昔々、あるところに、王に恋をした男がいました。
男は王様が宮殿の上から見下ろすその姿に目を奪われてからというもの、なんとか彼女のそばに居ようと懸命に努力します。
男の努力はやがて認められ、着々と王様のそばまで行けるようになりました。
王様も頑張り屋の彼のことはよく気にかけ、何事も彼の言葉に耳を傾けます。
しかし、男の恋は実を結ぶことはありません。なぜなら王様は既に伴侶がおり、それはそれは身分の違いが大きく第二夫を望むことさえ不敬とされるほどだったのです。
男は選びます。このまま気持ちを抑えたまま彼女のそばに居るか、それとも打ち明けてそばを離れるか。
男は迷わずにそばに居ることと決めました。
これ以上そばの位に就くためには、国の決まりで子を作れない体になる必要がありましたが、想い人は手の届かぬ只一人とそう決めたのです。
それから王様に子が生まれ、やがてもう一人と跡継ぎができました。
男が一生手にできない宝をその手に抱かせてもらったとき、男は決意しました。
“この子を命を賭してでも守っていこう”と。
そんなある日の事、王様は病にかかり命を落としてしまいます。伴侶もまた、後を追うようにこの世を去ってしまいました。
残された二つの宝。
男は彼女らを守るために、十常侍という組織を作ります。たとえ老いても十人で宝を守り育むために。
・・・
・・・
水鏡の街から北東。鋭くそびえる峠を越えた先にある密林に、焔陣営のアジトの一つがある。国中を活動領域とする傭兵団の、いわば秘密基地という住処だ。
連れ去れた一刀は何故か大歓迎をもって迎えられていた。女性しかいない傭兵団の兵士たちは鼻息荒く天幕にちょこんと座る一刀を覗き見ているようだ。
「頭、パネェ…!」
「あの子、うちらの好きにしていいの?!ほんとに?!」
「馬鹿、誰がそんな事言った!この子は大事な人質。…まだ手出しは駄目だぞ。」
「「「 ま だ と な !? 」」」
焔陣営の頭こと高順はボサボサな赤髪の跳ねを直すように掻きながら一刀のそばに座していた。依頼者のもとへは任務成功と早馬を走らせて伝えてあり、今はその依頼者の到着を待っている場面だ。
「あっし…こんな子と手をつないで逢引するのが夢だったっす!」
「あちきはやっぱりお馬さんごっこかな…夜の。」
「夜のって付けると大抵スケベっぽく聞こえるっす…!」
「…夜の水浴び。」
「おほっ」
「…夜の槍磨き。」
「…あっし、ちょっと厠に行ってくるっす!」
そんなことを話していると、天幕の外が騒がしくなってきた。何事かと高順が叫ぶと同時に天幕に転がり込んできた傷だらけの兵士が一人。依頼者の元へ伝令で走った女性だ。
「頭…!謀られました!」
「ちっ、やっぱりか。」
「奴らはじめっからウチらごとあの子を殺るつもりです!ウチも襲われやしたけど何とか逃げて…」
「そうか、ご苦労。今は休め。連中は?」
「追手がすぐそこまで…とんでもない数です!」
天幕の外では敵襲を知らせる声が轟く。
「すんません頭…うまく撒ければよかったでやすが。」
「構わん。どうせ初めっから凡の位置も見当ついてるんだろ。いつもの通りやるだけさ。」
そう言って不敵に笑う高順。囚われの身の一刀は事態を把握できずに首をかしげるだけだった。
「にしても君は本当に動じないな。こんなわけわからん状況で落ち着いて座ってられるかね普通。」
「あはは、よく言われます。」
「…笑ってるし。ねぇ君本当に劉性の甘ったれ?もうこの状況だと君をどうこうしても無駄だから白状してくれ。」
「えっと…嘘ついてごめんなさい。本当は僕、劉性じゃありません。」
「やっぱりか。」
高順は眉間に手を当ててやれやれとしつつも、困ったような笑みを浮かべていた。
「でも、これだけは言えます。本当の劉性の子も、帝の暗殺なんて酷いことを考える子じゃありません。」
「…そっか。まあ今となってはそれすらもどうでも良いけどな。」
「それより、たくさん敵が来てるんですよね?何もしなくて良いんですか?」
そう聞くと、高順はまだ余裕の笑みを携えたまま「まあ見てな」と呟く。
天幕の外からは幾多もの男の悲鳴。因みにもう一度言うが、この焔陣営には男性は居ない。つまりは悲鳴の元は敵のものということ。
「よう、数どんくらいだっけ?」
「千は居たと思いますが…」
「なるほど、なら何人かは抜けてくるか。」
面倒そうに立ち上がると高順は頭巾を被り、鎖鎌を取り出し天幕を出て行った。
「あの…本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫っす!ここら一体はあっしらしか知らない秘密の道以外を通ると罠、罠、罠、の雨あられっす!多い敵は点じゃなく面で殺れ!があっしらの心情っす!
だから坊やはお茶でも飲んでくつろいでいてくださいっす~!」
ニカっと笑った副官の女は外からの悲鳴に目もくれずただ一刀を眺めていたのだった。そして高順が出て行ってからほんの数分後、その高順が一人の男を捕らえて戻ってきた。えらく体格がよく風来坊といった出で立ちの男は、攻めて込もうとしたはずがあっという間の壊滅という惨劇に困惑しているようだ。
乱雑に男を放り投げると、ぐしゃりと踏みつけた。
「…年増の男には興味ないので悪しからず。」
踏みつけられた男は恐怖に固まる。高順は髪を掴むと寝そべる男の顔を強引に一刀の方へ向けた。
「ほれ、お前さんらが言ってた大罪人とやらだ。」
男は明らかに人畜無害そうに見える一刀を見て狼狽する。この反応を見るに、男も相手がどんな人間かも知らずに動いていたのだろう。
「で?お前さんらは大軍率いてここに何の用だ?」
「お、俺は知らなかったんだ!ただ罪人を匿っている賊どもが居るから殲滅せよと…!」
「なるほど。」
高順は思案する。言っていることに嘘はなさそうだ。考えうるに自分たちの口封じが目的だろう。それに加えて罪人とされる少年も紛れて殺してしまえば一件落着という寸法だろう。男たちの身なりを見るにこちらは戦働きに特化した傭兵団。対して自分たちはただその罪人を攫って情報を吐かせて殺せと雇われた、言わば万事屋稼業の傭兵団。こうも何重に事を運ばせる理由はどこにあったのか…。
「お前、依頼者の顔を見たか?」
「お、俺は契約した期間だけを請け負うただの用心棒だから…雇われたときにチラッとだけだ。髪の長い老婆だった。」
「ふむ…。」
どうやら依頼者も違う。自分たちの時は恰幅の良い男だった。
「お前、名前は?」
「…楊秋。涼州は金城出身の傭兵だ。」
「涼州!」
その言葉に反応したのは同じく涼州出身の一刀だ。人懐っこい笑みを浮かべて男に近寄る。
「お、おい、あまり近くに…」
「僕も涼州出身なんだ!それとごめんなさい。本当は僕、劉性じゃなくて董白っていうんだ。」
「董…」
見ず知らずの男に自己紹介まで始めてしまった一刀に頭を掻く高順だったが、年相応の無邪気な態度に怒れずいるようだ。
しかし、名前を聞いた男はみるみる青くなっていく。あらゆる罠を目にして憔悴しきっていた時よりも数段青ざめている。
「と、董白くんのお母様はもしかして…池陽君さまでは…」
「母さんを知ってるの?!」
「ずびばぜんでじだ!!!!!」
顔を地面に擦り付けて頭を下げる男に、焔陣営の女たちは困惑した。
「ど、どうしたんだお前!」
「どうか!!私が!!あのお方の!!大事なご子息に!!剣を向けようとしたことを!!黙っていてはいただけないでしょうか!!!」
「え、い、言わないよ!大丈夫だから顔をあげてください!」
「ありがとうございます!!」
突然の事態に思考が追い付かない高順ら。涙を流しながら懇願している姿を見るに、彼の母親が何かヤバい人なのは分かるが…。
「おい、お前らこの子を攫ったんだろ?悪いことは言わないから早く帰してあげろ!それにまさか手を出したりしてないだろうな?!」
「だ、出してない!…まだ。そ、それに、すぐに返すつもりだったし。」
「それが本当なら命拾いしたな。」
「ていうかこの子の母ちゃんどんな人なんだ?」
聞くと、男はすぅっと目の光を消して話し始めた。
昔、街に男児を付け狙う小児性愛者の女が出たそうだ。その女は言葉巧みに子供を騙しては悪戯をする性犯罪者で、自らも愛する子がいる役人は事態を重く見て警備隊と合同で捜査したらしい。街を挙げた大捜査の末、見事に捕まった犯人は相応の刑に処されると思ったが、自らの子を次に狙うはずだったと知ったその役人は…その内容はあまりにも残虐で、副官の女は思わず一刀の耳を覆ったほどだ。兎に角、伏字だらけになるほどの仕置きを実行したらしい。
話を聞き終えると、焔陣営の皆も完全に青ざめてしまっていた。
「…その、なんだ。董白くん、帰ろっか!すぐに帰ろう!な!」
「良いんですか?」
「も、ももも、もちろんっすよ!ささ、早く学校に帰りましょ~っす!…×××に×××ぶち込んで×××されたくなんてないっす…。」
ほっと一息ついたのも束の間、天幕から出てきた一刀らだったが、男たちが来た方向とは逆、つまりアジトがある密林の東側から突如として金ぴかな装備を着込んだ一団が現れた。先頭に立つのは先日突然嫌な予感に見舞われて南皮を発った袁本初と親衛隊たちだ。
「ちょっ…!あれ?!罠は?!」
見るからに数百人が森から姿を出しており、そんな人数を通れるほど甘くはない罠の海が広がっているはずなのだがまるで無傷な兵士たちに驚く。
「か、か、か…一刀さん!!」
「麗羽姉さん?!」
目ざとく一刀を見つけた麗羽は駆け寄って抱きしめる。
「なんだか嫌な予感がして…心配してたんですのよ?どうしてこんなところに…というかこのケッタイな連中は一体何ですの?」
「この人たちは…その…と、ともだち!」
「あら、そうでしたの。ちょっと変ちくりんですけどお友達が多いのは良いことですのよ!お~ほっほっほっほ!」
高笑いをする麗羽はその豊満な胸に一刀を包み込んで嬉しそうに撫でていた。庇われた高順らは顔を見合わせて苦笑い。
「でも麗羽姉さん、この辺りって罠がいっぱいあるみたいなんだけど…どうやって抜けてきたの?」
「そ、そうよ!ここら辺はそんな人数が無事に抜けて来られるほど甘くない罠が張り巡らされているはずよ?!」
「罠?そんなものありましたの?」
焔陣営の参謀は驚きを隠せないようだ。するとそこへ、麗羽の副官である顔良が歩み出た。
「麗羽様は…運がすごく強いですから…あはは…」
「う、運って…」
確かに麗羽の運の強さは常人のそれとは比較にならないほど強い。豪運の持ち主と言っても過言ではない。私塾時代は記号問題だけは全問正解するし、戦技盤という机の上で駒だけを操って争う遊びでは負けそうになると晴れていても盤上に雷が落ちるなど、むしろこれは氣の一種なのではないかと疑われるほど豪運なのだ。
つまりは数百人がちょうど罠を踏み抜かずに歩を進めるという天文学的な確率を踏破して辿り着いたということだった。
「あ、ありえねぇ…!ていうか君の周りはそんな人ばっかなのか?」
この様子だと本気を出せば国の転覆を謀れてしまうのではと思ってしまう高順。
兎にも角にも、既に場所が割れてしまったアジトなど必要はなくなり、アジトごと撤収準備を済ませて一行は水鏡の街へと戻っていくのだった。
ところ変わって、アジトから西にある峠の麓では、賊の痕跡を辿って董白捜索隊が歩んでいた。途中から合流した水鏡が陣頭指揮を執り、懸命に董白を探しているようだ。
「探せい!!草の根分けて何としても探し出すのじゃ!!」
水鏡は必死だ。
当然、子を預かる責任ある立場ゆえに、生徒を攫われてしまったのだから必死にもなるのだろうが攫われてしまった生徒がまたマズイ。こんなことがあの絶対無敵難攻不落七転八倒池陽君に知られてはまず明日の朝日は望めない。悪魔に魂を輪廻の先まで明け渡しても見つける必要があるのだ。
「…この辺り、なんだか痕跡が増えておるな。」
「別動隊でしょうか?」
「いや、それにして数が多い。」
百戦錬磨の教師陣たちも微かな痕跡を頼りに跡を追っていたが、突如として増えた痕跡に首をかしげる。
「よもや戦にでも巻き込まれてないとよいが…」
その時だ。先の偵察に志願した生徒の一人が戻ってきた。
「なんじゃと?!周泰、それは本当か!」
「はい!金ぴかな集団がこの先一里ほどのところで野営を組んでおりました!」
「数は?」
「五百人くらいでしょうか…でもその中にあの黒ずくめの連中も居て周辺を警戒してるみたいでそれ以上近付けませんでした!ごめんなさいです…」
「よい!でかしたぞ周泰ちゃん!花丸あげちゃうぞい!」
金ぴかな集団というのが何なのかわからないが、あの連中も一緒に居るとなれば董白もそこに居るかもしくは居場所を知っているだろうと踏んで、一行は先を急いだ。
どうか無事でいてくれと願うのは水鏡だけではなく、この行軍に参加した者、私塾で吉報を待つ者も皆同じなのだ。
すっかり日が暮れて暗くなった夜道を急ぐ捜索隊がその場所に辿り着いたのは夜が明ける頃となっていた。
「姫!姫、起きてくださいってば姫!」
「んぅ~…一刀さん、そこはもっと激しくしてよろしいですわ~…むにゃむにゃ」
「際どい寝言言ってないで!水鏡先生たちが来てるんですってば!董白が攫われたらしいんです!」
「文ちゃん、それだと誤解を招く気が…」
「ぬぁんですってぇ?!一刀さんが?!こうしちゃいられませんわ!大部隊でけちょんけちょんに懲らしめなさい!!」
「ほら…。」
まさしくあの母あってこの子あり。寝間着姿のまま剣を持つと天幕の外へと飛び出してしまった。
外では再会を果たした一刀と李儒らが抱き合って喜んでおり、その横では五十人ばかりの黒ずくめの集団が正座していたのだった。
「なんですのこれ?」
こうして、董白奪還は幕を閉じた。
因みに、正式に謝罪して一刀を返した焔陣営はというと、一刀の助言もあってこの先水鏡塾への無償労働を条件にお咎めなしという裁定を下されたのだった。
・・・
・・・
=================================
↓↓↓後半はご要望がございましたオリキャラの紹介を行います。↓↓↓
※氣に関してですが、こちらは第9話「おしえて☆水鏡先生」にて説明があります。簡単に言えばハンターハンターのような感じと思っていただければわかりやすいかと思います。あそこまではぶっ飛んでいませんが、この要素なくては某魏の将の氣弾やらドリルやら萌将伝で見せた一撃やらが扱い難しくなるので本二次創作で加えた要素となります。
名前:高順 18歳♀
真名:焔(ほむら)
ステータス:統率93 武力86 知力70 内政62
得意な氣:操氣=得意な効果:鎖を自在に操る
特徴:赤髪のウルフカットがトレードマーク。
女性だけしか居ない焔陣営の頭にして、団員同様に男日照りで美少年好き。
副官や参謀を含めてクセのある集団を束ねており、カリスマ性は高い。
~~~
名前:龐徳 19歳♂
真名:静(ジン)
ステータス:統率81 武力32 知力92 内政84
得意な氣:なし=得意な効果:なし
特徴:この世界の男性にありがちな氣の扱いが苦手な人物。
ボサボサなくせっ毛でだらしない服装をしてはいるが、実は努力家で頭脳はピカイチ。
負けず嫌いでプライドの高い一面も。
馬鹿な女が好みで、歳は離れているが馬超に恋焦がれている。
~~~
今回もお付き合いくださりありがとうございます!次回は私塾編終盤のお話になります。騒動が起こるのはその一つ先になるかと。
それでは皆さんのご感想お待ちしております!