吹雪が第三水雷戦隊に配属されてから、初めての命令が下った。
捕縛された第七駆逐隊をこの鎮守府に連行する。その護送だった。
ふざけるな――川内が叫んだ。
アイドル的に、それはどうかな――那珂も難色を示した。
元々、第三水雷戦隊はここ鎮守府近海の哨戒任務が主な役割だった。
深海棲艦はあらかた倒したが、全滅したわけでは無い。
ある日突然、湧いたりするのだ。
だがそれも一体か二体かといったもので、新兵の訓練にはもってこいだった。
吹雪も基本的な訓練を終えてから、近海で哨戒任務を行うというのが順当な道筋のはずだったのだ。
しかし、第七駆逐隊の反逆というイレギュラーが起こり、このような命令が下った。
かつての仲間の護送任務。それを新兵にやらせようというのだ。
初めての出撃、それは心に残るものだ。
それをこんな胸くその悪い任務を命じるとは。そう神通は思ったが、自分たちは軍人。命令には絶対である。
極力不満を顔に出さずに神通は執務室を後にした。
「どうするの、神通ちゃん?」
那珂が不安そうに聞いてきた。川内は怒りが収まらないのか、肩を震わせながら歩いている。
「命令よ。私達艦娘は軍人。ならばやることは一つよ」
冷淡に見えるだろう。
だがそれでも自分は第三水雷戦隊の旗艦だった。
自分まで感情に流されれば、この部隊は崩壊する。
そうなれば鎮守府内がさらに混乱する。それは避けたかった。
「吹雪ちゃん達は今、何を?」
「利根さんの所で実技訓練をしてるよ。睦月ちゃんと夕立ちゃんも一緒」
「そう、じゃあ迎えにいかないといけないわね」
それ以上は何も言わなかった。
重苦しい雰囲気のまま、三人で歩いていく。
鎮守府全体に張り詰められた空気が流れていた。
新兵の駆逐艦達は不安に怯え、古参の軽巡・重巡も落ち着かない雰囲気だ。
こういう時、皆をまとめるのは如月だった。
だが彼女さえも今回は思うところがあるのか、姿をあまり見せなかった。
そんなことを考えながら歩くと、演習場にいつの間にか着いていた。
入り江に創られた海上演習場、そこに吹雪達はいた。
「吹雪! もっと周りをよく見るのじゃ! 二人の動きに合わせて、もう一回じゃ!」
利根の怒声が飛んだ。
どうやら三人で連携訓練を行っているようだ。
利根の妹である筑摩が、側で訓練を見守っている。
「お疲れ様です、筑摩先輩」
「あら、神通ちゃん。それに川内ちゃんに那珂ちゃんも・・・・・・どうしたの?」
「実は、第三水雷戦隊に出撃命令が下りまして」
それを聞き、筑摩の表情が曇った。
「この状況で命令ってことは、第七駆逐隊関係?」
「ええ、その第七駆逐隊をこの鎮守府まで護送する任務を、第二水雷戦隊と我が第三水雷戦隊が承りました」
「成程ね・・・・・・命令とはいえ、吹雪ちゃんも初任務がそんな仕事なんて・・・・・・」
筑摩もあまり良い感情を抱いていないようだった。
「吹雪ちゃんはどうですか?」
「筋はいい。さすが扶桑さんの弟子ね。基礎はよく出来ているわ。あとは連携ね」
そう言って筑摩は吹雪に視線を向けた。
睦月と夕立の間で、演習弾を避けながら、海上を移動している。
時折、二人にぶつかりかけるものの、確かに動きは悪くない。
もう少し修練を積み、近海で演習を何度かすれば、充分前線で戦えるだろう。
だがまだ、早い。
それが筑摩の判断だった。
だがそうも言ってられなくなった。
「出撃は?」
「明日。ヒトマルマルマル」
筑摩は深いため息をつくと、利根を呼んだ。
利根は一旦、演習を止めると神通達の元にやってきた。重巡洋艦の中では古参であり、現在はここで教官を務めている。
第三水雷戦隊の任務を聞いた利根は渋い顔をしたが、それでも命令は命令と言い、演習を終わらせた。
利根の号令と共に、汗と海水まみれになった吹雪達が陸へ上がってくる。
「神通先輩! 川内先輩に那珂ちゃんも!」
睦月がいの一番に駆け寄ってきた。
それに続いて夕立と吹雪もやってくる。
「お疲れ様です! 長門さんの話は終わったんですか?」
「もしかして夕立達に命令っぽい?」
無邪気に聞いてくる吹雪達に胸を痛めながらも、神通は出来るだけ平静を装っていった。
「ええ、第三水雷戦隊に命令が下ったわ。そのことで詳しい話をするから、着替えて20分後に第二作戦室に来て」
神通の言葉に三人は笑顔で敬礼して、シャワー室の方へ走っていく。体中に付いている潮を洗い流すためだ。
「辛い仕事だよね」
川内が言った。
「ええ。でも、やるしかない。でしょう、姉さん」
「およ?」
那珂が何かに気づいたようだった。
「蒼龍さん、帰ってきてたんだ」
その言葉にその場にいた皆が、那珂の視線の先を追った。
別の波止場に青みがかった黒髪と緑の着物が特徴的な艦娘が、新兵の駆逐達に先導され歩いていた。
鳳翔に次ぐ古参で、正規空母の中では最も提督の信頼が厚いとされる蒼龍。それが何故、このタイミングで鎮守府に帰ってきたのか。
叢雲や金剛は忠臣であるが、時には提督や上層部に噛みつくこともあった。
それが正しいことであり、提督を思っている事も確かだった。
だが蒼龍は違う。
忠臣に違いは無いが、彼女は提督にどこまでも追従する。そんな危うさをもっている少女だった。
その蒼龍を、第七駆逐隊の問題で混乱する鎮守府に、呼び戻した。
背筋が震えるような感覚を神通は憶えた。
不意にポン、と肩に手が置かれる。
振り向くと川内が笑っていた。
「行こうか」
心が落ち着くのを感じた。
この自由奔放そうな姉は、実は人をよく見ていてさりげなく気遣いが出来る。
だからこそ神通は安心して背中を任せ、旗艦を務められるのだ。
今は目の前の任務だけを考えよう。
そう思い、神通は第二会議室へ向かった。
この小説は一応、アニメを元に書いていますので、如月ちゃんのことは察してください・・・