夜が開けて、朝になった。
吹雪はまだ朝日が昇りきる前に布団から出て、運動着に袖を通す。
朝はランニングを行っていた。
扶桑の元にいたときから、ずっとそうだった。
運動場を5周。それがこの鎮守府に配属されてから、自分に課したルールだった。
走りながら、吹雪は思案する。
初めての実戦。初めての任務。
艦娘として認められた時から、ずっと楽しみにしていた初任務。
しかしそれは敵である深海棲艦と戦うことでは無く、反逆者を護送するというものだった。
反逆者、第七駆逐隊。
まだ吹雪が艦娘の穴に入るずっと前から、兄の部下として戦ってきた先輩方。
そんな方々を護送する。
割り切れない。胸の内がモヤモヤした。
こんな時、扶桑さんならどうするだろうか。
そこまで考えたとき、吹雪は頭を振って今まで感じていた不安を追い出した。
今やれることをやるだけだ。
そう思い、吹雪はランニングに没頭することにした。
寮に戻りシャワーを浴びて、食堂に向かった。
何時もは活気のある食堂も、心なしか沈んだ空気に満ちているようだった。
端の席に夕立と睦月を見つけたので、近くまで向かって腰を降ろす。
二人とも空気を察して、恐縮しているようだ。
吹雪も敢えて何も言わず、軽い挨拶だけ済ますと黙って飯をかき込んだ。
食事が終わるとそのまま出撃準備に入った。
波止場近くに集合し、艤装のメンテナンスを行う。
作戦開始が十五分前に迫った時、如月がやって来た。
「如月ちゃん!」
姉妹艦であり、仲もよい睦月が一番に飛びついた。
「あれ、今日は改二の格好なんだね」
睦月がそう言って、吹雪達も如月が何時もと違い、改二の羽織を身につけていることに気が付いた。
「ええ、久しぶりの任務ですもの」
そう言って如月は笑った。
張り詰めた雰囲気が少しだけ和らいだような気がした。
「いいなー。夕立も早く改二になりたいっぽい」
「うふふ。大丈夫。鍛錬を積めば、きっとなれるわ」
「如月ちゃん、今日はここで待機のはずじゃ・・・・・・」
「ええ、でも気になってね」
そう言うと如月は吹雪の肩をポンポンと叩いた。
「初任務、頑張ってね」
柔和に笑う如月の言葉に、吹雪は何だか身体が軽くなった気がした。
「安心してよ、吹雪ちゃん! 睦月と夕立ちゃんでしっかりフォローするから!」
「先輩としての威厳をみせるっぽい?」
「あらあら、二人とも初任務ではあんなに泣きべそかいていたのに、強くなって・・・・・・お姉ちゃん嬉しいわ」
「もー昔のこと言わないでよー!」
「しつこいっぽいー」
楽しそうにじゃれ合う如月達を見て、吹雪は改めて彼女たちの繋がりの深さを感じた。
如月はこうやって多くの艦娘たちを支えてきたのだろう。
現に今、自分も如月に励まされ、心が安定するのを感じている。
彼女が鎮守府の扶桑とは艦娘たちに慕われている理由がなんとなく分かった。また違った包容力が如月にはあるのだ。
兄が重用したというのも分かる。
この鎮守府の要は如月かもしれなかった。
「皆さん。準備はいいですか」
神通が確認するように目配せする。
遂に始まるのだ。
吹雪は久々に艤装を展開する。
「第三水雷戦隊、出撃!」
神通の号令と共に、皆が艤装を展開し、海へと進んでいく。
ふと後ろを見ると、如月が笑顔で手を振っていた。
吹雪も軽くそれに手を振り返すと、海面へと進んでいった。
初任務。
それでも大丈夫だろうと心の中で、吹雪はそう考えていた。