空が紅に染まっていた。
吹雪は鎮守府の高台で一人、佇んでいた。
眼下には空の色を反射した海が静かに波打っていた。いつの間にか空は晴れていたらしい。
睦月に教えてもらった場所だった。鎮守府内部から外れた所にあり、一人になるにはもってこいだという。
今日はいろんな事があった。
それこそ脳が追いつかない位に。
兄に会えなかったのはショックだったが、出会った艦娘たちは皆、気持ちのよい人たちばかりだった。
特に赤城は凄かった。
噂には聞いていたが、吹雪の想像を遙かに上回る格好良さと気品を兼ね備えている。
勝手に修練場に忍び込んだ自分たちを笑顔で迎えてくれ、そのまま少し話した。
一緒に頑張りましょうね。
そう微笑まれたときは、嬉しさに体が弾むような気持ちだった。
弓を放ったときの凜々しい顔。吹雪を迎えてくれた柔和な顔。
気がついたときには、吹雪は赤城に憧れてしまっていた。
それに何だか扶桑に雰囲気が似ている・・・・・・
後ろから誰かが来る音が聞こえた。
睦月が迎えに来たのかもしれない。
そう思って吹雪は振り返った。
長門だ。
思わず体に緊張が走る。
何故ここに長門が。そう考えたが、雰囲気の前に消しとんだ。
目の前の長門からは、尋常ならざる緊張感が張り詰めていたのである。
長門は静かに吹雪に向き合うと、簡潔に言った。
「提督からの伝言を預かってきた」
胸が詰まるような思いがした。
兄から自分への伝言。吹雪は黙って長門の言葉を待った。
「吹雪。お前が艦娘としてこの鎮守府に来たのなら、妹としてでなく、艦娘として扱う」
淡々と長門は言った。
「俺の影を追うな。以上だ」
そしてそれだけ言うと長門は吹雪に背を向けて、歩き出した。
吹雪は一瞬、何を言われたか理解できなかった。
しかし、何か得体の知れない事態が起きていると感じ、立ち去ろうとする長門に無我夢中で呼び止めた。
「ま、待ってください!」
長門は歩を止めた。だが振り返りはしない。
「おにい・・・・・・兄は、兄は、本当に・・・・・・本当にそれだけ・・・・・・」
「特型駆逐艦・吹雪」
吹雪の言葉を遮るように長門は冷たく言った。
「お前は何のためにこの鎮守府にやってきた」
「それは・・・・・・」
「兄と戯れるためか? そのためだけに艦娘になったのか? ならば今すぐここを去れ。提督も同じ事を言うだろう」
「・・・・・・・・・・・・」
言葉が出なかった。
何か反論しようにも、頭が混乱し何も浮かんでこない。喉が干からびて舌がまるで自分のモノでは無くなったかのような感覚。
「今は艦娘としての職務を全うしろ。それが提督の願いだ」
これ以上言うコトは無い。
そう背中で長門は言っていた。
突然、膝が崩れた。力が入らない。世界が一つ、潰れた。そんな感覚が吹雪の全身を被った。
寒い。
震える両腕で自身を抱きしめる。
兄は自分を拒絶した。会いに来た、自分を。
違う。
兄は生真面目な人だ。浮ついた自分を叱ったのだろう。
寒い。凍える。
兄は会ってくれなかった。一目でいい。顔が見たかったのに。
違う。
あえて会わないんだ。自分のために、心を鬼にして厳しく接しているんだ。
たった一人の家族だった。それが、拒絶された。
違う。
家族だからこそ、私情を持ち込まなかったんだ。
違う違う違う違う・・・・・・寒い・・・・・・
ふと、何か温かい物が体を包んだ。
布の感触。その上から柔らかい細腕が優しく吹雪を抱きしめた。
「吹雪ちゃん」
頭上から如月の声が聞こえた。
これは上着だ。彼女の上着だ。
如月改二。そう書いてある。
いつの間にここに来たのだろうか。いつからここにいたのだろうか。
「泣かないで」
白い指先が涙を拭う。
その時になって、吹雪は初めて自分が泣いているに気がついた。
「必ず、お兄さんに。司令官に会わせてあげる」
髪を撫でた。
そのまま吹雪は如月の胸に顔を埋め、嗚咽を漏らす。
そんな彼女を、如月は憐憫と悲哀を込めた瞳で見下ろしていた。
そして、静か目を閉じた。
次に如月の眼が開いたとき、その奥底には静かな炎がゆらゆらと揺らめいていた。