睦月と分かれて、吹雪は如月の後ろを歩いていた。
最初は睦月も一緒に行こうとしたが如月が止めた。睦月は少し不満げだったが、あまり引きずらないタイプなのか、自室に戻っていった。
寮では艦娘たちが共同で生活している。吹雪はこれから睦月と同じ第三水雷戦隊である夕立と同じ部屋に住むことになっている。これから吹雪を迎える準備をするという。
個室を持っている艦娘は長門と如月だけだという。これだけでもこの二人が鎮守府において、特別な立ち位置にいることが分かった。
「どうぞ」
如月の言葉に従い、部屋に入る。駆逐寮の一番上の奥に、彼女の私室はあった。
入ってみると、思ったより広くなかった。寮は基本的に三人部屋となっていて、ベッドや机は三つ設置してあると睦月から聞いていた。
しかし如月の部屋にはベッドが6つあった。机や椅子もまた、6つ用意されている。
以前はここで6人が生活していたのだろうか。
そう思いながら吹雪は部屋を見渡していると、如月が椅子を持ってきた。
素直にそこに掛ける。如月も目の前に腰を下ろした。
「急にごめんなさいね。どうしても、聞きたいことがあって・・・・・・」
そこで如月の顔から微笑が消えた。
「長門秘書官の所で、自分は司令官の妹・・・・・・と言っていたけど。本当なのかしら?」
空気が変わった。
無数の針が自身に向かって突き刺さってくるような圧力。それを目の前のさほど歳も変わらなそうな艦娘が発している。
吹雪はその雰囲気に呑まれながらも、震える手で懐から一枚の写真を取り出した。
この人は兄のことを知っている。兄のことを真剣に想っている。
それを感じたからこそ、吹雪は如月を信じようと考えていた。
如月の手に写真が渡った。その小さな紙を如月が覗きこむ。
まだ少年らしさを残した若い青年と、小さな少女がカメラに向けて笑顔を見せていた。
どこかの港のようだ。背景に真っ青な海と空、白い灯台が写っている。
吹雪と兄がまだ港町にいた頃に撮った写真である。
兄が提督になる直前に撮影したもので、吹雪は常にお守りとしてこの写真を懐に秘めていた。
如月は黙ってその写真に視線を落とした。
不意に、何かが零れた。
如月の大きな瞳から宝石のような涙が、一滴二滴と滴り、写真へと落ちていった。
「司令官・・・・・・」
弱々しく、如月は言った。
「き、如月さん」
吹雪がは思わず立ち上がり、如月の肩を叩いた。
如月は目を擦りながら、微笑する。
「本当に、兄妹のようね・・・・・・昔、司令官が。あの人が言っていたの。妹がいる。唯一の肉親だって」
懐かしむように如月は言った。そのままじっと吹雪の顔を覗きこむ。
吸い込まれるような瞳。妖艶で純粋で、水晶のような双眸だった。
「ふふふ・・・・・・不思議ね。全然に違うように見えるのに、どことなく面影がある・・・・・・」
か細い指先が頬に触れる。吹雪はふと顔が熱くなるのを感じた。
如月の顔が目の前に迫る。
宝石のような瞳から涙が。再びこぼれ落ちた。
「あの人に・・・・・・こんな立派な妹さんが・・・・・・!」
そこまで言うと如月は顔を伏せた。
指先が震えている。吹雪はそっと包み込むようにそれを握った。
しばらく、そんな状態が続いた。
震えが止まり、如月が顔を上げた。
もう涙は消え、元の優しい顔つきに戻っている。
「ごめんなさいね、取り乱したって。たとえ写真の中でも、司令官の顔をまた見られて、嬉しかったの」
「兄を、知っているんですね。そして妹がいることも」
「ええ、勿論よ。私はあの人の元で共に戦って。共に生活して。共に笑いあったのだから」
いくらか落ち着いたのか、如月はハンカチで目の回りの涙を拭った。吹雪も椅子に座り直す。
「教えて下さい、如月先輩。おにいちゃん・・・・・・いえ、兄はどこにいるんですか」
「如月でいいわ、吹雪ちゃん」
如月はそう言うと再び表情を固くした。
「まずは今の鎮守府と司令官の現状。そこから話すわね」
無意識に如月は拳を握りこんだ。
これから話すことが、吹雪にとって辛い内容になることを、理解していたからだった。