各地に艦娘による駐屯基地が置かれているが、全ての命令は鎮守府または海軍本部から出るようになっていた。
提督が動かない現在、鎮守府からの命令は全て長門が出している。
また海軍本部は艦憲兵が直々に出向き、それを伝えるようになっていた。そしてそのまま任務が終わるまで、艦娘の監視を行うのだ。
艦娘たちも軍人である以上、それを拒むことは出来なかった。
例外は叢雲と初春だけだ。
叢雲はショートランド泊地、初春はトラック泊地をそれぞれ任されている。
有無を言わせぬ迫力で艦憲兵を押さえ込んでいる叢雲と、のらりくらりと命令を躱す初春。この二人は形は違えども今の提督と海軍に抗っていた。
第一遊撃部隊のメンバーは部隊が解散した時、彼女らは提督から指輪を渡された。
艦娘たちの能力を示す練度という独特の基準が鎮守府内にはある。
その練度はある程度鍛錬を積むと上限に達する。
だがその上限を突破することを可能にするのが『指輪』だった。
しかし指輪にはもう一つ重要な意味を持っている。
提督が心の底から信頼し、提督の命令とは別に独自で行動できる権限を与えられた艦娘。
それ故に指輪を持つ艦娘は多大な影響力と実力を持つ者たちといえる。
そしてその指輪を持つのは第一遊撃部隊の6人だけであった。
現在、提督がその役目を放棄しているような形になっているため、6人は独自の判断で動いていた。
叢雲と初春はそれを利用して、独自の判断で泊地を仕切っている。
当然、海軍本部から目を付けられていたが、彼らが手を出せない程、二人の影響力は凄まじかった。
二人と如月は結託し、引きこもっている提督を引っ張り出すために行動を開始した。
今の鎮守府の混乱と海軍本部の専横は提督が姿を消してから始まった。
ならば、再び表舞台に引っ張り出せばいい。
如月たちはそう考えた。
提督さえ帰ってこれば幾らでも立て直しは効く。
だから提督が出てこなければならない状況を作り出す。
三人はそのために水面下で動き出したのだ。
あれから何人もの仲間が集まった。
如月が鎮守府を監視し、初春と叢雲は信頼できる者を選別し、勧誘した。
赤城たちもそうだった。
鎮守府の現状に不満を持ちつつも、提督に対して忠誠心厚い艦娘たちは多くいる。
彼女たちに志を説き、入念に時間を掛けて計画を進めてきた。
そしてようやくだが具体的に計画を進める段階まで持ってきたのだ。
如月はこれまでのことを思い出し、目を閉じた。
「司令官を」
取り戻す。如月は最後まで言わなかった。
代わりに目の前の杯を一気に飲み干した。
鳳翔がすぐにお代りを注ぐ。
そういった気配りは、本当に上手だった。
「この鎮守府に司令官がいるか、いないか。今の私達はそれすら、分からない」
「それさえ知れれば、動き方も大分変わってくるでしょうしね」
「そのために、私は一人残ったのよ」
もしかすると提督はこの鎮守府にはもういない可能性もある。
それを確かめることが今の如月の任務だった。
鎮守府中をくまなく探し、確かめて無い場所はただ一つ、長門達が守る提督の私室だけだった。
毎日、食事を運ばれているが、人のいる気配は少ない。
あの場所に、提督がいる。
それさえ分かれば、計画は最終段階に進めるのだ。
しかしそのためにはあの包囲網を突破しなければならない。なにより、如月は提督に会いたかった。
「でももし、これが失敗したら、私はここにはいられなくなる。失敗する事は無いでしょうけど、万が一の場合・・・・・・」
如月は再び酒を飲み干した。
「この鎮守府を頼みたいの」
「勿論よ」
赤城は空になった如月の杯に酒を注いだ。
二人で杯を合わせる。久々に上手い酒のような気がした。
「それともう一つ」
如月の声が少し低くなった。
「今日、配属された吹雪ちゃんのことなんだけど・・・・・・」
吹雪。
その名を聞いて赤城は少し考え、ああ・・・・・・と相づちを打った。。
昼に会った駆逐艦の娘だ。純朴そうな雰囲気の少女だったのを憶えている。
「吹雪・・・・・・ちゃんが、どうかしたの?」
「実はね・・・・・・司令官の妹なの」
「は?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
加賀も鳳翔も驚いたようで、目を見開き、体を強張らせた。
「これは他言無用でお願いするんだけど、あの子は司令官のたった一人の肉親なの」
「提督に妹がいるなんて話は聞いてないわ」
「一度だけ、私達だけに漏らした。ただ、それだけ」
「兄である司令官の現状ですっかり落ち込んでしまっている。もしも私がこの鎮守府を去ることがあれば、あの子を頼みたいの」
「意外ね。貴方が気に掛けそうな子はもっといるでしょうに」
「他の子は私なんていなくても大丈夫よ。皆、強い。でも吹雪ちゃんは」
兄のために艦娘になった少女だ。
他の艦娘は純粋に愛国心で、また食うために志願した者や己の力を試すために志願した者もいる。
吹雪は特別なのだ。
ここで押しつぶされてしまえば、もう二度と立ち上がれない。
そんな危うさと弱さを持っていた。
「司令官が戻ってきたときに、妹さんに会わせてあげたいの」
「貴方も律儀な性格ね」
「ここでずっと秘書艦をしていたのよ。それに御国よりも司令官に尽くす艦娘が一人くらいいたっていいでしょう?」
「一人で済めばいいのだけど」
「ふふふ、それもそうね」
「決行は何時?」
「具体的にはまだ決めていないけど、恐らく一ヶ月以内には、おそらく」
「随分とお粗末ね。歴戦の勇士だからって慢心しては駄目よ」
「感よ。きっとこの一ヶ月以内に最大の好機が来る。その時には『改二』の羽織を着ていくわ」
「それが合図ね」
「呑みましょう、赤城さん。加賀さんも鳳翔さんも」
加賀が赤城の隣に腰を降ろした。
杯が二つ、増やされる。
これが彼女たちの呑む最後の酒になるだろう。
如月は直感的にそう感じていた。