「何してるのよ!」
そう叫ぶと同時に、目の前の艦憲兵の襟元を掴む。襟元に着いている星の数が一般兵より多い。
振り向いたその顔はキツネのような細い輪郭だった。
「曙殿、捜査令状です」
酷薄な笑みを浮かべると、キツネは紙を一枚取り出した。
それを見もせず曙はさらに腕の力を込めた。
「ここで何をしているのって聞いてんのよ・・・・・・!」
部屋は荒らされているようだった。
潮と二人で使っている部屋だったが、元の原形はとどめていない。
土足で踏み込まれたためか、床には無数の黒い足跡がついていた。引き出しは全て空けられ、ベッドはひっくり返されている。衣類は散乱し、隅から隅まで艦憲兵たちがまさぐっていた。
「単刀直入に言いますと、曙殿。貴方に謀反の疑いが掛けられております」
――謀反?
曙は一瞬、意味が理解できなかった。
だが、脳裏に前回の輸送任務のことが頭を過ぎった。
「貴方は日頃から我々に反抗的な態度をとっていましたねぇ。前の輸送任務も失敗を装い、物資を別の場所に横流していると」
滅茶苦茶な理論だと曙は思った。
そして同時に嵌められたとも思った。
この女は自分をどうにかして貶めたいのだろう。そしてその理由が欲しかったのだ。
難癖であろうと彼女は艦憲兵の権限を駆使して、自分を陥れる気なのだ。
腐っていると思っていたが、ここまでとは。曙は思わず下唇を噛んだ。
「少尉。こんなものが」
キツネの部下らしき女が何かを持ってきた。
「へえ、これは」
それは写真だった。
提督と第七駆逐隊が映った曙の宝物だ。
「ほうこれは面白い。曙殿も中々可愛らしい・・・・・・」
そこまで言ったキツネの頬を曙は叩いていた。
あの写真は曙の大切な思い出の象徴である。
それを穢されたように感じたのだ。
キツネは今までヘラヘラした軽薄な表情を浮かべていた。
それが頬を張られた瞬間、消失した。
同時に周りの艦憲兵たちが一気に銃を構えた。
さすがの曙も背筋に冷たいものを感じたが、キツネも顔を一気に青くしていた。
いつの間にかここに来ていた漣と朧が艤装を展開し、艦憲兵たちに主砲を向けていたのだ。
張り詰めた空気が場を支配する。
誰かが動けば引き金が引かれる。そんな緊張感に満ちていた。
「やめて、二人とも」
曙がそう促し、二人は主砲を降ろした。
ほっとしたような表情をうかべて、艦憲兵達も銃を下ろす。
「私は逃げも隠れもしないわ」
曙はそう言って、キツネに歩み寄った。
「調べるなら調べればいいし、連れて行くなら連れて行けばいいわ」
キツネは何とか平静を取り戻すと、部下二人を曙の両脇に配置させた。
「取り調べは艦憲兵の駐屯所で行う。準備を」
それだけ言うとキツネは逃げるようにその場を離れた。
そのまま曙も連行される格好となる。
「曙ちゃん!」
潮がようやくやってきた。
「大丈夫」
曙はそう言って笑った。
そして心配そうに見つめる漣と朧に目を向ける。
「すぐ戻ってくるから、ここは頼むわね」
「うん、待ってる」
「ぼのたんならきっとすぐですぞ」
これも戦いだ。
曙はそう思って歩みを進めた。
ここで自分が抵抗すれば七駆の仲間は勿論、後輩まで被害が及ぶ。
それなら自分だけ捕まった方がマシだ。その後で潔白を証明すればいい。
何より、こんな奴らに負けたくない。
曙は決意を胸に歩を進めた。
何かが始まった。そんな予感が体を過ぎった。