起きるにはまだ少し早い、日出過ぎ。男子寮の廊下では、ある人影が毎朝の光景となっていた。
各寮の男女の行きかいが解禁されてからというもの、朝になると扉の横にその人影はあった。学生鞄を抱えて手持無沙汰に部屋の主を待つその人物。扉にはいつの間にか作ってあった「董白と李儒」と書かれたハートマークの表札。
「一刀~、好き~」
「「zzz」」
中から微かに聞こえてくるいつもの声。扉の横で待つ人影は、イライラを隠せずにいた。ムスッとしながら踵をトントンさせる少女の名は孫権。しかしなぜこうして待ち惚けしているかと言うと、彼と一緒にいたいという想いのほかにすべきことがあるからだ。
それは毎朝のように繰り広げられる李儒の暴挙を食い止めることに他ならない。今はまだ一刀が寝ていることを良いことに何やら危ない発言を繰り広げているだけだが、決まって彼女は辛抱たまらなくなって…
「ほ~ら一刀~、おっぱいだよ~。一刀は僕のおっぱい大好きだもんね~?」
「むにゃむにゃ…zzz」「zzz」
ありもしないことをでっち上げながらこっそり一刀に覆いかぶさる。
「あんっ、息がかかってくすぐったい~♡そんな悪い子には~…」
次第にエスカレートしていき、
「むちゅ~~~…」
「李儒!あなた何してるの!」
孫権はたまらず扉を開け放った。予想通り、一糸まとわぬ姿で寝ている一刀に唇を押し付けようとしていた。
「げぇっ、孫権…!」
「げ、じゃないわよ!寝ている彼にそ、そんなこと…!」
「これは違いますぅ~!専属従者として朝の体温検査してるだけですぅ~!」
どう見ても違うのは明白なのだが、李儒は唇を尖らせてそんなことを言う。
「そんなの嘘よ!全部聞こえてたんだから!そんなことより早くそこを退いて服を着なさい!」
「君の方こそ!勝手に部屋に入ったりしてきて!一刀に何するつもりだったのさ!」
「わ、私はただ一緒に登校しようと思っただけよ!そんな…な、ナニするなんて…考えてないというか…その…」
次第に尻すぼみになっていく孫権。
「ほらイヤらしいこと考えてるじゃん!お尻モジモジさせちゃってさ!」
「も、モジモジなんてしてないわよ!いいからそこ退きなさいってば!」
「い~や~だ~!」
「離、れ、な、さ、い…!」
「イ、ヤ…!」
李儒の腕を引っ張って無理矢理引きはがそうとするも、ベッドの柵にしがみついて離れようとしない。いつの間にやら寝ている一刀の横では裸族と王族の取っ組み合いが始まっていた。
「もう一刀とくっついちゃってるから離れないの!」
「意味わからないこと言わないで!」
「「zzz」」
「本当にくっついちゃってるから…ってあれ?」
「誤魔化そうとしても無駄なんだから…!」
「い、いや、ちょっと待って?なんか…」
しばらくそうしていると、違和感のようなものが二人に生まれる。
「「zzz」」
最初から感じてはいたのだが、寝息が二つ聞こえている。二人はそれに気付いてそっと一刀の布団をめくりあげると、そこには一刀にしがみつくようにして寝ている袁紹が居た。寝間着をしっかり着込んで爆睡しているところを見ると、昨夜からここに居たのかもしれない。
「董白さん…おち〇ち〇のことはお姉ちゃんにお任せくださいまし…zzz」
際どい寝言を言いながら幸せそうに眠る。二人はそっと布団を戻した。
「…」
「…」
そして再び顔を合わせると、
「離れなさいってば…!」
「い、や!」
見なかったことにしたのか再び争いを始める。
着替えの準備をしようとしては服選びでぶつかり合い、一刀が起きる頃には一刀の下着を引っ張り合う地獄絵図と化していたのだった。そのうちに袁紹を起こしに来た顔良らも合流し、騒がしい朝ごはんを終えると私塾へと向かう。その道すがらも、どちらが手をつなぐかで牽制し合って結局どちらも繋げないまま私塾へ着いてしまった。
「許さない許さない許さない…!」
物陰から除く猫耳フードが居たことには誰も気付いていないようだ。
この猫耳フードの少女こと荀彧は、あの一件以来一刀の行く先々で偶然を装いつつ彼との接触を図っていた。彼の一挙手一投足を手帳に書き込んでは趣味嗜好を入念に調査しているようで、廊下の曲がり角や教室の出口で待ち伏せてはわざとぶつかろうとしたり、学食では彼の好物を独り占めしようとしたり、何かにつけて接点を持とうとしている。
これが純粋な片思いなら可愛いものなのだが、そうは問屋が卸さないようで…
「玲、そんなにくっついたら歩きにくいってば。」
「だ~め!足の付け根を怪我したんだから、僕がこうして肩を貸してあげないと…ね?」
肩を貸すよ言うよりもただ体に抱き着いているだけなのだが、それを止める人間(孫権)は今ここには居ない。どうやら孫策らと昼食という名の作戦会議をしているようで、目を離した隙に李儒はやりたい放題出来るというわけだ。
「それにしても夏侯惇め…また一刀を怪我させて!今度は腹下しどころじゃ済まさないんだから!」
「いや、さっきのは僕が悪いんだよ。お昼休みに鍛錬に付き合ってもらったんだけど、やっぱり回避が苦手でね。反応が遅れちゃって…」
「もうっ、一刀は優しんだから!そういうとこも大好き♡…あいつは殺すけど。」
「だ、駄目だって!」
そんな会話をしながら彼らは保健室まで辿り着く。
「程普先生~!…あれ、いない?」
保健室には誰もおらず、机の上には「私用中。怪我したなら唾でもつけといて。」という書置きがあるだけだった。
「天啓…!!!ほら一刀、下脱いで!!唾つけるから!!…じゅるり」
「え、ちょっ、駄目だってば!男の子は女の子の前で裸になっちゃいけないって母さんが…」
「大丈夫!ちょっと咥え…じゃなかった、これはあくまでも治療だから!…ハァハァ」
「治療なら大丈夫なの?」
「そう!大丈夫なの!だから、僕に任せて…ごくり」
危ない目をしながら一刀のズボンを下ろそうとしたその時、保健室の扉が勢いよく開いた。そこに立っていたのは真っ赤な顔で腕組みをして仁王立つ荀彧だ。
「あ、あああ、あんたら!何やってんのよ!」
「何って…ナニ?」
「え、治療じゃ…」
「そ、そう!治療!これは治療なの!」
「何の治療よ!」
「実は脚の付け根を怪我しちゃって…多分打撲だと思うんだけど。」
脚の付け根、つまりそこには…
「だから程普先生に軟膏を貰おうと思ったんだけど居ないみたいでさ。そしたら李儒が唾つけるって…」
「脚の付け根にツバ?!」
「そうなの…これが最善の治療。元気に、そして気持ちよくしてみせるから安心して!」
「安心できないわよ!…そ、その役目、私が代わるわ!」
何故か口元を拭いながら荀彧はにじり寄り、服を一枚ずつ開けていく。李儒もまた「その挑戦受けた」とキャストオフ。今この保健室で、後の魏vs涼州の一戦が先んじて繰り広げられることとなる。
しかし何故こうも彼女が張り合おうとするのか、それは前に失禁してしまったことからすべては始まる。失禁してしまっただけでもかなりの辱めなのだが、それどころか一刀に下を脱がされ処理までされた。以来、恥辱を与えられたり虐めを受ける快感に目覚めてしまったのだ。どんなに自分で慰めても、あの時の快楽を超すことが出来ずにいた。
だからこそ今回彼の脚に唾をつけるという最上級の好機を逃すわけにはいかなかった。
「いざ尋常に…」
「「勝負!!」」
まず先手を取ったのは李儒。粘り気のある透明な液体を桶に用意し、お風呂にあるような椅子を床にセットした。
「…お客さん学生でしょ?こういうとこ来るの初めて?」
「いや、何度も来てるけど…」
「強がらなくていいの。お姉さんに任せて?」
秘儀、“
「うん、任せるけど…そんな格好してるとまた風邪ひくよ?」
しかし当然一刀は意味が分からないようで首をかしげるだけだった。
「ぐはっ…!な、中々やるわね。それなら私は…」
服をところどころ破り、懐に忍ばせていた縄とギャグボール、目隠しなどを取り出し自ら「よよよ」と崩れ落ちた。
「こ、こんなことで私は屈しないんだから…!体を弄ばれても、心までは堕ちないわ!」
秘儀、“
「…着替え、ちゃんと持ってきてる?」
しかし一刀は破れた服を心配するだけだった。
一連の攻撃を披露した二人は、どう見てもスコアレスドローにも関わらず満足そうにフッと笑いあった。
「あなた…名前は何て言ったっけ?」
「荀彧よ。」
「…覚えておくよ。でも、この場は引いてもらう。だってあなた、彼の事好きってわけじゃないでしょ?」
「ふんっ、好きなわけないでしょ。だってこいつは…」
意味の分からない惨状を放っておいて戸棚にあった軟膏を一人塗っている一刀を顎でしゃくる。すると次第に真っ赤になっていき、
「私を目覚めさせたんだから!!」
と叫んだ。
「あの時味わった恥辱…忘れもしないわ!あんなの味合わせたくせに他の女まで手にかけようとするなんて許せない!責任取ってもっと私だけを辱めなさいよ!」
「僕が言うのもなんだけど君も相当だね。」
これまたどこから出したのか牛追い用の鞭を一刀に渡して四つ這いになる荀彧。
「ほら!す、好きにすればいいじゃない!はぁはぁ…!」
そんな時、またも保健室の扉が開け放たれた。そこに立っていたのは孫権をはじめとした王学科の面々。
「あ、あ、あ…あなた達なにしてるの!!!」
裸同然の二人の少女に、怒りが爆発した孫権が叫ぶ。劉備は側近の関羽によって目をふさがれていた。
予期せぬところで裸族vs王族の第二ラウンドが始まる。全裸で一刀の影に隠れようとする李儒を孫権が引き離そうとするが…
「な、なんでこんなにヌルヌルするのよ!」
「ふっふっふ…今の僕は無敵だ!」
粘性のある液体を李儒が使っていたおかげでオイルレスリングさながらのもみ合いに。もちろんスカートでそんなことをしていれば下着もモロ見えになってしまい、それに気付いた一刀は真っ赤になって顔を背けていた。片や素っ裸の李儒には反応を示さないところを見ると、彼のストライクゾーンはかなりシビアだ。
「こ、の…淫乱!」
「なんだとこのデカ尻め!」
罵り合いながら取っ組み合いを続ける二人を他所に、曹操が一刀に歩み寄った。
「うちの春蘭が少しやり過ぎたと聞いたから様子を見に来たけど元気そうね…ってあら?」
曹操は四つ這いになっている猫耳フードの少女を見た。
「…私好みのがいるじゃない。」
「…え?ちょ…」
「ほら、せっかく四つ這いになっているのだからやりやすいでしょう?綺麗になさい。」
そう言って自らの生足を差し出す曹操。
いずれ王佐の才と呼ばれることとなる少女と出会いを果たす曹操だが、こんな出会いになるとは誰が想像しただろうか。
「な、なにこの感じ…!逆らえない…というか逆らいたくない…!」
「ふふっ、良いわね貴女。飼って欲しければ懸命になさい?」
「は、はい…!」
こうして、次の授業の開始を告げる鐘が鳴るまで保健室は阿鼻叫喚の様相と化していたのだった。
涼州警備隊。
涼州の主要な都市にそれぞれ隊員が配備され、今や涼州ならではの一大部隊だ。一刀の父である玄が頭を務めているが、各地方にはそれぞれ独立した指揮系統を持たせている。今日はその地方ごとに警備隊を任された頭目たちが集って合同会議が行われていた。
これまで月一程度で騎馬隊の幹部も交えて金城にて開かれていたが、この日は新たに天水地区を任されることになった張繍の就任あいさつを執り行うこととなった。
「皆様、よろしくお願いいたします。」
そう言って恭しく頭を下げる和服を着た女性。髪は真っ直ぐな黒髪を後ろで束ね、手にした扇から除く色白な肌が良く映える。
「張繍さんは少し病弱なところもあるが内政にかけては実績十分だ。元々は都で尚書令を務めていたんだったか?」
「嫌ですわ、董君雅さま。それは昔の話です。わたくしは今や天水地区のしがない代官に過ぎません。」
この世界の女性には珍しくお淑やかに微笑む。各地区の代官を担う男性陣も美しさに骨抜きにされているようだ。
蘭は気に食わなそうに「ケッ」とそっぽを向いてしまい、そのそばに控える韓遂はにこやかに挨拶をして回る張繍を訝しむように見ていた。
韓遂からすれば都の尚書令の地位を捨てて僻地での代官の座に着いたことが怪しく思えて仕方がないのだろう。本人は体調の悪化につき、故郷に戻りたかったと話していたが俄かには信じられない。
「…ふふっ」
そんな視線に気づいたのか、韓遂に笑みを向ける。
「…失礼。」
背筋を走った寒気を誤魔化すように、韓遂は会議室を出た。
彼女もまた都での従事経験があるが、張繍という名を聞いたことがない。多くの人間が務めていたから関りがなかっただけとも思えるが…直感が告げる。彼女には必ず裏があると。
「あ~あ~、韓遂先輩もあの女気に食わない感じっすか?俺もなんすよね~…ああいう頭よさそうな女は嫌いっす。」
「…そうね。」
先に退室してしまっていた龐徳の軽口に付き合うことなく、そのまま城外へ足を向ける。自然とその足は急いでしまっていた。
過去に涼州と都とでは諍いがあったが停戦に持ち込んでおり、その条約はまだ生きている。偵察程度ならこれまで何度も受けてきたが何か今回のものは違和感があった。一体あの女は何を企んでいるのか…。
「およ、師匠?」
考えを巡らせてたどり着いたのは門下生である閻行の養父母の家だ。そこの主人であり、密偵と思われる程銀という男にどうしても会っておきたかったのだ。
「…来る頃かと思っておりましたよ。旻深、中に入っていなさい。」
「な、なんじゃい、おとん!わっちは仲間外れか?」
不満を漏らしながら家の中に戻っていく閻行。
「さて、どうやら私の正体もわかってしまっているようですが…どうなさいます?」
「どうもこうもないわ。私はあなたに聞きたいことがあるの。」
程銀は「ふむ」と顎髭に手をやると先を促した。
「…都で今、何が起こっているの?」
男の表情が強張る。それを見ただけで韓遂は察した。この先に何か良くないことが待っているかもしれないと。
だからこそ、この男に知っているだけのことを話してもらう必要がある。たとえどんなことをしても。
韓遂は腰にした剣を抜き放った。
今回もお付き合いくださりありがとうございます!次回は一気に飛んで袁紹らの卒業式から始まります!
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