「お姉ちゃん!」
その一言に、袁紹は雷を浴びた。
事の発端は何でもない教室でのやり取り。袁紹はこれまで一刀の入学以来、それこそ人が変わったように世話を焼いてきた。昔からその人柄を知る曹操からすれば信じられないほどだが、自身よりも一刀のことを優先させる姿は日常の風景となっていた。食事中に一刀が「これ美味しい!」と喜べばそれが自分の好物だとしても彼にあげた。普段なら疲れたり気分が乗らなければ授業終わりを待たずに寮へ帰って昼寝をしだすのに、彼が少しでも疲れたそぶりを見せたら自らの膝枕で休ませる。実家の財力を最大限に活かして彼を持て囃そうともした。無論これは一刀が固辞したが、それほどまでに一刀を可愛がっていた。
それなのに孫権ばかりを意識する一刀に対し思考錯誤の末もその気を紛らすこともできず、つい単刀直入に問いただしたのだ。
「董白さんは…わたくしのことはどう思っていますの?」
ヤキモチだったのだろう。唇を尖らせ、少し責めるような目線を一刀に送る様子は初めての事だった。一刀は顎に手を当てて少し考えると、
「袁紹さんって、お姉ちゃんみたい!僕にお姉ちゃんがいたらこんな感じなのかな~って。」
「おっ…お姉っ…?!」
その時、歴史は動いた。
頭が真っ白になったのか、仰け反るような恰好で固まる袁紹。彼の可愛さに何度もキュンとさせられてきたが、これほどまでに衝撃を受けたことはない。むしろこの瞬間、人生の意味を悟った。
「お~っほっほっほっ!!そうですわ!!わたくしは貴方のお姉ちゃんですわ!!」
そう高らかに笑って強く抱きしめる。この頃になると女子に対して照れが生まれていた一刀だったが、あまりに慈愛に満ちた抱擁だったためか振りほどこうとはしなかった。一刀も小さいころから翠を除けば下の子の面倒を見る機会が多かったから姉や兄といった存在に憧れがあったのだろう。
「…も、もう一度お呼びになってくださいまし。」
「お姉ちゃん?」
「はぁ~~~…!」
ウットリして乙女がしてはいけない顔になる袁紹。
遠くの方では牛輔の悲鳴が聞こえてきたが、これについては李儒がしたことではない。李儒は袁紹を会長と呼んで慕っており、同盟者だからだ。では誰がと言うと、もう一人しか居ないだろう。
と、こんな事があったのは半月ほど前である。いま彼女らは休日を利用して袁家の別荘へ小旅行へ来ていた。一刀の愛馬である白亜が牽く荷馬車などに乗って、洛陽からそう遠くない避暑地へ有志一同が招待されたのだ。面子は袁紹らと無理矢理連れてこられた曹操と近しい者たち、劉備とその友人ら、孫家の人間も来ており、あとは一刀の友人と某会の会員が何名かだ。
「ふぃ~、お腹いっぱいだよ~!董白くん、おんぶ~!」
「あー!劉備っちダメっすー!董兄はあたしと脱いで駆けっこするっすー!」
「姉さん、それ脱ぐ必要はないんじゃない?!」
夕飯を終え、いつものように姦しく騒ぐ乙女たち。姉という無二の位置を獲得した袁紹は一刀にウットリしながら「あ~ん」と繰り返し、李儒もおこぼれに授かり口元を拭ったりして満足を得ているようだ。もうこの頃になると、李儒を怪しむ視線が多くなっていたのだが本人は知る由もない。そして後に大事件に発展するのだが、また別のお話だ。
一刀の周りに目を戻すと、荀彧までもが「あんたのためじゃないんだからねっ!」と言いつつ飲み物を注いでいる。これに気が気じゃないのは孫権。隙を窺って自分も世話を焼こうと試みるも鉄壁過ぎて近寄れずすっかり拗ねてしまっていた。趙雲、張郃、そして孫家の面々はそれとメンマを肴にチビチビと。曹操に至っては関羽を本気で口説きにかかっているのだろう、太ももをさすりながら耳元で愛をささやいているようだ。
兎にも角にも、皆思い思いの夕飯を楽しみ、やがてお風呂の時間がやってきた。この別荘には贅沢にも温泉が湧いており、男女の時間を分けて入ろうという流れになった。先に女子の時間…ここでお約束を果たさんと息巻く一人の男が居た。言うまでもなく牛輔だ。
「諸君、今こそ幼女の園に赴こうぞ。」
この牛輔、末路はわかりきっているのに懲りない男である。しかしここに来ている男子は牛輔を除けば董白、郭汜、李傕、李儒の四名。そしてもちろんその李儒の中身は女だ。そうとは知らない牛輔は語る。
「いいかお前ら、今あの風呂には荀彧ちゃんとか曹純ちゃんが居る…!これを覗かずにして何が男か!」
「牛輔あんた…」
「三次元の裸なんぞに興味はない。」
「…女の裸を見て筋肉が育つのか?」
予想通りこんな反応だ。乗ってこないと分かっていたのだろう、彼は董白一点に絞ってささやいた。
「なぁ一刀~、お前~、孫権の裸見たくないか?」
「っ?!」
ぼふんっ、という音を立てて真っ赤になる一刀。つい想像してしまったのか茹蛸のようになってフラついていた。この時初めて、女子の裸というものを強く意識した。何かムズムズとしたものを感じ、下半身に違和感が起こる。こんな性の目覚めになるとは誰が予想しただろうか。
「牛輔…」
牛輔の影にゆらりと黒い氣を纏った李儒が立つ。その後彼がどうなったのかはお分かりいただけるだろう。
一方のその頃お風呂では、女子たちが乙女らしい話に花を咲かせていた。
「あら蓮華、またお尻が育ったんじゃない?」
「ちょっ、お姉さま何を…!」
「このお尻で董白くんをメロメロにしちゃう感じ~?」
「ひぅっ…!さ、触るな!」
「あら?関羽あなた、随分敏感なのね。ならこれはどうかしら?」
「んぁっ、ちょ、な、何故だ…!防御が掻い潜られる?!あ、そこは…!」
しかし最初の方こそ一部を除いて恋バナや体形についての女子トークだったのだが、話は段々危ない方向へ逸れていき、今では「男子との理想のやりとり」について思い思いに語る一幕となっていた。
「理想の逢引?う~ん…私は手をつないだり、その…公園でゆっくりしたりとか…」
「軟弱な。それでは鍛えられんだろう!ていうか貴様誰だ!」
「公・孫・瓚、だよ!!…ていうか鍛えるってなんだよ?!」
「ふふん、良いか、男とのやりとりと言うのはだな…」
以下、夏侯惇回想---
『フハハハハハ!まだまだ打ち込みが足りん!そんなんで私に勝とうなど片腹痛いわ!』
『天下無双の夏侯惇将軍にどうやって勝てば…!』
断崖絶壁で二人は死闘を繰り広げる。
勝った方が華林様の従僕になれる大事な一戦…私は目の前で膝をつく男に剣先を突きつけた。
「おいなんか始まったぞ。」
「姉者…」
男は諦めたように剣を置き、頭を垂れた。
『僕は絶対無敵のあなたに勝てません!どうか弟子にしてください!』
『そうか董白!なら私とあの夕陽まで走るぞ!ついてまいれ!』
『ははーっ!』
こうして私と奴は駆ける。全ては華琳様の御為、私の足元にも及ばない董白を従えるのだった。
回想終わり。
「相手まさかの董白だったよ?!」
「…姉者は武芸の一騎打ち以外では奴に負けを重ねているからな。」
「にしても以外ね。あの子、彼を部下にしたいと思っているということじゃない。てっきり首を刎ねたいのかと思っていたわ。」
回想は終わっているのだが高笑いを続けて一刀との一人芝居を続けている夏侯惇を生温かい目で見つめる。
「よせ董白~、私が最強だなんて本当のことを言うな!ほれ、肉まんでも食え!フハハハハハ!」
きっと本人が思っている以上に彼を気に入っているのだろう。
「えへへ~、私はね~…」
続いては劉備が語る。
以下、劉備回想---
私の名前は劉備!どこにでもいる普通の女の子!でも私には誰にも言えない秘密があって…
『出たわね!怪獣ソーソー!今日こそあなたの悪事を止めてみせます!』
「…あの子、喧嘩売ってるわよね?」
『きゃ~~~!は、離しなさい!触手なんて卑怯よ!』
「あっさり捕まったよ!何しに出てきたんだよ!」
「触手か…」
「華琳様、閃いたような顔をなさらないでください。」
触手さんが私の体を締め上げて絶体絶命の危機…!そんな時、一人の男の子が颯爽と現れ怪獣ソーソーを倒してしまいました!その日から、その男の子トーハクと共に悪を討つ日々が始まったのです!
ある時はキノコみたいな怪獣と戦って…
『いや~~~!白いネバネバ飛ばさないで~!!』
『はい、手ぬぐいで拭いてあげる!』
『えへへ~、ありがと~!』
またある時は緑黄色野菜との対決!
『いや~~~!苦いお野菜こんなに食べられない~!!』
『僕が代わりに食べてあげるよ!』
『えへへ~、ありがと~!』
そして戦いに疲れた私は…
『いや~~~!もう歩けない~!!』
『おんぶしてあげる!』
『えへへ~、ありがと~!』
こうして、私とトーハクの戦いは続きます!世界が平和になるその時まで…まる
回想終わり。
「終始董白に甘やかされてる絵図だけだったぞ?!」
「董白に面倒見てもらうのが理想ってわけね。」
夏侯惇と同じく、回想を終えても一人芝居を続ける劉備。もはや戦いとかの設定すら失われ、ただ膝枕されたり頭を撫でられたりする光景をだらしない顔で語っている。学友ですらああも堕落してしまうのだから、彼の妹の将来が酷く心配になる曹操だった。
「ちょっと華林さん!わたくしを置いておいて何を楽しそうな話をされていますの?」
続いては袁紹が語りだす。
以下、袁紹回想---
夜、わたくしがお風呂に浸かっていると、恐る恐ると言った感じで戸が開く。そこに居たのは最愛の弟、董白さん。少し遠慮がちに「一緒に入っていい?」と聞く弟の言葉に、駄目と言えるだろうか。否!言えるはずもない。わたくしは笑顔で招き入れると、洗いっこを始めるのです。ただし、大事な弟の体に少しの傷でも入ってしまったら…そう思うとわたくしは手ぬぐいなど使う気にもなれません。だってわたくしにはもっと柔らかいものが付いているのだから。
「おい危ない話になってきてるぞどうすんだコレ。」
「ごくり…」
「梨晏、いま生唾飲み込まなかった?」
「そ、そんなことないよ?!」
わたくしがお背中を洗って差し上げていると、なにやら足をすり合わせてモジモジしているご様子。
『あら、どうかなさいまして?』
『お、お姉ちゃん…僕、あそこが変なんだ…』
『まあ…!』
「まあ…!じゃねぇよ!誰かこいつを止めろ!」
「続けて!(〇権)」「続けろ!(夏〇惇)」「続けてください!(〇純)」「…ごくりっ(太〇慈)」
「お前らの何がそこまで引き付けたんだよ?!」
それからわたくしは弟にしっかりとした知識を身に着けていただくべく、丁寧に掌で×××を××して、×××を導いて差し上げました。最初は恥ずかしがっていた弟も、蕩け切った顔でその××を受け入れます。これでもう立派な男の子です。
「…参ったわね。麗羽にこれほどの才があったなんて。」
「ほ、本書いてもらいたいね…!」
「何の才だよ!どんな本だよ!」
しかし困ったことに、それ以来弟は毎日お風呂を一緒したくなってしまいました。そしてついには…
『お姉ちゃん…』
『あら、どうかなさいまして?』
『その…ムズムズして一人じゃ眠れなくて…』
くすりと笑って、わたくしはお布団に招き入れます。添い寝すると、太ももに硬いナニかが触れました。そう、×××です。すっかり男の子の域を飛び出た×××がそこにはありました。彼をこうしてしまったのはわたくし…ならば責任を取らねばなりません。
『さあ、おいでなさいませ。』
そう言ってわたくしは…わたくしは…
回想終わり。
「ちょ、ちょっと!こんなところで終わらないでよ~!」
「り、梨晏…あんた入り込みすぎ…。」
急に話を終えてしまった袁紹を非難が包む。そうまで彼女たちの心をわしづかみにしたと言えるが、やはり興味津々なお年頃なのだろう。
回想を終えても少し危ない顔で固まる袁紹に、曹操は目の前で手をひらひら振って覚醒を試みる。
「麗羽、あなたひょっとしてのぼせたの?」
「…はっ!い、いえ…そういうわけでは…」
「どうかなさいました?」
曹純が心配そうに声をかけると、袁紹はちらりと下を向く。そして前に向き直り…
「興奮してしまいましたわ!」
「ただちに湯船から上がりなさい!!」
こうして、女子の長すぎるお風呂が終わったのだった。因みに、あまりにも遅かったため李傕、郭汜、そして牛輔は近くの小川で水浴びを済ませてしまっていた。そこに董白と李儒が加わっていないのは、李儒が自分は行かないと断ったため一緒に残った形だ。
「あ、女の子終わったみたい!じゃあ玲、行こうか!」
「へ?!」
「お風呂行かないの?」
「い、いや…僕は…その~…!」
ここにはいつもの逃げ道である銭湯なんて無い。かと言って水浴びで済まそうとすれば誰に見られてしまうか分からない。李儒を予想だにしない危機が訪れた。
「お風呂ちゃんと入らないとだめだよ~!ほら、行こ!」
「あ、ちょ…!?」
そのままズルズルと手を引かれてお風呂場まで連れていかれてしまう李儒。彼女の胸はもう手ぬぐいなどで隠せるものではなくなっている。サラシをきつく巻いて、ぶかぶかの服を上から着るなどしてなんとか誤魔化せるくらいなのだ。お風呂になど一緒に入ってしまえば一刀であろうと気付くだろう。
しかし無情にも、考えを巡らせているうちに脱衣所まで来てしまった。
「あの、僕はやっぱり…って!なに脱いでるんだ!」
「なにって、お風呂入るんだから脱がないと。」
「は、はが…はぅあ…!」
目の前には一糸まとわない一刀の姿。ダメだと思っていてもつい目が行ってしまう。
「お、おっきぃ…!」
「…どうしたの?」
「な、なんでもないでござる!!」
硬直してなんだかよくわからない言葉遣いになっていた。不思議そうに首をかしげる一刀。
「ほら、早く脱いでお風呂行こ?って玲どこ行くの?!」
脱兎のごとく駆け出す李儒。
「ご、ごご、ごめんなさ~~~~~~ぃ…!!」
そう叫びながら李儒は冷たい小川に頭から飛び込むのだった。この日から、某会の情報に一つある項目が付け加えられた。これは特秘事項として封ぜられているが、ただ一言、“彼のは凄い”という謎の文言だった。この情報を持ち帰った事により、某会会長の袁紹より賞状と記念品が贈呈され、盛大に持て成されたのだった。
今回もお付き合いくださりありがとうございます!今回は清純極まりないお話でした。次回は李儒の騒動をお送りします!お楽しみに!
それでは皆さんのご感想お待ちしております!