すっかり寒くなってきた。
睦月は毎日の日課である朝の散歩に出るとき、一枚多めに羽織るようになった。
艦娘たちはそれぞれ艦種によって寮が分かれており、睦月の住む駆逐艦寮は、最も高い位置に建てられている。
前の道は坂道になっていて、下っていけば運動場に出る。
早朝とはいえ、すでに何人かの艦娘たちが自主練を行っていた。
彼女たちに軽く会釈してから睦月はさらに坂を下る。
食堂と入渠場が併設された施設を通り過ぎると、海が見えてきた。朝日に照らされ、水面がキラキラと輝いているように見える。朝の穏やかなこの海が、睦月は好きだった。
大きな入り江を伴う巨大な島に鎮守府は作られていた。
いや、この島自体が鎮守府と言うべきか。
かつての大戦時にはいくつもの鎮守府が。それこそ本土にも設置されていたのだが現在、鎮守府とされているのはここだけである。
本土と最前線。そのちょうど中間に位置するこの島は、戦略的に最重要場所で、交通の要でもあった。
遠目に見れば岩場が多く、侵入者を拒むような入り江も相まって、堅牢な城塞に見える。
だが奥の方には以外と緑もあり、真水も出るのだ。
この自然の要塞ともいえる鎮守府に、以前は多くの艦娘たちが暮らしていた。
しかし大規模作戦が終わり、深海棲艦をあらかた掃討すると、何人もの艦娘がここから出て行った。
一つの場所に大勢が集まるより、各地の小泊地に数名ずつ配置している方が、都合がよかったのだ。
睦月は大規模作戦終了後にここにやってきた。
新兵である。
睦月型の長女である彼女だが、既に妹たちのほとんどが先に艦娘となってここで戦っていた。
一番上が一番遅い。
睦月は自嘲気味に笑った。
もっとも睦月は、この鎮守府の雰囲気が嫌いではなかった。
現在の鎮守府にいる駆逐艦の艦娘、そのほとんどが先の大戦後に艦娘になったものばかりだ。
遅れてきた艦娘たち。そんな奇妙な連帯感が生まれていた。
例外は如月だけだった。
如月は睦月型駆逐艦2番艦で、睦月の妹に当たる。
だが、一番最後に来た睦月の逆で、一番最初に鎮守府に着任した睦月型だった。
長い間、秘書官として提督のそばに仕え、献身的に彼を支えた。最初に編成された第一艦隊の中核を担い、度々前線でも武勲を建てた。そんな経歴であるにも関わらず、同じく駆逐艦、とりわけ同じ睦月型である自分をよく目にかけてくれたのが、如月だった。
その如月が最近、悩んでいる。睦月もそれを気に病んでいた。
海をぼんやりと眺めながら、ほてほてと歩く。
悩みは消えないが気は晴れる。
そう感じるからこそ、睦月は毎日ここを散歩していた。
如月の不調の原因は明白だった。
提督がずっと姿を現さない。
提督の私室に籠もりっきりで、出てこないのだ。睦月自身、ここに着任してから一度もその姿を見たことがなかった。
現秘書官の長門だけが、提督と話せるらしい。だがそれも扉越しで、決して部屋からでようとしない。もう一年近く、顔を見ていないとのことだった。
如月は提督に何度も会おうとした。そしてその度に拒否された。
当然、睦月は怒った。
睦月だけではない。他の駆逐艦たちも同じように憤った。
だが如月は提督を庇った。
――きっと司令官には司令官の考えがあるの。だから大丈夫よ。
そう言って寂しそうに笑う如月に睦月は憐憫を覚えた。そして如月にそんな思いをさせる提督に対する怒りも、また。
「およ?」
水平線の先に何かが見えた。
近づいてくる。船だ。
週に一度、本土から物資を積んだ船がやってくる。しかしその船は、いつも入港する時間が正午付近と決まっていた。今は朝だ。だとすればあれは一体、何の船だろうか。
はっきりと船体が見えてきた。睦月は好奇心から波止場に向かった。
埠頭に船が着き、一人、 降りてきた。
少女だ。自分と同じ年くらいの。
黒い髪を後ろで纏め、白いセーラー服に身を包んでいた。
彼女が艦娘であることはすぐに分かった。昨日、睦月の所属する第三水雷戦隊の旗艦である神通から、新しいメンバーが増えることは聞いている。きっとこの子だろう。睦月はほとんど直感的にそう思った。
船は少女を降ろすと、すぐに港を出た。船頭らしき男と船を下りた少女が手を振り合っている。
睦月は昨日の神通の言葉を思い出していた。新しい駆逐の仲間が来る。名前は確か。
「吹雪ちゃん」
少女が振り向いた。純朴で、可愛らしい顔だった。
「もしかして、吹雪ちゃん?」
睦月はそう問いかけると、少女はかしこまって、敬礼した。
「本日を以て第三水雷戦隊に配属されました、吹雪です! よろしくお願いします!」
それを見て睦月もまた、背筋を伸ばして敬礼する。
「第三水雷戦隊所属、睦月です! よろしくお願いします!」
しばし沈黙。そして自然に二人から笑みが零れた。