとって最後の矜持があった。

 

「私は孫呉の姫なのだからしっかりしないと。劣情に流されては…」

 

とは言いつつも、部屋に帰っては次の逢引を夢想して枕を相手に一人練習を始める始末だ。同居人曰く、不気味過ぎて声もかけられず気付かないふりをして他の部屋に逃げるそうだ。最初のうちは面白がっていたのだが最近はあまりにもあんまりな桃色空想をおっ始めるので聞いていられないらしい。

 

「張郃が言うには手をつなぐよりも腕を組む方が良いのよね。えっと、こ、こうかしら?え、うそ、これで街を歩くの?!だってこれじゃ胸が…!………アリね。全然アリ!この大勢ならまたく、口づけだって…!」

 

この有様である。同居人が枕相手に口づけの練習を始めれば、逃げ出すのも必然なのだ。

二人の関係はこうして徐々に近づきつつあったのだった。

 

ところ変わって、都洛陽ではある会談が行われようとしていた。宮廷内とは思えないほど質素な造りをした、十常侍が詰める執務室。そこには帝に付きっきりの趙忠を除いた十常侍の面々が顔を突き合わせていた。人払いは済ませているが、これからする話は誰の耳にも入れるわけにはいかない。

 

「…なに?帝を?」

 

聞かされた話に張譲は耳を疑った。

 

「ならん!断じて許すわけにはいかん!」

 

老体ゆえに自らの剣幕でせき込むほど、怒りを露わにしていた。彼は若くして自らの精道を断ち、以来漢に仕えてきた誠の臣。漢のために生き、全てを漢に捧げてきた。だからこそ、聞かされた話を黙って見過ごすわけにはいかなかったのだ。

陰の者を一人呼び寄せると、何かを耳打ちする。

 

「良いか、絶対に気取られるでない。粛々と事を運ぶのだ。」

「はっ」

 

命を下された男は部屋を飛び出していく。

 

「おのれ…謀りおったな…!」

 

ぎりり。口から血がこぼれるほど強く噛みしめる。

張譲は国のためなら何でもする男だ。それが例え、帝のどちらかを殺すことになったとしても国のためであれば簡単にやってのける。彼は忠臣、国奴なのだ。国の転覆を謀る者は決して許しはしない。

 

「霊帝様、儂はそなたを…!」

 

かくして、張譲はある計画を打ち立てる。それが国のためなのだから。

時を同じくしてその頃涼州では、騎馬隊と警備隊の合同訓練が行われていた。合同訓練とはいえ規模が規模なためさながら軍事演習といった眺めだ。

紅に馬の旗印、涼州騎馬隊大将馬騰の旗だ。その横に龐徳、韓遂が並ぶ。馬騰の夫である翔は演習には参加せず、異民族に備えて留守を任されている。その名代として選ばれたのが、まだ年若い張遼だった。齢十三にして隊を任されるほどの新鋭だ。その武のみならず判断力にも優れ、彼女が将となることに反対するものは誰一人として居なかった。

 

「あ~…怠い。頭~、こんな演習とっとと終えて飲みに行きやしょうよ~。いくら屈強な武威の警備隊っつても騎馬隊にゃ敵いませんって。」

「うっせ馬鹿。あたいだってそうしてぇよ。」

「…二人とも、演習の大切さは先ほど説明しましたが…もう一度最初から説明しますか?」

「「結構です!!」」

 

だらけている馬騰と龐徳は韓遂の一言で背筋を伸ばす。早く終わりにしたいのに彼女の説明という名の説教が始まったら堪らない。

この演習はあくまでも警備隊の強化が主目的である。騎馬隊を賊などに見立てて、その対処方を学ばせるのだ。あの手この手で攻め手を変えて襲い来る賊を、警備隊を率いる玄が流石の采配でいなしていた。

 

「お~、あのおっちゃんやる~!」

「あいつ、腕っぷしも悪くはないけど、それ以上に…」

「ええ、動じないわね。肝が据わってるというか、あそこまでどっしり構えられると攻める側はキツイわ。」

「あの馬鹿が慌てたとこなんて一刀が降ってきた時くらいなもんだ。」

「…降ってきたって、なんすか?」

 

思わず言ってしまった発言に「やべっ」と口を閉ざす。武威の民はそれこそ皆知っているが、これはあまり口外しないという暗黙の掟があるのだ。馬騰の様子に首をかしげる龐徳ら。

 

「んなことより、あの張遼って娘っ子やるな~!お前らもウカウカしてらんねぇんじゃねぇの?」

「そうね。まだまだ荒いけど鍛えがいがあるわ。」

「…俺は根っからの頭脳派なんで。」

「お前はちっとは鍛えろ、このモヤシ野郎!」

 

馬騰の暴言にもケロッとしている龐徳。彼は参謀の韓遂と同じく頭脳役だが、主に策略を担っている。歳は二十歳、黒髪のくせっ毛でいつもだらんとした服を着た一見だらしなさそうに見える風貌とは裏腹に、その軍略の才は涼州随一と言われている。

 

「頭~、ていうかいい加減馬超ちゃんと結婚させてくれよ。」

「あん?だからアイツにゃ相手が居るって言ってるだろ。」

「そこをなんとか!!」

「出来るかアホンダラ!」

 

鉄拳を食らい、蹲る龐徳。彼は度々こうして馬騰にお願いしてきたが、いつもこうしてバッサリ斬られていた。

「好みの女性は頭が悪い女!」と公言する癖のある男で、以前金城にて押して開く扉を必死に引いている姿を見て馬超に一目惚れしたそうだ。口説こうと声をかけたが何故か幼馴染である董白についての恋愛相談が始まってしまい断念。終いには惚気話にまで発展して退散したようだ。

 

「貴方も懲りないわね。」

「だって馬鹿って可愛いじゃないっすか!」

「誰の娘が馬鹿だって?」

 

もう一度鉄拳を食らい悶絶した。家としては悪い縁談ではないのだが、そこはガサツに見えて内面超絶乙女の馬騰だ。乙女の気持ちは誰よりもわかる。こんな縁談を組もうものならそれこそ家を飛び出して駆け落ちでもしかねないのだ。それに何より、夫の翔が「一刀くんはいつ婿に来てくれるのか」と何年も前から心待ちにしているのだから彼に微塵の勝ち目もないだろう。

 

「さて、そろそろ終いかな。」

 

戦況を眺める馬騰はポツリとこぼす。

 

「ええ、東門の防備が瓦解し始めてるわ。これで勝負はついたわね。」

 

ホッとしたようにバインダーへ何かを書き込んで居る韓遂。その横では殴られた頭をおさえて涙目になりながらも龐徳はドヤ顔をしている。しかし馬騰はそんな彼らを見て「馬鹿かお前ら。」と一言。

 

「よく見てな。」

 

韓遂の見立て通りに瓦解した東門。そこから雪崩れ込めば終わりのはずだった。しかし、雪崩れ込んでも勝鬨が一向に聞こえてこない。それどころか…

 

「はぁ?!なんで西門から敵が!?」

「…やられた。」

 

それは警備隊ならではの戦術。敵の数が優勢と見るや極致に誘い込み、数を無力化させる。町を模した訓練施設には家に見立てた建物や路地などがきちんと整備されている。路地や家々の間では槍や騎馬など盾を持った兵団の前ではたちまち不利になった。涼州警備隊は騎馬対策として2m近い地面に刺すことが可能な盾を持った防衛部隊がおり、まずそれで騎馬を抑える。あとは狭い場所を利用した集団戦法で着実に敵を鎮圧していくのだ。

 

「にしたって、西から出てきた一団は何さ!」

「だからよく見ろって。」

「…総大将?!」

 

驚くのも無理はない。警備隊を率いる玄自らが防衛部隊を除いた本隊を総動員して打って出たのだ。瓦解寸前の東門を囮としてそこに攻撃を集中させ、あとは手薄な個所を突破。意表をつかれた騎馬隊は反転する間もなく討ち取られ勝負あり。今回の攻撃部隊を率いていた張遼は悔しさを浮かべるが、玄は健闘を称えるように頭を撫でていた。きっと彼も攻撃の淀みなさに彼女の才を痛感したのだろう。

 

「演習は私たちの負けね。」

「糞…!」

「玄の野郎…流石は警備隊長ってか。恐れ入ったよ。」

 

龐徳は悔しさに地面を蹴るが、馬騰と韓遂は参ったとばかりに苦笑い。

 

「なんだ龐徳、いっちょ前に悔しがってんのか?」

「…俺ぁ負けんのは嫌いなんすよ。」

 

警備隊を労いながら、剣を交えた騎馬隊の者たちと握手を交わす玄を忌々しいように睨みつける龐徳。

 

「一つ良いこと教えてやるよ。」

「なんすか。」

「アイツに負けるのはな、こっちの努力が足りないからだ。あの馬鹿は誰よりも努力する。昔から変わりゃしねぇ。積み重ねってのは土壇場で生きてくるもんなのさ。」

 

龐徳は神妙な顔で話を聞いていた。この手の輩を好む韓遂は感心したようにバインダーへ花丸を書き記しているようだ。

 

「さて、撤収だ野郎ども!」

 

その合図で、今回の演習は幕を閉じた。

皆が帰り支度をする中、龐徳は未だ遠くの警備隊を射殺さんばかりに睨みつけている。正確には警備隊ではなく、その中心で談笑している張遼と玄を。

 

「馬鹿な女は大好物だが、使えねぇ女は嫌いなんだ。」

 

そう呟きながら。




今回もお付き合いくださりありがとうございます!頑張れ李儒!という事で次回は袁紹と李儒のお話です!
それでは皆さんのご感想お待ちしております!

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※お知らせ
度々、ご感想への返信で最終学年は五年生と書いてしまっていましたが、正しくは六年生が最終学年です。一刀のみ途中編入により五年間しか通わないため、誤って記載しておりました。申し訳ございません。訂正してお詫び申し上げます。
これに懲りず、今後ともお付き合いくだされば幸いです。何卒宜しくお願い致します。
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