目覚めた時には夕方になっていた。
入渠施設は所謂浴場のようなもので、曙は大きく腕を伸ばすと起き上がって湯船から出た。
体を拭いて脱衣所に行くと、潮が待っていた。
「曙ちゃん」
「潮、わざわざ待っていてくれたの?」
「うん、こんなに長い時間入渠するのは初めてだったし・・・・・・」
「確かに夜に入渠してもう夕方。丸一日寝てたことになるわね」
「うん。でも元気になったみたいでよかった」
潮の瞼にはうっすらとクマが出来ていた。ずっとここで待っていたのだろう。
「ありがとうね、潮」
「ううん、大丈夫。曙ちゃんのためだもん。それに漣ちゃんと朧ちゃんも何度も様子を見に来てくれたよ」
「二人は?」
「叢雲ちゃんの所。曙ちゃんも身が覚めたら来て欲しいって」
「わかったわ。いきましょ」
潮と共に司令室に向かう。
途中、何人かの艦娘とすれ違い、その度に敬礼された。
「艦憲兵さんたちに立ち向かったって、曙ちゃんは人気みたいだよ」
「つい手が出ちゃっただけよ。褒められたもんじゃないわ」
そんなことを言いながら、司令室に着いた。
中には漣と朧がいた。
「あら。また死にぞこなったのね、曙」
曙の顔を見た叢雲がニヤリと笑って言った。
「あんたの葬式までは生きていると決めてんのよ叢雲」
それに曙も不敵な笑みを浮かべて返す。
古参同士、信頼し合っている者であるからこそ言える言葉であった。
「で、漣。今まで隠してきたこと。洗いざらい全部もらいましょうか」
「う・・・・・・さすがぼのたん。察しがいいですな」
「人の横で仲間だの同志だのいってたじゃない」
漣はペロリと舌を出した。それを見て曙は嘆息する。
「もう後戻りできない状況だし、全部言うしかないわね」
叢雲が漣の肩をポンと叩いた。
観念したように漣はこれまでの経緯を曙に話し始めた。
叢雲と初春が二人で計画を始めたこと。それに如月が合流し、水面下で協力者を集め出したこと。
「ある日、定期巡回でやってきた翔鶴さんに漣はこのことを打ち明けられたんだよ。それで普段から現状におこだった漣も参加することにしたんだよね」
「水くさいわね。だったら早く言えばいいじゃない」
「んん~曙ちゃんもご主人様に対する忠誠心は人一倍強いですけど」
「は、はぁ!? クソ提督のことなんて別に何とも思ってないんですけど!」
「そういう純情・・・・・・もとい直情的な所がNGだったんですよ。ばれちゃいけないしね。そういう意味では真面目なボーロや、隠し事が苦手な潮ちゃんもね」
「そうだったんだ・・・・・・」
「うん・・・・・・確かにそうかも・・・・・・」
漣の説明に朧と潮がうんうんと頷いた。
曙はバツが悪そうに、黙り込む。
「本当はもっと時間を掛ける予定だったけど、狂った。艦憲兵、いや現・鎮守府への不満が噴き出すのが思いの他、早かった」
「曙、あんたの反抗と第七駆逐隊の逃亡よ」
叢雲はそう言うと深く息を吐き出した。
「全く、おかげで計画の見直しが必要になったわ」
「それはすまなかったわね」
「だけど、絶好の機会も手に入った」
「機会?」
曙が首を傾げると、叢雲は不敵に笑った。
「貴方たち第七駆逐隊はいわば反逆者。いわば罪人。しかし艦娘は普通の兵と違う。従来の軍法では裁けない。裁けるのは・・・・・・」
「鎮守府のご主人様のみ」
曙の目が大きく見開いた。
「ここまでの大事。さすがにあのバカも、出てこざるを得ないでしょう」
「逆に出てこなければ、鎮守府にはいない。もしくは尋常ならざる何かがあり、表に出られない」
「どっちにしても今の息苦しい状況に大きな穴は開けられるわね」
「で、でもそれって・・・・・・」
潮がおずおずと手を上げる。
「私達が・・・・・・」
「ええ。第七駆逐隊はショートランドで捕縛。鎮守府に連行される」
「そして、鎮守府内の如月と他の同志と一緒に事を起こす訳だね」
「さすが朧ちゃんは鋭い」
偽装投降。
その言葉が曙の脳裏を過ぎった。
「かなり危険ね。そもそも如月の同志とやらは誰で何人いるの?」
「それは分からないわ。如月は決して言わない。分かるのは各地を回っている一航戦のみ」
「随分と心許ないわね」
「では辞めますか、ぼのたん?」
「まさか」
ずっとこのような話を待っていた。
とにかく提督に会って、思いをぶちまけたかった。
「あのクソ提督を一発ぶん殴りにいくわよ」
「殴ってもいいが、ちゃんとここまで連れて来なさいよ?」
「それよりもそのまま鎮守府を占拠した方が早いのでは? というかご主人様がいれば、なんとかなるでしょう」
「もしも」
恐ろしく低い声。それは朧のものだった。
「もしも提督がいなかったら? そしたらアタシ達は一気に不利になる」
「その可能性は勿論分かっているわ。そうなったら皆でショートランドに戻る手筈になっている」
「・・・・・・出来るの?」
一番痛いところを突いてくる。朧はそういうタイプだった。
「死ぬかもしれないわね」
簡単に曙が言った。
「捕らわれるかもしれない。それで解体処分かもね・・・・・・でも」
達観したような物言い。
「今のまま腐っていくよりはずっといい」
だがその瞳には固い決意があった。
それを確認した朧は深いため息をつくと、こめかみを両手で叩いた。
「そう。なら一緒に行こう」
「わ、私もやるよ」
「ふふ、朧ちゃんと潮ちゃんがやる気になりましたよ。僥倖僥倖」
漣が満足げに言うと同時に、白雪が部屋に入ってきた。その手には盆。数個のグラスと酒瓶が乗っている。
「酒?」
曙が目を丸くする。
「時間も夕暮れ、ちょうどいいじゃない」
叢雲はグラスを受け取るとそこに赤ワインを注いだ。
第七駆逐隊にも同じモノが配られる。
「ではぼのたんが愛するご主人様のために、いっちょ頑張りましょうか!」
「はぁ!? あんた何を・・・・・・」
真っ赤になって反論しようとした曙だったが、ふっと何かを悟ったように笑みを浮かべた。
「・・・・・・そうね。この際、つまんない意地を張っていてもしょうが無いもんね」
いつもの曙らしくない表情に漣達は一瞬、言葉を失った。
「クソ提督のこと、好きよ。愛してる。あたしは提督のために、戦いに行く・・・・・・皆もそうでしょう?」
「・・・・・・負けたわ」
叢雲が笑った。それにつられて他の者も笑みを浮かべる。
そして漣がグラスを曙に差し出した。
「ご主人様に」
曙もそのグラスに己のグラスを合わせた。
「クソ提督のために」
皆のグラスが重なった。
曙はその夜、初めて酒を旨いと思った。