そういうものが苦手な人はお勧めしません
顔が一つ、潰れた。
少女の顏である。
幼さを残した可憐な顔が絶望に固まり、朱い血をまき散らしながら地面に転がって潰れた。
「……しょ、勝者、練習生108番!」
しばしの沈黙の後、悲鳴に近い声色で審判役をしていた時雨がそう言った。
一撃だった。
一撃で少女のを顔を跳ね飛ばしたのだ。
艦娘養成機関、通称『艦娘の穴』では、艦娘候補生による1対1の模擬戦が毎日行われている。
その模擬選で起こった出来事であった。
「全く手ごたえが無い……これで天下の艦娘になろうというのだから、身の程知らずにも甚だしい」
そう言って訓練生108は、自身の指をペロリと舐めた。
あまりにも不遜な態度に、指導役の山城は彼女を絞殺したい衝動に駆られたが、ぐっと抑えた。
山城は艦娘、それも最強と名高い『戦艦』の一人だった。
そんな彼女が訓練生に手を上げることあってはならない。
艦娘となった山城は既に世間では『兵器』という扱いであり、まだ人間扱いである訓練生には強く出れない。
それを知っているからこそ、この少女はここで傲岸不遜に振る舞っているのだ。
艦娘――在りし日の艦艇の魂を宿す少女達。、
その拳は海を割り、その砲撃は空を切るという。
彼女たちは深海戦艦を倒すために生れた存在であった。
深海棲艦。
突如、現れたそれらは瞬く間に、世界中の海上ラインを崩壊させた。
既存の兵器が一切通用しない奴等は一方的に人類を蹂躙し、世界を崩壊させるかに見えた。
だがそこに現れた、深海棲艦に対抗できる唯一の存在。
それが艦娘だった。
次々と現れた艦娘によって、人類の反撃は始まった。
艦娘たちを主軸とする軍隊組織を結成。
鎮守府とよばれる前線基地を作り、破竹の勢いで海域を奪還していった。
やがて人類と深海棲艦の戦況は反転し、今や残った敵を駆除するのが艦娘の主な仕事である。
だがそれでも未だ生体には不明点の多い深海棲艦である。
いつまた反抗してくるとも限らない。
それに対処するために人類側は艦娘を育成を継続することを決定した。
そういう経緯で設立されたのが『艦娘の穴』であり、山城はそこの責任者の一人であった。
「山城先輩ぃ……もう私の実力は分かってくれたでしょう」
訓練生108は、地面に転がった対戦相手を顎でしゃくった。
その些細な動作一つ一つに、傲慢さが滲み出ていた。
訓練生108番は比較的に小柄が多いと言われる駆逐艦及び候補生の中では抜きんでた身長で、その高さは戦艦である山城にも迫る。
野獣のような瞳の下に鷹の様な鼻があり、顎は張っていて口は異様に大きい。
まさに規格外の存在だった。
「私の実力はもはや明白。そろそろ『吹雪』の称号を頂いてもよろしいでしょう?」
そして彼女自身、そのことを理解した上で行動していた。
ここは無法地帯か、と山城は思う。
訓練中の怪我は事故として処理されてしまうのをいいことに、目の前の少女は自身の力を愉しんでいる。
それでも選ばれた戦士か、とも思う。
最近、こういう輩が練習生として入ってくることが多くなった。
艦娘達を纏める最高権力者・提督がそれを許すのである。
曰く、艦娘にとって大事なのは実力であり、実力さえあれば多少の問題にも目を瞑るというのが、提督の判断だった。
「……口を慎みなさい、練習生108番。『吹雪』の称号は明日の試合で勝った方に与えると鎮守府本部から通達があったでしょう?」
「それはそうですが、もはやこの中で私以上の実力を持つ訓練生などいないでしょう。いたずらに時間を浪費するなら……」
「扶桑姉様の下で修練を積んでいる練習生125番が明日、ここに帰ってきます。彼女を倒せれば、貴方に『吹雪』を与えましょう。今日の訓練はこれで終わりです。皆、宿舎に戻りなさい」
山城の有無を言わせぬ声色に、108番はこれ以上は無駄と理解したのか、バツの悪そうに敬礼すると下がっていった。
周りにいた他の練習生たちも一人また一人と山城達に敬礼すると、宿舎の方へと帰って行った。
最期に108番に倒された少女を同期の者たちが医務室に連れて行くと、訓練所には山城と時雨の二人だけになった。
「僕、あの子嫌いだな」
時雨が嫌悪感を隠そうともしないで言った。
「奇遇ね。私もよ」
それに同調する山城だったが、
「でも強い。このままでは本当にあの子が『吹雪』になってしまうわ」
そう言って唇を噛んだ。
「噂の扶桑の秘蔵っ子はどうなんだい? あの扶桑が直々に育ててるんだ。相当、光るモノがある子なんだろうけど」
「私も直接接したことがあまり無いから何とも言えないけど……それでも姉様が認めた子……あれを止めてくれるはず……」
山城は天を仰ぐ。
流れ星が一筋、夜空に浮かび流れていった。
できるだけ早く更新しようと思っています