叢雲は初期艦と呼ばれる艦娘である。その名の通り、提督が初めて鎮守府に赴任するのと同時に叢雲も着任した。
あの頃は自分と提督だけだった。
何かも、二人だけでやらねばならなかったのだ。
まだ若年の提督はどこか頼りなく、叢雲は度々叱咤し、尻を叩いた。
やがて如月が着任し、初春や長月がやってきた。
電が着任し、ようやく駆逐艦といえども6人の艦娘が揃い、初めて艦隊が編成された。第一艦隊。叢雲は旗艦だった。
長く辛い戦いだった。
当初は設備も芳しくなく、物資も常に不足していた。
何時誰が轟沈してもおかしくない状況で提督の元、戦い続ける毎日。やがて戦力も揃いだし、いくつも艦隊が編成されるようになった。
戦艦や空母といった強力な艦娘も実戦に投入できるようになった頃、叢雲は如月に秘書艦の地位を譲った。
秘書艦が嫌だった訳ではない。だが、前線で旗艦一本で戦っている方が性に合ったのだ。
この頃になるとようやく提督も軍人らしい落ち着きと立ち振る舞いを身につけていた。
少々寂しくもあったが、それでも提督は叢雲を頼り、叢雲もまた成長した提督に背中を貸すことが多かった。
第一艦隊が第一遊撃部隊と改名され、役割も大きく変わった。
戦場を時には提督の命令でなく独自の判断で活動できる特別艦隊。それは提督からの最大限の信頼を示す証拠でもあった。
やがて戦争も終息していった。
今まで希薄だった海軍本部からの介入が多くなり、提督は頭を痛めた。
軍人である以上、上からの命令は絶対である。
提督は最後まで抵抗したが、結局第一遊撃部隊は解散となった。
解散の日、提督は6人に指輪を渡した。
それは愛情というよりも信頼の証であり、事実、叢雲達は提督の命令なしに独自で動ける権限を与えられた。
もし自分に何かがあったとき、自分たちで考え、動け。
そう言っているようだった。
だからこそ叢雲は深くは聞かず、命令に従った。
彼女はショートランド泊地を任せられることになった。
そこは鎮守府と最前線の中間に位置し、戦略的にも最重要地点である。
だからこそ、叢雲に任せたのかも知れない。
だが突然、数十人の艦娘を纏める立場に任じられたのだ。
それは今までとはまた別のやり方を試さねばならなかった。
提督と同じ事をすればいい、と頭の中で思っていても、実際に動くとなると思うようにいかないものだった。
艦娘一人一人に長所短所があり、それに合った役割を他の艦娘との兼ね合いも考えて、命令を下す。
簡単にできるようなことではない。叢雲は試行錯誤しながらショートランドの艦娘たちを纏めていった。
ようやく泊地の営みが軌道に乗ったのは、半年以上経ってのことである。
パラオ泊地を任された初春が叢雲の元を尋ねてきたのは、そんなときだった。
まるで近くを通ったから来た、という風にフラリと酒瓶片手にやってきた。
久しぶりに二人で飲んだ。
話題は提督の事ばかりだった。
ここ一年、提督はまともに姿を現わさない状態が続いている。その間に艦憲兵などという輩が跋扈し、艦娘たちは提督に対し不信感を募らせていた。
叢雲は出来るなら自ら鎮守府に赴き、提督の顔を張り倒してやりたいと思っていた。
だが鎮守府に残っている如月からの情報を聞き、提督が鎮守府に姿を現わしていないことを知った。
訳あって提督は動けない。
そう三人は結論づけた。そう思いたかっただけかもしれない。
そして如月と初春は提督を表舞台に引っ張り出すために裏で行動を起こす気持ちを固めた。
「しかし司令官が戻ってきたとしても上手く鎮守府を再興できるかしら?」
「そこが問題じゃ。今の鎮守府はもはや伏魔殿。新兵と疑わしい奴らばかりじゃ」
「膿を絞り出した後も、油断ならないわね」
「そこでじゃ。いっそ、新しい鎮守府を創りそこで軍を再編するというのはどうじゃ?」
そう言った初春は神妙な顔で杯を置いた。
「面白い考えだけど現実感が皆無ね。場所・時間・資源、何も足りないわ。海軍上層部だって黙っていないでしょう」
「それはまあどうにかなるじゃろう。深海棲艦に対して対抗できるのは艦娘のみ。だからこそ大きく踏み込むことは出来ぬ。資源はわらわのパラオがある」
パラオ泊地は現地の内地とも繋がっており物流が盛んである。ショートランドへの物資もほとんどがパラオからの経由だった。
「提督が戻ってこれば長月や不知火も戻ってこよう。戦艦組と空母組も戻ってこれば、軍事面だけなら簡単に再興できる」
「場所がないわ。あの鎮守府に匹敵する自然の要害。設備も物資も広さも必要な・・・・・・」
そこまで言って叢雲は杯を置いた。そして初春に向かってニヤリと笑みを浮かべた。
「前線基地・ショートランド」
「分かったか」
初春は微笑を浮かべながら酒を呷る。
「ここに提督を迎え、新たな鎮守府とする。わらわのパラオと合わせ、ここ一帯は堅牢な布陣じゃ」
「合間のトラック泊地は?」
「指揮艦は五十鈴じゃ。提督さえおればどうにかなろう。無理でもこことパラオで挟撃すればよい」
「さらりと恐ろしいことを言うわね初春」
「こんな話に同意するお主ほどでないよ叢雲」
「あんたの事だからここまで言うからにはもう下準備は出来てるんでしょうね」
「まあの」
「この話を知る者は?」
「空母の何人か。彼女らは泊地の間を行き来できる。その時に同志を集めて貰う」
「今の鎮守府は?」
「暫くは如月に任せることになるじゃろうな。人が集まり、期が満ちたら鎮守府内を制圧し、提督を連れ出す」
「それまでに私はここをまとめればいいわね」
「じゃな」
「もし司令官が」
叢雲が杯を持ち上げた。
「そこにいなかった場合は?」
初春も杯を持ち上げる。
「ならばここで反乱を起こす。提督が出てくるまでな」
「逆賊ね。それでは」
「構わん」
そのまま初春がぐいっと杯を前に差し出した。
「それで提督が戻ってくるなら、それでよい」
一切迷いのない瞳。それを見た叢雲は思わず笑みを零した。
「私もよ」
二つの杯が重なり合う。
水面下の戦いが始まった瞬間であった。